見通しが甘かった。
起こり得るリスクの考慮も、それに対する備えも、何もかも足りていなかった。色々なことがうまくいって、油断してしまっていた。
後悔と反省を挙げ始めたらキリがない。
はぁ、と大きく息を吐いて、
まぁ……片脚がなくなったら、こうもなるよね。
「いやぁ……脚はダメだよね、脚は……」
腕ならともかく、と続けると芦谷に「腕でも駄目です」と端的に返された。そうか、駄目なのか。機動力が落ちない分、かなりマシだと思うんだけど。
止血剤と痛み止めはすぐに投与した。それでも痛みと消耗で回道が安定しない私を見かねて、芦谷が代わりに治療をし始めてから五分ほどは経ったか。
「完っ全に、油断してた……これじゃ、喜助さんに笑われるなぁ……」
言葉の綾みたいなものだ。いくら喜助さんだって、流石に今の状況を見て笑いはしないだろうけど。
そんなことを考えたところで、私は現実逃避を止めた。私が脚を失った直後は気が動転して半泣きだった芦谷も、ようやく落ち着いてきたようだ。回道を使いながら私と会話できるくらいには。
「さて……どうしたもんか……」
脛から下を失って、短くなってしまった左脚を見下ろす。これは、敵に斬られたのではない。私が”雲透”を使って、自らの意思で切り落としたのだ。
”雲透”自身は、かなり嫌そうだったけれど。
それでも、死ぬよりはずっとマシだった。
◇ ◇ ◇
それは、六体の
「見つけたぞ」
白ばかりが続く景色の中。
そこに、
「……嘘でしょ」
思わず、小さく漏らす。
一時間半ほど前。私が
おかしい。
だってまだ、出てこられないはずだ。
反膜の匪で幽閉することのできる時間は、その破面の霊圧の大きさによる。虚圏での潜伏中、ウルキオラにこれが使われていたことを思い出した私は、彼の霊圧を元にそれぞれの十刃の拘束時間を予想していた。
もちろん、予想はあくまでも予想だ。その通りにいくなんて全く思っていなかった。
けれど。
それにしたって、これは。
いくら何でも。
「まさか、此奴は……」
「……バラガン・ルイゼンバーン。藍染から2番を与えられた、
「2番……」
芦谷が、呆然と呟いた。
私たちの目の前に立つのは、大きな両刃斧を持った隻眼の老人だった。その巨大な武器も、王冠の形をした仮面の名残も、無敵とも言える能力も。その全てが、この破面を『大帝』と言わしめるに足るものだった。
その『大帝』が私たちを――いや、私を睨みつけて言った。
「よくも、この儂を幽閉してくれたな……この、不届き者めが」
あぁ、マズい。相当恨まれてるな、これは。
じわりと、静かに緊張がにじり寄ってくる。
老人から滲み出た怒りが、大気中の霊子を揺らしている。
長い長い時を生き、虚たちに崇め奉られてきたこの十刃は、とにかくプライドが高い。だから許せなかったんだろう。私のような小娘に良いようにされ、それに抵抗すらできなかったということが。そして、自らの従属官筆頭たちを全滅させられたということが。
息が止まりそうな沈黙が続いて、そして老人は重々しく口を開いた。
「儂の不興を買ったこと、その命朽ち果てるまで
これまた、怖いことを言ってくれる。
その霊圧と気迫に
コイツとだけは、正直戦いたくなかった。
何てったって、相性が悪過ぎる。コイツと戦うくらいなら、
……仕方ない。とりあえず卍解して様子を見るか。
そう思った、その時だった。
「――朽ちろ、”
う、嘘でしょ!?
声にならない悲鳴を上げて、私は踵を返した。もちろん芦谷の腕を引っ掴んで、だ。
「桜花様!? 一体――」
「逃げるよ!!」
すぐに理解して瞬歩してくれた芦谷と共に、全力でこの場から退避する。
ちら、と振り返る。そこにいたのは、闇をそのまま体現したような存在だった。濃紺と漆黒の入り混じった衣、鎖の垂れ下がった黄金の王冠。そして、真っ暗な眼窩のしゃれこうべ。
この破面が真っ先に私を狙ってくる可能性。それは最初から読めていた。だから第2従属官を倒した後は、可能な限り早くその場から離れるつもりだった。そうでないと、従属官の霊圧を辿ったバラガンと出くわす可能性があったからだ。
けれどまさか、『
「”
来た。
巨大な両刃斧を振ることもなく、ただその身体から滲み出た黒い靄のような何か。それが急速に膨らんで、そして私たちを追い始めた。
これは、本当にマズい。
兎にも角にも情報共有だ。私と同程度の瞬歩を扱える芦谷と並走しながら、端的に情報を伝える。
「あの黒いのに当たったら死ぬよ!」
「死ッ……!? そんな、能力が……?」
「あるんだよ! 残念ながらね!」
怒鳴るように返して、また後ろを振り返る。
――あぁ、駄目だ。黒い靄が、思いの外近くまで来てしまっている。
「”縛道の三十九・
咄嗟に通常の数倍の霊力を込めて、直径数メートルの鬼道の盾を出現させる。放った後は確認もせずに、とにかく瞬歩で逃げる。その二秒後、ガラスが割れるような音が響き渡った。そうか。強化した大きな”円閘扇”でも、たった二秒しか保たないか。
「芦谷、もう止まって大丈夫だよ」
芦谷に言葉を掛けつつ、私も立ち止まる。”死の息吹”の効果範囲は、最大で数百メートル程度。つまりその範囲から出てしまえば、あの靄に当たることもない。
「効果範囲がここまで、ということか……広いな」
私のすぐ傍で立ち止まった芦谷が、独り言を漏らす。
「本人が近寄ってきたら、その分範囲もこっちに伸びるからね」
「……そうなりますよね。アレに触れると、何が起こるのでしょうか」
「老化、するんだよ」
無機物なら、ボロボロに崩れて塵になる。
人の身体なら肉が崩れて骨になり、そして最後は同じく塵となって消え失せる。
それをそのまま告げると、芦谷は顔を引きつらせて黙り込んだ。分かる、分かるよ。おかしいよね。触れるだけで即アウトな技を、何の代償もなく連発してくるんだから。ズルいよね。
「対処法は、あるのですか」
「……ないよ」
そう否定しながら首を振ると、芦谷は「そんな……」と絶句した。
私の”雲透”と芦谷の”
そしてバラガンの”髑髏大帝”は、鬼道をも老化させて塵にすることができる。
つまり私たちの技は全て、”死の息吹”を浴びると
例え”花霞”で隠れていたとしても。私の元へ辿り着いた”死の息吹”は、”花霞”という技を解除してしまう。そしてすぐに、私の身体を塵に変え始めるだろう。こんなもの、どうやって戦えというのか。
「逃がすと思ったか」
「くそッ……もう、ここまで……!」
この間に、すぐ近くまで距離を詰めてきていたらしい。すぐ近くに迫った敵の姿に、芦谷が悪態をついた。
「足掻くなら、より無様に足掻くが良い。その方が興が乗るというものよ」
「随分と偉そうな物言いだな……王にでもなったつもりか?」
「芦谷、今は煽らないで」
「……ふむ。貴様のような蟻の戯言に興味はないが、どうやら小娘と親しい様子……どれ、貴様から塵にしてやろうか」
バラガンの視線が、初めて私から芦谷へ移った。
骨の掌を伸ばし、刀を構えた芦谷へと向ける。
何をしようとしているかなんて、考えるまでもなかった。
「芦谷ッ!! 逃げろ!!」
思わず叫ぶ。
芦谷はすぐに踵を返した。
直後、黒い靄がバラガンの掌から溢れ出す。先程とは違って、明確な指向性のある攻撃だった。それは確実に、芦谷一人を狙っていた。だから私は少しでもバラガンの気を引こうと、破道を放つために霊力を――
「……え?」
――ふと、左足に違和感。
嫌な予感と共に、足を見下ろす。
はためく死覇装の裾、その先。
左の足先が、黒い何かに包まれている。
「ッ……!?」
衝撃に、息が詰まった。
どうして。
あの攻撃は確かに、芦谷一人を狙っていた。
それなのに、どうして。
そんな無意味な問いが頭の中を巡っているうちに、草履と足袋が朽ち果て、肌色の爪先が覗く。
指先が、削れていく。
赤の混じった肉片が塵となり、白い骨が露出する。
その骨もやがて朽ち果て、跡形もなく消え失せていく。
それは、確かに恐怖だった。
自分の肉体が朽ちていく
「くそ、っ……!!」
もはや、反射だった。
悲鳴を上げそうになったのを飲み込み、痛いくらいに"雲透”を握りしめる。そして躊躇いなく、自分の左脛へと振り下ろした。
ちょっと短いですが、キリが良いので。
”死の息吹”の効果範囲が最大で数百メートル程度、というのは独自設定です。
※次回更新:7/2 (水) 5:00 を予定。