ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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人生はうまくいかない。安定が最も難しい道である
当たり前だよなぁ?


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 シロナは善性の強い人間である、そう確信を持って言える。多分。

 

 プレイヤーからすれば「糞寒いセリフ言って恥ずかしくないのおばさん?」と思うかもしれないが――彼女は二十四歳だ、意外なことに年下である――この世界では割と普通だ。

 

 流石にチャンピオンを知らないとは言わない。テレビに出る機会も多く、それなりに彼女の価値観に触れる機会は多かった。

 

 ポケモンとの絆を重視する傾向があり、研究者としても活躍している。研究者とはMADでもない限り分を弁え、法律を尊守し、倫理に縛られている。

 

 あたかも自分が善人であると装えば、大抵のことは納得してもらえるはずだ。駄目なら、やるしかない。

 

 では、如何に説得するのか。シロナの話に着目すればその材料は全て揃う。

 

 着目すべきポイントの一つはこの島の性質である。

 

 シロナ曰く、生態系がおかしい。何かがある。そんなことを言っていたのだ。

 

 つまり、珍しいということである。珍しい場所というのが大抵保護されているというのは、言うまでもないことだ。

 

 ラムサール条約や絶滅危惧種といった単語にピンと来る人間は多いだろう。それらは生物多様性の観点から保護しなければならない……等の理由から生まれた単語である。ラプラスが一時期の間、絶滅危惧種であったことから、この世界でも同様の概念は生まれているのだ。

 

 何が言いたいのかと言えば、島に生息するポケモンを刺激したために起こった「不幸な事故」であると主張して、生態系の保護とポケモンの保護を考えて島にいるポケモンを公にせず、内密に裁判などの処理を行いたい、とシロナを説得するのだ。

 

 ついでに、弁護士とももう相談しているなどと言ってしまえば、向こうには真贋がつかないので、口を噤んで立ち去ってくれるだろう。

 

 尤も、敵ではない事を前提としているが。

 

「――というわけです」

「管理の面で追求されそうね……」

「シロナさん、迷惑をかけるつもりはありません。私の精神衛生上、貴女のような立派な方に此処に居てもらうのは忍びない……どうか、今日のところはお引き取り下さい」

「………………」

 

 よしよし、考えてる考えてる……良心的な人間ほど、この手の言葉で察してくれるのだ。「これは悪いことをしちゃいましたワ、帰りますワ」と帰ってくれるはずだ。相手の顔を立てつつ、帰宅を促す……我ながら完璧な

 

「エイジ君――とても良く頑張ったわね。一人でこの島を守ってきたのでしょう? だから、今だけは力添えをさせてちょうだい」

 

 What?

 

「駄目です。帰って下さい」

「お願いよ」

「忙しいので」

「それなら!」

 

 シロナが勢い良く立ち上がって、目を輝かせる。……私欲が垣間見えるぞ。

 

「バトルで私に勝てたら、大人しく帰るわ」

 

 自分の土俵に立って何が何でも要求を通そうとする姿勢は評価できる。

 

 ただ、ポケモンバトルはもうシロナの土俵ではないのだ。悪いが、魔法の言葉を唱えてやれば、厨ポケが素早さに従って蹂躙してくれるのだ。

 

「申し訳ないですが……貴方は帰る運命にある。痛い目を見る前に去るべきですね」

「こっちも譲れないわ。ルールは?」

「一対一。交換は無し、道具もなし。手早く終わらせましょう」

 

 素の能力なら勝っているので、当てさえすれば勝利確定である。

 

「始めましょう。貴方とのバトルは、今思い出しても熱くなるもの!」

 

 

 

 勝った。

 

 一対一だったので、犯罪者ポケモンで強引に勝ちに行った。

 

 当初の俺の警戒とは裏腹に、シロナは連絡先を渡すだけであっさり帰ってくれました。(都合の)いい人だな。いや、この島に来ること自体が駄目なんだが。

 

 それはそうと、タマゴ島が簡単に来れると判明したので、最終手段を使おう。防諜施設兼安全地帯としての役割が持てないので、此処に居続けるのは有り得ない。

 

 騎士道協会に顔を出す必要もない、もう二度と会うこともないのだから。

 

 シロナが水平線の向こう側に消えてから、「パソコン」のポケモンを取り出す。

 

 ボールを投げると、パルキアとグラードンが飛び出す。

 

 これから行うのは引っ越しと証拠隠滅であり、劇的に追跡という行為を終了させることが出来る。騎士王エイジ生存説というものを、真っ向から否定できるインパクトがある。

 

 

 

 正直な話をすると、島と家と食料だけで資金が底をつくはずがない。資金繰りが厳しいのは全く別のものを予め購入しておいたからなのだ。広義で言えば家なので、ウソはついていない。

 

 別のものと言えば当然――土地である。別人の戸籍もキチンと作成した。引っ越そうと思えば何時でも――具体的には半年前から――出来たのだ。

 

 ただ、安定し始めた環境を見捨てるのが無駄だっただけであって、あんな事態になればすぐさま移住できるだけの用意はあった。

 

 移住先は、イッシュ地方だ。

 

 立地としてはフウロがいるフキヨセの西、山を超えた中腹部の辺りから麓周辺までを買い取った。

 

 ミルタンクの牧場を作るか、ヤチェの実を量産するか、セカンドライフには期待を寄せている。

 

 いやはや、山はあれどもこれからは平野の続く人生だろう。これまで世話になったシンオウ地方には感謝を、これから世話になるイッシュ地方には祝福を。

 

 冷涼な空気を目一杯肺に吸い込んで、新しい生活に思いを馳せる。

 

 いやぁ、実に楽しみだ。

 

 

 

 

 

 目の下に大きなクマをこさえたシロナは、自宅に着くやいなやベッドに飛び込んだ。昼前であったが、そのまま夕暮れ時まで泥のように眠ると、空腹とともに起き上がる。

 

 冷凍食品を電子レンジに投げ込んで、ソファに散らばった書類をまとめて脇に置く。床に落ちていたリモコンを拾い上げ、何気なくテレビの電源をつけた。

 

『――沖で発生した地震により津波が発生した影響で』

 

 画面にはヘリコプターの中から撮影された映像が映し出され、昼頃に発生したであろう津波の被害を報道していた。

 

(地震? 気づかなかったわ……震度は――)

 

 シロナの目に止まった、映像の海にぽつんと浮かぶ一つの島。

 

 存在感を放つ『あの島』は?

 

 シロナはつい先程自分がいた場所と似ている――否、全く同じであることを嫌でも理解できた。

 

「……え?」

 

 彼女の口から言葉が漏れる。シロナにとって液晶の光景は夢のように現実味がなく、ぼやけて遠ざかって行くように思えた。

 

 ピピピと、電子レンジが呼ぶ。

 

 それに意識を引き戻されると、今度は食い入る様に画面を見つめ始めた。心臓の鼓動は何故か早まり、呼吸は浅くなっていた。

 

 嫌な予感がしたのだ。

 

『では、エイジさんとの連絡はまだつかない?』

『はい、そうです』

『ツッターでは津波に呑まれたのではないかと言われていますが……』

「そうよ、彼の電話番号があったはず……!」

 

 居ても立ってもいられなくなったシロナは、散らかった室内で携帯電話を探し始める。五分ほど探し回って、ポケットに入れていたことを思い出すと、妙に冷たくなった機械を取り出した。

 

 夕日が沈む。

 

 真っ暗になった室内でブルーライトがシロナの顔を照らし、テレビが雑音を撒き散らす。

 

 彼女は震える指先で宛名を探した。教えてもらったばかりの連絡先を、すぐに使うことになるとは考えもしなかった筈だ。画面に映る文字を下から上へ見送って、「エイジ」の三文字だけを求めた。

 

 今ばかりは知り合いの名前が邪魔になる。

 

「あった!」

 

 やっとの思いで――それは三分にも満たない時間だが――見つけた名前からは、既に連絡が来ていたようだ。

 

 メッセージが残っている。

 

「これは……」

 

 時刻は昼過ぎ、シロナが自宅で睡眠をとった、すぐ後の事だ。

 

 地震の起こる直前、もしもエイジの行方が本当に知れないのなら――遺言になる。

 

 シロナは先に電話を掛けた。残された言葉が遺言でないと、エイジの声を聞いてはっきりと示さなければならなかった。

 

 コール音が鳴る。待ちきれず、無意識のうちに指で机をトントンと叩く。待ち遠しい、一刻も早く彼の声が聞きたい、大声で叫びたくなるような衝動に襲われる。

 

 コール音が途切れると、シロナは早口でまくし立てた。

 

「エイジ君!? 無事なの!? 今何処に――」

『お掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにあるか』

「……そんな」

 

 断たれた希望。シロナは目の前が真っ暗になった気がして、ソファに倒れ込んでしまう。書類の束が落ちるのにも気を止めず、もう一度画面を見た。

 

 彼女は藁にもすがる思いで、残されたメッセージを再生する。

 

 最初に聞こえたのは、地響きにも似た大気の振動音だった。

 

『今日は楽し……たですよ。また……るといいですね、二度と顔を合わせ……とはないでしょうが…………ようなら』

 

 雑音混じりの録音からは、気が抜けたような平坦な声が聞こえる。それは諦観か、絶望か、死ぬ前の安らぎなのか、シロナには判断がつかなかった。

 

 

 

 一週間後、エイジの携帯電話が南の沿岸部で発見された。マスコミは生存が絶望的であることを(ほの)めかし、行方不明だと報道した。

 

 シロナは時々、エイジとの勝負に勝っていれば何かが変わったのではないかと考えることがある。

 

(エイジ君が逃げなかったのは、ポケモンがいたからだわ……守りたいポケモン達があの島にいたから、逃げられなかった……)

 

 ――あの場にいれば説得出来たかもしれない。

 

 そう夢想することは一度や二度ではなかった。自分のエゴから来る欲望だと承知していた、傲慢な願いであると理解していた。けれども、願わずにはいられなかった。

 

 エイジは強かった。別れ際のバトルで感じた氷のような熱、一撃喰らってしまえば勝利への道が絶たれてしまうギリギリの戦い。早鐘を打つ心臓の鼓動が――忘れられなかった。

 

 そして、シロナは自分の「弱さ」を嘆かずにはいられなかった。日常生活においてはエイジの言葉ばかりを思い出し、研究にも手が付かない。熱が去り、冷たさだけが残った。

 

 それからというもの、シロナは騎士道の試合をよく見に行くようになった。会場へ赴けばどこからともなくエイジが現れて、人々の耳目を独り占めにするかもしれないと考えていたからだ。

 

 冬が終わっても、シロナはこの癖が治らなかった。

 

「……もう、割り切るべきね」

 

 一人、観客の疎らな席で呟く。今日も「成果」が無かった。トボトボと試合会場を後にすると、シロナに気付いた受付の女性が声を掛けた。

 

「あの、シロナさんですか!?」

「……! ええ、そうよ」

「私、ファンなんです! サインもらってもいいですか?」

 

 色紙を差し出すファンの言葉に応じるシロナ。上の空だったためか、ペンを持つ手が止まる。

 

「シロナさんって、騎士道はよく見るんですか?」

「……そうね、最近、見るようになったわ。意外と奥が深いのね」

「そうなんです! 相手の交代を読んで攻撃するとか、その交代を読んで交代するとか、ネットで見た時は――」

 

 熱心に語るファンと、シロナは思わず意気投合してしまった。彼女としてはそのまま話し続けたかったが、仕事が残る女性を引き止めておくのも申し訳なかった。

 

「悪いわね、引き止めちゃって」

「い、いえ! 私が話し掛けたんですから、こちらこそ!」

 

 小走りで去った女性は、「あっ」と何かを思い出したように振り返り、「イッシュにも注目の選手が来たみたいですよ―!」と叫んだ。

 

 シロナは帰宅すると、急いでパソコンの前に張り付いた。ネットで検索をかけると、()はすぐに出てきた。

 

『エイジの再来か!? しかしヤツは熱い! 期待の新人・デューク仮面!』

 

 シュバルゴをモチーフにした覆面とマント。紛れもなく不審者

――のような格好をした選手が、公式サイトのトップにデカデカと表示されている。

 

 有料の試合映像をすぐさま購入すると、確信を得た。

 

 これは――エイジだ!

 

 シロナは飛び出した。

 




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