「……どうせ、止めても行くんだろ」
「うん、そうだね」
だから、また止められるかなと思っていた。
だから大人しく、一護の言葉に頷くだけに留めておいた。
けれど一護は、数秒黙ってからゆっくり頷いたのだ。
「……分かったよ」
「え」
「お前と井上の無事を早くあいつらに知らせてやらねぇとな。ここは俺に任せて、お前はお前のやるべきことをやってこい」
「……え」
「何ビックリしてんだよ」
「いや、だって……」
驚いて言葉に詰まる私に、一護は苦笑して言った。
「俺はもう、間違えねぇよ」
「あー……」
これはきっと、あの時のことだ。現世でウルキオラと戦って、誘拐されかけた時の話だ。
何とも気まずくなって視線を逸らすと、「桜花」と静かに名前を呼ばれた。導かれるようにそちらを見ると、敵地の象徴たる
「俺はお前の弟分でもなければ、守るべき相手でも共犯者でもない……お前の、『仲間』だ」
「…………」
共犯者というワードが出てきたのは、喜助さんから何かしらの入れ知恵があったからなのかもしれない。
それでもこれは、間違いなく彼の本心だ。
「だから俺も、お前を信じる。俺は死なないし、お前も死なない。そうだろ?」
「……うん」
やっと対等になれたのだと、言われたような気がした。
始解も卍解も習得して、死神としての力は十分すぎるくらい身につけた。重ねて
どうやら、腹を括っていなかったのは私の方らしい。
「ありがとう、一護」
「あぁ、分かってる」
助けに来てくれたこと。
そして、私を仲間と思ってくれたこと。
ふ、と小さく笑って歩き出す。向かう先は正面、虚夜宮だ。「また後でね」と織姫に声をかけて、そして一護の横を通り抜ける。
「ま、気が向いたら骨くらいは拾ってあげるよ」
「言ってろ、バーカ」
すれ違いざまに軽口を叩くと、後ろから楽しそうな声が返ってきた。そうだ、これで良いんだ。
さあ、これから忙しくなるぞ。
トン、と軽やかに地を蹴って宙に駆け上がる。尸魂界に突撃した時と似たような状況だったけれど、あの時とは比べ物にならないくらいに心は晴れている。大丈夫、大丈夫だ。皆は強いし、私も強くなった。
「頼んだよ、”
小さく声をかけると同時に、私は始解と”
◇ ◇ ◇
現在、
藍染と市丸、東仙の3人は戦わずに静観しているが、
第5十刃ノイトラ・ジルガは、父様と恋次が相手をしている。苦戦はするだろうけど、卍解できる二人ならすぐに殺されることはないはずだ。ノイトラは戦いを楽しむタイプだから、最初から全力で向かってくることもないだろう。
第6十刃グリムジョー・ジャガージャックは、私が一護たちから離れた数分後に接触したようだ。ここは全く心配していない。漫画でも一護が勝っていた訳だし。
第7十刃ゾマリ・ルルーの相手は、冬獅郎と乱菊さんだ。ここも心配はいらないだろう。癖のある能力だから苦戦はするかもしれないが、あのレベルに冬獅郎が負けるとは到底思えない。乱菊さんだっているし。
第9十刃アーロニーロ・アルルエリは、夜一さんとルキアで対処している。この戦いも同じく心配いらないだろう。本来はルキア一人で勝てた相手だ。そこに夜一さんが加われば、負ける要素なんて全くないと言っても良い。
問題なのは、第8十刃ザエルアポロ・グランツである。コイツと戦っているのは、芦谷とイヅルの二人だ。単純な力比べなら勝ち目はゼロではないだろうが、ザエルアポロの能力がとにかく厄介なのだ。
何が厄介って、コイツの技は初見殺しが多いんだよね。隊長格でも、初見でその技を全て見抜いて避けるなんてことはできないだろう。
……最初から能力全てを知っている、ということでもない限りは。
「うっわ、ちょっと遅かったか」
上空から戦いの様子を見下ろして、ぽつりと呟く。眼下では、芦谷とイヅルが帰刃したザエルアポロの触手に飲まれていた。こうなったらもう、敵の独壇場だ。あの二人だけでは勝てそうもない。こうなる前に助太刀に入りたかったのに。
触手の隙間から、意識を失った二人がヌルリと吐き出される。直後、ザエルアポロの手に小さな人形二つが出現した。
小さく呻き声を漏らして、芦谷が身じろぎする。
「ここは……? 俺は……」
倒れたまま数秒ほど静止して、それから芦谷は現状を理解したように慌てて飛び起きた。地面に転がる彼の斬魄刀”
「おい吉良! 起きろ! 吉良ッ!」
芦谷と同じく、イヅルは覚醒してすぐに飛び起きた。周囲をキョロキョロと見回して、そして十メートルほど離れたところに佇むザエルアポロを見つけて、小さく疑問を口にした。
「芦谷副隊長、これは一体……」
「さあな。ロクでもない能力なのは確かだろうが」
「心外だな。芸術的だと言ってもらおうか」
触手で包みこむと、相手を模した人形を作ることができる。その人形は本人とリンクしていて、人形を傷つけると本人も傷つく。確かに、ロクでもない能力ではある。
嬉しそうに能力を説明しつつ、ザエルアポロが人差し指で人形の頭を弾く。同時に芦谷が後ろに突き飛ばされたように体勢を崩した。額を押さえた手の隙間から血が滴って落ちる。
「芦谷副隊長!?」
「ほら見ろ……ロクでもない能力じゃねぇか」
「この素晴らしさが分からないなんて、可哀想に」
「……そりゃどうも」
ぼそりと文句を言って立ち上がると、芦谷はザエルアポロを睨みつけた。そして、説明を続けようとする敵を遮るように問いかける。
「で、講釈は終わりか?」
「……何だって?」
どう見たって終わりじゃないし、講釈というのもマイナスな意味だろうし、ザエルアポロ本人も終わりのつもりはないだろうし。表情と声色は全く変わらずあっさりしているけれど、色んな意味でしっかり敵を煽っているのは流石である。
それにしても、芦谷ってこんな感じの性格だったんだね。
藍染殺害事件の騒動でも、いつもの素直で真面目な面は鳴りを潜めていたから、てっきりそういう芝居をしていたのだと思っていた。
しかし本当は逆だったのかもしれない。素直だったのは主従関係があったからで、実はこっちの淡白な方が本来の気質だった、と。
何というか……意外だなぁ……
「行くぞ、吉良。アイツの能力が何であれ、使わせる前に片付ければ良いだけだ」
「簡単に言ってくれるね……」
イヅルは呆れたように言葉を返して、そして芦谷の隣に並び立った。
説明を最後まで聞いてもらえなかった上に煽られたザエルアポロは、ピリついた雰囲気を纏っている。それを全く意に介さず、斬魄刀を構えた芦谷が静かに言い放った。
「こんなところで遊んでる暇はねぇんだよ、俺は」
えぇ……?
いや、ほんとに……いつもの素直で真面目な芦谷はどこ行った……?
傍から見ている私はもう、ただただ困惑するしかない。完全に置いてけぼりである。
「……あ」
そんな中、痺れを切らしたザエルアポロが人形を二つに割ろうとしていることに気づいて、私はようやく我に返った。これはマズい。そろそろ止めに入らなければ。
空中から飛び降りた私は、ザエルアポロから数メートル離れたところに音もなく着地する。そのまま瞬歩でザエルアポロに近づいて、その手から人形を素早くぶん取った。
この勢いで万が一人形にヒビでも入ってしまっていたら……うん、まぁ素直に謝って治療をしよう。そうしよう。
「誰だッ!?」
当のザエルアポロは突然のひったくり事件に対応できず、驚愕の表情で辺りを見回している。一方で私はすぐに敵から距離を取って、そして奪い取った人形をじっくり眺めた。
デフォルメされた人形は、片方は金髪でもう片方が黒髪だった。黒髪の方はご丁寧にも眼鏡まで作られている。少なくとも、あんな趣味の悪い用途に使われるようには見えない。
「へぇ、意外と可愛いな」
「お前は……!」
私の声を聞いた途端、ザエルアポロはぐるんと凄まじい勢いで振り返った。そして、忌々しげに私の名を呼ぶ。
「朽木、桜花……!」
「あらら、声だけで分かるなんて熱烈ですね」
「白々しい発言は控えて貰おうか」
苛立ちを含んだ言葉だった。頭の回るこの破面は、現在進行形で私の行動を予測できないことが不服なんだろう。私が十刃の半分を消したあの時だってそうだ。もし私の標的となっていたら、彼にはそれを防ぐ術がなかったのだから。
眺めていた人形二つを懐に入れて、私は敵と味方の間に立ち塞がるように割り込んだ。それから”曲光”を解いて、皆の前に姿を晒した。
「お、桜花様……なのですか……?」
「桜花くん……!?」
信じられないといった様子で、背後の芦谷が私の名を呼ぶ。続いてイヅルにも名を呼ばれて、私は思わず小さく笑った。そんな、幽霊でも見たみたいに呼ばなくても。
「僕の人形は、何処へやった」
「『僕の
「……そうやって、巫山戯ていられるのも今のうちさ」
苛立ちを顕にしていたザエルアポロが、私の言葉を鼻で笑って言った。
「君は心の底から後悔するだろう。この僕を、真っ先に消さなかったことをね」
まぁ、後悔する訳がないよね。普通に考えて。だって数字の小さい十刃から順に消していったんだから。
「……あぁ、いや。そっか、コイツ目線だとそうなるのか」
ふと気がついて、思わず小さく呟く。
そうか。よく考えたら、ザエルアポロが言ってることも的外れではないのかもしれない。
ヤミーが第10十刃から第0十刃に変化する破面だということは、本来私が知っているはずがない情報だ。ということは、ザエルアポロから見た私は、何故か第1から第4までと第10の十刃だけを消したということになる。
つまり『数字の大小に関わらず、厄介に見えると判断した十刃』だけを選んで消したと勘違いされてもおかしくない訳で。その中に入っていなかったザエルアポロは、自身が私にナメられていると思ったと。
そうか、そういうことか。
だったら、そこに重ねて煽ってやるだけだ。
コイツの注目が、芦谷たちから私に移るように。
私は、でき得る限り相手を馬鹿にするように嘲笑って見せた。そして、敵が怒り始めるより先に口を開いた。
煽り性能高めな主従。