346プロダクション異世界事業部 作:クレイジーピンクペッパー
第一話
「さぁ張り切って行きましょう!ボンバアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
うるせぇ。
朝から疲れるわ。本当に俺にはこの仕事向いていない。
中卒、三十才、音楽しか取り得のないやつが同等の就職先を見つける?
ない。
今日も下げたくない頭を下げて、嫌いなアイドルに気を使って、有意義な時間が過ぎていくんだと思うと、気が滅入って来る。
やめよう。とりあえず、車内で最終確認でもするか――と、現場の資料を取ろうとした時硬直する。
恐らく、付いて来たアイドル全員もそうだ。
いきなり止まった俺にぶつかり、日野が「ぶっ」と声をあげた。俺に何かを言おうとしたが、同じ光景を目にしてそんな事は忘れる。
「――なんじゃこりゃああああああ!?」。
俺含め、ここに居る全員の気持ちを日野が代弁した。
擦り切れそうな冷静さを保つ為に、もう一度俺が皆の気持ちを代弁しておこう。
「……なんじゃ、こりゃ」
事務所のビルを出て、いつもと違う風景に思考は停止する。
ビル群は何処だ、道路は、車は、人ゴミは?周りにあった色々な物が何もない。
代わりに大木が何本も敷地に侵入しているし、馬鹿みたくでかい花が門を覆っているし、見た事もない鳥?が変な声をあげて飛んでいる。
俺は恐る恐る歩を進め、ビルの敷地を出た。
――日本か、ここは。
少し遠くから見渡すと、ビルは木や花と同化している。数本の大木の奥、敷地外は平原が広がっていて、まるでファンタジーの世界だ。
後から付いて来た前川が、ポカンと口を開ける。豆鉄砲を打たれた鳩の顔だ。
猫キャラなのに。
「こ、こ、こ、ここは、何処にゃあああああああ!?」
この状況でキャラを忘れない辺り、プロ根性以上のロックを感じる。
日野同様、全員の気持ちを代弁した前川。擦り切れた冷静さを取り戻す為に、もう一度俺が皆の気持ちを代弁しておこう。
「ここは、何処にゃあ……」
呆然と立ち尽くしたまま、俺とアイドル達は見た事もない風景を眺め続けた。
こんな事に巻き込まれるなら、マジでさっさと辞めておくべきだった。
慌てて事務所に戻ると、さっきまで人で溢れていたビルが伽藍としている。
――改めて異常だ。休日でさえ、こんなに人が居ない事はない。
驚きを前面に出すやつ、泣きそうになるやつ、吹っ切れて大笑いするやつ、何故か燃えてるやつ、普通に冷静なやつ。
色々な反応を見せるが、冷静な奴以外が全員正常だ。
俺が一番大人なだけに、助けを求める様に揉みくちゃになる。あぁうるさいうるさい、黙れ、俺も混乱してるんだ、黙れって。託児所かここは。
「――あぁ、君か。それに、アイドル達も」
俺に声をかけた人物――美城だ。
いい年してるくせに、凛とした佇まいで鋭くこっちを見ている。私に文句があるのか?ん?と常に言われている様で、何時までたっても苦手なやつだ。
「外は見たか?」
「見たから戻ってきたんですよ。ウチのビルはいつからアトラクションの一部になったんですかね」
「冗談を飛ばせるだけ上等だ。それに、頭がおかしくなったのが私だけではなく安心したよ。
異変に気が付いて外を見渡すと、全く知らない世界だった。このビルもまだ全てを回っていないが、出会った人物はお前達だけ。さすがの私も焦りを感じる」
アイドル達は聖徳太子を見つけた様に、常務へ一気に話しかける。
怒涛の勢いに美城も引いてんなぁ。
「よし、分かった、待て」
常務は興奮するアイドル達を静止させ、顎に手を当てる。
俺を採用した時と全く同じポーズだ。
やめてくれ、良い予感しかしない。
「実は外を見渡した時に町が見えた。猛獣らしき生き物も見た限りではいない。
――これから大人組でそこへ向かう。誰かいるはずだ」
ほら見ろ、予感的中だ。
外を眺めただけで探索に出かけるって?正気なのか?
「私と、君。それから……高垣、財前も来てくれるか。他に行きたいアイドルが居たら立候補してもいいぞ。私に良い所を見せるチャンスだ」
正気じゃなかった。
いや想像力がないのか?「危険」かもしれないんだぞ。それともおかしいのはこっちか。
大体、女やガキなんて連れてったら足手まといだろう。――なんてことを言ったら俺一人で行く事になるだろうから止めておこう。
「はい!私行ってみたいです!!あんなの見たらボンバーが止まりませんよ!!!」
元気を通り越してやかましいのがぴょんぴょん跳ねている。
最初っから騒いでたな、そういえば。
「いいだろう。他にはいるか」
お互い見合うアイドル達。
それを静かに掻き分け、日野の他にもう一人、俺達の前へ出てくる。
いわゆるV系の恰好をした少女。音楽の趣味は合うんだが、少し日本語が通じないから苦手なやつだ。
「――僕は、ずっと退屈していた。これこそ僕の求めるシンセカイかもしれない。とうとう真実の殻を破る時だと思いたいね。まぁ、内容物は偽物の権化かもしれないが」
全然意味わかんねぇ。
「いいだろう。……ふむ、二人だけみたいだな。
片桐は他のアイドルを頼む。出来れば私達が戻ってくるまでに、ビルを全て散策しておいて欲しい。我々は夜までには戻る――行くぞ」
テキパキと支持をし、颯爽とビルを出て行った。
全員に有無を言わせない。ほとんど命令みたいなもんだ。上に意見は許されない、美城軍隊。
待ってくださいよ少佐、皆ポカンとしてますよ。
「どうした、早く来い」
「イエス、マム」
「ふざけているのか?」
「いや、すいません」
本当に行くのか。
気を付けてください、と後ろから聞こえたが誰の物かはわからない。「気を付けてください」だと、聞きましたか少佐。やっぱりおかしいのは俺じゃない。
それに少佐と高垣はいいとして、後はガキだぞ。不安しかねぇ。
「申し訳ないが、もしもの為に君が前を歩いてくれるか。私に何かあったらプロダクションに支障が出てしまうのでな」
「唯一の下僕がこんな豚なんて、大丈夫かしらね」
「こんなに心が舞うなんて僕らしくないが、悪くない。いや、僕らしいとは何だろう。それも、教えてくれそうだ。さぁ行こうか、シンセカイへ」
「この新世界は新鮮かい?ふふ、ちょっと無理がありましたね」
「さぁ!どうせなら走って行きましょうか!!ファイヤアアアアアアアアアアアアアア!!!」
不安しかねぇ。
俺達は敷地を後にし、後ろから飛ぶ少佐の指示に従い歩を進めた。