僕は、市丸隊長を探したい。
探して、話がしたいんだ。
そう言って、イヅルは一人で行ってしまった。
会ったところで、きっと市丸ギンは何も教えてはくれないだろう。だって彼は、最初からただ一人のことしか見ていなかったのだから。
けれど、そのことはイヅルには伝えられなかった。それこそ私が知っているはずのない情報だ、何故そんなことを言うのかと問われたら答えに困ってしまう。
そして残されたのは私と、放心状態からようやく戻ってきた芦谷だった。
「さっきは勝手に決めちゃったけど、芦谷は私と一緒に行動する方向で大丈夫?」
「一緒……」
「芦谷?」
「……は、はい! もちろんでございます!」
危なかった。ようやく戻ってきたというのに、またどこかへ意識を飛ばしてしまうところだったらしい。私の質問に慌てたように答えて、芦谷は跪いていた体勢から立ち上がった。
今回の
そして恐らく、芦谷の一番の目的は私の保護だ。それをクリアした後のことなんて考えていなかった、というのが正直なところだろう。
「さて……どこに手助けに行くか……」
先程の戦闘で、私は卍解した瞬間と同じくらいの霊圧を放った。恐らくあれで、救出対象である私の生存報告はできたはずだ。だから、わざわざ生存を知らせに行く必要はない。つまり今私たちがやるべきは、他の戦場の助太刀をすることだろう。
けどなぁ、と私は霊圧を探りながら考え込む。
正直、どの戦いもそれほど差し迫ってはいないのだ。皆さんそれなりに苦戦するだろうけど、勝てない相手ではなさそうだし。敢えて選ぶとすれば、
「桜花様」
「ん?」
さてどうしたものかと悩んでいると、それまで黙っていた芦谷が口を開いた。
「戦況が差し迫っていない今のうちに、この虚圏における我々の作戦をお伝えしておきたいのですが。よろしいでしょうか」
「あぁ、第一陣と第二陣に分かれてるって話?」
「ご存じでしたか。では、指揮権がどこにあるのかということについては?」
「指揮権? いや、それは初耳かな」
「では、手短に説明いたします」
第一陣のみが到着している現在、行動と戦闘の判断は各々に任されている。
ただし第二陣が到着した瞬間から、指揮権はその場で一番位の高い者が握ることになる。
「位の高い者……待って、まさか第二陣って残りの隊長格の皆さん全員だったり……?」
「そのまさかです」
「あー……そういう感じかぁ……」
ここ虚圏に、護廷十三隊の最高戦力を全て持ってくる。それはつまり、虚圏を藍染の勢力との戦いの場とする、ということを意味する。もちろん、戦い全てではないだろうが。
「随分、変えてきたな……」
元の作戦から、そして漫画のストーリーから。
ここまで変わってしまうと、もう私の前世の記憶なんてほとんど役に立たないだろう。それはつまり護廷十三隊の素の戦闘力と、現場で指揮をとる者の能力に、勝敗が委ねられるということを意味する。
大きな重圧の掛かる役割だが、隊長格の中で最も位の高い者……つまり総隊長がやるというならむしろ心配するのも失礼な話だ。
「ただし、一名だけ。指揮内容に意見し、その意思決定に深く関わることができる方がいらっしゃいます」
「そんな参謀みたいな制度、護廷にあったんだね」
「その点も含めて、今回限りの体制のようです」
「ふーん。誰なの、それ」
「桜花様でございます」
「は?」
耳を疑った。
私? 総隊長に意見するの? 私が?
「えっ、と……それは、どういう……?」
「桜花様だけが、全てを把握されていますから」
「……え。もしかして始解のこと、バレてる?」
「はい。浦原喜助から、隊長格全員に共有されました」
「うわぁ……まじかぁ……」
個人情報漏洩というか、ハッキングに近いことをやらかしている身としては、このままごく親しい人以外には伝えずにいたかったのだが。どうやらそういう訳にはいかなくなったらしい。
それを、このタイミングで隊長格全員に伝えたと。
喜助さんも思い切ったものだ。
「私のことも、ご存じとか」
「……うん、そうだね。知ってるよ」
「僭越ながら、先に申し上げておきます。私に対しての謝罪は、不要でございます」
私が謝ろうと口を開くより先に、芦谷はそう言った。返事が速いどころの話ではない。迷いがないにも程があるだろう。
胸元に手を当て、芦谷はじっと私を見つめていた。
「元より私の全ては、貴女のものですから」
これまた、すごいことを言う。
ここまで真っ直ぐだと、照れ臭さより先に感心が来てしまう。
やっぱり全てが片付いたら、ちゃんと芦谷と話さなきゃね。この極端とも言える忠誠心の理由を、私は知っておきたいから。
「ありがとね」
「いえ、当然のことでございます」
何でもないようにそう言って、そして芦谷は言葉を続ける。
「最後にもう一点だけ。浦原喜助より、言伝がございます」
「言伝?」
「最初に桜花様を見つけた者の口から伝えるように、との指示でした」
いや、一護さぁ……
ちょっと情報に抜け漏れが多過ぎやしないか。私の始解の話もだし、この伝言の件もだし。織姫と私の無事に安心して、その辺りが頭からすっぽ抜けてたんだな、きっと。一護らしいといえば、一護らしいか。
しかし、喜助さんからの伝言か。一体何を言われるやら。聞きたいような、聞きたくないような。
とんでもない難易度の指示とか、出されたら嫌だなぁ。そんなことを考えながら、芦谷の言葉の続きを待つ。
ゆっくり口を開いた芦谷が、言葉を紡ぐ。
まるで、その一言一句を再現するように。
『手札は揃えておきました。後のことは、頼みましたよ』
「言伝は、以上です」
「……そっか」
一呼吸分あけて、私はそれだけ返した。
そうか。そういうことか。
虚圏に、喜助さんは来ていない。そして恐らく、第二陣としても来る予定はない。きっと、現世と尸魂界で藍染を迎え撃つための準備に専念するためだ。いくら私が心配でも、その役割を放り出して虚圏なんかに来るはずがない。
もともと藍染や十刃たちとの決戦の場は、現世か尸魂界にする計画だった。だから、虚圏へ侵入するメンバーと空座町で戦うメンバーは、漫画のストーリーに沿わせる予定だった。
そしてそれは、一ヶ月間の私の失踪というイレギュラーの発生くらいで、揺らぐようなものではなかったはずだ。だって、救出対象が一人から二人に増えただけなんだから。
それにも関わらず、喜助さんは作戦を大幅に変えた。
「……その方が勝率が上がる、ってことか」
そして、あの言伝である。
『手札は揃えておきました』
『後のことは頼みましたよ』
これは、指示なんかじゃない。
それだけの手札を投入するのだから、放っておいても勝てるのかもしれない。けれど、勝てる『かもしれない』では駄目だ。絶対に勝つ必要がある。それを妨げるものは、全て排除しなければならない。
喜助さんは。虚圏におけるその役割を、私に任せようとしている。
本来は尸魂界で待ち構えていた護廷十三隊の戦力を、丸ごと虚圏に寄越したのだ。漫画で護廷十三隊が倒した戦力――少なくとも十刃とその
「ふふ、無茶苦茶じゃん……」
こんなの、私が生きている前提でしか成り立たない作戦じゃないか。私が死んでいるかもしれないとは、考えなかったんだろうか。
加えて喜助さんは、
いや、もちろん可能性の一つくらいには考えているんだろうけど。そして、それに対する備えも万全なんだろうけど。
それにしたって、これはあまりにも。
「これは、やるしかないなぁ」
笑いながら、真っ青な天蓋を仰ぎ見る。
まるで、初めて仕事を任された部下のようだ。
本来はこんなことをして良い立場にないのは、私も喜助さんも同じだ。それでも私たち二人は、戦局を見て動かなければならない。
時には自分たちよりも格上の存在を、総隊長を含む全ての隊長格を
例え、その思考そのものが傲慢であると
それでも、私たちは。
「行こう、芦谷」
だから、今の私がやるべきは――
「――あらァん? 一体何処へ行くというのかしら?」
突然、聞こえた問い。
初めて聞く声だったが、私はその霊圧を知っていた。
「何者だっ……!?」
瞬時に刀に手を掛けた芦谷が、声のする方へ振り向いた。一歩遅れて、私もゆっくりとそちらを見遣る。大丈夫だ。今すぐに斬魄刀を抜かなければならないほど、コイツらは強くない。殺気だって、今はまだ感じない。
「此奴らはもしや……」
「大丈夫だよ、十刃じゃない」
そこにいたのは、複数の
名前は……駄目だ、忘れた。
漫画でも大して印象に残っていないし。確か副隊長や席官たちにアッサリ退場させられてた気がするし。
「十刃でない破面、ということでしょうか」
「そ。従属官って言ってね。十刃の部下なんだってさ」
「
「うわ、びっくりした」
仮面で目元を覆った破面が、急に大声を出して私たちの会話に割り込んできた。そういや居たな。正解と書いてエサクタと読む、随分と癖の強い破面が。
まぁ癖の強さで言えば、最初に話しかけてきた破面がダントツだろうけど。それはそれとしてコイツも大概だ。何だよエサクタって。何語だよ。
「……で、アナタ方は何をしにここへ?」
「ブチのめしに来たに決まってんだろうがよッ!!」
「馬鹿、違うだろ。バラガン陛下のご命令も無しに、意味もなく戦って良いと思ってんのか」
目の下と額に仮面のある破面が反射のように怒鳴り、それを長い牙の仮面を被った破面が窘める。そして、黙ったままこちらを見る大柄の破面が二体。合わせて、六体。
彼らは、
コイツらの上司は現在、私のせいで戦闘不能になっている。彼らがそのことを把握しているかどうかは知らないが。
「そう警戒しなくても大丈夫よ? あたし達、戦いに来たんじゃないもの」
「人探しさ。朽木桜花という娘を探していてね」
「へぇ、朽木桜花を?」
敵陣営の皆さんはどうも、私に会いたくて仕方がないようだ。熱烈なことで。全く嬉しくはないけど。
彼らはあれが私の仕業であることは知っていても、肝心の私の顔を知らないらしい。確かに私は、従属官と顔を合わせる機会がほとんどなかった。玉座の間や円卓の広間で好き勝手やった時も、従属官はその場にいなかったからだ。
まぁ当然、"狭霧"で彼らの情報は入手済みなんだけどね。
「いかがいたしますか」
芦谷が、私の方を伺いながら訊ねた。
そんなの、決まってるでしょ?
腰に差していた“雲透”をすらりと抜き放ち、芦谷の問いに答える。
「倒しておくよ、芦谷」
「承知いたしました。……
芦谷が私の名を呼んだ。その瞬間。
周囲の霊子が揺らぐほどに、破面たちが殺気立った。
「……テメェか?」
従属官の一体が、地を這うような声で問う。
それに、私は笑顔で答えた。
「
「貴様ァ!! よくもッ!!」
霊圧が爆発的に増加して、六体の破面たちが次々に帰刃していく。今の今まで、陛下の命令なしには戦えないとか言っていたというのに。復讐はカウントされない、ということだろうか。
コイツらは十刃ではないとはいえ、副隊長が始解して対応する程度の力はある破面だ。絶望的とまでは言わずとも、それなりに厄介な状況なのかもしれない。
けれど、不思議と不安はなかった。
「照らせ、"
芦谷の解号を聞きながら、私は地を蹴って走り出した。
牢を出てから、何もかもがうまくいっていた。
藍染を騙して、出し抜いてやった。
あの喜助さんに、大きな役割を任せてもらった。
だからきっと私は。
調子に乗って、しまっていたのだろう。
バラガンの従属官と死神たちの戦いは結構ギャグに振ってて面白いし、屈指の名言がたくさん生まれてるので、個人的にとても好きです。
一体ほど、元ネタがヤバい奴がいますが。
※次回更新:6/30(月) 5:00 予定