傲慢の秤   作:初(はじめ)

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(藍染陣営にとっては)地獄の全国放送、開幕。



九十五、天挺空羅①

 

 

 

 六番隊の朽木白哉と阿散井恋次が相手取っているのは、長身痩躯の破面だった。

 

 その破面は、自らを第5十刃(クイント・エスパーダ)のノイトラ・ジルガだと名乗った。

 

 クイント、などと言われても恋次にはよく分からなかったが、後にその舌に『5』の数字が刻まれていることに気づいて腑に落ちた。

 

 本人が得意気に語っていた内容から察するに、十刃の中でも数字が小さい者がより強いらしい。つまりこの破面は、十刃の中で5番目に強いということになる。これよりさらに強い破面が四体もいるという事実は、正直あまり信じたくないことではあるけれど。

 

「にしても、硬いっすね……」

「あぁ」

 

 恋次の言葉に、朽木隊長は小さく頷いた。

 

 単純な戦闘能力は、恋次達二人で対応すれば充分に事足りる程度だった。けれど、如何せん相手の身体が硬すぎるのだ。

 

 朽木隊長が卍解して、桜の花びらを象った刃で切り刻んでも。恋次が卍解して"狒骨大砲(ひこつたいほう)”を撃っても。それでも、ノイトラに致命傷を負わせることはできなかった。

 

 娘の安否が気になって仕方ない隊長はもちろん、彼女と友人関係にある恋次もやはり、どうしても焦燥感を拭い去ることはできずにいた。こんなところで道草を食っている場合ではないだろう、どう考えても。

 

「ようやく出られたと思ったら……もう結構やられてんじゃねぇか」

 

 だから、そんな言葉と共に破面がもう一体現れた時は正直かなり焦った。

 ただの破面なら、まだ良かった。けれど、ソイツはそうじゃなかった。

 

「手伝うか?」

「要らねーよ舐めてんのか!? 第1(プリメーラ)だからって、調子に乗ってんじゃねぇよ!!」

「いや、舐めてねーし調子に乗ってもねーよ……まぁお前が要らないってんなら良いけどよ」

 

 プリメーラ。そう聞いてもやはり何のことかは分からない。けれど、その言い方から判断するにノイトラの『5』よりは上の番号なのだろう。

 

 どうやらこちらの戦闘に参加してくるつもりはないようだが、ここから離れるつもりもないらしい。今の時点で苦戦しているノイトラを倒したとして、次は新しく現れた十刃、それもノイトラより強い奴の相手をしなければならない。

 

 これは、なかなかに骨が折れそうだぜ。

 

 内心そう呟きながらも、恋次はニヤリと笑って見せた。

 

 強い敵? 厳しい戦況? 上等じゃねぇか。

 壁なんて、これまで何度もぶつかってきたんだ。

 今更こんなもんで絶望したりするかよ。

 

「行くぞ、恋次」

「はい」

 

 恋次と同様に全く動じていない朽木隊長が、そう言って刀を構え直した。

 

 その、瞬間。

 

「何だァ? 一匹余ってんじゃねェか」

 

 聞き覚えのある声がしたと同時に、プリメーラとかいう十刃が吹っ飛んだ。衝撃と風圧で舞い上がった砂埃が、その声の主を隠す。

 

 直後。鋭い風切り音と共に、砂煙が切り裂かれた。

 現れたのは、十一番隊隊長。かつての恋次の上司。

 

 「更木、隊長……!?」

 

 そこに居たのは、更木剣八だった。

 その肩には、副隊長である草鹿やちるの姿もあった。

 

 ――第二陣が、到着したのだ。

 

「やっほー、びゃっくん! 元気?」

「おい、朽木。コイツもらうぜ」

「……好きにしろ」

 

 朽木隊長が、うんざりしたような態度で返す。

 その返事を待つこともなく、更木隊長の姿が搔き消えた。

 

「オラァッ!!!」

 

 次の瞬間、更木隊長は自らが吹っ飛ばした十刃の近くに出現した。乱暴な声で、乱暴な剣筋で、ギザギザの長刀が振り下ろされる。

 

「うおっ!? おいおい嘘だろ!? ちょ、待てって!」

「待たねェよ!」

 

 慌てる十刃に、更木隊長は嬉々として刀を叩きつけた。またもや豪快な土煙が立ち上り、その姿が見えなくなった。そこまで確認した恋次は、サッと視線をノイトラに戻した。正直、ほんの少し、あの十刃に同情してしまったのは内緒だ。

 

 さて、これで自分達の相手はこのノイトラ一体に絞られたと言う訳だが。

 ひたすらに硬いこの破面を相手に、どうやって攻めたものかと考えた、その時だった。

 

『あーあー、テステス……聞こえますか?』

 

 頭の中に霊力が入り込んでくるような感覚と共に、声が響き渡った。

 

『あれ、これ聞こえてる? ……あ、聞こえてるのね。了解了解』

 

 誰かと話しているような、気の抜けた言葉。

 よく知っている。この、声は。

 

「隊長っ! これ……!」

 

 ハッとして、朽木隊長の顔を見る。

 隊長は目前の敵の存在を忘れたかのように、目を見開いていた。驚き、喜び、安堵。それら全てを混ぜたような、そんな表情だった。朽木隊長のそんな顔を、恋次はこの時初めて目の当たりにした。

 

『護廷十三隊各隊隊長・副隊長・席官各位、及び空座町の皆様』

 

 わざとらしく咳払いしたその声は、ここ虚圏(ウェコムンド)にいる味方全員を呼んだ。つまりこれは、味方陣営全員に宛てた”天挺空羅(てんていくうら)”だ。

 

 そして、その縛道を行使しているのは。

 

『こちら、朽木桜花です』

「桜花……」

 

 ぽつり、と朽木隊長は呟いた。それを聞いたノイトラが、怪訝そうな顔をした。

 

「何だよ、急に」

「……何でもない」

「隊長……それは流石に無理あるっす」

 

 とはいえ、桜花からの連絡が入っていることは、絶対に敵に悟られてはいけない。そのくらいは恋次にだって分かる。

 

 何事もなかったかのように刀を構え直した朽木隊長に少しだけ呆れつつ、恋次も刀を構えて走り出した。敵に刀を振り下ろしながらも、その頭の中には桜花の声が流れ続けていた。

 

『まずは報告から。井上織姫と朽木桜花両名は、無事に黒崎一護と芦谷塵副隊長により保護されています。ご安心ください』

 

 何が『ご安心ください』だ、馬鹿野郎。良い加減にしねーと、朽木隊長そろそろホントに泣くぞ。

 

 そうやって内心で罵倒しながらも、恋次は知らず知らずのうちに口角を上げていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『次に、私から皆様に共有事項があります。長くなりますが、該当する箇所だけでも耳を傾けていただけたらと思います』

 

 "天挺空羅”で聞こえてきたその声は、先程まで直接話をしていた少女のものであった。

 

『私の斬魄刀”雲透(くもすき)”の能力のことは、皆様ご存じという前提でお話しします』

 

 やはりその話をするのか、と納得して頷く。であれば、自分はこの声を聞き続ける必要はないのだろう。けれど。

 

「でもねぇ。女の子からの電話を途中で切るなんて、ボクにはできないよ」

「まず電話ではありませんし、そもそもその発想自体が気持ち悪いです」

「今日の七緒ちゃん、ちょっと辛辣じゃない……?」

「いえ、いつも通りです」

 

 飛んできた”死の息吹(レスピラ)”を、その度に影に飛び込んで避け続ける。そんなことを繰り返して虚夜宮(ラスノーチェス)とかいう巨大な城の外まで誘い出した頃には、バラガンという破面は"死の息吹”そのものをあまり使わなくなった。無駄撃ちはしないという訳だ。どうやら敵も馬鹿ではないらしい。

 

「しかし"死の息吹”、ねぇ……」

 

 七緒ちゃんと一緒に影の中に飛び込んで、そして呟く。

 

 『死の』だなんて大層な名前がついているくらいだ。触れるだけで塵となって朽ち果て、死に至る。確かに破壊力のある嫌な攻撃だ。けれど。

 

「ちょこまかと、逃げ回りおってッ……!」

 

 狙っていた桜花ちゃんに逃げられ、代わりにやってきた京楽達には必殺技たる"死の息吹”を避けられ続け……敵の怒りは頂点に達していた。そんな敵の背後の影から飛び出して、京楽は音もなく斬魄刀を振るった。

 

 バラガンの近くにあるものは、等しくその動きを鈍化させられる。それは事前に桜花ちゃんから聞いていたことだった。だったら、鈍化したとしても避けられないくらいの近距離から、高速で攻撃を繰り出せば良いだけの話だ。

 

 しかし。

 

「うーん、やっぱり駄目か」

 

 京楽の”花天狂骨”はやはり、バラガンの身体に到達することができなかった。ほとんど動きを止めてしまった刀を引こうとしたが、それもうまくはいかなかった。どうやら、引く速度まで鈍化してしまっているらしい。

 

「愚かな奴め」

 

 そして、バラガンの全身から漆黒の靄が漏れる。

 ソレが急速に広がって、"花天狂骨”の刃先と京楽の爪先に掠った。

 

「ちィッ……」

 

 舌打ちをしつつも、京楽は迷わなかった。

 靄がこれ以上進行する前に、"花天狂骨”の刃先を折る。

 

 そして、自らの爪先を一息に切り落とした。

 

「成程、随分と判断が速いな」

 

 そのまま飛び退って距離を取った京楽に、バラガンが感心したように溢した。

 

「それは、皮肉かい……?」

 

 確かにほんの一瞬でも判断が遅れていたら、"花天狂骨”は一振りの斬魄刀になっていただろうし、京楽は片足を丸ごと失っていたことだろう。

 

「参ったね、どうも……」

 

 バタバタと血が流れ落ちる、片足を見下ろして呟く。

 踵が残っている以上、歩行に支障はないだろう。痛みは酷いが、死にやしない。

 

 これで、単純な斬術は通用しないことがよく分かった。速度を落とされるのだから、”艶鬼(いろおに)”を使っても意味はない。”影鬼”を使っても攻撃できないのは、先程証明されてしまった。他にもいくつか技はあるが、そもそも物理的な攻撃が当てようがないのだから意味は薄い。

 

 ちょっと桜花ちゃん、始解でも勝てるってホントなの?

 

 苦戦はするが始解でも勝てると言い切った、朽木家の少女のことを思い出す。自分の弱さを棚に上げてあの()を疑うなんて、我ながら何とも女々しく情けない思考だ。

 

 そんなことを考えながら、京楽は一人自嘲した。

 

「――さて、と」

 

 こうなれば、次の手は一つ。

 

 七緒ちゃんは、まだ自分の影の中にいる。つまり、巻き込んでしまう可能性はない。

 

「塵となって朽ち果てる、か……流石、"死の息吹”なんて大層な名前がついてるだけはある」

 

 でもね、と言葉を続ける。

 

 奇しくも、京楽の斬魄刀にも『死』が深く関わっている。けれど自身のそれは、バラガンの『死』の形と大きく異なっている。

 

「『死』ってのは、そんなに儚いものじゃないんだよ」

 

 もっと暗くて、もっと重くて。

 そして、もっともっと苦しいものだ。

 

「……キミに、良いものを見せてあげるよ」

 

 そう(うそぶ)いて、京楽は久方ぶりに()()()を呼んだのだった。

 

 

 




本当は一話で書き切りたかったんですが、長くなってしまったので一旦ここで切ります。
他の十刃との戦いについては、次話で触れていきます。

※次回更新:7/10 (木) 5:00 を予定。
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