一月十一日、狼さんはひどく落ち込んでいた。部屋の一角で体育座りをして、ブツブツと現在進行形で何かを呟いている。
「ど、どうしたんですか?」
狼さんの部屋に来た途端、少し違う場面に手間取った。
「今日何の日かわかるか......?」
悲しそうな顔で狼さんが見上げてきた。
「何の日なんですか?」
「鏡開きの日や......」
ガクッとまた顔を下げるとため息ばかりつき始めた。
「お供えしてた餅を下げる日でしたよね?それがどうかしたんです?」
「俺のご飯が消えていくんや!」
「あの?狼さん?」
「............なんや?」
一見かわいそうに見えたけれどそれはよくよく考えると相当悪い行為だったことに気が付いた。
「供えたものを食べました?」
※※※※
ばあちゃん家(ち)へ行くと言って、狼さんと私は、家へと向かっていた。その途中、狼さんと言い合っていた。
「神様に供えるんやから食べてもええがな!」
「神様失格ですよ!どんだけ貪欲なんですか!」
狼さん曰く、供えていたものを食べて、狼さんの元いる世界から数が変わらないように持ってきていたらしい。
「反省してくださいね!」
「そんな怒らんでもええがな......」
髪を指で掻いて、ポケットに手を突っ込んだ。
「両手をポケットに入れない!」
「神奈は俺の親か!転(こ)けるはずないやろ!」
いや、不良っぽく見えて最悪絡まれそうな気がしたから声かけただけなんだけど......と目線で問いかけ、取り敢えず突っ込んでいた両手を両手で引っこ抜いた。狼さんは私を見つめたけれど何もなかったように前へ向き直した。その後、瞬間移動すれば早かったとのことに気が付いて、ばあちゃん家へ瞬間移動した。
玄関の異常な風に気がついて、おばあちゃんが出てきた。風の余韻で草花が靡いて空に舞った。
「あらあら、また狼さんじゃあないですかぁ。いらしてくださりありがとうございます。どうぞ上がってください」
言われるがままに家へと入り、仏の間で座る。そこには、乾燥したもちが並べられていた。
「今、もちを下げようと思っていたところなのですよ。良かったら一緒に食べますか?」
「ありがとぉな!流石ばあちゃんやわ!気が利くなぁ」
「私を遠まわしに傷つけますね......」
まるで私が気が利かないみたいに......と気を悪くしていると狼さんが少しだけ追記した。
「それでもやけどな」
それでも何!?と思うほどわけのわからない答えが返ってきた。
※※※※
餅を焼いている間に、狼さんが鏡開きについて話してくれた。
「さっき餅を割ったのを覚えとるか?」
「えっあっはい」
餅を焼く前、狼さんが素手で餅をかち割ったのを思い出した。
「ほんまは鏡開きやのうて、鏡割りの方が正しいと思わんか?」
「そう......ですね」
「なんで鏡開きやと思う?」
「えーと、鏡割りの割るの言葉が何か悪いものだから?」
「入試で書いたらピンやで」
「なんで急に入試なんですか!......」
入試で......と言うことは大まかな意味はあってるってことかな、と思い再び狼さんに聞いた。
「じゃあどういう意味なんですか?」
「切るや割るは切腹を意味するからなんや。めでたいのに嫌な思いはしたないやろ?」
「なるほどぉ」
メモ用紙を取り出して、シャーペンでメモる。メモに書いているのは自学で書くためだ......なんて言えない。
「一日(ついたち)に俺(歳神様)に供えられた餅を今日(十一日)下げて食べるのが鏡開きや。鏡は円満を意味し、開きは末広がることを意味しとる。さらに、無病息災を俺に祈ってな!いやぁ実に滑稽」
「最低な神様ですね!」
冗談や冗談、と言って狼さんは餅にかぶりついた。
「江戸時代の鏡開きとはちょっとちゃうんやけどまぁ、似たようなもんやな」
まるで話すのが面倒になったかのように省略したような気がしたので、もう一度聞き直す。
「江戸時代の鏡開きってどんなのですか?」
「え......えーとなぁ」
そう呟いて、目線が下へと向けられた。
「目が泳いでますよ?」
「忘れた訳やないで?今から読むんや...... 。江戸時代、新年の吉日に商家では蔵開きの行事をしたが、武家では鎧などの具足に供えた具足餅を下げて雑煮などにして食し、これを刃柄(はつか)を祝うといった。女性が鏡台に供えた鏡餅を開く事を初顔を祝うといった。この武家社会の風習が一般化したものである。江戸城では、重箱に詰めた餅と餡が大奥にも贈られ、汁粉などにして食べた ......」
「えっ?」
早口過ぎて、しかも急に関西弁が出なくなったので驚いた。しばらくの間見つめていると、紙のようなものが見えた。下へと目が泳いでいたのはその紙を見ていたからなのか。
「丸々読みましたね?」
「え?なぁんのことやろなぁ......?」
「誤魔化しきれてませんよ」
今日の狼さんはなんだかおかしい。
「本音は?」
「いやぁ、なんだかめんどくさいなと思いまして」
「関西弁ではないあたり、よほどそう思ってるんですね」
その後私と、ついでにおばあちゃんで怒りの鉄槌をくだし狼さんは反省するのであった。