夢、希望、平穏。金と地位に見守られ、幸せを享受する俺に訪れた唯一の試練。
ダブルバトル。
魔物が棲む魔境に騎士道は足を踏み入れてしまったのだ。
『では、騎士道シングル代表のデューク仮面さんに、第一回目の騎士道ダブルについて意気込みを語ってもらいましょう』
ライモンシティの騎士道スタジアムの中心で、俺はマイク片手にダブルバトル頑張るぞいと熱意を叫んだ。
「ポケモンの技のみを使って、コンビネーションを決める
声を張ってキャラ作り。看板の仕事も楽じゃない。
本業はバトルであるが、今回のダブルバトルに関して、俺は慎重な選択を採らざるを得なかった。
パーティーはメガガル、ニンフ、モロバレル、ドーブル、メガジュカイン、ドランの六匹だ。ぶっちゃけ遠慮する気などもう無い。
コンセプトは「ダークホールでぶっ殺す」である。随分前に使えなくなったチートオブチートであったが、どうせなら騎士道協会に駄目と言われる前にやりたい放題やってやろうという腹積もりだ。
いや、そもそもダークホールという技自体を知らないから、禁止しようがないのだ。追従者が現れる前に禁止されるだろうが。
ドーブルのダークホールの強さは、対策のために神秘の守りやラムカゴ等を搭載し、追い風この指止まれ猫騙し等で好き放題動かれるまでがテンプレートである。
実際俺もそうだった。シングルでブイブイ言わせていた頃、たまにはダブルでもやってやるかと手を出した所、見事レートが1300。一勝も出来ずに終わったのだ。
その洗礼を、今から俺が受けさせてやるのだ。
俺が舞台の上でマイクパフォーマンスをしているのを、シングルでボコボコにしてきた選手達が見守っている。大方、シングルでは駄目だったがダブルで勝とうなどと考えているのだろう。
馬鹿め、シングルでも勝てない能無し共がダブルで勝とうなど甘い甘い。
何時の時代でも頂点に立つのはこの俺、このジョン・スミス以外には存在しないのだ。
初回ということで俺は最初と最後の計二回戦い、その他の試合は他の選手同士が戦った。大した事もなく、ダークホールをキメてガルーラでグロウパンチを積み勝利した。解説の人はダークホール初見のようで、解説しきれていなかった……可哀想に。禁止されてなきゃ反則じゃないんですよ。
さて、今回の戦いで注目すべきポイントは幾つかある。どいつもこいつも俺と騎士道協会の作成したダブルバトル指南に従って、守る、岩雪崩、はっぱカッター、熱風等で戦っていたことだ。
補助技は精々守るに加え、身代わり、剣舞等シングルでもよく見られるものだ。ただし、シングルですら積み技は余り使われない。
積み技を何故使うか、簡単に言えば長所を伸ばし抜き性能を上げる、読みを強要する、こんな感じだ。これを読んで、抑制し、相手に勝利する。だが、彼らは伸ばすべき長所を数値として把握できないのだ。
結果、特殊ナットレイや物理シャンデラ等という例が出てくる――技があるのかどうか不明。考慮したこともない――し、例えるならパルシェンが瞑想を積むような事態が発生する。意表は突けるが……ねぇ? ぶっちゃけそういうのにも慣れたのだ。
その代わり、俺ことエイジの真似をする人間は数多く出てきた。猛火のバシャーモ、ただのガルーラ、胞子キノガッサにSをまともに振っていないポイヒガッサ、砂隠れガブリアス、メガしないライボルト、倫理的な「配慮」をした道連れを持たないゲンガー。
技構成も真似をしたように似通っているが、それらを単品で突っ込むアホばかりだ。相性補完すら出来ていないのもいる。
しかし、無理もない話だ。彼らはそのポケモンが何故強いのかを知らない。例えるのなら、「ヒトモシ、君の体当たりは三ヶ月前に計った火の粉より強いようだ。つまり君は攻撃力が強いんだね」と、こんな感じで十分な分析ができない。まぁ研究者には有り得ないことだが、普通のトレーナーには有り得ることだ。
考えてみて欲しい、うら若きトレーナーが冷静に、自分と自分のポケモンを分析するために論文を読む、若しくは考察のために論文を購読するだろうか?
仮に読んだとしても、ポケモンに数字をつけることはほぼ不可能で、将棋のように棋譜があってきちんとした勉強ができるわけではない。
経験則による判断やポケモン一匹一匹と向かい合うことで彼らは強くなっているのだ……という事が雑誌に書いてあった。四天王の誰かのコラムであったが、興味がなかったので内容しか覚えていない。
騎士道に関してはもっとデータが少ない。
『デューク仮面、天晴今回も全勝であります』
不安はあったが、試合を全勝で終えた今なら断言できる。
この世界はずっと生きやすい。
例えよう。俺の手持ちは32の6乗分の一を乗り越えて選ばれたデザイナーベビーの如き選ばれたポケモン。彼らは別の時間、別の空間を乗り越えて集められ、戦いと闘争と試合の果て、煮詰められた戦術を以て戦っているのだ。
つまりイージーモードである。ただ、ミスをしないようにしっかりとしたパーティーを組まなければならない。茶番で金が貰え、評判が上がるのだからやっておくに越したことはない。
もっと早く気付くべきではあったが、視野が広がってきたのだ。彼女が出来て幸せが有頂天になったから、余裕ができたのだ。フフフ……俺が怖いぜ。どこまで幸せになれば済むのだ。
疑いに疑った甲斐があったというものだ。ただ、既に騎士道の選手になった人間はそうそう新しいポケモンを育て上げて投入することは出来ない。これは慣れと時間の問題だ。だが永遠の安泰はない。
なれば、警戒すべきは今後の新人枠だろう。自惚れているわけではないが、スターと言う自覚はある。憧れてはじめました、等という輩がぽこじゃかと出て来るのは道理で、騎士道を見据えてパーティーを組む人間が出てくるかもしれない。
クレセリアが欲しくなるので、どうにかこうにか調べて、捕獲してもおかしくない土壌を整えようか。世界ひろしと言えども、クレセリアを突破できる事は出来ないはずだ。ただし、虫悪は除く。
こまけぇこたぁいい。伝説いっぱい持ってる凄い人に、俺はなる。
向かい合うフウロとジョン・スミスは、きちんとした正装をして格式高いレストランで食事を取っていた。
別々のルートで合流したので、ジョンは覆面を付けてはいない。
器用にナイフとフォークを使って焼き加減の甘いステーキを口に運ぶ彼に対して、フウロは付き合い始めたばかりだと言うのに若干の不信感を抱いていた。
根拠は――カミツレからのリーク。プラズマ団とのコネクションが深いという推論は、心優しいフウロを惑わせるには十分な衝撃を持っていた。
フウロは仮面の下の素顔が、隠された偽物だとは到底思えなかった。瞬きもしていたし、作り物の様な違和感は無かったと記憶している。歪みのない顔だった。
ジョンに対してフウロは少なからず憧憬の念を抱いているものの、親友の言葉を疑うような真似はできなかった。
フウロの知る限りでは、ジョンはプラズマ団に与する邪悪な輩ではないと思っていたし、ポケモンに愛情を注ぐ良いトレーナーだと認識していた。非常に多くのポケモンと暮らしており、お金に糸目をつけない為、伸び伸びとした生活を送っているのも判断要因の一つだ。
その彼が、ポケモンの解放を謳うプラズマ団と手を組んで悪事をしているなど、フウロにはとても考えつかなかった。
さりとて、親友の考えが間違っていると頭ごなしに否定もできない。フウロはジムリーダー同士で話し合いの機会を作るので、それまでによくよく考えておくようにとカミツレからは言われていたが、疑うことが難しい。
ジョンはフウロの前では格好をつけて、ボロを出さないように極力慎重な立ち回りをしていたので、見破られない程度には信用を得ていた。
だが、フウロは不安を感じている胸中を隠し通すことはできなかった。だからこそ一言、違うと宣言してほしかったのだ。
「……ねぇ、ジョン君」
「フウロ? 料理が口に合わなかったのかい?」
「ううん、美味しいよ。そうじゃなくて……ジョン君がプラズマ団に関わってるんじゃないかって」
目を丸くしたジョンは口元を丁寧に拭ってから、朗らかに笑う。
「いやはや、君の口から荒唐無稽な冗談を聞ける日が来るとは」
「冗談じゃないですっ! カミツレちゃんがそう言ってたから……」
「……そこまで言うなら、今度話し合うのもいいかもしれない」
内心で予定は未定などとほくそ笑んでいるジョンをよそに、フウロはジョンの疑惑を晴らすべくヤーコンらの主催するジムリーダー同士の話し合いの場に彼を連れて行こうと考えていた。
「明日とか、明後日とか、ジョン君の家に行っていい?」
「はい?」
無実の罪であるということを示すには、フウロはジョンという人物の人となりを深く知り、理解する必要があった。
ジョンは「家が狭い」だの「見せられない」と、言い訳を並べてフウロに突きつけるが、彼女の強い意志に対してはさしたる理由にはならない。
結局、ジョンはフウロのお宅訪問許可を出さざるを得なかった。残念ながら、彼は大空のぶっ飛びガールを止める手段を持ち合わせていない。尽く見事なカウンターで返された。
家が狭く、見せられない状況だろうと彼女にとってそれは些細な事。優しさ溢れるフウロがそんな事で躊躇うはずもないのだ。
風薫る山肌。青々しい下草の生い茂る、ジョン・スミスが保有する広大な敷地の一角。爽やかな風を受け、フウロは目一杯伸びをする。
心地よい陽気とポケモン達がのどかに暮らす光景は心が洗われるような晴れ晴れとしたもので、その場に寝転がれば日が沈むまで昼寝をしてしまう自信がフウロにはあった。
レストランでのお願いの後、ジョンの家を訪ねたフウロ。彼の案内で小さな
「ねぇ、ジョン君の家は何処なの? ここからじゃなーんにも見えないよ?」
「家は、それ」
……。
たっぷりと間を置いて、フウロは「うん?」と首を傾げた。
「その建物が家です」
「たて……もの?」
港にあるようなコンテナを小さくした倉庫。下手をすればホームセンターでも売ってそうな四角い箱が、家である。否、家であるとジョンが主張しているものである。ジョンの本拠地は別にあるのだが、フウロがそれを知るはずもない。
「狭いし、見せられないって言ったろう……入って、どうぞ」
押し入れのような引き戸を開けてジョンが中を示せば、人が二人寝転がれるかどうか。小さな机とクッションが置かれているだけで、とてもではないが人間の棲むところとは思えないだろう。
「……サンダーの映像では、もっと、普通の家に見えたけど……」
「あれはポケモンのための雨風を凌ぐ場所、たまたまあそこに居たのさ」
間違ってはいない。この倉庫とは別に簡易的な建物が存在するものの、果実を箱詰めする為の建物だ。暫くの間は家として利用していたが、今ではすっかり作業場と化している。わざわざ狭い場所で過ごす事意味もない。
そもそも手ブレの激しい冒頭の映像では、そこと倉庫の区別はつかないだろう。
みすぼらしい――もとい小さい犬小屋のような場所で住んでいるとは全く考えていなかったのであろう、フウロは身体を硬直させて数秒後、ポロポロと涙を溢し始めた。
夏は蒸し暑く、冬は肌を刺すような痛みが襲うであろう。雨風に晒されないだけマシではあるが、埃の積もった劣悪な環境に身を置く苦しみは相当なものだと予想できる。
ひょ、と内心あっけにとられるジョン。フウロは彼に詰め寄り鬼気迫る表情で叱りつける。涙で赤く腫れた目も相まって、恐ろしさは二倍だ。
「ポケモンを大事に思ってても、自分を大切にしなきゃ駄目だよ!」
「お、おう?」
「朝ごはんは!? ずっとお酒ばっかり飲んでたりしないよね!? そもそも布団がないと体を痛めるよ!? ちゃんと掃除してる!?」
ダメ出しが数分間続くと、ジョンはもうフウロに頭が上がらない。印籠を見せられた悪代官の如く低頭平身で、「これからは健康に気を付けます」と言わされた。
流石に家を建てろとは言わないらしく、代わりに家に来いなどとイケメンっぷりを発揮する。フウロは下心のある――ジョンを調べるという――後ろめたい気持ちであったが、ジョンにも下心はたっぷりだ。ピンク色の妄想で頭がマンパイである。
ともあれ、ジョンは朝食を必ずフウロの家で食べるよう約束させられ、暫く厄介になることとなった。
ホドモエシティ。盛況するマーケットから少し外れたカフェで、少しボサボサな髪を後ろでまとめた少女が一人、スポーツ新聞をコーヒー片手に眺めていた。
彼女の名はトウコ。先日ジョン・スミスと共にプラズマ団のアジトを襲撃した者で、昨日に至っては冷凍コンテナに隠れたプラズマ団を千切っては投げ千切っては投げ、獅子奮迅の活躍で七賢人の一人を追い詰めたのだ。
結局のところ、その七賢人と団員はゲーチスの話術によって逃されてしまった。
フン、と忌々しい記憶に鼻を鳴らしていると、モーニングセットのスクランブルエッグトーストの香りが鼻孔を刺す。
ケチャップをたっぷりと掛けて齧り付いていると、トウコの目に見覚えのある名前が飛び込んできた。
『デューク仮面、ダブルバトルでも快勝か』
「……ふーん」
トウコはよく彼の動向を追い掛けるようになっていた。偉そうに物を語るので粗を探してメールで突付いてやろうというのが一つ、金をくれるので関係を持ったというのが二つだ。当然ながら肉体関係はない。
トウコの見立てではバトルに関して欠点という欠点は無いし、他の追随を許さない戦術とポケモンは一見の価値があるものだ。
トウコは準備を整え次第、ホドモエジムのヤーコンに挑む予定であった。その前に電話でジョン・スミスの電話番号をプッシュする。
あの日の別れ際、二十万の入った封筒に目がくらんだトウコは、その時抱いていた感情とは別に「使える!」と思い電話番号を請求したのだ。思惑を感じ取ったのか、それとも子供に甘いだけなのか、パトロンになってやろうとジョンが言い出したのだ。
以来、何かしらの成果を出したり、挑戦をする前にはジョンに一言
暫くして人が出る。聞き覚えのある声だが……。
「もしもし? ジョンのおっさん?」
「開口一番に何てことを言う奴だ」
「私よ私、ト・ウ・コ・さ・ま。今ホモドエでヤーコンさんに挑むところなんだけど、旅費が――」
「――いや、友人……え、あぁ……新人で、注目のトレーナーで……まぁ、そうだけど…………違う……」
「おーい、もしかして修羅場?」
電話越しに聞こえるのは女性がジョンに対して詰問している声だ。誰だの知り合いだの女だのと聞こえる辺り、地雷のような何かを踏んでしまったようだ。
ジョンがトウコのパトロンとして資金を提供しているのは事実だ。ポケモン協会の定める規則により、トレーナーが一部のトレーナーに対して資金提供などをすることは認められている。まぁ、どのスポーツだろうと似たような制度はあるが。
事情を話せば、電話の向こうにいる女性を説得するのは容易いが、トウコはジム戦の数時間前にそのような気の滅入る話はしたくないのだ。聞こえていないであろうが、激励の言葉を一言だけ投げかけてトウコは席を立った。
トウコは面倒事に費やす精神をバトルに向けたが、残念なことに、次のジム戦で戦うのは電話の向こうの女性――フウロなのだ。
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