家へ帰る前に狼さんが、
「明後日神奈の家行くでな」
と言っていたような気がする。
いつもの様に時計の針が真上を向いている頃に起きた私は、下から聞こえる声に耳を澄ました。
「神様が来て下さるなんて、どうもありがとうございます」
「見つけてくれた恩やからなあ。今日は餅をつきに来たんや、臼(うす)と杵(きね)はあるかいな?」
「ありますとも。ええと確かこちらの方に......」
どうやらおばあちゃんと狼さんが話しているようだ。────いや、そうじゃなくて!。本当に来てるんですけど!?
慌てて服を着替えて、下へと向かうと二人は臼と杵を持ち運んでいた。
「ばあちゃんおはよう!なんでいるんですか狼さん!」
「おぅ、おはようやな。一昨日言うたがな。ここ来るぅて」
「あらら?もしかしてお知り合い?神奈、偉い人に出会(でお)うたなぁ」
おばあちゃんはそう言うと感激していた。危うく落としかけたので支える。
「私が持つよ、ちょっと貸して」
「ありがとうなぁ」
運動は大してしていないけれど杵くらいは持てた。木製と石製があるらしく家(うち)は前者の方だ。
「軽いもんやなぁ、臼は」
樽を担ぐようにして持っている狼さんを見て口が思わず開いてしまう。
「決して軽くないものだと思うんですけど......」
狼さんこそあまり運動してなさそうなのに......と思ったけれどもしかして、と試しに聞いてみた。
「持ち上げてるのって神様の力ですか?」
「ちゃうぞ?自力や」
歩く度に大きな尻尾が私の体を当てる。
「おばあちゃん、尻尾に気付いてないのかな......」
普通の人であれば、尻尾に勘づくはずだけどここ最近変な話は聞いていない。
「俺の尻尾は特別やで。ほれほれ?触ってみるかぁ?」
尻尾を差し出してきたので本能でつい触ってしまった。柔らかい毛並み.....そして艶(つや)やかな毛並み......オールパーフェクト。............って何考えてんだ私。
「杵と臼は水を含ませないといけないねぇ」
「なんで?おばあちゃん?」
「決まっとるやろ!そのまま餅つきしたら割れるんや!乾燥肌に保湿クリーム塗るようなもんや。」
「へ、へぇ」
乾燥肌に保湿クリーム......。潤(うるお)すと捉えればいいのかな?。
「でも大きいのにどうやって全体を水に含ませるんですか?」
「そこは端折(はしょ)って俺に任せとき。神様やからな!」
そう言うと、臼と杵が空中に浮いた。狼さんは両手を空中の臼と杵に翳(かざ)し目で一直線に見据えると、どこから来たのか水が湧き出てきた。そのまま臼と杵に纏わり付くと水は力を失ったように地面へと落ちた。
「完了や」
「相変わらずすごいですね。その神様の力」
三度目なのでそんなに驚くことは無かったけれど隣のおばあちゃんの反応が気になった。初めて見るのではないだろうか。
「懐かしいねぇ」
「えっ!?見たことあるの?おばあちゃん」
「もう忘れちゃったけど......見たことあるような気がするんよ。なんでかねぇ」
もち米を取ってくると言い出しておばあちゃんは台所へ向かった。縁側の外に臼を設置して狼さんは高さを調節していた。
「もしかしておばあちゃんと知り合いですか?」
「さぁな。覚えとらんわ、昔の記憶(・・・・)わな」
謎が一気に深まった気がした。丁度おばあちゃんがもち米をとってきた所だった。
「今からじゃ夕方になりそうですねぇ」
「今からじゃダメなの?」
「水に六時間から八時間つけとくんや。今じゃ夕方はおろか晩になってまうわ。俺が一時間に縮めたるから昼飯でも食(く)っとけ」
促されるまま縁側へ昼ごはんを持ってきて座って食べる事にした。
「なんでここで食べるんや、そんなに見たいんか?」
「見ていて飽きないんですもん。いいじゃないですか、日向ぼっこも兼ねてますし」
「それならええんやけど。」
そう言った狼さんは食べ物を一直線に見つめてきた。
「た、食べます?おにぎりですけど」
「食べてええんか?」
「いいですよ」
すると、手を下ろし狼さんはおばあちゃんお手製のおにぎりに食いついた。
「うまいやんけコレ。懐かしい味やわ」
「食べた事あるんですか?それ」
「いや、ないで?」
懐かしいの意味って一体なんだろうと習った知識が急にあやふやになった。おばあちゃんと会ったことは無いのにおにぎりは懐かしい味......。って事はこれは矛盾というものなのかな?
※※※※
昼ごはんが食べ終わって、もち米も水分が含んだところで餅つきが始まった。とおもったら、もち米は蒸され、現在臼の中に入っている。
「省略しましたね?狼さん」
「当たり前や、本題はここじゃないんやから」
狼さんはたくさんのことを知っていて成り行きでその行事について語ってくれる。それがあくまで本題であり今から餅をつくのは目次くらいの小さなことである。
「じゃあつき始めまでかっとな」
「カットしすぎでしょ!」
手を翳して時でも早めるのか餅がうねうねと蠢(うごめ)いた。緑色の物体だと必ず気分を悪くするけれど白色だったので問題なかった。
「もち米を臼と垂直に押すんや。で、しゃもじで持ち上げて粘り気が出てきたら餅をつけるんや。わかったか?」
「動きだけですけどなんとか......」
手を翳してるだけで、もち米が圧縮されたように押されたり、何者かに持ち上げられたりするように空中に浮くので何が何だかわからなかった。
杵ともちがくっつかないように手水
(てみず)を適度に叩き込み、出来上がったら餅とり粉(入れ物にまんべんなく撒き餅と入れ物がくっつかないようにする)をまぶした入れ物に移した。
取り敢えず一口大くらいの大きさにまとめて、乾燥させた。また、神様の力での時間短縮である。
臼と杵もほぼ一瞬で使用前へと変わり片付けの手間も省けた。
「便利ですね、狼さんの力」
「悪用はできんようになっとるから万能やで」
もう既に狼さんは一つ餅を食べかけていておばあちゃんが手を洗ってからと怒っていた。
※※※※
「ここからが本題や、ばあちゃんもなかなかの物知りやったわ!最近の若者と違ってな!」
「いちいち一言多いんですけど、言わないでくれません?」
「言われたくなかったら自主学や」
やはり年を重ねる事に知識が豊富になるので、おばあちゃんは狼さんの好きな知識人だ。
「本題やゆうても難しいことは無い。歴史はあまり出てこんからな。」
隣で正座し、座布団に座っているおばあちゃんもこくこくと頷く。
「十二月二十九日はな、『苦を搗(つ)く』ゆうて、その日は餅をついたり買わん事になっとんや」
こくこく。
「逆に二十九(フク)と読んで二十九日を迎える地域もあるけどなぁ」
こくこく。
「おばあちゃん頷いてるだけじゃん」
「前半と後半で分けとんねん!余計なことはゆうな」
こくこく。眠ってるんじゃないのかなというほどおばあちゃんの様子が明らかに可笑しかった。
「さて続きや。一人分だけつくことは出来んから大人数ですることが多いんや。年中行事や祭りで行われることが多いわ」
メモ用紙を新しいものに変え、メモり続ける。
「最近は機械化が進んどって手動は少なくなったけど......な!」
「だ、だからなんで怒るんですか。日本人は楽な方向に進むんですよ」
「これだから若者は嫌いやねん」
「機械化と若者は関係ないじゃないですか!」
「昔はね、もっと行事に積極的やったんよ」
ようやく、おばあちゃんも話しかけてきた。
「そうやそうや!」
「そんなことより、早く続き言ってくださいよ」
「しゃあないなぁ。というかきな粉や醤油で食べるようになったぐらいしか話ないねんけどな」
「本題それだけですか!?」
いつもよりメモ用紙が二、三枚余った。
※※※※
神様の力は瞬間移動もたやすくできるようだ。ほな帰るな!と言うとすぐにかなり強めの風が別れを告げた。おばあちゃんが飛ばされそうになって、危うく私も転びかけた。