なんだかんだで二ヶ月ほど経った。季節的には真冬だ。
シンオウは北に位置するだけあって寒い。ポケモンがマフラーをしたり、服を身に着けている光景をよく目にするようになった。犬に服を着せるのと同じ感覚だ。
そして今、家から離れて二週間目となっている。春に向けて騎士道の新人を呼び込むための業務をやらされたのだ。具体的には「戦い方」の指南、「タイプ相性」を考えたパーティー構築などだ。
食い扶持をぶん取られるのは最悪なので、意図的に手を抜いているのは言うまでもない。
あとは、素早さが重要だということくらいだ。騎士道では予めポケモンの素早さを数値化し、それが高い順に行動するように定められている。それを知らずに入ってきた人(何故知らない)も多いらしい。
ただ、極振りしている個体は滅多に存在しない。俺の手持ちならともかく、速さに特化して訓練するというのは、この世界では珍しい。
五十レベルのラインを超えるのにはそれなりに時間がかかるらしく、育ちきる(ゲームで言うところの努力値振り完了)までの間に、攻撃も防御もと欲張るトレーナーが多いのだろう。
しかもレートみたく、ポケモンのレベルを五十レベルまでに抑えるレベル制限リングを付けることすらも知らない新人は多い。……まぁ、それなんてオーパーツ? って言いたくなるのは分かるが。
それはそうと、最近は騎士道の競技人口が増えているらしい。元々不人気だったマイナーだ、どうせすぐに減るだろう。
不人気の理由の一つには、テンポの悪さがある。競技には三人の審判が必要であり、審判を挟んで行動を決定するため、技を出すのに思考時間を含め三分以上は掛かる。カップラーメンの待ち時間を複数回、試合が終わるまで待つのは苦行だろう。
加えて、将棋やチェスみたく解説役が居るわけでもない。技構成、耐久調整、持ち物、読み、何を考えて何をやろうとしているのか分からないのに、人気が出るわけないのだ。
だがマイナーと言われる程度には人気がある。つまり――
安定職! 高給! 高待遇!
後ろ盾は「無駄に」歴史と伝統があり、良くも悪くも馬鹿な連中だ。これほど楽な仕事もあるまい。
空を飛んで帰路につくと、タマゴ島の沿岸に一隻の船が止まっていることに気づいた。
ウルガモスから降りて船内を見れば、無人。ただ、近頃問題になっている「ギンガ団の残党」とやらのマークがプリントされた上着を発見した。
ついに、恐れていた事態――人間がこの島に乗り込む――が起こったか。幸いにも、ギンガ団の連中は船の大きさを見るに数人だ。ぶっコロコロするにしろ、海に沈めるにしろ、難しい人数ではない。
急いでタマゴプラントに飛ぶと、人型のキャンプファイヤー跡が残っていた。他にも灰が積み重なっている場所が二箇所ある。
これは、既に何人かを「自動的」に始末できたということだろう。
洞窟に到着するやいなや、大量のウルガモスが中から飛び出してきた。見知らぬ人間が来て敏感になっているのか、それにしても優秀な防御装置である。
「無事か?」
ウルガモス達は翼を羽ばたかせて肯定した。
……イエス・ノーくらいなら区別がつくようにはなった。これもコミュニケーションの賜である。
「他にも誰か居るのか」
これもまたイエス。ウルガモスの攻撃から逃げ延びた奴らがいるということだろう。……ここを見た以上、生かしてはおけない。どうせ不法侵入者だ、いなくなった所で捜索の手は伸びないだろう。
そろそろ日が落ちる。ロッジが無事であることを確認してから、船の近くに潜んだ。
完全に夜の帳が下りると、森がざわめいた。侵入者共が追われているのか、単にポケモンが騒いでいるのか。
夜が明ける頃になると、ボロボロになった男女が船に乗り込んだ。服もドロドロに汚れ、目の下には深い堀が出来ていた。
……四人か。
彼らが船を出すと、俺はウルガモスに乗ってその後を追い、モンスターボールからポケモンを出した。
「行け、サンダー」
「ギュアァアアアオ、バリバリ!」
伝説のポケモンでも言うことを聞いてくれるのは確認済みだ。
で、何故サンダーを出すかと言えば、伝説のポケモンだからだ。
一般人が伝説のポケモンを所持するということは、実に面倒くさい。資格とかそういうのではなく、全く捕まえられないのだ。こっちの手持ちならともかく、野生で生きている個体はボールを弾くわ物理的にモンスターボールが届かない場所に逃げるだとか、実にやりにくい。
ちなみにこれは俺自身の体験談ではなく、他人の体験だ。
そういうわけで、公式には伝説のポケモンを持っていないのだ。言ってしまえば違法伝説。つまり、伝ポケでコロコロしてしまえば、天災みたいなものだし仕方ないよね、となる。
そういう理由で、サンダーに雷の指示を出す。
轟音の直後、爆発音が響いた。
船は炎上したが、沈んではいない。五発ほど追加で雷を落とす(二発外した)と、船は完全に砕けた。
「ありがとう、サンダー。帰ろう、ウルガモス」
パタパタと一緒に飛んで帰る。伝ポケの性質上、おいそれと外に出す訳にはいかないので、今だけでも楽しませてやる。
サンダーに手を汚させたことは申し訳ないが、『殺処分』や『監禁』の可能性を考えると妥当だろう。
物騒な発想だと思わないで欲しい。……俺の持つポケモンは全て、タマゴ島にある「パソコン」に入っていたのだ。
その「パソコン」にはグラードンやカイオーガのような禁止伝説、三犬、三鳥、実に様々なポケモンが眠っている。ゲーム内のボックスが統合されているのだ。
つまり、一体しか存在しないはずの伝ポケに二体目がいるということである。いや、十匹位いるポケモンもいるけどね。まぁ、どんな惨事が引き起こされるか想像もつかない。「一匹ならええやろ」と解剖される可能性も否めないしね。
バレたらヤバイのだ、殺しを手伝わせるのもまぁ許してねって感じ。
存在が露見してはいけないのには山ほど理由がある。人間が禁忌に触れることになるのだ。伝説のポケモンが山ほど眠るとなれば、タマゴ島を巡って、向こう千年闘いが続いてもおかしくないのだ。
伝説のポケモンの力があるのだ、誰も信用してはいけない。誰も信用することは出来ない。侵入者は絶対に生かして返してはならないし、僅かな情報を残すことも避けなければならない。
ちなみに、「パソコン」を移動することは出来ない。そのための試みは全て失敗した。移動「しようと」思えば出来るのだが、それはあくまでも最終手段。計算に入れてはならない。いや、マジで核爆弾並の最終手段なのだ。地位を放棄するような行為だしね。
おいそれとそんなものは使えないので、守り通さなければならない。秘密のために、安定した生活基盤と社会的地位は必要不可欠だ。
そのために、殺すときは殺す。バレないように、こっそりとやらなければならない。これからもそういうことは続くだろうが、今回は船を沈めたし、良しとしよう。流石に死ぬ筈だ。
万が一漂流して保護されたとしても、冬の海だ。ベッドの上で衰弱死するのが関の山だろう。
二週間後。
タマゴ島の別荘っぽい家で目を覚ました俺は、腹の上に乗っかるブースターをそっとどかして、窓を開けた。新鮮な空気と心地よい朝日が眠気を吹き飛ばし、大きく深呼吸をすれば身体に力がみなぎる。
朝の支度を済ませてから電子版のニュースを見た俺は、イチオシ記事と書かれた項目を見て、口にしたエネココアを吹き出しそうになった。
『元ギンガ団員が語る衝撃の真実! 騎士王エイジにかけられた殺人容疑の裏側!』
殺人容疑。殺人をしたと疑われている、ということだ。
此処に出るニュースというのは大抵、ネットの掲示板をまとめたものか眉唾ものの記事か……偶に出て来る本物のどれかだ。
生きていたのか……違う、殺し損ねたか。どういうこっちゃ。
やけに詳細な記事に目を通せば、ラプラスに助けられたらしい。
何にせよバレた。ここから誤魔化す方向に動くか、最終手段を使うか、上手く立ち回らなければ家宅捜索などは免れないだろう。
まずは、うるさい騎士道協会からの電話に出なければ。
「エイジです。ええ、見ています。……全くの嘘偽りです。この人物の証言には嘘が多い。……私は黄色の鳥ポケモンなど所持してはいません、それはご存知のはずでは? それに、情報源が信用できません」
コイツめ、よほどしぶとかったらしい。サンダーの雷を五発も食らわせたと言うのに、記憶が吹き飛んですらいないとは。しかも冬の海に落ちて無事とは……ゴキブリか何か?
「カメラ映像が残っている? まさか、それこそ眉唾モノです」
(マジ? 頑丈すぎない? 陰謀とか疑うレベルなんですけど)
「ええ、情報提供はありがたいのですが……雷かなにかを見間違えただけでは? ハッキリと申し上げますと、私にはこの人物を害する理由は……ああ、この記事ですね」
何々、「六枚羽のポケモンが、『遭難した』俺たちをいきなり襲ってきた」とな。あくまでも被害者ぶるつもりか。
しかし、タマゴプラントの事が語られないということは、そこまで到達できなかったということだな。早々に撃退されたか。おくびょうな個体やひかえめな個体が多いことが、幸いしたな。
「失礼ですが、まずは私の私有地であるこの島について、把握していることはありますか? 無い? ではそうお思いになられるのも無理はありませんな。誤解を解くには、直接会って話しましょう。では」
強引に会話を切り上げると、育成済みのウルガモスを何体か連れてタマゴプラントに預けた。怪しい人物は撃退するように言っておいたので、家宅捜索にきた警官程度なら撃退できるだろう。
俺が居ない間に探られることは、なんとしても避けなければならない。
家とプラントを移動用ウルガモスで往復していると、旅パ産ボーマンダが放流された森から飛び出して、俺達の横につく。
頻りに騒ぎ立てるのでついて行けば、島の外縁部に「彼女」は佇んでいた。
チャンピオン・シロナが、俺に微笑んでいた。
逃げます