傲慢の秤   作:初(はじめ)

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八十七、あることないこと

 

 

 

 相手はあの藍染惣右介、油断してはならない。どんなに慎重に事を進めても、どこで足を掬われるか分からない。

 

 だから念入りに計画を立てたし、用心して反膜の匪(カハ・ネガシオン)を拝借したし、万全を期して反膜の匪を使用した。

 

 私は今後の展開を知っているけれど、反膜の匪のことは完全に忘れていた。つまりこれは元々の作戦には無かったもので、喜助さんにも伝えられていない事実だった。慎重にもなるというものだろう。

 

 しかし、実際は。

 

「えっ……待って、これ逆に罠とか……?」

 

 敵陣営の皆さんは再び私のことを忘れて、困惑したように周囲を見回している。やけにあっさり私の策に嵌まった彼らは、最高戦力のうち5名を一時的に失ってしまったのに、その犯人である私を捕まえられもしていない。ここまで上手くいくと、これこそが敵の罠なのではないかと勘ぐりたくなるぐらいだ。

 

『今回は黒腔を開く必要もないし、このくらい当然だと思うけど』

 

 聞こえたのは、ずいぶんと得意気な"雲透"の声だ。

 

 分かっている。前回敵に居場所がバレたのは、空間に直接干渉する黒腔を造ったからだ。それがなければ誰も私を見つけられないし、誰も私を捕まえられなかったはずなんだ。

 

 例え一時的に"花霞"を緩めて皆の認識の中に戻ってきても、すぐに私の存在に思い至るのは不可能だ。普段から私のことばかり考えている訳でなければ、もしくはたまたまその時に私の話題が出た訳でなければ、"花霞"を緩めた瞬間に私のことを思い出せるはずがないからだ。

 そんな私が姿と霊圧を隠したまま使う反膜の匪を、瞬時に認識して避ける。そんな離れ業、十刃どころか藍染にだってできやしない。

 

 以前、喜助さんは"花霞"を指して『過激な技』と言った。それがあながち間違いでなかったことを、私は虚圏に来てから思い知った。

 

『前より"花霞"を細かく切り替えられるようになったんじゃない?』 

「うん、そうだね」

 

 卍解を習得した直後に発動した"花霞"は、私の身体の実体をなくすだけで、皆の記憶からも消えることはできない不完全なものだった。

 

 双極の丘で発動した卍解の"花霞"は、実体も記憶も何もかも一緒に消すか、一緒に出現させることしかできなかった。スイッチがオンとオフしかなかった、という訳だ。

 

 対して今は、『霊圧を消す』『霊圧と実体を消す』『霊圧と実体と記憶を消す』と段階を踏んで起動させることができる。『記憶を消して実体は消さない』というゲームのバグみたいな使い方はまだできないけれど。

 

「よし、そろそろ織姫のところへ戻ろうかな」

 

 私は広間からこっそり抜け出し、織姫の部屋へと急いだ。

 

 ここで十刃たちを消す前に、ワンダーワイス・マルジェラにも反膜の匪を使用しておいた。これで破面の戦力は半分以下になった。

 

 先程モニターに侵入者たちの姿が映った時に面子を確認できたが、どうやら合計11人が虚圏にやってきているらしい。

 現世からは夜一さん、一護、石田、チャドの4人。そして尸魂界からは父様、ルキア、芦谷、恋次、イヅル、冬獅郎、乱菊さんの7人。そこに私と織姫を加えると13人だ。この戦力で十刃全員を相手取るのは難しい。しかし第5から第9までの十刃だけであれば、話は変わってくる。

 

「鉄裁さんと喜助さんは、やっぱり来なかったか」

 

 鉄裁さんも喜助さんも、まだ現世でやるべきことがある。だからもしこちらに来ていたら、どういうことだと本人たちを問い詰めていたところだ。

 

 となるとまずは織姫の身の安全の確保、それから喜助さんへの連絡、最後に死神たちへの助太刀、といったところか。

 

 人質である織姫の近くにいれば、より強い相手と戦うことができる。そう考える十刃もいると踏んで、私は卍解を止めて"曲光"で姿を隠しつつ、織姫のいる部屋に待機することにしたのだ。

 

 しかし。

 

「井上っ!!」

 

 バン、と扉を蹴破る勢いで部屋に飛び込んできたのは、十刃ではなくまさかの一護だった。

 

「黒崎くん!?」

 

 ベッドに腰掛けていた織姫が、はじかれたように立ち上がった。驚いているのは私も一緒だ。何がどうなったら、一護が一番乗りでここに辿り着けるというのか。

 

「怪我は……なさそうだな」

「うん、あたしは大丈夫」

「そうか、良かった……」

 

 織姫が無傷であることを確認して、一護はほっと息をついた。織姫の方も一護が来てくれたお陰で安心した様子だったけれど、その表情はまだ晴れていなかった。

 

「とりあえず、ここを離れるぞ」

「えっ、きゃあ!?」

 

 そう言って軽々と織姫を抱き上げると、一護は高いところにある窓から飛び出した。私もそれに続いて二人を追いかける。二人の前に姿を現すにしても、ここから離れてからだ。

 

 部屋から少し離れたところに着地した一護は、すぐ傍にそっと織姫を下ろした。小さく礼を言った織姫に、一護は静かに訊ねた。

 

「なぁ、井上。あいつは……あいつは、生きてるのか」

「あいつって、桜花ちゃんのこと?」

「あぁ」

「……うん、生きてるよ。昨日会ったもん」

「昨日……そう、か……」

 

 はぁ、と深く深く息を吐いた一護が、俯いて手のひらで目元を覆った。すぐ側にいたせいか、小さく掠れた声で「よかった」と呟いたのが聞こえてしまって、私は居た堪れなくなった。分かってはいたが、やはり酷く心配をかけてしまっていたらしい。

 

「……それで、あいつは今どこにいるんだ」

「ごめんね、黒崎くん……あたしも分からないの」

 

 暗い顔をした織姫が、ゆっくりと罪を告白するように答えた。織姫は、何も悪くないのに。

 

「桜花ちゃん、あの人たちに捕まってて……それで、あたしを守るために作戦を全部話しちゃったの。霊力も切れちゃってたのに、あたしを庇ってケガまでしてっ……ぜんぶぜんぶ、あたしのせいなんだ……」

「井上……」

「ケガは治したけど霊力がなかなか戻らなくて……それなのに一人でどこかへ行っちゃった。あんな状態じゃ、立って歩くのもギリギリなはずなのに――」

「はーい、そこまで!」

 

 私が言うのも何だが、湿っぽいのは嫌いだ。ぱん、と手を叩いたと同時に姿を現して会話に乱入すると、二人は猫みたいに飛び上がった。

 

「うぇおわぁっ!?」

「ぴゃあ!?」

「ふッ……ははっ!」

 

 予想外の反応に、私は思わず噴き出した。

 

「う、嘘でしょ……今『うぇおわ』って言わなかった?」

 

 何それ、その悲鳴はワザとなの? 意識しても出ないよそんなの。二人揃って一メートルぐらい浮いてたし。仲良しだね。

 

 深刻な雰囲気だったことは分かっていたが、これは我慢できなかった。むしろ深刻だからこそ面白さに拍車が掛かっていた、というか。

 

「織姫も『ぴゃあ』って、かわい……あははっ……!」

 

 ひーひー笑って遂には地面に座り込んだ私を、一護と織姫が呆然と見下ろしている。

 

「いやっ、うん……私が悪かったよ。確実に私が悪い。ほんとごめん。でも、そんなにビックリされるとは……ふふっ……!」

 

 笑いすぎて滲んだ涙を拭う。

 こんなに笑ったのは久々だった。

 

 一護の顔を見たら、何だか気が抜けてしまったみたいだ。

 

「桜花……元気そうだなテメェコラ……!」

「えっ痛い痛い痛い! ちょ、ごめんって許して!」

 

 復活した一護に顔面を掴まれ、容赦ないアイアンクローを掛けられた。酷い。数秒後に何とか解放してもらって、こめかみをさする。

 

「ついこないだまで捕虜やってた人に何てことすんの……」

「ついこないだまで捕虜やってた人は、普通そんなに元気じゃねーんだよ馬鹿野郎」

 

 反論の余地はなかった。仰る通りです。ごめんなさい。

 

「桜花ちゃん、大丈夫なの……?」

「うん、大丈夫。……あっ、待ってホントに大丈夫だから!」

 

 ヘアピンに手を添えて、今にも双天帰盾を起動させそうな織姫を止める。

 昨日は霊圧を隠していただけで、実は霊力も完全に回復していたことを簡単に伝えると、織姫はようやく手を下ろしてくれた。周囲に敵の霊圧はないし、盗聴器の類がこの周辺にないことは確認済みだ。これを機に、いろいろと誤解を解いておいた方が良いか。

 

「あのね。織姫は、何も悪くないよ」

「えっ?」

「織姫が捕まったのは、織姫のせいじゃない。私が藍染に作戦を話したのも、破面に攻撃されたのも、織姫のせいじゃない」

「でも桜花ちゃんは、あたしを守るために……」

「織姫はさ。昨日の私みたいに友達を人質に取られたら、本当のこと言っちゃう?」

「え……?」

 

 急に質問されて面食らった織姫は、数秒考えてから呟くように答えた。

 

「言っちゃう、と思う……たぶん……」

「そうだよね。普通はそうなんだよ。だからこそ信憑性は上がるかなって」

「お、お前……まさか……」

 

 珍しく察しの良い一護が、明らかに引いた目で私を凝視している。何を今更、私が()()なのは今に始まったことじゃないだろうに。

 

「ふふ……藍染だって、まさか人質を取られて()()()()奴が、あることないこと言うなんて思わないよねぇ」

「お前なぁ……!」

 

 いやぁ、あの時の藍染の反応は今思い返しても笑えるよね。そう言って織姫に同意を求めたけれど、「笑える……?」と理解できない生き物を見るような顔で返されてしまった。そうか、あれが面白かったのは私だけか。

 

「じゃあもしかして、桜花ちゃんと崩玉の話も……」

「あぁうん、あれほぼ嘘」

「えっ……」

 

 だんだんと理解が追いついてきたらしい。織姫が言おうとした通り、あの話は嘘っぱちだ。そもそも藍染の持っている崩玉は偽物だから、前提からして大嘘という訳だ。

 

 それにしても織姫は本当に純粋というか騙されやすいというか。本当に、良い子なんだよね。私と違って。

 

「すごく申し訳ないんだけどさ、私の言葉は基本的に真に受けない方が良いよ」

「えっ……?」

「お前が言うな」

「まぁ、日頃から適当なことばっかり言ってるし。さっきの崩玉がどうのって話も割と適当だし」

「えっ……え?」

「もうお前……好きにしろよ……」

 

 織姫はやっと追いついた理解に再度置き去りにされた、みたいな顔をしていた。一方で一護は最早呆れて言葉が出ない、といった様子だった。よしよし、これで深刻な空気は完全になくなったかな。

 

「さて、と。とりあえずこれで一護は、『織姫と私を取り戻す』という目的はクリアしちゃった訳だ」

「まぁ、そうなるな。すげー不本意だけど」

「何でよ喜ばしいことでしょ」

 

 命の危機に瀕した仲間を救うために決死の覚悟で敵陣に乗り込んでみたら、当の本人たちは割と元気で、そのうち一人はこの有り様である。そりゃあ不本意だろうなぁ、と納得しつつも一応突っ込んでから話を続ける。

 

「織姫も私も五体満足。幸いまだ十刃たちもここまでは来ていない。だからといって、さっさと現世に退散できてしまうほど虚圏は甘くない」

「あぁ、分かってるよ」

「だからね、今のうちに情報交換しておこうか」

 

 そう言って、私は改めて周囲の霊圧を探った。私たちの周りには誰の気配もない。けれど虚夜宮内の別の場所では、既に戦いが始まっているよう――

 

「……ん?」

 

 あそこ、大丈夫かな?

 

 霊圧から察するに、かなり相性の悪い十刃を相手にしているようだけど。

 

「どうした?」

「あ、いや。何でもない」

 

 助太刀に行くならまずあそこかな、と何となく思いつつ適当に誤魔化して話を続ける。

 

「まず私から質問。第一陣は11人だよね。第二陣はいつ頃来る予定?」

「何で全部知ってんだよ。お前ホントに浦原さんと連絡取り合ってねぇのか?」

「ここ一ヶ月は全く。それで、いつ頃?」

「……数時間後だって言ってたな」

「おぉ、ドンピシャ。流石は喜助さん」

 

 別に打ち合わせた訳でもなければ、事前に反膜の匪の存在を把握していた訳でもないのに、どうしてこうもぴったりなのか。

 

 反膜の匪の効力は数時間。多少の誤差はあるだろうが、とりあえずは十刃全員をこちらの13人だけで相手しなければならない、という最悪の事態は防げそうだ。

 

「十刃の存在は喜助さんから聞いてる前提で話すよ。十刃10体のうち強い方から数えて5体が、たまたま今この数時間だけ戦闘不能になってるんだよね。だから今のうちに残りの5体を私達13人で倒し――」

「待て待て待て待て十刃5体が戦闘不能?! 何でだよ!」

「それは企業秘密」

「お前だな?! お前がやったんだな?!」

「まっさかぁ、買い被り過ぎだって。……まぁ、私なんだけど」

「お前じゃねーか!!」

 

 大きい声を出すな、大きい声を。

 

「こちら陣営が11人だと十刃10体の相手は難しいから、このタイミングで半分くらい減らしておこうかなって。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったけどね」

「減らしておこうかな、じゃねぇんだよ……十刃って尸魂界の隊長くらい強いんじゃなかったか……?」

「す、すごいね……桜花ちゃん……」

「たまたまね」

『たまたまじゃない! ぼくが、スゴいからだよ!』

 

 ……はいはい、分かってるってば。

 

 自己主張に余念がない”雲透”を軽くいなして、説明を続ける。

 

「この戦いは『織姫と私を連れ戻したら終わり』じゃない。十中八九、このままの流れで最終決戦にもつれ込む」

「最終決戦って、まさかあの藍染って奴と……?」

「多分ね。どこがその最終決戦の場になるのかは、まだ私も分からないけど……どちらにせよ、敵の数を減らしておくに越したことはない。けど私がやったのは、あくまでもその場しのぎでしかないからね」

 

 少なくとも、漫画ではそうだった。

 

 正確に数えた訳じゃないけれど、一護たちが虚圏に侵入してから藍染が封印されるまでの出来事は、全て数日間から一週間のうちに起こったことだった。

 

 だから、ここからが勝負なのは間違いない。

 

「とにかく。どんな戦いであれ、私達のすることは変わらないよ。私はちょっと用事があるから離れるけど、一護は織姫を守って――」

「はぁ?! お前また別行動かよ!」

「いや、ね。ちょっと霊圧探ってみたんだけど、相性がよろしくないところがあってさ。そこの助太刀にね」

「相性って、どうしてそんなことが分か……あ」

 

 私の能力のことを思い出したのか、一護が言葉を止めた。しかし納得はできないようで、何か言いたげな顔のままじっとこちらを見つめている。何を言っても無駄だと分かってはいるものの、私の勝手を許容したくはないんだろう。

 

 それも仕方がない話だ。私には数多くの前科がある。つい最近だと、安心させた直後に行方をくらますという特大のやつ、とか。

 

「……どうせ、止めても行くんだろ」

「うん、そうだね」

 

 だからきっと、また止められるんだろうと私は思っていた。

 

 

 

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