「おばあちゃん。これなぁに?」
菫(すみれ)ばあちゃんから一欠片の黄色く光る石ころを貰った。
「これはね、お守りさね。もう昔のことになるわなぁ」
※※※※
昔、まだ菫ばあちゃんが青春を謳歌している頃の話。初詣に行った神社に白く輝く狐さんが人混みをかき分けて色々な方向へ走っていた。唖然としながら一度瞳を閉じたら、その白い毛は人の皮膚へと形を変え、獣の鋭い瞳は人間のような優しく丸い瞳へと変わっていた。
────目が合った。まるでやっと見つけてくれたかのように、参拝する人々の波をすり抜けながらゆっくりとした足取りで私の元へと寄ってきた。自然と自分の足も自ら動き出し、人混みから外れた場所でお互いの手を触れた。
「狐......さん? 」
驚きながらも口にした言葉に、
「狐ちゃうわ! 狼じゃ! 」
と、あまり聞きなれない言葉で返してきたそうだ。
※※※※
「また、この夢か......」
最近になって、小さい頃の夢を見ることが多くなった。この正月は何かと楽しみにしていたことが多かったけれど寝覚めが悪いせいでいつも朝が億劫になる。ゆっくり体を起こして一欠片の黄色く光るアクセサリーを付けて、時計を見る。短い針が......短い針が....上の......方に......
「────あぁぁぁぁー!」
今日の目的の時間を過ぎていた。一年に一度のイベント、『初詣』に行かなければならないのに、もう時計の針は容赦なく正午に近づいていた。
予め、前日に準備していたこともあって着替えをスムーズに終えた私は冷蔵庫にあったパンを手に取りドアへと一直線に駆け下りた。
「行ってきまぁす!」
おばあちゃんの声が返ってきたので思い切りドアを開ける。神社までさほど遠くなく急いでいけばまだ間に合う────
「うわぁ!」
「っひゃぁっ!」
「......夏帆ちゃん待ってたんだぁ。......あけおめぇ」
「あけおめ、いきなり出てきてびっくりしたよ!そんな急がなくても間に合うって」
「......朝からずっといたんでしょ?ごめん迷惑かけちゃって」
「いやいや大丈夫だって。今来たとこだから」
「夏帆ちゃんも遅かったの?」
「神奈ちゃんいつもこの時間に起きるって知ってるんだから」
何で知ってるの!?と心の中で思いながら慌てて半ば踏んでいた靴を整える。
「そんな急がなくてもいいからゆっくり行こ?」
「う、うん」
相変わらず夏帆ちゃんは行事をこよなく愛する女の子だなぁと思った。
この水雲(みずも)街では有名な藍村(あいむら)家の、ちょっとしたお嬢様なんだけど、本人は大してそういう事は思ってないようだ。いつもは鮮やかな茶髪を靡(なび)かせているけれど、今日は後ろでお団子を作っていた。
「......あっ!子猫だ!」
そして夏帆ちゃんは小動物とイケメンが大好きでもある。
「早くしないと遅れちゃうよ?子猫から離れよ?」
「嫌だぁ!ずっとモフる!」
相変わらずその二つに関しては何事もしたくない気持ちが出てくるらしい。もう慣れていたので特に言わなくなった。
モフモフを堪能した後、流石に遅くなったので小走りで神社へと向かった。石造りの鳥居を潜(くぐ)り粗い階段を駆け上がるとたくさんの参拝者に溢れていた。
「たくさんいるねー」
「そうだね」
危うく飲み込まれそうなくらい人混みが激しかった。たくさんの年代が集まって参拝したり挨拶をしていた。その時、銀色に光る物が間から見えた。
「ねぇ?さっき狐っぽいの通らなかった?」
「え、いや見てないよ?気のせいじゃないの?」
夏帆ちゃんは見てないと言っているけれど銀色の生き物はもう誰でも見える位置にいた。
「ねぇ。あそこだよ、あそこ。あの鐘の横にいる銀色の生き物」
ほかの参拝者も見向きもせず、普段通りにしていた。
「鐘しかないけどどうしたの?まさか神様!?神奈ちゃん神様見えるの?」
私たちの周りの参拝者がこちらを見てきたが、すぐに何事も無かったかのように向き直った。少し興奮している夏帆ちゃんをはぐらかして、ありきたりな用事をつけた。
「親戚に挨拶に行ってきていい?あっちの方にいたんだ」
「うん。オッケー。私は終わってもここに居るからおわったら来てね」
「うん、わかった。じゃあね!」
手を振って、鐘の方へと急いだ。銀色の生き物は人通りの少ない所へ行ったのかすでに鐘のところにはいなかった。
神社の角を曲がり、薄暗いところへ行くと一人だけ座っていた。
「なんやねん、誰も気付いてくれへんがな。神様っちゅうのに!」
はぁ......と溜息をつく銀色の髪で、尻尾が生えている人物をじっと見つめていると、やがてどこにあったのかわからないお菓子を頬張りながらこちらを向いた。
「............」
「............」
「............おい」
「............へっ?」
「もしかして見えとるんか?俺を」
「見えてますけど............」
そう言うと、狐さんは突然、歓喜の眼差しをこちらに向けてきた。やがて体へと伝わり、歩み寄ってきた。手を掴まれて思わずあっとしたがその手はなんだか優しく温かかった。
「やっと見える人に会えたわ!ほんま嬉しぃわぁ!」
握手をして思い切り手を上下に振りまくるのに唖然としていたので肝心なことを聞くのを忘れていた。
「もしかして......狐さん?」
「狼じゃ阿呆!」
「えっあっすいません。どうしてここにいるんですか?」
「聞いてくれるか?」
「へっ?」
「聞いて......くれるか?」
「えっはい。聞きますけど」
「長くなるんやけどなぁ?この水雲大社の神様って俺なんやけどなぁ。全然誰も気づいてくれへんのやぁ。どうおもうー?」
「か、神様は見えないもんじゃないんですか?」
「えっそうなん!?なんでや?」
「だって見えたらお祈りする意味ないじゃないですか」
狼さんは口を開いて閉じないまま立ち尽くしていた。やがて思考が戻ったのか考える仕草をした。
「知らんかったわぁ。てっきりみんな無視してるんちゃうかと思うて悲しんどったわぁ。ありがとぉなぁ」
「い、いえそれほどでも......」
「ところで、初詣の意味知ってるか?最近の子は何かと違う意味で捉えとるらしいんやけど」
「えーと......叶えたいことを祈る?合格祈願とか......風邪ひかないとか?」
皆の考えをまとめて言ったら、狼さんはかわいそうな目で見てきた。
「違うんですか?」
「違うわ阿呆!悲しいなるわ!」
シワを寄せて狼さんは怒った。それはもう本当に怒っていた。
※※※※
「仕方ないから教えたる!まずは起源からや」
胡座(あぐら)をかく狼さんは体が大きくてなんだか頼もしい感じだった。
「生きとるかー。今から話すんやけど」
「ああっすいません。どうぞどうぞ」
見とれてしまっていたのかと照れくさくなりながら狼さん......本名も天照狼(あまてらすおおかみ)さんというどこか聞いたことのあるような名前だった。正座で凝り固まっていた私を狼さんが緩ませてくれてどうにか普通に話せるようになった。
「まず元々は初詣は『年籠(としこも)り』て言われとって家の長、つまり今で言う夫や。最近では恐妻っていうもんが出てきてるらしいけどなぁ。まぁ、そいつが祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社に籠る習慣であったのが始まりや。氏神って言うのは例えば、水雲街に住む人々が祀る神様のことや。地方ごとの人々が祀る神様って覚えとき。」
頷きながら聞いているうちにだんだんと頭の中に入っていった。
「その年籠りはやがて大晦日の夜に行う『除夜詣(じょやもう)』、元日に行う『元日詣(がんじつもう)』の二つに分かれたんや」
先生でも向いてそうな教え方だったのでこんな人が先生になってほしいと素直にそう考えた。
「二つに分かれたんやけどな、明治時代には元日に行う『元日詣』が主流になったんや。今でも『除夜詣』と『元日詣』に行く人は二年参りと呼ばれとるんや。文字通り去年と今年の両方神社で参ってるわけやからな。もし喉乾いたらお茶飲んどけな」
ああ、優しいなぁ。と思いながらお茶を頬張った。凄い飲みっぷりだったのか一瞬驚いていた。
「さらに参り方はもう一つあるんや。恵方巻きってその年の恵方を向いて食べるやろ?その食べる恵方の向きにある神社、または寺社を参る『恵方参り』っちゅうもんがあるんや」
言い終わると狼さんはチョコを齧って一息ついた。
「なんか質問あるか?」
「なんで関西弁なんですか?」
神様の印象は神々しくて清楚なイメージがあるのだけれど狼さんは清楚だけどフレンドリーで尻尾と耳をのぞけば至って普通の人に見える。
「じゃあ神奈はなんで標準語話すんや?」
「えっとそれは......礼儀だから?」
「そうやな」
特に言い返すこともなく狼さんは照れ隠しにチョコを食べた。目を逸らして口笛を吹くかのように。
「なんで関西弁なんですかぁ。なんで関西弁なんですかねー。なんで関西弁で話すんですかー?」
「う、煩い!話しやすいだけじゃ!............ってそんなに笑うなや!」
「だって、面白いんですもん」
「誰だってそういう時はあるんや!間違いを笑うのはダメやぞ!」
顔を真っ赤にしながら大声を出す狼さんといると自然と楽しくなってきた。一瞬心臓の鼓動を高く波打った不思議な感触に包まれて胸に手を当てた。
「......どうしたんや?」
「い、いや別に......」
まさか!これって......まだ出会って間もない......しかも神様に......有り得ないって......。そう思った時左目の視界に仲の良い夏帆ちゃんが映っていた。
「神奈ちゃん遅いってー......ブフォッ!」
来たと思ったら急に鼻血を出して夏帆ちゃんが倒れてしまった。イケメンなんているはず.......いた!目の前に狼さんが!
「あれ?なんでほかの人に見えるんです?」
「お?お前以外にも見えるように擬人化させたけど、なんか悪かったか?」
「あなたのせいで友達が鼻血出して倒れたじゃないですか!」
「えっそうなん!?じゃあちょっと治してくるわ」
夏帆ちゃんのところへ歩み寄って静かに......あぁぁぁぁぁ!。すると、何事も無かったかのように起きた夏帆ちゃんは目の前の神様を見て、また鼻血を出して倒れるのだった。