ゲームルートが如何にして出現するのかを知るには何が一番良いのかと言えば、三人のジムリーダーが出て来る街の一個前の街――厳密に言えばそうではないが、ゲーム的に言えば一個だ――カラクサタウンでゲーチスが演説をした時期を見る。
これが一ヶ月半ほど前、五月初旬の話だ。ストーリーが四月から始まっていると仮定すれば、一つの街へ行くのに大体一ヶ月程度掛かっているということなのか。つまり、チャンピオンロードのあるソウリュウシティへ辿り着くのは一月。
プラズマ団に差し上げたものは全部、その辺りでどさくさ紛れに回収させて頂こう。残っていれば、の話だが。
正直、一週間ちょっとあれば街から街への移動など出来ると思っていたのだが、一ヶ月も掛かるということはやはり子供の足では厳しい道のりなのか。トレーナーと戦いながら街から街へ、ポケセンからポケセンへと旅をするのは大変だと思う。
ストーリー進行が主人公の移動によって変わるのなら、暫くは悠々とした生活が出来る――と考えていた。五月の時点では。
六月の中旬となった今では、そのような事を考えていた自分が如何に馬鹿馬鹿しいか理解できる。
後悔している理由はいくつかある。
まず第一に、田舎はともかくとして都会は交通網が発達しており、利便性に優れるという点を完全に見落としていた事。
アメリカンなサイズの地方なので、主人公が出発するカノコタウンからカラクサシティが約百五十kmも離れているのだ。東京静岡間の距離位だろうか。それほどの長さを歩くとなれば、ねぇ?
自転車くらい使うわ。
二つ目、リサーチ不足。
五月から六月と言えば、シロナの襲来やフウロへのアタック、カミツレとのサンダー写真撮影、カトレアによるマスク剥がし未遂事件などなど、ストレスで片腹大激痛状態になってもおかしくないイベントが目白押しだったのだ。
演説の情報だけ知って深く調べなかったし、仕方ないね。
だが、最初の一回の演説しか知らないというのに、情報収集を怠っていたのは不味かったな。
では、何を後悔しているのか。それはもうアレだ、主人公との第三種接近遭遇だ。
今日は久々の休みなんで、いつもの覆面とマント装備だけになり、訪れたことのない飯屋で酒を呷って腹を満たし、ほろ酔い気分でライモンシティを歩いていたら走ってきたトウコと正面衝突しかけたのだ。
よくある道を譲ろうとして左右にフェイントを掛け合って最終的に同じ方向にずれるやつ。
あれを向こうが走っている時にやったものだから、激突するのは必然。影から飛び出たゲンガーが俺の体を守ったのでコッチは無傷だったが、トウコは派手にすっ転んだ。
「あいたっ!?」
首筋、ポニーテール、
五、六メートルは吹き飛んだ――俺が当たればまず骨折は免れないであろう衝撃のはずだ――トウコは、小石に躓いた様にすぐに体勢を整えると、俺に食って掛かってきた。
「ちょっと、プラズマ団見逃しちゃったじゃないの!」
ああ、口が悪い。主人公の喋り方じゃないと思ったが、まぁ現実はこんなもんだ。
寧ろ凛々しくて格好いい。トウコさんまじブラック。プリプリ怒っている姿も最高だぜ。
トウヤ君が何故居ないのかは知らないが、トウコさんがいればいいや。
「申し訳ない。あまりにもビックリしたもので、お怪我は?」
「全く」などと宣うものだから、俺はやはりこの世界の人間としての耐久力は正直おかしいと思った。平然と岩を砕いたりする人間が多い世界で、ポケモンに護衛させるというのは正解のようだ。ゲンガーにご褒美のチョコレートを与えながら会話を続ける。
トウコとの貴重なお話タイムだ。
「それで、あいつら逃しちゃったんだけど?」
「はぁ」
「プラズマ団、見てないの?」
「見てませんね。それに、あんな連中とは関わらないほうがいい」
見てないのは本当のことだ。酔ってたし。俺はバレないようにプラズマ団を利用しているが、それはトウコを邪魔する理由にはならない。それであの団体の反感を買っても、いずれ沈む組織。末期癌の老人に止めを刺すような趣味はない。
とは言うものの、現実のプラズマ団はひたすらに悪辣だ。黒いにんてん
ジムリーダーが彼らを追い詰めれば、不正を見逃して金を得ていた者達もある程度本腰を入れて潰しに掛かったりするとは思うが、まだその段階ではない。
エロ同人で犯されている分にはまだいいが、現実にいるトウコがあんなことこんなことヤることヤられてしまうのは少々可哀想だ。
「子供がこんな時間にフラついてはいけませんよ。早くお家に帰りなさい」
「現行法じゃ十四はほぼ成人、知らない?」
「大人になれない大人、ご存知で?」
「あ"?」
ひ、ヒェ~ッ。
チビるくらい恐ろしい目つきで睨んでくるのは勘弁して欲しい。でもそういう女の子嫌いじゃないし大好きです。
「悪かった。ただ、プラズマ団を追うなら私も行こう」
やはりプラズマ団か……私も同行する、ジョン・スミス
「ふーん……あいつらの居場所を知ってるの?」
「よく知ってる、この街にはよく来るからね」
大嘘だ。ライモンシティにある売春の斡旋組織――プラズマ団の下部組織はよく知ってる。下部組織とは言うが、その構成員の殆どはプラズマ団、余りがゴロツキだ。
お世話になったとはいえ、いずれ消すつもりの場所だ。正体を隠して燃やすつもりだったが……証拠を消すなら今やってもいいだろう。証人もいるし……な。
「
場所は知ってるが、バカ正直に言うつもりはない。あたかも推理したように、さながらホームズのように言い当ててみせれば少しは誤魔化せるだろうか。
「それが……何?」
「重要な事だ。歩きながら話そう」
こういう時、偏屈者のように人の話を聞かず、頑固に持論を語る。反論はその場で言いくるめるのが吉。
「一つ聞きたい、プラズマ団は……何か持っていた?」
「盗んだポケモン、そのボールを袋に詰め込んでいたわ。探偵ごっこはジュンサーに任せたらどう?」
「なるほど、懸命だ。我々の持っているポケモンバッジが飾りにならないことを祈るよ」
プラズマ団の捜査をジムリーダーが行ったり、四天王が基地に殴り込みを掛けたり、ジムバッジと地位を利用した捜査は――ポケモンの関わる犯罪に限りある程度の裁量が認められている。でなければ公務執行妨害、現場は滅茶苦茶、不当な拘束し放題、間違いなくブタ箱行きだ。
立場としては迷探偵コナソの世界における探偵、がしっくりくるだろう。当然、事前に行動を知らせるようなことは必須である。先日、カミツレから色々と話を聞いた。初めて知った事実なので、今得意気に話していることはその時のものだ。
「モンスターボールの重量を知っているかい。一個百gは下らない、それをジャラジャラと音を立てて持ち運ぶのは……ナンセンスだ、非常に疲れるし目立つ」
「簡単に言って。めんどい」
「奴らは地下か、低層階にいる。それも周りを囲まれた目立たないビルだ。裏口があるはずだな」
まず一例、と断ってから適当な建物に入る。勿論ハズレだ。
探索を終えるとトウコがニヤリと口角を上げて小馬鹿にした表情をする。俺も笑い返して三つ目のビルに一万円を賭けた。八百長だが、バレるはずもない。
二つ目を巡回し、ハズレ。
三つ目のビルに入って、一、二、三階を廻るとトウコは手を出して「頂戴」と小悪魔スマイル。お小遣いあげたくなっちゃう……ヤバイヤバイ。
「まあ待て、慌てるような時間じゃない。地下があるかもしれないだろう?」
「地下ァ? ちょっと、あるわけないでしょ」
「いや、間取りがおかしい。階段があってもおかしくない」
勿論そんなことは外から見ても分からない。知っているからテキトー言ってるだけだ。
裏に回ればドアが、二つ。
両方開ければ、地下への階段と非常口。
「証明完了だな」
渾身のドヤ顔。ゴージャスボールから水ロトムとキノガッサを出して「行くぞ」と一声かける。ジュンサーを呼んで、それまでに証拠をちょろまかして、ちょっとした冒険は終わり。
カミツレはサンダーの羽根を優しく
「羽根が意外と柔らかいのね。硬いとばかり思っていたわ」
カミツレには使命がある。早急にジョン・スミスの素性を探らなければならない。彼の行った資金提供――寄付は何の政治的影響力もない個人が送る額ではない。
プラズマ団への資金流入は大きな問題だ。ヤーコンがプラズマ団員を街で捕まえようと画策しているが、地形的にボートが大量に配備されると逃げやすくなってしまう。それだけでなく、単純な活動資金としても足しになる筈だ。
上流の方にあるソウリュウシティか下流のヒウンシティ、開発途中のタチワキ
「アナタ、とっても凛々しいのね……欲しくなっちゃうワ」
ジョン・スミスは監督、ポケモンフーズ会社のお偉い人とお話中だ。金の話か、単なる挨拶なのか、カミツレには判別がつかないものの、妙に上機嫌な顔であった。
撮影はつつがなく終わったが、カミツレは話すタイミングを完全に見失っていた。ついついサンダーに気を取られてしまったが、彼の話し相手は専ら高級スーツを来た男。
カミツレが話す機会を得られたのは彼がサンダーをボールに戻す時だった。
「ねぇ、この後時間あるかしら?」
「申し訳ない、これから会食なんだ」
「それは……フーズ会社の人と?」
「ええ、
NPF。きのみ由来の材料を中心に、天然の素材のみを利用した高級フーズを専門とした会社だ。カミツレの調べた限りではプラズマ団や他の怪しげな組織との関わりはなかったが、完全にシロとは断言できない。
「なら今度、私と食事にでも行かないかしら?」
「申し訳ないが……」
「フウロの話をしましょう」
「是非ご一緒させて頂きます」
カミツレは予想よりも遥かに簡単に得られた承諾に若干の疑いを持ったが、それはジョンが彼女の想像以上に楽観主義的であるということ。カミツレが探りを入れに来ているなど欠片も考えていないのだ。
ジョンは美人と飯を食えてラッキー、と思っている。
予定を合わせた二人は早速個室で向かい合うことになった。他の目が入らない場所はモデルのカミツレにも、これから行う話し合いにも都合が良かった。
「アナタに幾つか聞きたい事があるの」
「別に構いませんが……私がフウロ以外に心を寄せていると思っているのですか?」
「違う。フウロちゃんの話じゃない」
ジョンの覆面から見える目が細められる。訝しんではいるものの、話を拒絶する素振りは見せない。
カミツレの探りたいことは、プラズマ団との繋がりだ。企業との関わり、金の使い道、それの出処。怪しさというものは隠そうとすればズレが出てくる。
カミツレが忍ばせている盗聴器が会話を拾い、離れた場所でヤーコンがそれを聞いている。質問は既に尋問に変わっているのだ。
「……ポケモンの保護ってあるわよね、最近話題の」
「保護? そんな話題がありましたか?」
「サンダーを自然に返せって言っている団体、当事者でしょ?」
「覚えてない、覚えておく必要が無い。脳の無駄です。第一アレは保護じゃない」
態度と言葉に迷った様子はない。プラズマ団の表向きのスローガンには真っ向から対立しているが、裏向きの態度ソックリだ。彼らはポケモンを開放したがらず、欲望が見え透いている。
ただ、ジョンが欲望まみれであるとは言い切れない。事実としてプラズマ団との関連性が見出だせない保護団体にも寄付を行っている。典型的な金持ちの行動とも言える。騎士道のスター選手で、サンダーを捕獲した豪運の持ち主。農場を一人で経営し、農薬を使わない栽培をしている。
だが秘密主義的だ。何故人を雇わないのか、マネージャーも付けない、目の下に隈があることは――特に試合の日――しょっちゅうだとフウロは語っている。
人件費はケチっている、しかしポケモンフーズ代は山ほど出している。
何かがおかしい。
不穏な空気が漂い始める。二人共食事には中々手を付けずにいた。
「じゃあ、保護って何? 意見を聞きたいわ」
「随分と変な話をしたがる」
ジョンは懇懇と保護について語る。
「ポケモンは良き隣人です。しかし、家畜とよく似ている。違う点は賢く、不思議な力を持ち、遺伝子改良が積極的になされていない」
ポケモンの遺伝資源に対する研究はポケモン協会が圧力を掛けたがるほどタブー視されている。彼らはまるでポケモンを人間の友人であるかのように扱い、それこそ家畜のように扱うことを是としない傾向にある。
しかし、ポケモンブリーダーという職業も存在する。タマゴから孵ったばかりのポケモンを人に馴れさせたり、強くするための育て方を研究している。
タマゴを作るのには勿論ブリーダー資格がなければならないし、タマゴが出来れば書類を提出しなければならない。
「保護とは、彼らのその善良な意思を踏みにじり、ミキサーにかけて選別するようなやり方を断固として認めないことだ。……こんな話をするべきじゃあない、まして食事時だ」
犬や猫がペットショップで選ばれ、余りをミンチにするようなことだ。尤も、どちらも絶滅危惧種に指定されているが、悪質なブリーダーはポケモンをそうしている。販売ルートが裏に近づくので、ジョンは積極的にそういった奴を追い詰めようとしているが。
「……最近流行っているでしょ、プラズマ団。それのせいかしら」
「聞いたことはあります。解放がナンタラカンタラ」
「あれはどう思う?」
「机上の空論ですね。人間はポケモンにその経済の多くを依存しています。特に、イッシュはそうだ。ポケモンとともに発展している。手放すなど不可能、故にただのカルト団体だ。気味が悪い」
ジョンはワイングラスを傾けて、メインディッシュの肉料理を口に運ぶ。
「でも、あなたはプラズマ団に多額の寄付をしている……そうでしょ?」
「身に覚えがない。目に見える落とし穴には嵌まりませんよ。私はプラズマ団に寄付などしていません」
「実質同じよ」
「トレーナーが探偵の真似事ですか。ストーカーには懲り懲りです」
「あら、バッジの意味を知らない?」
イッシュは今現在も続く開拓の途上において、トレーナーの助力を必要とする。一般に探偵は捜査権を持たないが、優秀なトレーナーはよく捜査協力を求められてきた歴史がある。伝統が制度として残っているのだ。
「つまり、私を疑っている? プラズマ団と組んでいると?」
「疑惑がある、断言はしてない」
「なるほど。もしそうなら、どうなんですか?」
「……え」
「何か犯罪をしているわけではないでしょう? でなければのさばる筈がない。それは警察が機能していないという事を表しているのだから」
カミツレは表情を変えずに、その心の中を怒りで満たしていた。プラズマ団の所業は到底許されるものではなく、トレーナーならば少しは憤りを感じてもよい話だ。
(薄情者ね)
少なくともフウロは任せられない、と評価を下しつつデザートのジェラートに舌鼓を打つ。自分は自分であるが、悪は悪である。カミツレは年上のジョンが冷たい考えをしているのに、落胆せざるを得なかった。
「所で、メインディッシュはまだですかな」
ジョンは神妙な顔? をしてそう言うので、カミツレは小首を傾げた。メインの肉料理は食べただろう、と。
「……フウロさんの話をすると言うから此処に来たのです」
「……………………」
「まさか! フウロさんを想う一心で、話をしに来たというのに!」
「それならアドバイスをしましょう。プラズマ団に手を貸して知らぬ存ぜぬを貫くつもりなら、永遠にフウロちゃんの気持ちは理解できないわ」
ジョンは数秒間沈黙する。息を少し吐いて、カミツレと目を合わせた。
「マスクの話をしているのなら、いずれ彼女には見せます。その団体をどうにかしたいというのなら、手を貸すことはやぶさかでない。だが、暇ではない。日々の仕事に追われ、ポケモンの世話をし、ファンサービスもある。此処ぞという時に呼んでくれ」
どうだ、と言わんばかりにカミツレへ連絡先を手渡す。
「イッシュの未来が掛かってるわ。此処ぞという時は、常に訪れているの」
「こき使ってくれるな」
彼はそれだけ言うと、そそくさと帰ってしまった。支払いを勝手にやったらしく、カミツレは奢られる形になってしまった。
「……お金だけなら、任せられるんだけど」
評価、金だけの男である。あながち間違っていないのも問題ではあるが、フウロがそれに気付いていないのも問題だ。
「あ、ヤーコンさんから……『微妙な成果だな、黒に近い灰だ』ね。味方になればいいのだけれど」
実力だけならば、申し分ない。ジムリーダーを鎧袖一触に倒せる程の強さは、やはりトレーナーとしては尊敬できる。だからこそ、敵には回したくないし、フウロの話を引っ張り出してでも対話をしたのだ。
――イッシュはポケモンとともに発展している。手放すなど不可能
「プラズマ団……彼の言うことが正しいなら、破滅の道を歩んでいる……」
伝説のポケモン、ゼクロムとレシラム。プラズマ団がその力を借りようと画策していることは、カミツレでさえまだ掴めていない情報だ。勿論、ジョンはすっかり忘れている。
「不気味ね……」
カミツレは店を出ると、夜を照らし出すライモンシティの光に目を細めた。
「眩しい……この明かりなら、影に潜むプラズマ団を探し出すのは難しいわ……光が強ければ闇が濃くなり、弱ければ闇に侵される……ジョンさんが冷たく見えるのも、輝いているせいかもしれないわね」
カミツレはヤーコンから「通信機を切れ」と連絡されているのに朝まで気付かなかった。