ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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洗濯機に紙を突っ込むとボロボロになるの巻


イッシュ追求編
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 コンクリート製の冷たい階段を下る。

 

 コォ、コォ、コォと靴音が音を立てる度、トウコは見下ろした先の男に「静かにしろ」と怒鳴りつけてやりたかった。

 

 この十数段を下りた先には、悪行三昧のプラズマ団が居るアジトがあるのだ。プラズマ団員を幾度となく撃退したトウコであったが、今ばかりはモンスターボールの位置をしっかりと確認せざるを得なかった。

 

 覆面を付けた変な男――ジョンだ。一悶着あってトウコは彼と行動を共にしているが、今から踵を返して立ち去っても誰も文句は言わない筈だ。

 

 けれども、トウコが彼に付き添うのは悪行に対して許せないという義憤の念があるからだ。頭に被った鍔付き帽子の位置を整えると、ジャノビーの入ったボールを手に持つ。

 

 ジョンはキノガッサと(ウォッシュ)ロトムを先行させている。トウコには見覚えのないポケモンだったが、並外れた強さを持っている事だけは理解できた。

 

 曇りガラスの扉の前で、ジョンはトウコに目配せをしてから開けた。

 

(ちょ、いきなり――!?)

 

 いきなり飛び込むなど無謀にも程がある。トウコはいきなり背中に氷を突っ込まれた様に声を張り上げる。

 

「作戦は!?」

 

 一対無数。狭い室内――しかも内部を知らない状態で戦えば、一方的に技を撃たれて倒されてしまうかもしれない。トウコからしてみれば、ポケモンの強さに自信があろうとも神風特攻には付き合えない。勿論、トウコは負ける気など端から無いが。

 

 ジョンはこの質問をスルーし、代わりにプラズマ団への盛大な挨拶を見舞った。

 

「こんばんは、死ね!」

「!?」

 

 その直後に放たれたキノガッサのタネマシンガンが、ポポポポと間抜けな音を立てて中の人間も何もかもを吹き飛ばした。

 

 一瞬遅れて轟音。埃が舞い上がってトウコは思わず咳き込むが、悲鳴の大合唱が耳をつんざく。

 

 コンクリート製の壁は抉れて吹き飛び、人と人とが折り重なり、棚の下敷きになる者もいた。砲弾が直撃したかの如く悲惨な有様であったが、ジョンは呻くプラズマ団員を踏み越えて奥の部屋に向かう。

 

「な、あ……ッ!」 

 

 強い。博物館やヤグルマの森でプラズマ団員と戦い、そして撃退したのとは違うバトル。文字通りレベルが違いすぎる。人間を骨折させるほうがまだマシ(・・)な部類に入るのだ。中途半端な実力のポケモンで挑めば、死ぬ。

 

「何だオマエラ!」

「プラーズマー! 爆弾か? 戦闘員はコッチに居るんだよ馬鹿め!」

 

 奥の扉からプラズマ団員――彼らは制服を着ていなかったがすぐに分かった――がポケモンを伴ってなだれ込んでくる。数は五人。チョロネコ、メグロコ、ミネズミ等、トウコなら苦戦したであろう数と面々だ。

 

「ポケモンを引っ込め――」

「やれ」

 

 身動き一つ取れ無かったトウコが唯一絞り出した優しさ。プラズマ団の行為に同情はできないが、ポケモンは使われているのだ。せめてもの救いを差し伸べてやらなければいけなかった。

 

 ポポポポ。そして、爆発音。

 

 キノガッサのタネマシンガンは蝶番ごと扉を吹き飛ばし、ポケモンも人間も等しく壁に叩きつけた。

 

「終わりだ。君は外でジュンサーさんを誘導しなさい」

 

 にべもなく言い放ち、彼は傷ついて今にも息が絶えそうなポケモンに見向きもせず奥の部屋に立ち入る。

 

 立ち起こった埃のため口元をハンカチで押さえているが、その気遣いをポケモンに振り分けることはない。

 

 トウコは唇がワナワナと震え、奥歯を強く噛みしめる。

 

「……アンタねぇ!」

「名前で呼ぶといい。名刺だ」

 

 ジョンはトウコの方をチラリとも見ずに名刺を投げ渡す。地面に落ちたそれを拾い上げて、トウコはビリビリに破いた。

 

「最ッ低ね、騎士道の選手の癖に」

 

 彼女は急いで鞄からきずぐすりといいきずぐすりを取り出し、倒れたポケモンたちに振り掛けて治療を始めるが、呼吸は弱くなり、段々と力強さが失われていく。

 

 一発でチョロネコが十二体前後吹き飛ぶダメージだ。過剰な攻撃にはいくらポケモンと言えども耐えることは出来ない。自然のサイクルで淘汰されるのと同じように死んだ。

 

「どうした、盗られたポケモンは見つかったか……ああ、ご愁傷様」

「ッ――!」

 

 その何とも思っていないような一言で完全にブチ切れたトウコはジョンの胸ぐらを掴み上げ、全力の右ストレートを叩き込――

 

「ゲンガー」

 

 彼の影から飛び出したポケモンがトウコの腕を掴んで止めた。彼女は振り解こうとするが、ポケモンと人間では力に差がありすぎる。出来るのはただ叫ぶことだった。

 

「離しなさいよッ!」

「見なかったことにする」

「そんな事を言ってるんじゃない! 殺す必要は無かった!」

 

 主人の怒りに応えるかのようにトウコのジャノビーがボールから飛び出して「キャルー」と怯えた声を出す。ゲンガーはトウコの腕を離すと、赤い手形の痕が出来ていた。

 

「何を今更。君たちが野生のポケモンと戦って、勝つのと変わりない」

「は……」

 

 トウコには理解ができなかった。何故この虐殺と言っても過言ではない戦闘が、ポケモンを戦わせることに繋がるのか。突拍子もない言葉に呆れるも、次なる文言は浴びせかける冷水として最適であった。

 

「何故野生のポケモンが飛び出してくるのか、彼らにはそれが生存競争に必要な手段だからだ。惨めに負ければ……当然、待つのは緩やかな死だ。さて、君は何匹殺した?」

 

 彼は五匹など取るに足らない数だ――と付け加え、棚の書類を再び漁りだした。

 

 十や二十で済むのか、旅の中で戦った野生のポケモン達は。トウコは心の中で計り知れないほどの衝撃とともに、受け入れがたい現実と直面することになった。多くの場合、群れで無事に怪我は治療されるが、今のトウコにそれを知る(よし)はない。

 

 道を歩いて目が合った、自分から仕掛けていった、食事時に現れたので追い返した、きのみを採取していたら戦いになった、原因は様々だったがどの戦いにも勝利し、フラフラと立ち去っていくポケモン達を確かにトウコは見ていたのだ。

 

 トウコは気に留めたことすら無かった。我武者羅に強さを求めていたわけではないが、逃げた彼らの行く先を知ることはなかった。知ろうとすらしなかったのだ。

 

 生まれ落ち、成長し、戦い、生き延び、戦い、戦い、トレーナーと出遭って、傷つき、逃げ延びて、死ぬ。そんな生に一体何の意味があるのか。

 

 冷たいタイルに転がるチョロネコ達と同じように、ただ死ぬためだけに生まれるのか。

 

 トウコの中に熱い感情が芽生える。眼から滴り落ちる透明な血潮であり、喉で(つか)える激情の叫びであった。

 

 ジュンサーが来るまで、二人は祈りを捧げるように沈黙していた。

 

 

 

 雨の降る日、トウコは遊園地を訪れていた。

 

 先日突入したプラズマ団のアジトには犯罪の証拠となるであろうモンスターボールは無かったのだ。その代わりに別の証拠があったらしいが、その事はトウコには教えられていない。

 

 ジョンはトウコに二度とプラズマ団と関わらないよう忠告して、ライモンシティで安全に眠るために二十万程手渡した。トウコはそれを受け取ったが、今はプラズマ団を探して遊園地にいる。

 

 客足は少ない。静けさの中、雨の叩く音が響き、二人(・・)は視線を交わした。

 

「N!」

 

 トウコは何かを探していた。それを知る人物、最も近い人間、有意義な答えを聞くことの出来る男。求め、そして出遭ったのは決して偶然ではない。

 

 トウコの中で劇的な変化が訪れたのだ。成り行きの感情でプラズマ団を倒していた頃とは違う、強い意志が芽生えた。推し量ることの出来ない何かがプラズマ団の影で蠢いているのを、トウコの鋭敏な嗅覚は察知したのだ。

 

 求めるのは真実。記憶に無いでは済まされない事実、調べなかったことを後悔するであろう本当を探求する気持ちが、トウコを突き動かすのだ。

 

 

 

 

 

 騎士道にダブルバトルが導入されるらしい。

 

 というのも、サンダー人気に頼ったシングルバトル商売は長く続かないと判断してのことらしい。君の意見を聞こう、と騎士道協会のイッシュ本部に呼ばれたので、シングルのルールを流用すればいいんじゃないんですかねと言っておいた。

 

 まもるやトリックルームの優先度のルールはシングル時代から存在したので、二体同時に攻撃してもいい技を決定すればいい。

 

 例えば、かえんほうしゃ。アレはやろうと思えば二体同時に攻撃できるのだが、そんな事を許してしまえば特殊一強時代が来るので、どうにかしてそこら辺のルールをゲーム準拠で押し付けた。

 

 いや、見事通りましたよ。金のアヒルの言葉をこうもアッサリと聞き入れてくれるとは、全くお笑いものだ。

 

 ダブルはシングル以上にヤバイ、と個人的に実感しているバトルの仕方だ。挑発が無い、まもるが無い、雪崩持ちも威嚇持ちもいない、地震はあるが飛行がいない、猫騙も補助要員もいない、天候トリル始動役も無し、無い無い尽くしで潜ればまず一勝も出来ないだろう。

 

 きっちりと作られた構築には手も足も出ない。何をやってくるか分からない相手に勝つことは、不可能だ。故に、この分野に関しては負けも有り得る。

 

 凡その見立てだが、種族値と構築の暴力で最初の三ヶ月は無敗で戦えるだろう。何せこの世界では技を覚えさせるのにも一苦労するのだ。ましてシングルとダブル両方で戦うには十二体のポケモンが必要となる。

 

 自分が有利になるように頑張って働きかけました。

 

 そんな事は置いておいて、フウロと正式にお付き合いすることが決定いたしました。やったぜ。

 

 顔が見たいと仰られたので、普通に見せました。一人くらい見せてもいいんですよ……別に。「伝説めっちゃ持ってますw」とか言ってないので。自分をさらけ出す最高の妥協が一人だ。結婚願望は前々からあったのでその位は見積もっている。

 

 言い訳も有名人に似ているという理由で注目されたいわけではない、とか何とかテキトー言っておいた。よくある理由ではないか。自分のコンプレックスを隠すために、努力してそれを覆そうとする。今の俺の状況ぴったりだ。騎士道を始めた理由と矛盾しない。

 

 専門的なことはともかくとして、もうフウロは恋人なのだ。聖夜に性なる夜を過ごす相手であるし、バレンタインの記録が零から一になる為の重要な人物だ。

 

 そのためには何としても既成事実を作らなければならない。

 

 この既成事実というのは、俺が赤ん坊がコウノトリに運ばれてやってくるなどという迷信を信じている乙女思考だからではなく、一度肉体関係を持てばフウロのように真面目そうな娘はボロを出さない限り別れを切り出さない、という想像の元で行われている。

 

 加えて、スキャンダルは向こうも望まない筈だ。人間としてある程度まともな事をして、愛妻家と呼ばれる程度にいいことをしてやればいい。満足させてやれば別れはしないだろう。

 

 一月以内にホテルで休憩し、二月以内に生活水準を引き上げて俺なしでは生活できなくして……って結婚できない女か。まるで胃袋を掴もうとしているみたいだ。

 

 しかし、よくよく考えてみれば、我が家は無い(・・)のだ。

 

 地下に隠されたコテージはタマゴ島のものをそのまま持ってきたので、別に税金を払っているわけではない。そもそも敷地面積の大半を農業・開拓用として購入している為、無許可で家を建てる(置く)のは違法だ。

 

 勿論、小さい倉庫を家として書類にしているが。役所に申請して本当にこれでよろしいのですか? と言われたのはいい思い出だ。耐火性などが問題になるらしいが、人が山脈の向こうにしかいないので許可をもらえた。ガバガバである。

 

 だが、フウロが我が家に来るのは当然予期できる。非合法の家を見せるのは不味い。非ッ常~に不味い。落ち度は無い方がいいのだ。

 

 早急に新しい家を建てたいのだが、フウロに見せても恥ずかしくない物を建てるにはまだ資金不足だ。余りはあるが、半分以下になるのは勘弁して欲しい。

 

 どうにかしないと思った時、頼りになるのはコネだ。タチワキシティやヒオウギシティ――BW2で追加される街――の開発話が持ち込まれたのだ。

 

 糞ド田舎でマサラ状態だったが、コンビナートが出来るとか出来ないとかで開発が進められるらしい。労働者の家族を周辺に住まわせたいので出資とかしない? と持ちかけられたのだ。

 

 スターのみを量産し、人を雇い工場を立て、加工と流通を効率的に行って六次産業化を目指せばそれなりにいい商売になりそうだが、過労死待ったなしだ。

 

 そしてブラックシティとホワイトシティ――両方とも存在するのは現実だからだ。あの辺りは街なら二、三個は入る――の開発も耳に入ってきているのだ。一枚噛むならそっちの方が良さげだろう。

 

 まぁ、金は焦らなくてもいいか。そのうち湧いて出てくるのだ。

 

 ポケモンワールドトーナメント、PWTが開催されることになった。何回かやって止めたので詳しくは覚えていないが、ジムリーダーが山ほどやってくるお祭り的な奴だ。

 

 今年に入って「やらないか?」とポケモン協会の幹部が提案したらしい。そして見事採用、第一回の開催地がイッシュに決まり、二年毎に行われる事となった。チャンピオンリーグのある地方の幾つかが参加を表明し、予選をやるらしい。

 

 いの一番にフウロが知らせてくれたので頑張っテ! とエールを送ったが、騎士道からも枠はあるんじゃないの? と大歓迎状態であった。

 

 金には困っているが勿論丁重にお断りした。優勝賞金は少額、CMやらなんやらで稼いでも効率としては最悪である。それに農場から離れる訳にはいかない。作業の大半をポケモンに任せているが、やはり俺がやらなければいけない部分は多々ある。

 

 人生初の彼女が出来たのだから、焦らず生きよう。俺はようやく登り始めたばかりだからな、この果てしなく遠い騎士道をよ……。

 

 

 

 

 

 カミツレは知ってしまった真実に動揺せざるを得なかった。ジムは訓練生に任せっきりで、モデルの仕事にも中々身が入らないでいた。

 

 ライモンのある日の夜。フウロがジョン・スミスとまたデートに行くと言うので、カミツレはプラズマ団との関わりを確かめるためにこっそりと後をつけていたのだ。

 

 友人が寝取られ――友達に彼氏が出来るかもしれないのは喜ばしい事であるが、その様を見せつけられるのには少々イラッときていた。自分から見に来て何だという話ではあるが、世の理は(ことごと)くリア充爆散せよ、である。

 

 しかし友人とプラズマ団対策のためにも、ジョンは見張っておくべき対象だ。二人が帰るまで監視しておこうと追跡していたのだ。友情と責務、少しの怒りが混ざっていたが、カミツレは夜に紛れてその任を遂行した。

 

(……知らなければよかったわ)

 

 後悔。それは情報として紛らわしいという程度を越えていた。

 

 いいカンジで向かい合っていた二人だったが、ジョンは突然覆面を剥いだ。人気のあまりない場所、バレないと思っているのか、それともカミツレに気付いていたのか、辺りを見回してから覆面を取り去ったのだ。

 

 次いでウィッグ、カラコン、髭、顔を覆い隠すものがなくなる度にカミツレの中で正体が判明していく。会話は聞こえなかったが、彼の正体は紛れもなくあの「騎士王エイジ」だ。

 

 思わず閉口してしまうカミツレ。彼は死んでいるので偽物の顔だろうが、どうしてそれをチョイスしたのか全く分からなかった。

 

(似ている……あまりにも似過ぎているわ)

 

 カミツレはまずこの事をヤーコンに相談すべきか迷った。ヤーコンは聡い男で、まず秘密を漏らすことはないだろうし、この行動に隠された真のメッセージを解き明かすことが出来るかもしれない。

 

 だが、ジョンがカミツレがこの場に居ると知って、このような行動に出ているとしたらどうだ。それは「顔を誤魔化す事が出来る強大なバックがいる」という一種のアピールとも取れる。

 

 だがそれはプラズマ団との関わりを暗に示す行為であり、秘密主義的な男がそれをするのかどうか、という話になってしまう。

 

(まさか、この期に及んで自分はただのそっくりさんです、なんて言うはずないわね。普段の生活でも、自分の顔を隠すことに意味が無いもの)

 

 ジョンがカミツレの存在に気付いていないとしても、彼女はこの行動に意味を見出せなかった。

 

(話すべきよ。フウロちゃんにも、他の頼れる人物にも)

 

 五里霧中。一寸先の見えない謎の中で、カミツレは自分自身を見失う程に取り乱してはいなかった。人間としてある種完成された精神は、取るべき行動をハッキリと示すのだ。

 

 隠された真実を暴こうとする者達が、潜む者に挑む。

 


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