傲慢の秤   作:初(はじめ)

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九十六、天挺空羅②

 

 

 

 冬獅郎と松本乱菊は、ゾマリという名の不気味な外見をした破面(アランカル)を相手取っていた。傷は負ったものの命の危機に陥るようなこともなくソイツを倒し、一息ついた時のことだった。二人の前に、大きな霊圧を持つ破面が四体現れたのだ。

 

 中でも一際大きな霊圧を放つ金髪の破面は、十刃(エスパーダ)かそれに準ずる力を持った実力者。そして残りの三体は、その部下か何かなのだろう。

 

 いずれにせよ、今の冬獅郎達が二人だけで立ち向かうには少し厄介な相手だった。さてどう戦ったものかと考えたところで、第二陣として虚圏(ウェコムンド)に侵入した死神達が助太刀に入ってくれた。

 

 それが、一番隊の雀部副隊長と、六番隊三席であり冬獅郎の幼馴染でもある雛森桃の二名だった。

 

『金髪の破面は俺がやる。残りの奴らは任せた』

『了解』

 

 隊長一名と副隊長二名、そして三席が一名。

 

 そうなれば必然的に、一番霊圧の高い破面の相手は冬獅郎がすることになる。

 

 さっと二手に分かれた冬獅郎達を、その破面達は酷く冷静な眼差しで見つめていた。余程冬獅郎達を舐めているのか、あるいはそれだけの実力があるということか。

 

 結論は、後者だった。

 部下の破面三体だけならばまだ良い。しかし、問題はどこからか出現した巨大な怪物だった。

 

 ソイツは、あまりに強かった。松本と雛森はソイツに敵わず、重傷を負わされてしまった。

 

 ――そんなことがあったのが、十分ほど前のこと。

 

 

 

 

「松本と、雛森は?」

「下で、卯ノ花隊長の治療を受けています」

「そうか。……ありがとう」

「いえ」

 

 隣に立つ副隊長は、言葉少なに首を振った。

 副隊長といっても、自隊の副官ではない。そこにいるのは、雀部長次郎。一番隊の副隊長を長年務める男だった。

 

「あの怪物は、お前が倒したのか」

「はい」

「あの破面三体もか」

「えぇ、その通りです」

 

 血どころか埃すらついていないベストをはためかせ、雀部副隊長は事も無げにそう返した。そんな姿に、冬獅郎は違和感を抱いていた。

 

 雛森だって、副隊長に準ずる実力を身につけているのに。

 松本だって、副隊長として十分な力を持っているのに。

 

 その二人を一瞬で沈めたあの怪物を倒し、さらには三体の破面まで対処してしまったというのか。副隊長の身でありながら、息一つ乱すこともなく、傷一つ受けることもなく。

 

 ちらり、とその感情の読めない横顔を盗み見る。この副隊長が、かなりの手練れであることは知識として知っていた。千年前、護廷十三隊が創設された時より一番隊の副隊長を務め続けてきた古株。幾度となく来た隊長昇格の打診を全て蹴り、表立って戦うこともなく、常に山本総隊長の傍に控えていた男。

 

 そういえば、と冬獅郎は思った。自分は基本的に、副隊長達を呼び捨てにしている。だというのに、雀部副隊長だけは無意識に役職名をつけて呼んでいた。それの意味するところを初めて考える。

 

 あぁ、そうか。俺は、本能的に理解していたのかもしれない。

 

 この男は、もしかしたら――

 

 そんな冬獅郎の思考を断ち切ったのは、突如展開された”掴趾追雀”と”天挺空羅”だった。

 

 

 

 ”掴趾追雀(かくしついじゃく)”で捕捉された気配を感じ取ってすぐに、日番谷冬獅郎はその犯人と意図に気がついた。

 

 その数十秒後。”天挺空羅(てんていくうら)”の声が頭の中に響いて、冬獅郎は自らの予想が正しかったことを悟った。

 

「……聞こえたか」

「はい。確かに」

 

 雀部副隊長が、小さく頷いた。

 

 この声は、この霊圧は、間違いない。

 朽木桜花。冬獅郎の霊術院時代の同期で、友人の一人。

 

 四十年の失踪から戻ってきたのだ、たかだか一ヶ月程度でくたばるはずがないとは思っていた。けれど、いざ声を聞くと安心したのは事実である。隊長として情けない感情であるため、認めたくはないけれど。

 

『――まずは確認してください。皆様の目の前にいる破面は十刃でしょうか。十刃ならば、身体のどこかに番号が刻まれているはずです』

 

 十刃だろうな、まず間違いなく。

 桜花の言葉に内心頷く。

 

 この霊圧だ、これで十刃ではないと言われたらたまったものではない。それに何より、と冬獅郎は相対する女の破面に視線を遣った。

 

『十刃に割り当てられた番号は、一から十。大抵が番号が小さいほど強いので、戦う際の指標になります』

 

 目の前の金髪の破面。

 その胸元には、『3』の数字があった。

 

 つまり、冬獅郎達が相手にしているのは、上から数えて三番目に強いということになる。なるほど確かに、強い訳である。

 

「僭越ながら、手助けさせていただきます」

「あぁ、悪い……助かる」

 

 同じく、雀部副隊長もその強さを理解したらしい。謙虚な態度で手助けを申し出てくれた。もとより冬獅郎は戦いそのものを愉しむ質ではないし、意地を張らなければならないような状況でもなかった。その申し出をありがたく受けて、冬獅郎は独り言のように呟く。

 

「出し惜しみなんざ、している場合じゃねぇしな」

「えぇ。二対一では不公平などと、言っている場合でもないでしょうから」

 

 ほとんど会話もしたことのない間柄だったけれど、意見は合致しているようだった。まさか雀部副隊長と共闘することになるとはな、と冬獅郎は小さく笑った。

 

 そして、自らの卍解の名を口にする。

 

「卍解、”大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)”」

 

 途端に、自らの霊圧が跳ね上がる。パキパキと音を立てて広がった氷が、大きな竜の翼と尾を象る。

 

 万全な状態からは程遠いけれど、それでも”氷竜旋尾(ひょうりゅうせんび)”を始めとするいくつかの技を使うくらいは余裕だろう。

 

 天相従臨(てんそうじゅうりん)の能力を使った技、"氷天百華葬”を使うという手もない訳ではない。しかし今の万全でない体調で、始解状態でしか使ったことのないこの技を使うのはリスクが高過ぎる。

 

 負傷した松本と雛森は、いつの間にか卯ノ花が遠くに運んでくれていた。しかし、ここには雀部副隊長がいる。今の冬獅郎には、彼を巻き込まずにそれを使う自信はなかった。

 

「成程……それが、卍解というものか」

 

 そんなことを考えつつ、氷を纏わせた刀を振るう。

 それを避けた破面が、冷静さの中に静かな怒りを秘めた声色で呟く。

 

「アパッチ、スンスン、ミラ・ローズ……よく戦った」

 

 雀部副隊長に倒された三体の破面のことを指しているのだろう。三つの名前を口にしたその十刃は、(ホロウ)とは思えない程に仲間意識が強いようだった。

 

「待っていろ。私が必ず、お前達の仇を討ってやるから」

 

 そう言って、十刃は斬魄刀を逆手で構えた。

 

 ――何か、してくる。

 

 そんな危機感を抱いた冬獅郎は、咄嗟に”残氷人形”を作った。自分の分と、雀部副隊長の分だ。

 

「討て……”皇鮫后(ティブロン)”」

 

 そして、その予想は正しかった。

 

 刀剣解放を行ったその破面は凄まじいスピードで人形へと迫り、そしてその二つの身体を一振りで両断してしまったのだ。

 

 その隙に上空へと飛んでいた本体二人が、破面の死角を突くように迫る。しかし。

 

「これを防ぐか。流石だな」

 

 冬獅郎と雀部副隊長の攻撃は、破面によって防がれてしまった。感心してそう漏らすと、破面が「どういうことだ」と静かに問うた。

 

「あそこまで速度と射程が上がるとはな。念を入れておいて良かったぜ」

 

 そう言って、答え合わせに”残氷人形”を砕いて見せる。

 

 さて、これで奥の手を一つ使ってしまった訳だが。果たしてどう攻めるべきか。警戒しつつも考えていると、いつの間にか雀部副隊長が直ぐ側に来ていた。

 

 「どうした」と訊ねると、雀部副隊長はほんの少しだけ迷うような素振りを見せた。そして、意を決したように口を開く。

 

「日番谷隊長。私共に構わず、天相従臨(てんそうじゅうりん)の技をお使いください」

「いや、それは……」

「問題ありません。松本副隊長達は卯ノ花隊長が遠くまで連れて行って下さいましたから」

「ならお前はどうするんだ」

「私は、避けられます故」

「避ける、つったって……」

 

 何を言っているのか、と思った。天相従臨は、天候を従える程の能力だ。いくら雀部副隊長が強かろうが、副隊長が避けようと思って避けられるものではないのだ。

 

 もちろん、これが無知ゆえの妄言ではないことは分かっている。だからこそ、本当に意味が分からなかった。

 

 混乱する冬獅郎を余所に、雀部副隊長はあくまでも冷静そのものだった。

 

「勿論、侮っている訳ではございません」

 

 いや、そうだろうが。そういうことを言っているのではなく。

 

 肯定だか否定だか、自分でもよく分からない言葉を内心で零す。そんな冬獅郎の感情までも見透かしているらしい雀部副隊長は、敵を真っ直ぐに睨みながら言葉を続けた。

 

「私は、見慣れているのです。私の斬魄刀も、()()ですから」

「は?」

 

 見慣れている? 見慣れてるって何だ。

 私の斬魄刀も()()

 

「まさかッ……!!」

 

 ハッとして、その手の中の斬魄刀を見る。未解放ゆえに通常の刀の形をしているそれは、一度解放すると雷を自在に操ることができると聞く。

 

 雷。そう、雷だ。

 これもまた、天候の一つである。

 

 ――天相従臨、ということなのか。

 

 雀部副隊長の斬魄刀”厳霊丸(ごんりょうまる)”も、そうだというのか。

 

「このことは、くれぐれもご内密に」

 

 そう言い残して、雀部副隊長は駆け出した。呆気にとられる冬獅郎を置き去りにして。

 

 その手には、先程までとは異なる形の刀が握られていた。右拳を守るように変形した大きな鍔と、細身の刀身が特徴的な刀だ。

 

 一体いつの間に、始解したのだろうか。

 解号を、唱えることもなく。

 

『――次は、第3(トレス)十刃です』

 

 不意に、桜花の言葉で我に返る。

 

 この間も桜花は話を続けていたが、第3十刃の話になるまでは聞き流していたのだ。ここからはきちんと聞かなければ、と意識をそちらにも割いた。

 

『彼女の長所は、その耐久性と多彩な水の攻撃です。非常にタフで頑丈なので、多少の攻撃では倒れません。何度も繰り返し戦闘不能に追いやる、くらいのつもりで取り掛かっても良いかと。そして次は、能力について。彼女は虚閃(セロ)の他に、水を扱う能力を持っています。単純な水の操作、大量の水を生み出して押し流す、水温の上昇下降、などがあります。大気中の水分も扱えるので非常に厄介ですが、技の威力自体はそれほど強い訳ではありません。ただしあまり時間を与えると、空気中の水分量を増やして大技に備えてくるので、早めに倒してしまった方が良いでしょう。……あ、下手に氷を使ったら熱湯で溶かされるので気をつけてくださいね。とはいえ、卍解の天相従臨全開で行けば普通に勝てると思いますよ』

「いや、情報量えげつねぇな……」

 

 確かに、相手の能力を読むことができるとは聞いていた。しかし、ここまでのものだとは、正直思っていなかった。長所と短所だけではなく、それに対する策まで提案してしまうだなんて。

 

「無茶苦茶だな」

 

 しかも、それを”天挺空羅”で護廷十三隊の隊長格全員にばら撒くだなんて、藍染陣営からすればとんでもなく悪辣な行為である。

 

 ……つーか、あいつ実は知ってんだろ。俺が第3十刃と戦ってるってこと。最後の言葉は完全に、俺個人に向けてただろ。わざとらしい敬語なんか使いやがって。

 

「……はは」

 

 その状況が一周回って遂には面白くなってきてしまって、冬獅郎は思わず苦笑いを零した。

 

「何が可笑しい」

「いや、どうにも気の毒でな」

 

 目の前には、天相従臨の斬魄刀を持つ隊長格が二人。

 

 そして、弱点も対策も全てを丸裸にされている。

 

 彼女はそのどちらの事実にも気づかず、自分達に勝つつもりでいる。彼女に落ち度はないのだから、彼女自身を馬鹿にするつもりは全くなかったけれど。

 

 ただ、その……何というか、もはや気の毒という言葉でしか言い表せないだけというか。

 

 いずれにせよ、次の攻撃で全てが決まる。雀部副隊長からも桜花からも背中を押されてしまったのだから、やらないという選択肢は存在しない。

 

「……名を、訊いておくぜ。十刃」

「第3十刃、ティア・ハリベルだ」

「十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ」

 

 どうせやるなら、今の俺に出せる最高火力を出してやろうじゃねぇか。

 

 そんならしくないことを考えて、冬獅郎は霊圧を空へと集め始めたのだった。

 

 

 




雀部さんはめっちゃ強くあってほしい、めっちゃ活躍してほしい、という私の夢と希望を詰め込んだ結果がこれです。
いやだって、雷属性の天相従臨ですよ。そんなの強くない訳がないでしょ。

※次回更新:7/14 (月) を予定
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