始業式も終わって一息つくと、私は神社へ向かった。狼さんが「いつでも来てええで」と言ってくれたのでここ最近毎日神社へ来ている。粗い造りの石階段を上ると、一人の男性が参拝していた。
「どうもこんにちわーって黒虎君!?」
「あれ?もしかして水無月さんも初薬師?」
「えっ?初薬師?なんです、それ?」
誰かと思えば首に黒いマフラーを巻いている黒虎聡賢(くろとらそうけん)君だった。空手部主将で一見怖そうなイメージがあり近づかなかったけれど、話すと案外女子力高くて大人しめな人だとわかった。会話も難なく出来るし、特に苦手意識はない。
「薬師如来(やくしにょらい)の縁日さ。どこかに居ないか期待してるんだけどね」
そう言うと服を整えて、帰っていった。実は神様に興味があるのかもと思い、取り敢えず見えなくなるまで確認する。姿が見えなくなると、ふぅと一息ついて狼さんの元へと向かう。あまり見られるなとの注意を受けたのでこうして誰もいない時を狙っているのだ。一目見ても壁にしか見えない木の板を押すと入口が開いた。その瞬間、見知らぬ女性が声をかけて、肩を叩いてきたように思えたけれどその手はするりと私の体を透かした。
「ど、どなたですか?」
「えっ?私が見えるんですか?よかったぁ」
まさかこの人も!?と思った予感が的中した。
「私、薬師如来と言いますの。狼さんの家知ってます?」
「薬師如来!?」
そういえば、黒虎聡賢君が今日は薬師如来の縁日だって。
「何やなんや?神奈。誰かに見られてもうた............か」
一瞬、ドアの近くまで狼さんが来たけれど、薬師如来さんを見た瞬間獣のように、まさしく狼のように部屋へと駆けて行った。
「待ってよ〜」
両手を前後にふらつかせながらさらに、胸がブルンブルン震えながら薬師如来さんも部屋へ入り込んだ。そのまま数十分間鬼ごっこをし続けた挙句、薬師如来さんが神力(じんりき)を使って狼さんが捕まった。
※※※※
「なんでこいつを連れてきたんや」
「ドアを開けたら薬師如来さんが来てて......」
「初薬師くらいしか姿見せられないんだも〜ん。あと、擬人化してる時は薬師寺如来(やくしじにょらい)って言ってね!」
向かいには狼さんが、そして面を合わせるように薬師如来さんと私が座布団に座っている。
「こいつはな、イライラするほど俺にまとわりつくんねや。まさか、今年も来るとはな!」
どうやら薬師如来さんに対して狼さんは苛立ちを感じているらしい。
「いいじゃなぁい!ちょっとだけだからぁ」
狼さんに抱き着いて質感溢れる胸を揺らす。なんだか............引っかかるような気持ちになった。
「あのぉ?普通に話をしたらいいんじゃないですか?」
その時の笑顔は狼さん曰く怖かったという。
元の位置へと戻り、少し整理してみる。
「初薬師ってなんですか?」
「初薬師はな、薬師如来の縁日やねん。やからこうして姿見せられるようになっとんねんけど」
「私の事、一向に振り向いてくれないのよ」
「別に振り向かなくてもいいじゃないですか!」
他愛もない会話が続けられる。
「薬師如来は生命あるもの全ての病苦を救う言(ゆ)うとんねんけどその張本人がもはや病苦なんや」
「ちょっとそれはひどいんじゃない?」
薬師如来の字のように薬が関わっているのかなと思ったらそういう事かと頷き、関係について聞いてみた。
「いつからなんです?」
いつ、という言葉がどう繋がるのかを察した狼さんは指を二つ立てた。
「二年前からですか?」
「いや、二千年前からや」
その時の私の顔がすごい変なことになっていたのか、狼さんは改めて追記した。
「神様は一応不死身やねん。やからこうして気持ち悪いヤツも出てくんねん」
「もう!天(あま)ちゃんひどいよ!......てもしかしてツンデレしてくれるの?デレて見てよ〜」
「あ?」
「あんこ!」
「阿呆か!テンションおかしくなっとうやないかい!何があんこじゃ!何がツンデレじゃ!勝手に話変えんな!」
きつく言われ過ぎたのか薬師寺如来さんは泣きそうになった。
「うっ。うっ。ひどいよぉ。」
「これまずいんじゃ?」
一応聞いてみたものの苛立ちが止むことは無かった。
「これに一度騙されてんねん。騙した相手は信用ならん」
「そういう事ですか。なるほど」
「ちょっと!納得しないで神奈ちゃん!考えてみて、男の人からきつい言葉言われたら泣くでしょ?」
「殴る」
「怖いよ神奈ちゃん!?」
涙目で必死に仲間を作ろうとしていた薬師寺如来さんでした。その後、いつの間にか夕方になっていたのでそのまま夕食を振舞ってくれた。おばあちゃんに神様と食事すると言ったら快く許してもらったので三人で食事をとった。
「おいしー!やっぱり天ちゃん最高だね!」
「当たり前や、何百年料理作っとん思(おも)てんねや」
食欲をそそらせる食事、食欲が湧いてくる食事、食欲が満たされる食事の言葉が当てはまるとても作り方がわからなさそうな料理だった。
「ご馳走様でした」
そう言って礼をすると狼さんは私の頭に手を乗せた。
「えっ?」
「綺麗な髪やな。────みたいや」
狼さんの心の奥から何か伝えたいかのような............。その言葉の意味を知るのは後々後のこととなる。
「じゃあ、今日は私としましょっ?」
「阿呆か!お前とするんなら死んだ方がましじゃ!」
「相変わらずひどいよ、天ちゃん」
「するって何を?」
「えっ?決まってるじゃない。セッ」
「聞かんほうがええわ。夜遅いから家まで送っていったる」
薬師寺如来さんの言おうとしていた言葉も後々知ることに............?