狼さんの部屋へ入るといつもとは違って綺麗に整えられていた。
「珍しいですね。元々綺麗なのに無駄をなくすように片付けるなんて」
「今日はあいつが来るんねや。ここからもっと綺麗にしとかなあかん」
あいつ?と思いながら、狼さんから雑巾を借り棚を拭くことにした。
「神力を使えばいいんじゃないですか?」
何でもかんでも万能すぎる神力|じんりき|を使えば、この部屋を一瞬で綺麗にできるのではないかと思い質問を投げかけてみたけれど狼さんは背中を指でさすられた様にビクッと冷や冷やしていた。
「神力使ったらバレんねん。バレたらもう俺はやばい目に遭わされるんや......」
酷い落ち込みように次の言葉も出ず、苦笑いして棚に目を向けた。別にホコリがないように思うのだけれど......と思ったけれどもっと綺麗にしておかなければならないようだ。拭いてくれたも特に変わらないけれどなんとなく棚を拭き続ける。
「狼殿はおるかー?」
その時、入口から男性の声が聞こえその声に思わず心がどっとした。イケボだ......と。────そんなことは置いといて、入口へと向かおうとした瞬間狼さんが手で止めてきた。
「お前が行ったら誤解招いてまうから俺が先行くわ」
元々狼さんの部屋なので見知らぬ女の人がいると戸惑うのだろう。そう思って耳だけ傾けた。
「久しいな、狼殿」
「久しぶりやな。もう来客おんねんけどびっくりせんといてな」
「狼殿に来客?珍しいな」
やっぱり気になって壁際に隠れてじっと見ていた。狼さんのことを狼殿と呼ぶ男の人は細身である狼さんと比べて大柄で逞しい体つきをしていた。それに比べて顔はなんだか穏やかで別に怖そうな人でもないように思えた。
「来客というのはあの隠れている女の子であるか?」
「えっ!?」
隠れていたのはバレバレだったらしい。
「そうや、擬人化せんでも見えるらしいんや。そうでもなきゃここにはおれへん」
「擬人化しなくても良いということは今も我が見えているのか?」
「そうや、俺と違って逞しい体つきやなと思っとうわ」
「心探るなんて酷いじゃないですか!」
「顔に書いてあったんを読んだだけや。悪|わり|いのは神奈の方や」
「顔に書いてるはずありません!────あっ申し遅れました!......水無月神奈と言います。いつも狼さんにお世話になってます」
頭を下げた私に男性は苦笑いをした。
「そんな畏まる必要なんぞ、ありやしませんよ。どうぞお気楽に接してくださいな」
狼さんと違って落ち着く......!
「誰が狼さんとは違うやねん。神奈が無知なだけやろが」
「心読まないでくださいって言ったじゃないですか!」
「いちいち分かりやすい顔するからいけないんじゃ!」
「......狼殿と神奈殿は仲がよろしいですなぁ」
「仲良くないわ!」
「仲良くなんかありません!」
「────そういえば、名前を言っておりませんな。我は観音菩薩(かんのんぼさつ)。擬人化の状態を観音菩薩(かんねぼさつ)と呼びます。よろしくお願い申し上げます」
※※※※
「狼殿?まだ埃が残っておりますぞ?」
部屋へと入った瞬間、菩薩さんの顔が一変して掃除に取り掛かることになった。かなりの潔癖らしく神様の中でも有名らしい。冷や汗をかきながら棚を拭いている狼さんが可愛らしかった。
「棚は神奈が拭いたんや!。神奈がやり残したんや!。神奈がするべきやぁ!」
「我儘はいけませんぞ。来客に手伝ってもらうなぞ許されませんな」
「そうですよぉう?お・お・か・み・さん」
わざとらしく言うと狼さんの眉間には大量のシワと怒りマークがいくつも並び、不良のごとくとてつもない眼力を放っていた。
「よそ見をしなさんな」
そこで菩薩さんの指導が入り止む無く掃除をさせ続けられた。
「神力使ったら早いんじゃないですか?」
狼さんに一度聞いたけれど、悪戯心が湧いてもう一度菩薩さんに聞いてみた。
「おや?私がどれだけ神力が嫌いか伝わってないようですなぁ」
「ビクッ!」
冷水をかけられたかの如くひやりと全身が震えた狼さんは、おどおどする視線と明らかに私に対して蔑むような視線を送ってきた。相当、狼さんは菩薩さんを恐れているのかな?と思ったのだけれど、それ以外は普通に接していた。要するに掃除面では菩薩さんに叶わないもいうことか......。
「あー!ここ、狼さん拭いたところだー。全然拭けてないよー?。ここ、菩薩さんが来る前に掃除するとかいって放置しているなー。あっれっー?掃除してないのがばれないように物でゴミを隠してあるぞー?」
「────それは真かな?」
「へっいやその......あ、あとから掃除しようとして......」
「少しこちらへ来てもらえるかな?」
「えっ」
「......少しこちらにき」
「は、はい!行きます行きます!」
まるで狼さんは子供のように縮こまって怒られていた。その次の日は私が怒られるようになったけれど......。
※※※※
「私は用事があるので失礼致しまする」
「観音菩薩さんってどんな神様なんです?」
「今更そんなこと聞くなや。まぁ、今日の一件もあったしな。俺が詳しゅう教えたるわ」
本調子に戻った狼さんは、隣に立つ菩薩さんについて語り出した。
「 観音菩薩はな、人々の声を観じて、その苦悩から救うっちゅう慈悲深い菩薩や。簡単に言ったら相談所みたいなもんや。なんでも聞いてくれるで?犯罪者でも、貧乏人でも、ヤンキーでも相談ということなら乗ってくれる慈悲深い菩薩や。そのため、いろんな人や神様の信仰が厚いんや。 水瓶を持っとってな、その中には功徳水(こうとくすい)っちゅう永遠になくならない水が入ってるんや」
「ふぉーえばーですか?」
「そう、ふぉーえばーや。」
「水道代かからないじゃないですか!」
「そっちかよ!」
「舞香ちゃんだったら多分溺れて死にたいって言ってそうだなぁ......」
年中ネガティブすぎる舞香ちゃんは死ねるものを見つけるとなんでも死にたがるちょっと危険な子である。
「大丈夫やと思うで?菩薩に聞けば一発や」
「神力が嫌いと言いましたがそれを使って楽をする者を嫌いなだけです。なのでその舞香ちゃんという者の悩みは神力によって沈めることは出来るぞ?」
「そうなんですか?やったぁ!」
どうやら舞香ちゃんのネガティブは晴れるようです。
「ついでに藍村夏帆っちゅう変態野郎の変態要素もとって欲しいんやけどな」
「それは......難しいですね」
「なんやと!?」
「なんでですか!?」
「その者の心は既にこびり付いておるからな。もう二度と治ることはないだろう」
「ほんまかいな......」
「ある意味凄いなぁ、夏帆ちゃん。神様でも不可能だなんて......」
夏帆ちゃんの精神は治せそうにありませんでした。どうやら用事まで時間が無いらしく、此処で菩薩さんと別れた。手土産にと、饅頭をくれて今は狼さんと食べている途中である。
「おほかみさんってすひなたへものってなんへふか?」
「好きな食べ物?そりゃあ決まっとる、に」
「肉じゃなくて料理が聞きたいんです!」
「うぅんとなぁ。ケーキとシュークリームとロールケーキと......」
「甘いものばっかじゃないですか!」
「えぇやろ?別に、神奈に関係ないんやし」
「あります!」
「えっ?」
「へっ?っていやいやおばあちゃんに言っとこうかなと思って......」
「ばあちゃんの料理やったらなんでもええわ。強いてゆうんならフカヒレやな」
「どんだけ高いもの要求するんですか!」
こんなつまらない話をしている中で私の鼓動はいつもとは違う波を打った。フカヒレか......用意しておこっ。