嘘吐きのエレジー   作:箱庭の金木犀

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第2話『gutter rat and aristocracy』

「見ろよ、あの様…腕がなくなっちまってる」

 

「おい、あいつなんか両足がないぜ」

 

そうやって腫れ物を見るかのように、下を向き続けた兵士を指さして嘲笑う人々の中に、私はいた。黙って見ていた。彼らのように嘲笑うことをしなかった。

 

「結局あいつらは壁外拠点がどーのこーのと言って、俺達の税金を貪るだけじゃねぇか」

 

「どうせなら全員食われちまえばよかったのに」

 

ただ、私はそこに立っていた。

 

何故、こんなものを見に来たのだろう。

そう言われると分からないが、調査兵団の帰還を知らせる鐘の音を聞いたら、勝手に足が動いたのだ。

あの鬱陶しい見張りを撒いてまで見たかったものがこれだったのかと思うと、正直自分の行動が馬鹿馬鹿しく思えた。浅はかで、幼さゆえの行動だと思った。

 

早く戻らなければ、何を言われるのかわからない。

早く帰らなければ、何をされるかわからない。

なのに自分はまだ見ている。下を向いたまま何も言わない彼らを、ただ見ている。

 

風が吹いた。

フードが揺れた。

心の内に潜む闇のような色をした髪が、僅かに垣間見えた。

その、揺れる髪の先で____自由の翼を、見た。

 

夜空のような翼と、雲のような翼が交差する紋章を見た。

そこで分かった。

 

゙彼らはどんなに罵られても、自由にはばたく鳥であることに変わらない゙

 

そう考えたら、彼らの存在はとても眩しいものに思えた。

彼らは自分の足で外を踏みしめ、空を仰ぎ、風のさやけさを知り、世界の偉大さを感じていた。

彼らは、鳥籠の中で生きることを許さなかった。

 

嗚呼、まるで希望(ひかり)のようだ______

 

「お嬢様」

 

そこで、低い声が私を呼んだ。

その声は冷静ではあったものの、私に対して怒りを持っているようだった。

振り返った私の手首を掴んで、跡が残りそうなほど強く力を込めた。

 

「勝手に出歩くな、と貴女の父上に言われているのをご存知ないのですか」

 

私は顔を上げた。

その目は私を映してはいない。「監視対象」として、私を蔑んでいる。

外に出るだけで、こんな顔をされる。

私の存在を、認めてくれる者はいない。

 

この世界は広い。

きっと壁の外は自由を感じられる、素晴らしい世界なんだろう。

でもこの壁の中は、まるで牢獄のようだ。私は、このまま一生飛べない鳥であれと言われるのだろうか。

 

「いきますよ」

 

私の合否を聞くことなく、しかしそれでも暴行に走るわけでもなく、私の手を引き始めた。

当然だろう。暴行なんて働いた暁には、この監視は殺されてしまうのだから。

それが王の決めた法律だ。

貴族(・・)を正当な処罰以外で暴行・殺害した場合、死刑とする」

その決まり事のお陰で私は死ぬことはなかった。痛いのは嫌だし、そちらの方が楽であるからよかったように思う。

 

でも、私にとってこの鳥かごで生きることは死に等しいように思っていた。

ある日死んでしまったとしても、未練があるようには思えなかった。

 

ならもういっそのこと、死んでしまおうか。

 

そう考えた時は何度もあった。

でも凶器を握って心臓へと向けた途端に、私は胸にやり場のない哀しさが広がるのを感じていた。

まるで死を拒むようにじわじわと広がり、息苦しさに立ち続けることが出来なくなって______。

 

どうやら、自分では死ねないようだった。

死にたくないと、心の底では思っていたのかもしれない。

 

でも私は、生きていたいと思ったことはなかった。

 

大きな食い違い。馬鹿馬鹿しい矛盾だ。

この矛盾はいつしか、私のある行動へと導く。

 

 

 

「貴様は何故ここにいる!!」

 

「憲兵団に入って、王の元で働くためです!!」

 

鬱陶しい。

そんなものを掲げたところで、私の鳥籠は崩れはしない。

地位も、家柄も、金も要らない。

 

じゃあ、何のために兵士になるの?

誰かが尋ねたような気がした。

理由はないように思った。

けれど、私は無意識にも、誰かに答える。

 

______ただ、死ぬためだけに。

この壊れない鳥籠から出て、その先に待ち受ける死を得るために。

 

そうして私は、真っ青で、それでいてくすんだ空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

空は広い、というのは聞いたことがある。

地上の太陽は眩しい、というのも感じたことがある。

 

どれも風の便りで知ったようなもので、本当かどうか確かめたことなどなかった。

外に出るだけで金がかかる不自由な世界に生まれてしまえば、それはもう仕方が無いことだと思う。

上を見上げれば天井。ただ広がる閉鎖空間の虚しさは広がるばかり。

周りには虚ろな目をした人間がわんさかといるだけで、その目に光はない。

 

生まれた時から、この世界は鳥籠のように思えていた。

 

自分が生きるには狭すぎる、暗い世界。光が差したとしても、それは自分が見た白昼夢の一部にすぎない。白昼夢を見ていないと、外への希望が薄れてしまうほどに。

 

______俺は最初から、飛べない鳥であった。

 

ああ、見えない。まだ見えない。

広大な空も、星も、太陽も、何も見えない。

見えるのは、自分たちを取り囲む鳥籠のような岩肌だけ。

 

いつかは外に出て、太陽を見ていたいと思った。

いつかは、居住権を手にして、この湿った鳥籠から抜け出したいと思った。

 

その「いつか」を手に入れるためなら、何だってしてやる。

外に出るきっかけさえ手に入れられるなら、人殺しでもなんでもいい。

たとえそれが、相手の人生を奪うのだとしても。

 

______たとえそれが、巨人…人類の脅威が徘徊する壁外へ放り出されると分かっていても。

俺は、進まなければならない。

 

「リヴァイだ」

 

俺は決めた。

 

「イザベル・マグノリア!よろしく頼むぜ!!」

 

「ファーラン・チャーチ…です」

 

この2人とともに、自由を手にするために、アイツを______

 

エルヴィン・スミスを、殺す。

 

そのためだけに、自分はこの場にいるのだから。

…ただ、自分のために。

自分のために、兵士になる。

 

ふと我に返る。

ざわめき出す人間、愚痴を吐く人間。

地下の人間に対して好印象を持たない奴らは、どうやら歓迎をしているわけでは無いらしい。

歓迎されていなくても構わない。俺は仲間と、やるべき事をするだけだ。

騒ぐだけしか脳がない奴らに興味はない。

 

ふと、一人の人間に目を向ける。

そいつはただ静かに、俺へと視線を向けていた。騒ぐこともなく、顔を顰めるわけでもなく、ただ…黙って見ている。

 

一つに括られた、陽の光によって輝きを見せる漆黒の長髪。

傷一つついていない、陶器のような白い肌。

半眼となって視線を浴びさせる、僅かに黒く…それでいて、空のような蒼色を秘めた目。

 

______彼女の姿に、俺はただ…目を背けられずにいた。

それはぶれること無くこちらを見続けているのせいなのか、それとも……。

 

どちらにせよ自分は目を背けることができず、諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「ねぇ」

 

背後から、落ち着いた声が投げかけられる。

その声は燃えるような夕陽が照らす廊下に響き、やがて自分の耳へと届く。この廊下に自分以外がいないことは知っていたから、その声に答えるべく、振り返った。

 

「なんだ?」

 

-ハンジ・ゾエ。それが声の主だ。

頭の上で器用とは言えないが纏められた、焦げ茶色の髪。細められた、髪同様の色をした眼。しっかりとした体を纏う、自由の翼が写るジャケット。

 

いつもの好奇心旺盛な笑顔は無く、自分の意見を聞いてくれなかった時の悲しさが見える顔ではなく、ただ目を細めて______こちらを見ている。

じっと、相手の考えを探るように。

 

「…どうして、彼等を入れたの?」

 

彼等、とは?

と、いつもの自分なら聞いていただろう。いつもの自分は彼等が指す意味を知らなかっただろうから。でも今は違う。その意味は分かっている。

 

「…彼等とは、地下街の人間のことか?」

 

リヴァイ。イザベル・マグノリア。ファーラン・チャーチ。

俺が上の反対を押し切って勧誘した、地下街のゴロツキ。

立体機動装置を独学で使いこなし、憲兵団の人間を軽くあしらえる程の実力者。

調査兵団にとってかなりの戦力になる、れっきとした逸材だ。

 

「別に不満な訳では無いんだ。大事な戦力になるというのなら、私はそれで構わない。だけど…」

 

その先の言葉は、一瞬途切れる。

言うのをためらっているようだった。まるで喉がつっかえてしまったかのように、少し口を開いては閉じる。その様子を、俺は静かに見ていた。

 

「地下街の人間なんてよく思わないやつなんかいっぱいいるだろ?…それに、貴族達は____________」

 

 

その先の言葉は、よく知っている。

知っていて尚、俺はその言葉を聞き終えて…笑った。

少し笑って、前を見る。

 

「生まれなんか気にして選抜していたら、人類は前に進めないだろう?」

 

その言葉に、ハンジは少しだけ驚いて、すぐに困ったように笑う。

安心から零れた笑みなのか、はたまたお手上げ状態だと悟って苦笑を漏らしているのか、その真意は読み取れない。

ハンジは、心配を吹っ切ったように後ろを向いた。

 

「エルヴィンがそういうのなら、私は信じるよ」

 

そうやってひらひらと手を振ると、静かに逆方向へ歩き出す。

 

「貴族…か」

 

ぽつり、こぼした小さな声は、夕暮れを知らせる鴉によって掻き消されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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