ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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個人的なポケモン感を詰め込みました。
スペシャルは読んでません


シンオウ逃亡編
1


「勝者――エイジ!」

 

 審判の声でわぁ、と観客が沸く。

 

 それは見慣れてしまった光景。スタジアムの中心で勝利を告げられる俺と、3タテをしたガブリアス。

 

 これで100連勝、しかし、胸にこみ上げてくるのは感動ではなく――自嘲的な喜び。

 

(当たり前だ)

 

 俺は思う。この世界の"騎士道"と呼ばれるポケモンバトルは、小学生を蹴散らすようなものだと。個体値も、努力値も、種族値すらままならない世界。道行くトレーナーも、三値など考慮してはいないだろう。

 

 何台ものカメラがフラッシュを焚いて、記者が波のように押し寄せる。翌日の新聞には『騎士の王、ついに100連勝』などと書かれるのだろうか。

 

 仮初の栄光、張り子の虎、しかし、この世界の人々はその名誉を信じて疑わない。

 

「今の心境はどうですか?」

「ええ、感無量です」

 

 感動は無い。対戦相手――騎士業界のトレーナー全員――には嫌われ、スポンサーには好かれ、騎士道協会からはもっと盛り上げてくれなどと言われる。

 

「明後日はシンオウ地方チャンピオンとの――」

「一番頼りになる手持ちは――」

「彼女とかは――」

 

 当たり障りのない回答をする。ワクワクは無かった、興奮も無かった、焦りも、余裕でさえも無かった。

 

 刺し身にたんぽぽを積むように、作業的に相手を倒すのだ。

 

 

 

 

 

「はぁ……お疲れ、ガブ」

「ガァァア」

 

 シンオウ地方、ヨスガシティのホテルで俺とガブリアスは束の間の休息を取っていた。ポケモンをボールから出しても良いが、少々値段の張る――俺の財布は全く痛まない――ホテルだ。

 

 設備は少々大きく、ガブリアスはソファに飛び込んで、テレビを付けた。他の手持ちは試合に出ていないため、ボールの中で休んでいる。

 

 ようきな性格のガブリアスは、画面に出ている俺を見てはしゃいでいる。俺がこの世界に来た時なら、ガブリアスは――自発的な行動を取ることはなかった。

 

 何故なら、ゲームの中の存在だからだ。

 

 トレーナーの指示を待ち、動くだけの存在。そこに人生は無かった。

 

「ガァ?」

 

 ガブリアスは考え込んでいる俺を見て不思議そうにしていたが、ポロックケースを取り出して甘いお菓子を放ってやると、喜んでそれにかぶりつく。

 

 うむ、可愛いやつだ。

 

 このまま眺めているのもいいが、そろそろ「試合前」対談の取材の時間なので、ガブリアスに声をかけて外に出た。

 

 ヨスガシティはコンテスト会場やポケモンだいすきクラブの支部があるだけあって、人混みが凄まじい。ガブリアスの少しザラザラするさめはだに手を当てて、先導してやる。

 

 目的地は小洒落たカフェだ。中に入ると、「おーい」と声がかかり、客の視線がザッと集中する。

 

 恥ずかしいから止めてほしいんだけど。

 

 兎も角、呼びかけた張本人――少し太ったインタビュワーの男性が、額の汗を拭ってにこやかに笑う。

 

「待ってたよ、エイジ騎士王」

「ははは、止めて下さいよ、ヒョーゴさん」

 

 ヒョーゴ――彼は俺の記事をよく書いてくれる人だ。この世界にやって来た時にお世話になった人で、仕事以外でもよく顔を合わせたりしている。

 

「やぁ、ガブリアス。君の独擅場だったね」

「ガァ」

 

 まぁ、緩い感じで取材が進む。内容は騎士道のことだったり、趣味の話だったが、暫くすると彼はコーヒー(こっちはエネココア)のお代わりを頼んでから、切り出した。

 

「そういえば、明日はシンオウ地方のチャンピオン、シロナさんとの対決じゃないか」

「えぇ、胸を借りるつもりです」

「まさか! 僕はねぇ、君が思いもよらない結果を出すと予想しているよ」

「ははは……いやいや……」

 

 この世界のポケモンバトルは流動的だ。絶えず状況が変化し、ポケモンとトレーナーが適切に行動することで相手を打倒しようとする。

 

 だが、俺にそんな技術はないし、ガブリアスや他のポケモンは激しく動き回る戦いが苦手である。いわゆる「火炎放射で相殺!」とか「よけろ!」が出来ない。

 

 やらないのではなく、出来ない。バトルの練習をしたことがあったが、避けろと言っても「正しく理解」出来ていない。なぜ避けなければならないのか、という具合である。

 

 反面、騎士道の戦い――交互に技を打ち合う『ゲーム』の様な戦いならば、こちらに軍配が上がる。知識、読み、個体、アイテム、全てが味方している。

 

 今回のシロナとの戦いは――勿論前者だ。

 

「ヒョーゴさん、私は騎士道に身を捧げたんです。普通のポケモンバトルなんて出来ませんよ」

「ははは、そういうのも含めて楽しみにしているよ」

 

 その後しばらくして解散、俺達はホテルに戻った。

 

 

 

 

 

「リングマ、ニョロボン、バクーダ、よくやった……」

 

 歓声が会場を揺らす、その舞台裏。一人のトレーナーが相棒のポケモンたちを抱きしめていた。

 

 彼は――記念すべき百人目の生贄。「あの」恐るべきガブリアスに為す術無く敗北したトレーナーだ。

 

 彼――エイジというトレーナーは騎士道の世界に現れた異端児だ。流星のように現れ、多くのトレーナーが敗北し、散っていった。

 

「チクショウ……」

 

 騎士道の世界は、生易しいものではないし、狭い世界だ。

 

 ポケモンを六匹、それぞれ五十レベル以上まで引き上げなくてはならない。これは少なくとも、ポケモンリーグに出場できるトレーナー一歩手前、もしくはバッジを八個集められる実力者の基準に近い。

 

 五十レベルのポケモンを育てることは容易ではない。ゲームのように連戦連勝はまずありえないし、時間がかかる。まして、騎士道の世界でやっていくには、ポケモンにも慣れが必要だ。

 

「頑張った……よく恐怖に耐えたな……」

 

 攻撃を交互に放つ事。それは騎士道の絶対の掟であり、犯してはならない聖域だ。

 

 ポケモンは来る攻撃の恐怖に耐え、トレーナーは勝利のために出来る最善の指示を出す。それは信頼関係が結ばれるから出来ることだ。促成栽培染みた育て方では、舞台に立つことは出来ない。

 

 栄光の裏側――そこには、日陰に埋もれてしまったトレーナーがいた。

 


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