傲慢の秤   作:初(はじめ)

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九十八、感心と興味

 

 

 

 つ、疲れた……

 

 ”天艇空羅”を終えて全ての通信回線を切って、私は盛大に溜息をついた。肩で息をしながらごろりと後ろに倒れ込むように寝転ぶと、やけに鮮やかな空色の天井が目に飛び込んできた。

 

 暑くも寒くもない気温にもかかわらず、汗ばんだ体に死覇装が張り付いている。それがほんの少しだけ不快だった。

 

「ふー……」

 

 やりたかったことはできた。あれだけ情報を渡せば、こちら陣営が負けてしまうことはまずないだろう。

 

 問題は、この後で顔を合わせるのが死ぬほど気まずいということだ。皆が皆、芦谷のように私を全肯定する訳じゃないだろうし、と考えたところでふと思い出す。

 

 そういえば、芦谷は?

 

 ”天艇空羅”が終わるや否や、速攻で「お疲れ様でした」なんて話しかけてきてもおかしくない人だ。それなのに、その芦谷の気配がない。まぁ霊圧を消した上で"曲光”を掛けていたから、そう簡単に見つけられないという理由もあるだろうけど。

 

 そんな呑気なことを考えて、私はのそりと起き上がった。座ったままくるりと振り返って、芦谷のいる方を向く。

 

 見えた景色に、思考が静止した。

 

「……え?」

 

 真っ白な建物の屋上。何もないだだっ広いその中心に、黒っぽい何かが落ちている。

 

 人……いや、死神か。

 あれは。

 

「芦谷っ!?」

 

 咄嗟に立ち上がろうとして、盛大に転倒する。そうだった。今は左脚がないんだっけ。

 

 両腕をついて、右足だけでふらふらと立ち上がる。そのままぴょんぴょんと片足で飛び跳ねながら、芦谷の元へと急ぐ。

 

 霊圧を感じるから、死んではいないはずだ。けれど、あんなところで倒れている時点で『何かがあった』のは間違いない。

 

「うわっ!」

 

 手前でバランスを崩して、私はまたもや派手に転倒した。そのままの勢いでズルズルと滑り、芦谷のところまで辿り着く。何とも格好のつかない移動方法だ。

 

「いったぁ……」

 

 擦りむいた膝を撫でながら、ゆっくりと起き上がる。とんでもなくダサいが、誰が見ているという訳でもない。今はそんなことより芦谷だ。私は"曲光”を解いて、うつ伏せに倒れていた芦谷を抱き起こして仰向けにした。

 

「どうしたの、ねぇ芦谷!」

 

 どうやら意識がないようで、その身体は完全に脱力していた。とはいえ外傷がある訳でもなく、霊圧が極端に小さくなっている訳でもない。つまり、ただ気絶しているだけらしい。

 

 良かった。

 とりあえず、命に別状はなさそうで。

 

 無意識に緊張状態になっていたらしく、強張っていた全身から力を抜く。そして芦谷を地面にそっと仰向けに寝かせた。そのまま上から覗き込んで、その頬をぺちぺちと叩く。

 

「芦谷ー、おーい芦谷ー」

 

 しかし、彼が目を覚ます様子はなかった。全力でビンタするなり、番号の小さい破道を叩き込むなり何なりすれば目を覚ますだろうが、それはちょっと可哀想だ。

 辺りを見渡してみても、霊圧を探ってみても、芦谷を気絶させた犯人の姿は見当たらない。これで敵が近くにいるなら、平手や破道も一つの選択肢になっていたことだろう。急いで起こさなければ、命に関わる訳だし。

 

 それにしても、私が”天艇空羅”をしている間に一体何があったのだろうか。不思議に思いながら、芦谷の状態を診つつ呟く。

 

「んー……この感じ、白伏かなぁ」

「よく、分かったね」

 

 

 

 

 

「――ッ!!?」

 

 低い声。

 

 想定外に近くから聞こえたそれに、息が止まった。

 急激に高まった緊張感と恐怖が、私の全身を支配した。

 

 声の方を、振り向かなければ。

 分かっているのに、身体が動かない。

 

 強大な霊圧で押さえつけられているみたいだ。

 

 まるで、()()()と同じように。

 

()()は、貰っておくよ」

 

 そんな言葉と共に、身体の左側面に激しい衝撃が走った。声を上げる間もなく右へ吹き飛ばされた私は、抵抗すらできず地面をごろごろと転がった。十メートルほど先でようやく止まって、あちこちぶつけて痛む身体を引きずるように起こす。その拍子に、パタパタと赤いものが地面に散った。どこかを切ってしまったらしい。

 

「なに、が……」

 

 何が起こった。

 私は、何をされたんだ。

 

「これでもう、厄介な技は遣えないな」

「は……?」

 

 再び聞こえた声に、慌てて顔を上げる。くらり、と視界が揺れる。

 

 そこにいたのは、三人の男たちだった。

 

 元護廷十三隊の隊長。

 現、敵陣営の親玉とその腹心。

 

「藍染、惣右介……」

 

 藍染惣右介、市丸ギン、東仙要。その三人が、霊圧を遮断する外套を身につけて立っている。

 

 どうしてここに、と続けたところで、その手に見慣れた刀が握られていることに気がついた。咄嗟に左腰に手を当てる。

 

 "雲透”が、ない。

 鞘ごと奪われたのか。

 

「私の刀……どうするつもりですか」

 

 藍染は答えの代わりに"雲透”を抜き放ち、鞘を遠くに投げ捨てた。何てことをするんだ、と沸々と湧き上がる怒りに眉をひそめる。駄目だ、ここで怒ってはアイツらの思うつぼだ。

 

 そんな私の思考すら読まれているらしく、藍染は愉しそうな微笑みをたたえていた。けれどコイツは分かっていない。藍染が私の思考を読めるのと同じくらい、あるいはそれ以上の精度で、私もまた藍染の思考を読めるのだということを。

 

 コイツは恐らく、私に対して怒っている。私の嫌がることをして、私を精神的にも身体的にも追い詰めたいと思っている。だからきっと、次にやることは一つだ。

 

「芦谷……」

 

 小さな声で、その名を呼ぶ。

 

 私は歩けない。たった十メートルの距離も、今の私には遥か遠くに感じてしまう。けれど私は行かなければならない。

 

 だって。今この瞬間で一番危ないのは、気を失って身動きの取れない芦谷なのだから。

 

「動くな」

 

 這ってでも前へ進もうとした私の首元に、別の刀が突きつけられた。声と霊圧からして東仙だろう。どうやら、瞬歩で私の背後に回ったらしい。それに構わず無理やり進むと、その刃先が私の首の表皮を切り裂いた。

 

 そうか、脅しではないという訳か。

 

「……やめてください」

「何を、だ?」

 

 分かっている。藍染が何をしようとしているかなんて。私の制止を聞いて、藍染は笑みを深めた。その足元には、地面に横たわる芦谷がいる。

 

 私の首筋を伝う生温かいものは汗か、あるいは傷口から溢れる血液か。それを判断している余裕は無かった。

 

 いずれにせよ、このまま前に進んだら私の首は落とされてしまうのだろう。けれど芦谷本人は、自分の命を救うために私が危険を冒すことを望まない。

 

 そんなことは分かってる。

 

 でも。

 だからって。

 

 何もせず、ただ呆けてる訳にもいかないよね。

 

 

 

「――やめて。芦谷を、傷つけないで」

 

 

 

 真っ直ぐ、藍染を見つめる。

 

 しおらしい芝居は、恐らくもう通じない。

 だったら、今の『私』をそのまま見せるしかない。

 

 藍染は、バラガンと違って『朽木桜花を殺したい』訳ではない。ただただ『苦しませたい』、そして『苦しんでいるところを見て優越感に浸りたい』のだ。胸糞悪いにも程がある。

 

 でも、だからこそ。

 

 私の得意とする小手先の時間稼ぎや、騙し討ちの入り込む隙が生まれるのだ。

 

「これはまた、おかしなことを言うものだ」

 

 何も気づいていない藍染は呆れたように、それでいてどこか嬉しそうにそう言った。案の定、私や芦谷をすぐさま殺そうとしない様子に「ほらね」と内心呟く。

 

 そして私は、静かに鬼道を発動した。

 

 細く細く糸のように伸ばした霊力を”曲光”で覆い、それらを発動するために使った霊圧ごと隠蔽する。狙うのは、敵が”雲透”を手放した瞬間だ。糸状の霊力を辿って、擬似的に斬魄刀を握っている状態を作り出す。そして、無理にでも卍解して状況をひっくり返す。

 

 ”雲透”が手元にない状態で、鬼道を霊圧ごと隠すのは至難の技だ。それにもし鬼道の霊圧を隠しきれたとして、そんな状態で卍解ができるという保証はどこにもない。

 

 けれど、可能性が少しでもあるなら。

 やってみる価値は、あるでしょ?

 

「私の部下を殺しておいて、自分の仲間は傷つけるなと? それは道理が通らないだろう」

「そうですね」

 

 理にかなっているような、そうでないような言葉を聞き流す。コイツの理屈はどうだっていい。今の私がすべきは、"雲透”に向けて霊力を伸ばすこと。そして、その行為に気づかれないように誤魔化し続けることだ。

 

「ほう、意外だな。時間稼ぎはしないのか」

「意味のないことはしない主義なので」

「成程」

 

 絶望的な状況下で、時間稼ぎをしない。それは大抵の場合、万策尽きたということを意味する。藍染はきっと、私も『そう』だと勘違いしてくれたのだろう。

 

「……やはり私は、君のことを見誤っていたらしい」

 

 そう言った藍染は『嬉しそう』を通り越して、どこか恍惚としているようにも見えた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あれほど大切にしていた井上織姫を置いて、一人で姿を晦ましてしまったのは何故だ?

 

 朽木桜花を取り逃がした後に、藍染惣右介が最初に抱いた違和感はこれだった。直立することも儘ならない身を挺して守るほどに大切ならば、あのような敵地の真ん中に置き去りにする訳がないだろう。にも関わらず、朽木桜花は友人を見捨てて一人で逃げてしまった。その行動の理由は、一体どこにあるのだろうか。

 

 藍染がウルキオラに井上織姫を誘拐させたのは、彼女の特異な能力を利用するためだった。よって、藍染達には井上織姫を殺すつもりはない。その事実は、既に彼らに知られていると見て良いだろう。そして問題なのは、その前段階の話である。

 

 もしかしたら、あの子供と浦原喜助は。藍染達が井上織姫を攫う前から、『彼女を攫うつもりである』ことに気づいていたのではないだろうか。気づいた上で敢えて対策を取らないことで、状況打開の一手として備えていた可能性もあるのではないか。

 

 

 

 その次に藍染が抱いた違和感は『朽木桜花が反膜の匪で消した十刃の中に、ヤミーとワンダーワイスが入っているのは何故なのか』ということだった。

 

 朽木桜花が消したのは、第0から第4までの十刃とワンダーワイス。合わせて六体の破面だった。

 

 ヤミーが刀剣解放で第0十刃になることは、死神陣営には知られていない。つまり朽木桜花は、ヤミーをただの第10十刃と思っていたはずだった。それなのに何故、第1から第4までの十刃と合わせて消そうと考えたのだろうか。

 ワンダーワイスとて同じことだ。あの破面が山本元柳斎重國への対策のために造られたことを、彼女は知らないはずだった。それなのに何故、十刃でも従属官でもないあの破面を消そうと考えたのだろうか。

 

 確かに彼女は一か月もの間虚圏に潜伏していた。だからといって、日頃敢えて口に出すことのない情報まで探るのは無理があるだろう。

 

 

 

 そして、最後の違和感は。

 

 護廷十三隊が虚圏に勢揃いして四半刻もしない頃。"掴趾追雀”と”天艇空羅”を使用したと思しき霊子の揺らぎがあった直後、こちらが優勢だった各地の戦況が不自然にひっくり返ったことだった。

 

 この縛道を行使したのは、誰だったのだろうか。

 全ての戦況を変えてしまう程の情報とは、一体何だったのだろうか。

 

 

 

 

 

「……やはり私は、君のことを見誤っていたらしい」

 

 片足を失い、斬魄刀も奪われ、傷だらけで地面に座り込んでいる子供。姿だけ見れば確かに、愚かで矮小な存在にしか思えない。けれど、彼女の本質はそのみすぼらしい外見には無いのだ。

 

「まさか君のような幼い子供が、ここまでやるとは思わなかったよ」

 

 藍染が抱いた違和感は、辿ると必ず一つの結論に帰着する。虚圏で起こった出来事は全て、浦原喜助と朽木桜花の思い描いた通りに動いているのだ、という結論に。

 

 確かに苛立ちはあった。何度も出し抜かれたことも、無礼な言葉を投げられたことも、不快極まりない出来事だった。けれど、今の藍染の中にはそれを上回る感情があった。

 

 それは、その子供に対する感心と興味だった。

 

 血筋に恵まれただけの、ただの子供だと思っていた。大した強さも精神力もない、藍染の視界にすら入らない矮小な存在だと思っていた。

 

 それがどうだ。彼女は今、己より強い死神に囲まれている危機的状況の中で、それでもなお次の策を講じようとしている。何やら霊力が動いている感覚があることから、何らかの鬼道の準備をしていることは明白だった。しかし、具体的に何をしようとしているかが全く読めないのだ。

 

 次は一体、何をするつもりなのだろうか。

 

「……藍染隊長、まさか楽しんではります?」

「分かるかい?」

 

 呆れ返ったようなギンの問いに、肯定に準ずる言葉を返す。

 

 十刃達の戦いが劣勢にあることは理解していた。しかし、どこまで行っても破面は破面である。十刃であろうと護廷十三隊全員であろうと、その気になれば己一人で全てを片付けることができると藍染は確信していた。

 

 そして唯一の懸念点だったこの子供も、既に藍染の掌の上に居る。

 よって、藍染は全く焦っていなかった。

 

「全く不思議な話だ。()()()の君は、ただの霊術院生でしかなかったというのに」

「あの、夜……」

 

 独り言のように呟くと、朽木桜花が『あの夜』という言葉に反応した。

 

「……なら」

「何だ?」

「どうせ殺すなら、教えてください」

 

 あの夜、何があったのかを。

 私が何故、行方不明になったのかということを。

 

 そこまで言って、朽木桜花は口をつぐんだ。緊張感に身体を強張らせながらも、真っ直ぐに藍染を見つめている。

 

 これは恐らく、時間稼ぎではないのだろう。その証拠に、先程まで動いていた霊力が止まっている。彼女はただ知りたいだけなのだ。自らが危険な状況にあるということを忘れるくらいに。

 

「良いだろう」

 

 丁度良い、と思った。

 

 あの夜の話を聞けば、彼女は間違いなく絶望することになる。そんな状態でも、変わらず藍染に反抗し続けることができるだろうか。

 

 そんな興味から、藍染は四十年前のある夜の出来事について語り始めたのだった。

 

 

 




忙しくなってきたので、ちょっと更新速度が落ちます。
何とか週一更新はキープしたいと思っています。

※次回更新:7/28 (月) 5:00 を予定。
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