ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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今日は赤緑発売日なんですか?


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 徹夜とは非効率的な行為だ。人間は夜に寝て朝に起き、一年を変わらぬリズムで過ごすよう努めるのが最善である……というのが自論だ。

 

 だが、時にはこのような事をやらなければならない。仕事の期限が短すぎる場合や始発に乗る場合は、失敗のリスクを考慮して夜を徹する事がある。

 

 サンダーを表に出して、大掛かりな作業をやっているのだ。ニョロトノを総動員して広範囲に雨を振らせている状況が何日も続くというのは、いくらなんでも不自然だろう。

 

 俺はサンダー、サザンドラと共に撮影した映像を鑑賞して、溜め息を吐いた。

 

「迫力が全く無い。修学旅行のキャンプファイヤーの方が、まだ幾分かマシだ。……そう思わないか?」

 

 計四つの頭はなんとも微妙な顔をして、「ギャ」と鳴いた。ライモンシティで大枚はたいて買ったお菓子を出してやると、彼らはそれを口に放り込んでから意気揚々と外に出ていく。

 

 現金な奴らめ。

 

 この売名映像撮影は話題性だけではいけない。何度も見返したくなるインパクトがなければならない。他人に衝撃と興奮、熱狂を与える事のできる、真に迫るものでなければ再生回数を稼ぐことは出来ないのだ。

 

 この一回目の映像には、差し迫る危機というものを雀の涙ほども感じない。これでは本当にサンダーを――伝説を捕獲したとは言えないだろう。

 

 望むべきは死闘。命が削れていくという感覚を、死が眼の前に降り注ぐ恐怖を、目撃する全ての人間に湧き起こさなければならない。

 

「出てこい、ウインディ」

 

 ゴージャスボールからモフモフの奴を出すと、黒い布を掛けて闇に紛れるよう指示を出す。

 

「いいか? サンダーが雷を斜面に落とすのに合わせて、炎を出すんだ。まるで草が燃え出したように」

 

 おやつを支給していると甘い匂いに釣られたのか、ポケモンがやってくる。ゲンガーラッキーケンタロスゴウカザルジュカイン等等等、やってきたポケモンの何匹かには役割――演出効果――を与え、他のポケモンには逃げ惑う役割や倒れる役割を与えた。

 

 セルフエキストラとセルフ音響(悲鳴)である。

 

 二回目、三回目と回数を重ね、完成した映像がコチラ。

 

 一時間で一万再生とは、朝五時にしては中々の回数だろう。明日には十万再生以上は届くはずだ。Poketterでも呟いておいたし、宣伝効果は多少見込めるだろう。

 

 空輸しに来たパイロットは俺の動画のことを口にしなかったが、明日にはその口があんぐりと開くことだろう。ヤチェのみを輸送してもらうと、俺は二度寝した。

 

 

 

 十一時には再生回数が一千万を越えていた。何を言っているのか分からねーと思うが、取り敢えず臨時収入は見込めそうだ。

 

 探検家を名乗る何人かからの「ふざけんな死ね死ね死ね死ね」というリプを見てから、事の大きさが想定以上になっていると気付いた。

 

 集まっているのはヘイトだ。映像の出来を気にするよりも、俺は自宅周辺の警備を厳重にするべきだったのだ。盗られたくない仕事道具――ポケモンがわんさか居るし、暫くは専守防衛に努めるのが一番だろう。

 

 パルキアによって地下に埋められた、かつてのタマゴプラントには「家」がある。あの、コテージ風の豪邸だ。ポケモンを全てボールに戻して、戦いに備えなければ。

 

 今はタマゴプラントの稼働を中止しているため、防衛を行うならあそこが一番適している。侵入経路である大穴には以前巣であった横穴が数多く存在しており、隠し砲台の様にポケモンを配置できる。

 

 基本的な戦力はガブ十七匹、マンダ八匹、カイリュー七匹など、ドラゴンタイプのポケモンを中心に置いた。ウルガモスも腐るほど置いてあるので、不躾な侵入者は即、消し炭になるだろう。……なるべくコロコロしないようには言っておいたが。

 

 なお、今回はPoketterであらかじめ『ポケモンが大変興奮しており、危険な状態ですので近付かないで下さい』と明記しておいた。Poketubeにもちゃーんと書いておいた。立て看板も目立つように置いた。

 

 「パソコン」はちゃーんと埋めて(・・・)おいたので、不意の家宅捜索にも対応できる。今回は裁判で徹底抗戦の構えだ。

 

 なに、正当防衛で業界を追放されることはないだろう。俺は伝説のサンダーを捕まえた、いかにも(かね)を生みそうな金のアヒルである。

 

 まあ、起こっていないことを憂慮しても仕方がない。これからのことを考えねば。

 

 取り敢えずフキヨセシティで昼食でも取ろう。人生の豊かさとは食であり、以前とは比べ物にならないほど散財できるのだ。人気の店でお気に入りの料理を食べるのがいい。

 

 特に、今日はピザの気分だ。フウロでも誘って、客観的な意見を聞くとしよう。飛行タイプの使い手からどれくらい恨まれているのか気になるし、何より『婚活』の一環だ。

 

 伝説のポケモンという最上級のステータスを手に入れた人間がどれほど優良物件であるかというのを、身近で俺と価値の近い女性で確かめるのだ。唐突な媚びがあれば話を一気に進めるし、反応がなければアプローチを掛ける。失敗すればカミツレあたりに突貫すればいいだろう。

 

 イッシュに来たのも、ジムリーダーが可愛い、という一点に尽きると言っても過言ではない。

 

 今の俺は金持ちで、社会的なステータスがあり、有名人である。

 

 これなら顔が多少イケてなくとも、美人は釣れる。

 

 フウロは俺からすれば十分合格点だろう。若く、キュートで、家族がフキヨセでは有力であるし、金もありそうだ。

 

 サンダーはフウロに本格的なアプローチを掛けるための前準備と言ってもいい。これじゃあまるで性欲丸出しマンだが、ゲームの世界に来たとなればこれくらいの事をしなければ来た意味がない。

 

 ()ンコを大きく夢もでっかく、というやつだ。

 

 折角力を手に入れたのだ、金・権力・セックスと短絡的で官能的な夢を見るのが楽しい生き方だ。モラルなど知ったことではない。

 

 

 

 早速フキヨセに飛んで、ジムに顔を出した。フウロが出てくるまで受付嬢と話して時間を潰す。

 

 声をかけたのは良いが……反応は芳しくない。受付嬢も同じような反応をしてきた。上の空のように言葉が詰まり、舌があまり回っていないようだ。視線がぎこちない。

 

 財力に興味が無いのか。いや、もしかして俺はワキガなのか……? 臭い人間に、俺は決して近づかない。そういう意味でも、騎士道ではさっさと自分用の控室が欲しい……思考が脇道に逸れたな。

 

 いや、自分の欠点は自分で気付きにくいと言うが、可能性はある。しかし以前はまともな喋り方であった。サンダーを捕獲した日を境に、体臭で嫌われるのは少し突拍子もないのでは?

 

 では、別の要因があるとしよう。それは何だ?

 

 動画の再生数から考えて、今のジョン・スミスは超有名人であり――そうか。なるほど。こいつらはサンダーを捕獲したいと思っていたのか。妬みで「死ね」とメッセージを送ってくる有象無象と同類かもしれん。

 

 だが、それではフウロが昼の誘いに応えたのが納得いかない。話題性のある事を話す体で誘ったが、仮にもサンダーは伝説。人を狂わせる魔力があるはずだ。フウロにはギラギラとした欲望は感じないし、頻りにコチラのゴージャスボールを気にする様子もない。

 

 ……あれか、人柄で人間を見るタイプか。サンダーとか関係無いと思う人間か。フウロは善良そうな見た目であるし、何より可愛い。

 

 よし、「尋問」だ。ゆさぶるぞ。質問を投げて、フウロのムジュンを暴くのだ。店に入って少し雑談をしてから、切り込んだ。

 

「頼みがあるんです。サンダーを預かってもらえませんか」

「……ふぇ?」

 

 可愛い。満場一致の無罪……ではない。

 

 残念ながら顔には動揺が見られる。何が目的かは、次の言葉でハッキリする筈だ。

 

「勿論冗談です。死ぬ程苦労しましたからね」

 

 目の前の()を取り上げられた犬は悲しげな顔をするが、フウロは逆に安堵したような笑顔を見せた。

 

 ふむ、伝説が欲しい訳ではないのか。欲望に目がくらむタイプではないようだな。ついでに本来の目的も聞くとしよう。ピザを呑み込んでから、次の質問を投げかける。

 

「私がサンダーを捕まえたことについて、どう思いますか?」

「……元気出して下さい」

 

 えっ。いや、答えてよ。

 

 

 

 フウロとの話し合いは無事終わった。まぁ、悪印象は抱かれていないようなので良いや。

 

 また、先程のものとは別に用事ができた。ポケモンハンターが少々目障りなので潰しておこうと思う。食事の度に襲ってこられては困るのだ。

 

 ここは一つ、プラズマ団の傘下組織に袖の下を渡して、ポケモンハンターの居場所を突き止めてもらうことにした。どうやらプラズマ団内部でも奴らの行動は問題として取り上げられているらしく、快い返事が貰えた。

 

 大物は手に負えなさそうだが、そこは不審死(・・・)してもらうとしよう。パルキアの力があれば証拠を残さず、さくっとヤることが出来る。

 

 サンダーを狙ってやってくる相手を攻撃するより、やってきそうな相手を証拠無しにぶち○す方が遥かに安全でお得だ。ジュンサーを呼ぶのにもそろそろ疲れた。

 

 ついでに、顧客(・・)のリストも貰っていこうか。エイジの時に色違いのポケモンをギリギリアウトのルートで流したことがあるが、資金が心許なくなってきたのでそういう客が欲しいのだ。

 

 

 

 

 

 フウロは死ぬほど苦労したと語るジョンの目を見た瞬間、自分の考えがちっぽけに見え、自嘲的な笑いが出た。

 

 あの映像が頭の中で何度も再生される。自分の知るあの穏やかな山肌が炎に包まれ、雷と衝撃で地面がめくれ上がり、そこにいたであろうポケモンたちが逃げ惑っていた。

 

 稲妻が頭上を通過したり、目の前に降り注いだ事を思えば「何故お前が捕まえた」などという言葉は出てこなかった。ジョンのサザンドラは雷で幾度も焼かれていたし、横たわったまま動かないポケモンも沢山いた。

 

(傷ついたんだ……言葉には出さないけど、大切なポケモンを失って……辛いに決まってる)

 

「どう思いますか?」

 

 フウロはマスクの奥で光る瞳に、暖かさのない視線を感じ取った。シャレにならない冗談しか言えない精神状態なのか、フウロは何故自分に話し掛けたのかが気になったが、支えにならなければという使命感を抱いていた。

 

 彼女はジョンの手を両手で包み、励ましの言葉を掛ける。失ったものを取り戻すことは出来ないが、立ち直るために手を差し伸べることは出来る。

 

「……元気を出して下さい。辛いことがあったら何でも相談に乗りますし、私にできることだったら力になります!」

 

 ジョンは目を何回も瞬きさせた後、苦笑しながら感謝を口にした。

 

「エエ、そうさせてもらいますネー」

 

 それからは和やかなムードで少し盛り上がっていたが、店がにわかに騒がしくなる。

 

「どうしたんでしょうか?」

 

 ドタドタと乱暴な足音が近づけば、黒い目出し帽を被った三人組が二人の前に現れる。ポケモンハンターだ。下っ端の一人がジョンの後ろで円筒形の投網マシーンを構え、「サンダーをよこせ!」と叫ぶ。

 

 リーダー格の男がワルビアルを繰り出すと、フウロはモンスターボールを手にとって立ち上がった。

 

「何なんですか! 人のポケモンをとったら泥棒ですよ!」

「ジムの女と呑気に飯なんか食ってるからこうなるんだぜ! ガハハ!」

 

 フウロがポケモンを出そうとすると、ジョンがそれを手で制する。彼は振り返ることなくピザを嚥下(えんか)して、水の入ったコップを飲み干すと、「ゲンガー」と呟いた。

 

 瞬間、ジョンの影からゲンガーが飛び出して気合玉をワルビアルに叩きつける。ガンマンの早撃ちの如く、ゲンガーの素早い攻撃は下っ端もろともポケモンを吹き飛ばした。

 

「ひぃ……」

「催眠」

 

 あっと言う間に三人を黙らせると、ジョンは真っ先にフウロへ謝罪を投げかけた。彼女はええはいと曖昧な言葉を返したが、状況を飲み込むとジュンサーへ通報した。

 

 

 

 二日に一回はこそ泥に襲われていると、ジョンは笑いながらフウロに語る。

 

 騎士道で二十連勝を成し遂げたジョンと飲みに来たフウロだったが、彼のジョークは少々笑えないものばかりだ。ジュンサーを一日に二回呼んで「引っ越してください!」と怒鳴られた話以外は。

 

 大衆酒場でプリプリと身の詰まったヴルストを齧りながら、ジョッキを(あお)る。酒が深くなり何度目かの乾杯をすると、笑いながら二人は話に花を咲かせる。

 

「そういえばぁ~」

「はい?」

「シロナさんがぁ、来るそうですよぉ」

「はぇ~、そうなんですかぁ。あのチャンピオンの?」

「ジョンさんに会ってみたいんですってぇ」

「は?」

 

 ポカンとするジョンの顔は、ショートケーキの苺だけを食べられた子供のような顔をしていた。そんなことは露知らず、フウロはニコニコとジョッキを傾けた。

 

「ぷはー。今度、試合が終わったら一緒にご飯でもどうですかーって」

「前向きに検討します」

「お店三人で予約とってもらいますねぇー」

「ああ、そうだ! 飲みなおしませんか? 良いお店を知っていますからその携帯を一旦置いて置いて置いて」

「そうしんーっ!」

「あぁ……これだから酔っ払いは……」

 

 顔を赤くしたフウロはもうグデングデンだ。酒気とエロスが漂うものの、ジョンはもうそれどころではなかった。

 

 シロナが来る。

 




ジョン
趣味:動画撮影 new!

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