ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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ゲームから来たポケモンVS現実のポケモン


2

 

 

「あなたの全力、あたしに見せてみて!」

 

 エイジに相対するシロナは、余裕を見せて言い放つ。

 

「ガァルッ!」

「カァーーン」

 

 フィールドに二対のポケモンが躍り出る。片やガルーラ、もう一方はミカルゲ。主役が登場すると、観客は声を張り上げて会場を揺るがした。

 

『バトル開始ッ!』

 

 熱気渦巻く中心部、戦いのゴングが響く――!

 

 

 

 

 

『さぁ! 今宵、世間を賑わす話題のトレーナーが――』

 

 今、バトルフィールドに入場して、拍手喝采を浴びているのが俺だ。相手はあのチャンピオン――女子力の低い(らしい)シロナさんだ。

 

 エキシビションマッチみたいなやつをわざわざ開いて、俺と戦う事になった。理由は不明だが、騎士道協会の人間が広告のためにやっている……のだろう。多分。

 

 そんなこんなで試合会場。

 

 手持ちはガルガブゲンにバシャボルトガッサだが、三体で戦うとのお達しなので、無難にガルガブゲンの並びを選んだ……不安だ。ちなみに、珍しそうな準伝説は知名度を考慮して連れてきていない。スイクンとかスイクンとかスイクンである。

 

 ガルガブゲンは一応百レベにしているのだが、こういった自由な形式の試合は初めてなもんで、多分負けるだろう。

 

 BW2ではそれなりにお世話(カツアゲ)になったが、今日ばかりはそういかない。まぁ、やられっぱなしは流石に嫌なので、それなりに抵抗させてもらうが。

 

『対するは、我らがチャンピオン! 我らが女王! シンオウリーグの絶対王者! シロナだァ――ッ!!』

 

 何も無い無骨なステージの反対側に、金髪の美しい女性――言うまでもなくシロナ――がやってくる。

 

 ふむ、実際に見るとやっぱり美人だ。

 

「はじめまして、あたしはシロナ。あなたのポケモンバトルはよく見ていたわ」

「エイジです。チャンピオンに知ってもらえるなんて光栄ですね」

 

 呑気に挨拶をしていると、歓声がピタッと止んでいた。

 

「あなたの全力、あたしに見せてみて!」

 

 モンスターボールを取り出したので、こちらも準備を整える。

 

「舞い上がれ、ミカルゲ!」

「行け、ガルーラ」

 

 二匹のポケモンがボールから飛び出ると、試合開始のゴングが鳴る。

 

「交換は必要かしら、チャレンジャーさん」

 

 ……していいの?

 

 この人達、技を四つまでとか縛ってないから全然ありだけど……ここで交換したら俺のファン人気的にも、試合のテンポ的にも悪くなるから止めとこ。ガルーラならなんとかしてくれるでしょ(慢心)。

 

「メガシンカ、ガルーラ!」

 

 キーストーンとメガストーンが反応し、ガルーラの袋から子供が飛び出す。

 

「地震!」

「空中に避けて鬼火!」

「(ゲェ!?)ガルーラ!」

 

 早速仕掛けたのはいいが、ここで鬼火を喰らえばガルーラはほぼ機能停止だ。俺のポケモンは「避ける」が出来ないから外しを期待するしか無いが、実力者のポケモンは何故か技の外しというものを知らないらしい。

 

 こんなんチートや!

 

 メガガルーラが地面を叩きつけて振動を起こすと、ミカルゲが宙に浮いてそれを躱す。ガルーラ親子はふわふわ浮いた炎を食らって火傷状態になり、物理半減、事実上の機能停止である。グロパン搭載型ではないし、そもそもミカルゲには当たらない。

 

 お前の特性浮遊じゃねーだろ!

 

「……岩雪崩」

「ミカルゲ、影分身で撹乱!」

 

 メガガルが地面に手を差し入れ、大地を放り上げる事で礫を降らす。その礫は広範囲に降り注ぎ、ミカルゲ本体にも命中した。

 

「オォ!」

「ガルッ!」

 

 子供の追撃も命中し、ミカルゲは一瞬だが怯んだ。これが第六世代のポケモンをガルモンと言わしめた実力である。それにしても影分身ごと潰すとは思わなかったが。

 

「岩雪崩」

「シャドーボールで撃ち落としてから影分身!」

「ガァァ!」

 

 出た、「撃ち落とす」だ。岩タイプ技のうちおとすではなく、技で技を迎撃するという、なんとも真っ当な戦い方である。

 

 コレもゲームではできなかった芸当だ。流石のメガガルーラも困惑し、続く攻撃を影分身に当てられない。そして、試合はそのまま続き、ついにスリップダメージでやられてしまった。

 

 悲しいことに、真っ当なバトルは初めてなのだ。レーティングバトルで猛威を奮ったガルーラは、「素早さの順番」というルールに囚われ、困惑したまま敗北した。

 

 いや、俺のせいでもあるんだが。

 

『ガルーラ、戦闘不能!』

 

 ――わぁぁぁぁああああああ!!

 

 興奮した観客の声が会場を埋め尽くした。騎士王の敗北に、湧いているのだ。

 

 ……無性に腹が立つ。戦闘不能になったガルーラは、地面に伏したまま申し訳なさそうに俺を見た。

 

 ――違う。お前のせいじゃないんだ。ろくに指示も出せない、俺が悪いんだ。

 

 当初は負けると思っていたが、それはそれで、気に食わない。

 

「ありがとう、ガルーラ」

「ガァ……」

 

 モンスターボールに入れてやると、シロナさんが声をかけてくる。

 

「あなた……ガルーラに指示を出してあげないの?」

「……任せたぞ、ゲンガー」

 

 答えは返せなかった。今の俺は、騎士道の戦い――ゲームの戦いしかできないのだから。

 

 どうやってその概念を打ち壊す指示を出してやれるのか、俺のポケモンは少々騎士道に――レーティングバトルに傾倒している節がある。……まぁ、元々はゲーム内存在だし多少はね?

 

「ゲェェ」

 

 ゲンガーが飛び出すと、試合の再開が告げられる。もしもここから逆転するのなら、最速で指示を出して、急所にでも当ててもらうしか無い。

 

「シャドーボール」

「ッ……ミカルゲ、こっちもシャドーボールよ!」

 

 シロナの顔に動揺が浮かぶ。いや、多分嫌悪だ。ゲンガーは命の珠を握りしめており、シャドーボールを放つと低く唸り声をあげた。

彼女らは――優秀なトレーナーはコレを好まない。

 

 体力を削る道具を持たせて、勝つための戦いをする。そんなものは邪道であると、騎士道をやり始めた頃にはよく言われた。

 

 だが、押し通さねばなるまい。ガルーラも、ゲンガーも、ガブリアスも、俺に強さを求められて育ったのだ。ゲームのレートで、現実の騎士道で、畏怖と尊敬を一身に受けるポケモンにしてやらなければならない。そうしなければならないと、今思った。

 

 言葉を持たない彼らのためにも、己が強者であると示してやらなければ気が済まない。トレーナーとしての、責務であった。

 

 シャドーボールが衝突すると、土煙を巻き上げて視界を遮った。「砂嵐」のようなものか、それなら命中率が下がることもない。

 

「続けてシャ――」

『ミカルゲ、戦闘不能!』

「――今のナシ」

 

 覚悟を決めた途端にコレである。相殺しきれなかったってやつか。それでも、HPの削れたミカルゲ程度ならもっていくらしい。

 

 「ゲッ?」とこちらを振り返るゲンガー。一匹倒したから次に備えるんだぞ。

 

「グゲェェェ」

 

 舌を出してニタリと笑う。彼の表情は本当に読めないが、恐らくヤル気なのだろう。性格はおくびょうなはずなんだが……。

 

「グレイシア、華麗に舞いなさい!」

「キュウ!」

 

 ケモナー御用達ポケモンの登場だ。実際可愛いし、シロナの手持ちとなれば、美しさも飛び向けているようにみえる。

 

「ゲンガー、ヘドロばくだん」

 

 しかし、容赦は出来ない。

 

 一瞬の溜めの動作、直後、ゲンガーの口から毒々しい液体が放物線を描いて飛び出した。直径一メートル程の球体がグレイシアに降り注ぐ。

 

 ヘドロばくだんはグレイシアに直撃、ゲンガーはレーティングに倣って攻撃に備えるが、困り顔で振り返る。

 

 彼の視線の先では放ったヘドロが凍りつき、グレイシアの手前で固まっていたのだ。なるほど、現実的氷タイプ特有の固める現象か。

 

「グレイシア、シャドーボールよ!」

「耐えて、シャドーボールだ」

 

 シャドーボールを身体で受け止めると、ゲンガーは大きく仰け反り、口を天に向けたまま黒いエネルギー球を放つ。

 

 しかし狙いは正確そのもの、グレイシアは避けきれずに命中。その一撃でグレイシアはフラフラと足元が覚束なくなる。対して、ゲンガーは平静を装っているが、もう一発喰らえば倒れる。

 

 素早さは完全にこちらの方が勝っているが、ポケモンバトルの腕前なら向こうが一段も二段も格上である。

 

 シロナは決定打を放たず、こちらの攻撃を避けることに専念させた。ゲンガーはこれ以上攻撃を命中させることは出来ず、そのまま敗北した。

 

 最後の手持ちは、氷四倍弱点のガブリアスだ。

 

 なんだかんだで、この世界に来てから一番付き合いの長い――一年ちょっとだが――ポケモンだ。

 

 一番柔軟ではあるが、ガルーラやゲンガーと同じように一歩も動かないだろう。どう戦えばいいのか、どう声をかけてやればいいのか、悩んでいると――神が降りた。

 

 モンスターボールから飛び出ると、ガブリアスは大きく吠えて威勢を示す。氷タイプのグレイシアに怯む様子も見せず、指示を待っていた。

 

「冷凍ビーム!」

「ガブリアス、剣の舞」

 

 両手の鎌をこすり合わせ、闘志を燃やす。心なしか赤く輝いて見える。

 

 後続を考えれば、ガブやミロカロス、キッスが選択肢として上がる以上、一撃で落とす火力がなければならない。

 

 タイプ一致の冷凍ビーム、ガブリアスは――ヤチェの実を噛み締めて耐えた。ここからは迅速に指示を出してやらなければならない。反撃の前に、倒さなければ。

 

「逆鱗!」

「吹雪で迎え撃って!」

 

 激しい氷の風がグレイシアの前面に吹き荒む。これを回避できなければ、敗北。

 

 言葉を、指示を、出してやらなければならなかった。

 

 

 

「ガブリアス、『先に』攻撃を当てろ!」

「ガァァア!」

 

 素早さに従い、グレイシアに先制せよ。

 

 下された指令を、ガブリアスは正しく理解したようだ。レーティングバトルの作法に則り、『先に』攻撃を当てる為の行動を開始する。

 

 そのために、「ルールを無視」した攻撃は全てかわさなければならない。彼は巨体に見合わぬ素早さで吹雪を大回りに回避、グレイシアに判断する隙を与えず肉薄――

 

「バリアーよ!」

「無視しろ!」

 

 咄嗟に貼られた透明な壁を、ガブリアスは強引に破壊。グレイシアの身体に強烈な一撃を叩き込んだ。

 

『グレイシア、戦闘不能!』

「ガァァァアア!!」

 

 ガブリアスが勝利の雄叫びを上げると、観客は大きな歓声もなく、まばらに拍手をした。出る杭は打たれる定めなのか、それとも敗北を期待されたのか、いずれにせよ歓迎されていないらしい。

 

 シロナが最後のポケモンを繰り出す。残りは、同じガブリアスだった。こちらはようきSVの極振り、まず先制できる。加えて一舞した状態だ。スカガブでなければ、勝利する。

 

 俺のガブリアスは、「避ける」という概念は理解できなくとも、「先に攻撃」するという概念は理解できていたのだろう、結果的に攻撃を避けた。ここが現実でも、Sが勝っていれば勝利できるということを証明したのだ。

 

 ……勝てるかも。

 

「ガブリアス」

「ガッ!」

 

 ガブの鎌はエフェクトのような光を放っており、逆鱗が継続していることが分かった。彼は命令を待たずに飛び出した。

 

「穴を掘って回避するのよ!」

 

 シロナのガブは地中に逃げたようだ。こちらのガブはそれを見送ると棒立ち。動作をとらなかった。

 

 穴を掘る、それは耐える。余裕だ、一致等倍でもHPの削れたガブは落とせない。

 

 シロナのガブリアスが、無防備な体勢のガブリアスを地下から強襲した。次の指示を出そうと俺が待つと、ガブは驚くべき行動に出る。

 

 相手ガブリアスの一撃を掴んで受け止め、逆に逆鱗を食らわせたのだ。そうだよね、素早さを考えたら「あなをほる」を喰らうのはおかしいよね。

 

 ガブリアスの一撃は相手をフィールドの壁まで吹き飛ばし、クレーター状の傷を付けた。確定一発である。

 

 しかし、シロナのガブリアスは立ち上がった。

 

 ……嘘だろ? タスキもなしに耐えるのか。いや、そういうシステムはあった。SMあたりで導入されたシステムだったか。撫でてやるとたまに攻撃を耐えるのだ。

 

「逆鱗よ!」

「ガァァァアアアアッ!」

 

 返しの攻撃がガブリアスを襲う。彼は、避けられる一撃を受け止めた。

 

『――勝者、シロナァ!』

 

 大歓声と拍手。惜しみない賛美が彼女に送られる。

 

 俺との握手を済ませると、シロナは爽やかに笑って応じていた。

 

 敗北は、残念ながら当然であったか。むしろ、よくぞここまで食らいついたと、三匹に言ってやりたいくらいだ。

 

 

 

 

 

 四天王及びチャンピオンの手持ちがゲーム内でレベル八十弱ということを考えれば、百レベルというのは遥かな高みであるということだ。

 

 シロナがシンオウ地方最高のトレーナーであるならば、騎士エイジのポケモンはシンオウ地方最高の精強さであった。

 

 

 シロナは当初、慈悲のない戦い方に僅かながら怒りを覚えたが、戦っていくうちにそれは違和感へと変化していった。

 

 こちらが攻撃をすると、相手もまた攻撃を返し、避けることなく倒れる。

 

 ガルーラの地震も岩雪崩も、避けられなければあっという間にミカルゲを倒していただろう。ゲンガーのシャドーボール、ヘドロばくだん、それらも回避が困難な程の速度だ。

 

 結果的にはシロナが勝利した。しかし、ゲンガーもガルーラも誇りを貫いた戦いを変えることはなかった。こちらがジワジワと削るような手段を使おうと、そのスタイルを変えることはなかった。痛みすら押し殺し、正確極まりない攻撃を放ってくる。

 

 だから、シロナにはエイジのポケモンが怒っているようにも見えた。

 

(彼らは――とっても強いきずなで結ばれているのね)

 

 だから、シロナは出てきたガブリアスを見て、エイジの指示を聞いて、驚愕した。

 

 ――先に攻撃を

 

 その一言で、流れが変わった。

 

 グレイシアを倒した時、トレーナー達が会場に連れてきたポケモンはガブリアスの雄叫びに震え上がり、騎士王最高の手持ちと言われるだけの威厳を示した。

 

 それこそ、シロナのガブリアスが耐えなければ、最強の座に君臨しただろう。

 

(一体、どんな生き方をしたのかしら)

 

 戦いに生きるポケモン、戦いに生きるトレーナー。お互いにすべてを委ね、委ねられ、シロナの歩んできた強さとはまた別の強さを持っていた。

 

 騎士道で頭角を現してきた当初こそ、多くのトレーナーの批判を浴びていたエイジ。命の珠や道連れを顔色一つ変えずに使う彼は、悪魔や鉄仮面などと罵られていた。

 

(それが、彼らの自慢なのね。勝利のために、次のポケモンに託す事を誇りに思っているのね)

 

 シロナはエイジと握手を交わし、爽やかに笑ってみせた。

 

 


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