深い冬が訪れ吹きすさぶ吹雪が家の雨戸を叩く中、火鉢のそばで母の現役のウィッチだったころの話を聞いていた。たわわに実った稲の上を飛んでいったウィッチの姿を見て以来、ウィッチに関しての書物を読み漁るだけでは飽き足らずこうしてウィッチだった母に話を聞くまでになっていた。
「そんなに面白くない話を聞いて良く飽きないわね。ほんと物好きだわ」
「変わりものやし、何が好きだってええやん。それよりもこの前の続ききかせてや」
「この前の続き…?」
「そうそう、『魔女』ってなんなのかってやつ」
「あぁ、その話ね。いい『魔女』はね…」
懐かしい夢を見ていたようだ。ゆっくりと目を開けていく。首だけを動かして周囲を確認していく。どうやらテントで寝かせられているようで真ん中に据え置かれたストーブからパチパチという音が聞こえてきていた。蜘蛛の巣が張ったような状態からだんだんと意識がクリアになってゆく。それに伴い吹雪の中さまよい倒れたということを思い出した。
そんなことがあったはずなのにどうしてテントの中、それもベッドで寝かされていたのだろうか。そんな疑問を抱きながら起き上がろうとしたとき、テントへ誰かが入ってきた。銀糸のように美しい銀髪を肩甲骨のあたりまで伸ばしている長身の美人だった。自分が起き上がるのを見て駆け寄ってきた。
「あぁ、良かった目が覚めたか」
「えぇ、何とかね。それよりもここはどこです?それにあなたは?」
「ここはコッラーだ。それと、私はアウロラ・E・ユーティライネン。スオムス陸軍で中尉をやっている」
「失礼しましたユーティライネン中尉。自分は、扶桑陸軍所属 伊勢崎 正伍長であります」
ベッドから出て敬礼しようとしたがみぶりでその動きを制止される。
「あまり動かない方がいい、何しろ雪の中に埋まっていたんだ。そんなに雪が深くなくてよかった。もう少し深かったら雪が解けるまでは見つからないからな。本当に目が覚めてよかった」
そう言ってほっと息を吐き肩をなでおろす中尉。
「見つけてくださってありがとうございますユーティライ「アウロラだ」…アウロラ中尉」
「よし、それでいい」
非常に満足げな顔で頷いている中尉。
「…フフフ、上半身とはいえ男性の裸を見ることができた上に名前を呼んでもらえるとは。もうこれはもうひと押しで行けるんじゃないか?」
何か、アウロラ中尉がブツブツ言いながらニヤニヤしているが気にしないでおこう。
「コホン…しかし、スオムスに派遣されている扶桑軍だとあれかカウハバの義勇独立飛行中隊か?男の兵士がいるって話で持ちきりだったが、本当にいるとは。しかもそれがあの“ウラルの鬼神”とは思わなかったが」
「どうしてその名前を?」
「そりゃぁあれだけの戦果を挙げれば話題にもなるさ。スオムスの新聞でも一面トップになるくらいだったしな。しかし扶桑じゃ、あれなのか、男性兵士がいるのが普通なのか⁉」
若干血走った眼をしながら顔を近づけてくる中尉。心なしか息も荒くなっている。
「落ち着いてくださいよ、アウロラ中尉。男性兵士は自分だけしかいませんよ」
「あ、あぁ、すまない、ちょっと興奮してしまった。しかし、そんな貴重な男性兵士を地球の反対側まで寄こすとは扶桑は、随分と懐が深いんだな」
「そうでもないですよ。最初は海外派遣すら拒否されましたし、任地にしても揉めにもめましたからね」
「それはそうだろう。貴重な男性を簡単に外に出すものか」
「そこを何とか“お話”して海外派遣が認めてもらったんですよ。最初の派遣先はスオムスじゃなかったんですよ。どこだかわかりますか?」
「だいたいわかるぞ。カールスラントだろう?こんな北欧の小国に男性を送るはずがない」
苦々しそうな顔をしながらそう言った中尉。
「そうです。今カールスラントへ派遣されている部隊にツテがあるので混ぜてもらおうとしたんですが、派遣の一カ月ほど前になって止められたんですよ」
「上が外に出すのを嫌がったのか?」
「健康上の理由ですよ。腕の傷跡が痛む時があるので軍医に相談したら上に伝わって海外行きがおじゃんになりかけたんですよ。で、なんやかんやあって派遣要請があったスオムスになった訳です」
そう言いながら左腕の傷跡をさする。
「なるほど。ネウロイの侵攻もなさそうな国で派遣ついでに療養して来いってことだったんだな」
「ま、そういうことでしょうね」
ベッドの近くに持ってきた椅子に座っている中尉。 腕を組んでいるためか胸が強調されるような形となっておりついつい目が行ってしまう。視線をそらしつつ先程から気になっていたことを中尉に尋ねた
「それにしても中尉、扶桑語が大変お上手ですね。どこで習われたんですか?」
中尉の日本語もとい扶桑語のうまさに驚いてそう尋ねた。しかし、かえってきたのは驚くものであった。
「扶桑語?何を言ってるんだ?私はさっきからずっとスオムス語しか話していないぞ。それに私がスオムス語以外で話せるものはガリア語くらいだ。最初から会話で使っているのはスオムス語だ。むしろ私のほうが、どこでスオムス語を習ったのか聞きたいくらいさ」
中尉の言ったことが一瞬理解できずに固まった。スオムス語?何を言っているんだ、この中尉は。自分が話しているのは扶桑語のはずだろう?そんな思いが頭の中を駆け巡る。
「中尉も冗談が好きですね・・・。一体何を言っているんです?自分はスオムス語なんてここに来るまで聞いてこともありませんし当然話したこともないですよ。そんな人間がいきなりスオムス語を話せるわけないじゃないですか。」
「しかしなぁ・・・、現にこうやって私と会話できているじゃないか。なんなら今ここで証明してやろうか?」
そう言って中尉はテントの入り口へと向かっていきしばらく誰かと話していた。
「何です。彼の面倒は自分がみるって言ってたじゃないですか…」
中尉に連れられてブツブツ言いながらテントの入り口から入ってきたのはプラチナブロンドの髪を持った女性だった。こちらと目が合い数秒ほど固まったのち顔に微笑みを浮かべながら近づいてきた。しかしよく見るとそのほほえみは少し引きつったものであった。
「目が覚めたのですね。初めまして、ユーティライネン中尉の従兵を務めておりますヴィルマ・エステリ・カウッピラ兵曹と申します。以後お見知りおきを」
「どうも、扶桑皇国陸軍所属 伊勢崎 正伍長であります」
「まさかこんな前線で高名な『ウラルの鬼神』にお目にかかることができるとは、握手していただいてもよろしいでしょうか」
そう言って手を差し出してくるカウッピラ兵曹。その北欧らしい雪のように白い頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「そんなたいそうな名前で呼ばれる程できた人間じゃないですが、自分でよければ」
そう言って微笑みながら差し出された手を握る。その手は、兵士らしくゴツゴツとしたものであったが女性らしい柔らかさが少し残った手であった。しかし、それに対してカウッピラ兵曹の顔は女性がしてもいいものではなかった。目は大きく見開かれ充血し、頬は赤く染まり鼻からは真っ赤な体液が垂れて白色のギリースーツを染めつつあった。
「ハァ、ハァ…お、男の人の手ってこんな感じだったんだぁ…。もう今晩のネタは決まったわぁ…」
どれほど時間、カウッピラ兵曹と握手していたのだろうか。時間にしてはそれほど多くないだろうが自分の中では数時間ほどたったように思えたとき中尉がカウッピラ兵曹の肩に手を置きながら声をかけた。
「〈ひな鳥〉そこまでにしておけよ。ほら詰めとけ」
そう言ってカウピッラ兵曹にちり紙を差し出す中尉。中尉の声で我に返ったカウピッラ兵曹は周囲に視線を彷徨わせたのち慌てて手を離した。
「部下が失礼したな」
鼻にちり紙を詰めている兵曹をあきれたような目で見ながらそう中尉が謝罪してきた。
「で、〈ひな鳥〉どうだ彼の『スオムス語』は?うまいもんだろう」
「ええ、驚きましたよ。中尉から聞いた時は冗談かと思いましたが、まさかここまでとは。ちょっとした訛りがあるみたいですが注意深くきかないと全くわからないです。それに、これくらい流暢に話せるのならスオムスで暮らしていくことができるでしょうね」
そう言いながらチラチラと意味ありげな視線を向けてくる兵曹。だが、今の自分にとってそれはどうでもいいことだった。流暢なスオムス語を話している?中尉だけなら冗談だと思えたが、兵曹も自分がスオムス語を話していると言っていた。自分には注意や兵曹が日本語もとい扶桑語を話しているように聞こえる。どういうことだと思考の渦に飲まれそうになった時中尉に肩をゆすられた。
「おい、大丈夫か」
いきなりの事だったのでなんとか頷くことで大丈夫だという意思表示をする。
「まぁ、理解できないのも仕方ない。イセザキ伍長、いきなりですまないが家族や親戚にウィッチがいたか?」
「えぇ、います。母がウィッチでしたし、親戚にウィッチだった人が何人かいます」
いきなり何を聞いてくるんだという感情を抑えながら中尉の質問に答える。
「そうか。…ウィッチの血を輸血されたことはあるか?」
「さっきから何を聞いているんですか中尉?」
割り込むようにカウッピラ兵曹がアウロラ中尉へと尋ねる。先程からしている質問の意図がつかめないようだ。
「伍長がスオムス語を話せる訳に心当たりがあってな。もう一回聞くぞウィッチの血を輸血されたことは?」
「基地が襲撃されたときの負傷の治療で輸血された血の中に多分ウィッチから採血したのもあったと思いますが、それが?」
「それが原因だよ。士官学校にいたころ読んだ本の中に、魔力を持たないものに魔力を付与する実験を書いたものがあったんだ。その本によれば、どうやら魔力の因子を刺激することができれば魔力が発現させられるようでな。どうやら、伍長にはその条件が整っていたみたいだな」
そう言いながらやれやれといった身振りを行う中尉。その手にはいつ持ってきたのかヴィーナの瓶があった。
「中尉、質問よろしいでしょうか」
おずおずといった様子で手をあげたのはベッドのそばにいたカウッピラ兵曹だった。
「どうした〈ひな鳥〉。何かわからないことがあったのか?」
「先程の中尉の話を聞くとイセザキ伍長が魔力を発現させたことになるんですけど、何も変わっていませんよね?」
「そりゃぁ、そうだろう。何しろ魔力がほんのわずかだからな。せいぜいこれくらいなもんだろうよ」
そう言って中尉は小指の爪の先辺りを指した。
「本の結果も似たようなものだったしな。ま、外国語を勉強しなくてもいいくらいにとらえておけばいいさ」
落ち着いた態度の中尉。それと対照的に、兵曹は慌てた様子だった。
「そんな落ち着いていてもいいのですか!?報告しないといけないのでは!!」
「落ち着け〈ひな鳥〉、よく考えてみろ男が魔力を発現させたなんて上に報告した途端に彼は扶桑に戻されて研究所で過ごさなきゃならない羽目になるんだぞ。それを考えるとここにいる人間の胸の内に収めておく方が彼のためになると思わないか?それに彼にしばらくいてもらえれば士気の向上も図ることができると思うのだが」
中尉の言葉を聞きしばらく考え込む兵曹。
「確かに中尉がおっしゃる通りです。イセザキ伍長には、ここでしばらく安静にしていただきましょう」
ここには彼女たちを止めることができる人物がいないのだろうか。
「そんなに迷惑をかけるわけにはいかないので、迎えを呼んでいただけると大変ありがたいのですが…」
若干小さい声で中尉達に声をかける。
「あぁ、迎えの話なんだが残念ながら、道路が先日の吹雪のせいで埋まってしまったみたいでな。何とか復旧させようとしているみたいだが人手が足りないようだ。すまないがもう少しここにいてもらおう。なに、必要なものがあれば言ってくれできる限り用意するさ」
「わざわざそこまでしていただかなくても地図とスキー板を貸していただければ自力で戻りますから」
「それはやめといたほうがいいぞ。あの森は地元の人間でさえ迷うことがあるんだ、そんなところを土地勘のない奴が行くのはやめた方がいい。しかも、吹雪の中をさまよっていたんだどこをどう歩いてきたか覚えていないだろう?」
中尉にかなり痛いところを突かれた。実際、吹雪の中をさまよい気づけばベッドの上に寝かされていたのである。どこをどう歩いてきたなんて覚えているはずがない。
「まぁ、ここにしばらくいれば迎えは来るんだ。女だらけでアレかもしれんが我慢してくれ」
そう言って豪快に笑う中尉。
「すみませんが中尉、ちょっといいですか?」
「どうした〈ひな鳥〉?」
「彼の寝る場所はどうします?予備のテントで寝ても「ここでいいだろう」それでいいんですか、中尉?」
「いいも悪いも、男性を寒いところで寝かせるわけにはいかないだろう。それにこの指揮官用のテントなら、他のテントより広いしストーブもついている。それに一応ベッドもある。客人を迎えるには申し分ない場所じゃないか」
「もしイセザキ伍長がここに寝ることになったとして、中尉はどこでお眠りになられるのですか?まさか、このテントで寝るつもりですか」
「そのつもりだが?」
「どうして中尉のテントで寝る必要があるんですか?特に理由がないですし、男女一緒というのはどうかと思われますが」
「自分に与えられたテントで寝て何が悪い?それに、伍長に何もするつもりはないぞ。うん」
そう答える中尉だが視線は明らかに泳いでいた。
「本当ですか?やましいことがないなら目をしっかりと見ることができるはずですよね?なのに、なんで視線をそらしているんですか。やっぱり、やましいことを考えていたんですよね」
「そういう〈ひな鳥〉はどうなんだ!?伍長のテントに理由をつけて行こうとか考えていたんじゃないだろうな?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。大体、中尉の方こそ、このテントでどうやって寝るつもりだったんですか」
「それは、ほら、アレだ。床に寝床を作ってそこで寝るつもりだったんだ。それなら何も問題はないだろうが」
「大ありじゃないですか。絶対寝ぼけたとか言って、伍長の寝ているところに入り込む気満々ですよね!?」
「それは。お前もだろうが〈ひな鳥〉!!」
「わ、私は中尉みたいにやましいことなんて考えていません!!」
「私がそういうことしか考えてないみたいな言い草だな!」
「実際そうでしょう。その机の下から2番目の引き出しの書類の下に隠してる本を伍長に見せてもいいんですよ?」
「やってみろ、お前を雪に埋めてやるぞ」
カウッピラ兵曹と中尉は互いの胸倉をつかみかからんばかりの勢いであった。自分はただただ、オロオロとしながら見守るばかりであった。
吹雪はあらゆるものをもたらした
前線では兵士たちへわずかな休息を
後方では補給を滞らせ
人には新たな出会いを
そして彼には受難をもたらそうとしていた。
それは、夜に降る雪のように静かに彼のもとへ迫っていた
それに気づく者はこの場に、そして世界全体にも知る者はいなかった。
そして、それは突如として彼に降りかかることになるのであった。
誤字脱字や、感想などがあれば遠慮なくお寄せください。
かなり早いですが、来年も読者の皆様にとって良い1年であることを願って後書きとさせていただきます。
P.S
Prequel漫画版のおまけのサウナシーン最高でした。