【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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ご宿泊だよ 袖引ちゃん

 さてさて、食われ、担がれ、寝かされた明くる朝。

 小鳥の声で目を覚ました所は知らない天井。

 人々もそろそろ起き始め、異変が終わった事を知るのでしょう。

 しかし、私の異変はまだまだ終わらない。むしろここからが本番だとも言えます。

 

 季節は引き続き夏の頃、異変が解決した次の朝

 

 私、韮塚 袖引 目覚めております。

 

 

 明くる朝、目覚めると里を覆っていた暗澹たる雰囲気は消え去っておりました。

 おや、と思い寝た姿のままで縁側から外を眺めましたところ、眼前には澄み渡る様な青空。どうやらどなたかが異変を解決した様でひと安心。

 欠伸を噛み殺しつつも、んー、と伸びを致しますと目に入りますのは長さが揃わない両腕。そんな右腕を見て、昨日の見回りで腕を落として来た事を思い出しました。

 長さやら重さやらが足らない右腕を眺めつつ、一階へと下っていきますと、美味しそうなお味噌汁の香りが私の鼻をつつきます。

 お台所にひょこっと顔を出してみますと、トントントンと階段を下りる音に気付いたのか、上白沢先生がトントンと包丁の音を響かせながらもこちらに顔を向けて挨拶してくださいます。

 

「おはよう韮塚。腕の調子はどうだ?」

「おはようございます、上白沢先生。ちょっとだけ肩が軽いですかね?」

「馬鹿、そういう事を言っているんじゃ……まぁいい、座ってなさい。もうすぐ作り終わるから」

「わかりました、待たせて頂きます」

 

 片腕の状態ではかえって邪魔になるだろうと判断し居間に引っ込みます。

 しばらくすると食欲を引き立てる様な匂いと共に、朝餉が運ばれてきました。箸やお茶などを用意しつつ早速、朝餉を上がります。

 今では日常となった、つやつやの白米がほかほかと湯気を上げ私を誘惑し、その傍らにある熱々の豆腐のお味噌汁の香りが私の鼻孔を刺激していきます。

 そして主菜は川魚の干物を焼いた物。これまた綺麗な焼き色になっておりまして、上白沢先生の技量の高さを伺わせます。副菜には採れたての赤茄子がきらりと雫を光らせておりました。

 そんな美味しそうな食事に手を付ける前に、日ごろ食物を与えて下さる神々に感謝を述べるために片手で申し訳ないと思いつつも掌を捧げます。目の前の先生も手を合わせており、声が重なります。

 

「「いただきます」」

  

 さて、真っ先に手を付けますは綺麗な白米。左手であろうと箸の使いは狂わず、まっすぐに白米に手を伸ばしました。

 幾度食べても飽きが来ない味が、仄かな甘みと共に口一杯に広がります。一口噛むたびに広がっていく味は格別。自然と顔がほころんでしまいます。

 続いて、魚の干物をつつきますと、程よく焼けた茶色の外皮の中から湯気とともに白い身が顔を出します。魚料理特有の川を彷彿とさせる適度な香りが、食欲を増進させます。

 そのまま口に含むと程よい塩気が舌の上で転がりまして、先ほどの白米の後味と絶妙に調和し、素晴らしい感覚を脳髄まで運んでいきました。

 一息つけると今度は赤茄子をガブリ、最近ですと、とまと、なんて呼ぶ方も増えてまいりましたこの真っ赤な果実。

 旬を迎え丸々と大きくなった果実は食べやすい様に一口大に切られておりますが、それでも子供な私の口には余る物。あふれ出る果汁を溢さないように一気に口にほおばります。口一杯に広がった爽やかな夏の風は甘さ、酸っぱさ、そして少しの苦みを伴いつつ私の口を潤します。

 爽やかになった口内に満足しつつ、口をつけますは先程から味噌の香りでこちらを誘惑し続けておりますお味噌汁様。

 今だ湯気を立て熱々な事を主張しておりますその器を左手で掴み、やけどしないようにふーふーと冷ましつつ口に流し込みます。すると出汁のよく効いた味が口を駆け抜けていきました。口に流れ込む味噌の香りを楽しみつつも、箸で豆腐を一緒に口に含めない事を残念に思いつつ器を離しますと、目に映るのは微笑む上白沢先生。

 こちらの視線に気づいたのか話し掛けて下さいます。

 

「器用な物だな、てっきりもう少し苦労する物だとばかり」

 

 と視線で右腕を指し示します。

 私は右腕を眺めつつ返答しました。

 

「えぇ、まぁ慣れておりますから」

「慣れてる……」

「腕が無くなるだけなら安いものです」

「……苦労しているのだな」

 

 不憫そうな視線をくださる上白沢様。その優しさに好感を持ちつつ言葉を紡ぎます。

 

「放置しておけば直りますし、安い物ですよ」

 

 大したことが無いですよ、と伝えたかったのですが上手く伝わらなかった様で、上白沢様はカチャンと箸を置き此方を見据えます。

 

「前にも言ったが、君を見ているとな……」

 

 その目に讃えているのは、悲しみの色。

 そんな視線を此方に向けたまま、更に言葉を続けました。

 

「ある友人を思い出すんだ。その友人も自分の身を省みない奴でな、色々世話を焼いているんだ。

 しかもな、君の姿は寺子屋の生徒達とも重なる」

「……」

「君が人里の為に、働いてくれた事は純粋に感謝している。しかし、片腕を落としてまで人里を守ってくれた英雄が自分の事を大したこと無いと言ってしまうなんて寂しいじゃないか」

「いえ、そこまで深い意味で言ったわけでは無くてですね……あの、聞いてます?」

 

 しかも、そこまで大層な事はしておりません。和気あいあいと、知り合いと話した結果、片腕を持っていかれたとかそんな所です。そんな弁明を慌ててしますが聞き入れて貰えず、ドンドン言葉を続けられます。

 いつの間にか、上白沢先生は、悲しい目から優しい目に変わっておられ、ぐっ、と握り拳を作っておられました。

 

「うんうん、君がそういう性格なのは理解している。大丈夫だ! この事はなるべく広めないようにはしているから」

「あ、それは大変ありがたいです……いえ、そこでは無くて」

「韮塚、君もまとめて面倒を見てやろう。うん、そうだ! 暫く右腕も無いし大変だろう! そうするといい!」

 

 全く話を聞き入れてくれません。どうしたものかと思案している最中にも、話はガシガシと進んでいき、箸もドンドン進んでいきます。

 いつの間にか面倒を見る、見ない。の話題は終わっておまして、最近の里はどうだ、こうだという話に変わっておりました。

 話している内に、出されたご飯は全て平らげてまして、満腹感が腹を包んでおりました。

 上白沢様が此方が食べ終わったのを見て、ほほえみながら語りかけてきます。

 

「どうだった?」

「非常に美味しかったです」

「それは良かった、さて、ごちそうさまでした」

 

 上白沢先生は手を合わせ、一礼。

 私も追従します。

 

「ごちそうさまでした」

 

 片付けも手伝わなくて良いと仰られ、手持ち無沙汰のまま待機します。

 カチャカチャと音が聞こえ、食器が水桶に沈む音が聞こえてきます。

 先程は、泊まるだの面倒を見るだの、と仰ってらっしゃいましたが、食べ終わってからは、そんな音沙汰は無い様子。

 恐らくは食事の最中の冗談と言ったところでしょう。多分は、朝ごはんの食器の汚れの様に水に流されてしまった筈。少しばかりに残念ではありますが、昨日の介抱と先程の食事の御礼を言いつつも、そそくさと帰宅しようと思います。

 洗い物を終えて帰ってきた上白沢様に片手で三つ指つきつつ御礼を述べました。

 

「大変おいしゅうございました、また昨晩はありがとうございました」

「ん? 大したことじゃないぞ、というかどうした? そんなにかしこまる必要は無いだろう?」

「いえ、そろそろおいとまをさせて頂きたく……」

「待て、何処に行く? しばらくは家にいてもらうぞ?」

「……え?」

 

 どうやら先生の中では決定事項であったらしく、がしっと肩を掴まれます。

 意外と力が強く、見た目がどうであれ半獣なのだなと思い知らされました。

 抵抗できぬままに、グイグイとちゃぶ台まで引っ張って行かれ、強制的に着席。

 生徒を連れ戻す様な鮮やかさで連れ戻され、いつの間にか食後のお茶まで頂く始末。

 

 そんな暖かい厚意に、迷惑になると分かってはおりましたが、何故だか逆らえない自分が居まして、気づけば二日、三日と経っておりました。

 その間、稗田家の当主とご対面したり、噂の友人様、藤原妹紅様と出会ったりと色々ございました。

 風の噂で、稗田家の当主様は病弱と聞き及んでおりましたが、意外や意外。

 まさかあそこまで積極的だとは露とも知らず、先生のお使いを代行致しましたら、私の事について根掘り葉掘り聞かれる始末。 

 こっ恥ずかしい話なんぞも聞き出され、ついには悪癖も発露。

 完全記憶能力とやらもお持ちのようで、それらの事は全て覚えた。なんて仰られてしまい、日差しにやられた顔の様に真っ赤にしつつ屋敷を飛び出しました。

 まぁ、そんな恥ずかしい話はまた、今度。

 

 あぁ、そう言えばこんな事もございました。

 逗留二日目の事でしたかね。上白沢様が寺子屋にお勤めにいってしまった後、一本しか無い腕を余らせておりますと、玄関の方から戸がガラガラと開く音が聞こえて参りました。

 まぁ、一人で開くなんて夜中でもありませんし、間違いなく人でしょう。しかし、来客でしたらこの時間帯は先生は出掛けている事をご存知の筈。

 そんな事を考え、やや、白昼堂々と盗人か。なんて思い気を引き締めます。もし、盗人でしたら一大事。叩き出さねばなりません。

 思考に気を囚われている内に、謎の侵入者は足音を消さずにタスタスと、私が居座る居間まで近寄ってきました。

 不埒な侵入者め、この様な人柄の良い御方の家に踏み込むなんて不届き千万。しかし、私がたまたま居たことが運の尽きよ! いざ、覚悟。

 

 なんて、心持ちと共に、手元にございました新聞紙を緩く丸め、刀の様に構えます。隻腕のるろうにの様で少し楽しいですね。

 刀の様になんて申しておりますが、侵入者さんを叩き斬るつもりも、血の海に沈める気もございません。人間様に本気を出してしまった場合、例外を除き、間違いなく死んでしまいますし。まぁ、優しく、ぽかりとやるのが積の山です。

 と、いう訳で、緩く成敗し、ついでに恐れの感情でも頂こうと、タスタスとやって来る足音に備えます。

 ついに、足音は部屋の前で止まり、襖に手を掛ける所作が伝わってきました。

 私はひたすらその時まで、待ち構えます。気配を殺し、自分の息遣いすら耳に響くような、鼓動の音が聞こえてくるような静寂の中、すっ、と襖が空くのをひたすら待ちます。

 

 遂にすっ、と襖が横に移動しました。

 ───今ですっ!!!

 

 その人影が居間に踏み入れるか、否かの瞬間に怒号と共に飛び出しました。

 

「こらぁぁぁぁ!!」

「邪魔す──うわっ!?」

 

 意外と声が若いというか、女性の声に驚きつつも人間が認知出来るギリギリの力で居間を駆け抜けます。約三歩。

 タン、タン、タンと畳を出来るだけ優しく踏み、襖の元へと飛び込んでいきます。

 向こうも相当驚いた様で、声をあげていますが───もう、遅い。

 

 受けよ! 正義の新聞紙!!

 

 と、二歩と、三歩目の間で新聞紙を振り上げ、その侵入者の頭に届くように、三歩目で踏み切──ろうとした瞬間に、真横から脚が飛んで来るのがちらと目に入りました。

 襲い掛かる脚に対し、既に私の身体は伸びきっており、避ける術はありません。

 なす術なく、私のわき腹に侵入者の脚がげしっと食い込み、私の身体は斜めに吹っ飛んでいきました。

 

「ぎゃふん!!」

 

 そんな言葉を侵入者の足元に残しつつ、ごちんと壁に激突しまして、危うく意識を手放しそうになってしまいました。

 すんでの所で踏みとどまり、痛む後頭部を抑えつつ、見上げると、もんぺを着た白髪のお方が此方を覗きこんでおられました。

 

「大丈夫か? いきなり飛び出してくるなんてびっくりしたよ」

 

 私に止めを刺す訳でもなく、此方を心配する様子を見ると、どうやら盗人では無い様子。

 頭をさすりさすりしつつ、どなたかを問いかけます。

 

「あの……どちら様でしょうか?」

「慧音から何にも聞いていないか? 不在時の世話係を任されてきたんだが。──っと立てるか?」

 

 そんな事を言いつつ、手を伸ばして下さる白髪のお方。

 人間様の様な姿をしていらっしゃるのに、人間では無い。どちらかと言うと、妖怪の様な気配を感じる。そんな印象を受けました。

 伸ばして下さる手をとりつつ、挨拶をします。

 

「はじめまして、私、韮塚袖引と言うものです」

「あぁ、聞いているよ、藤原妹紅だ。よろしく」

 

 グイッと引き起こして貰いますと、思ったより顔が近寄ってきました。

 綺麗な白髪が腰まで伸ばされ、赤い目が私を捉えています。しゅっとしたお顔は同性の私でも見とれてしまうほど。

 そんなことを考えていますと、藤原様の口が開かれます。

 

「しかし、お前可愛いな」

「………へ?」

 

 心の準備が出来ていない所に、特大級の花火が撃ち込まれた気分です。突然の言葉は、私の中でドガドガと破裂していき、思わず言葉が詰まってしまいました。

 いや、ですけれど、気分としては悪くありません。むしろ良いと言っても過言ではない程です。

 ほぼ初対面ではありますが、相手の顔は整っており、じっと見つめ返されると、思わず頬が紅潮してしまう程。

 えへ、えへへへと、愛想笑いも出来ず、ただ石のように固まるだけ。 

 カチコチになった此方を心配したのか、藤原様は私の肩をがっしりと掴み、ゆさゆさと揺すって来ました。

 

「おーい、いきなり固まったけど大丈夫か?」

 

 更に顔が近寄って来まして、私はもう顔が茹で上がり、色々とギリギリの状態。

 この姿勢から、接吻、そのまま襲われる所まで妄想した後、ハッと我に帰ります。

 

 慌てて、手を振り払い、目を見開き、自分の身を掻き抱きます。

 

「わ、私に何をする気ですか!?」

「………強く蹴りすぎたかな?」

 

 そんな困ったお顔をしつつ頬をポリポリと掻く、藤原様。その態度を見て、初めて此方と、向こうの温度差に気づきました。

 

 もしかして、私はとんでもない勘違いをしてしまったのでは無いでしょうか!?

 おずおずと、藤原様に質問します。

 

「あの……先程の可愛いとは?」

「んん? あぁ、小さくて可愛いと言おうとしたんだけど」

「小さい………ぐぬぬぬ」

 

 小さいという言葉に引っ掛かりますが、怒濤の流れに悪癖もおいてけぼり。

 ついていけなくなった感情の代わりに、顔中の血が沸騰したように真っ赤になってせり上がってきます。

 勘違いという言葉が横っ面をひっぱたき、ずっしりと重みを背負わせてきました。

 やってしまった、という感覚にうちひしがれておりますと、藤原様は、此方を見てポツリと呟きました。

 

「変な奴だな」

 

 ……はい、返す言葉もございません。

 

 藤原様との最初の出会いはこの様な感じ、これから藤原様とは心配性気味の上白沢様の愚痴を共有したりと、様々な此方の失敗を笑って貰いつつも、良くして下さいました。

 

 

 泊まって二日、三日。

 そんな、楽しくも騒がしい生活に囲まれていました。

 こんなに毎日が騒がしいのは、いつの頃ぶりだか思い出せない位久々で、朝起きれば人がいて、朝御飯を作って貰える。

 普遍的な幸せをここ数日で、充分に噛み締めました。

 そんな騒がしい生活()()()()()()()、考えてしまったのかも知れません。

 

 

 静寂が包み込み、別の寝室の寝返りすら聞こえて来そうな、静かな、本当に静かな夜。

 ふと、起きてしまい、もぞもぞとしていると、風が吹き込んできました。

 それは()()()の様に、火照った私の熱を奪っていきます。

 

 私は、布団から起き上がり、初日からモヤモヤし続けていた胸の内と向かい合います。

 それは、私の境界線──

 

 

 いつからか人里に住む様になった私。

 妖怪としての私。

 

 私は、妖怪です。──妖怪の、筈です。

 人を恐れさせ、そこから糧を得るか弱き妖怪。

 それが私、韮塚袖引であった筈。

 

 しかし、今の私は、人里の中心に近い位置にいる人物と接しています。

 あまつさえ、そこで泊まっている。

 彼女は、妖怪? 人間?

 その、どちらでもありません。

 どちらでも無いからこそ、妖怪である私を泊めておけるのでしょう。

 怖がらせる事もなく、怖がる事もない。

 

 彼女がせめて、()()()()()あったなら。

 妖怪、あるいは人間。その()()()()であったのなら、きっと、ここまで決断を遅らせる事は無かったのでしょうね。

 半獣の彼女だからこそ、底抜けに優しい彼女だからこそ、ここまで迷ってしまった。

 柔らかい日差しが薄暗い夕闇に切り込んでくれば、思わず近寄ってしまうものです。

 

 えぇ、当然ながら私は人間様が大好きで、ずっと近くに居たいのです。

 だからこそ、人里に居を構えた。

 そう、だった筈です。

 

 けれど、私は──

 

 そこまで、考え、ハッと現実へと引き戻されました。

 じっとりとした汗がまとわり付き、生ぬるい風が開け放した窓から侵入し、頬を撫でていきます。

 

「──あぁ」

 

 ポツリと呟いた言葉は風に乗って流れてゆき、さ迷いつつ消えていきます。

 静寂が支配する空間は、今まであった喧騒を全て塗り潰すかの如く、重く、重くのしかかってきました。

 

 妖怪であるということ、それは人間では無いと言う事。

 

 ──私は少し、人間様に近寄り過ぎたようです。

 

 この晩、私は、出来るだけ早く此処を去ろうと決意しました。

 

 布団へと戻ると、柔らかな感触が、冷えた私を優しく包んでくれます。

 提供して下さるご飯も美味しく、布団も柔らかい。

 そんな暖かい日差しに、日陰者の私が何時までも居座る訳にも参りません。

 よく眠れていた布団なのに、何故か今晩は居心地が悪く、何度も目を覚ましてしまいました。

 

 

 出会いを交えつつも、何も無い間は全力で妖力を固め、急ぎ形だけの腕を作成しました。

 ようやく指先が動く様になるまで一週間ちょっと。

 まぁ、箸を掴む等の繊細な動きは出来ませんが、握って開くなんて事はお手の物。

 完治したとばかりに、手を結んで開いてと先生の前で手の運動を繰り返します。

 不承不承とばかりに先生も太鼓判を押して下さり、ようやく帰宅の目処が立ちました。

 そうとあれば、そそくさと引き払いの準備を済ませとっとと出ていきましょうとばかりに、すっかり馴染んでいた布団も干し、使わせて頂いたお部屋をお掃除します。

 掃除も終わり、一息つくと、慣れ始めたお部屋もすっかりと伽藍堂。そこにあった温もりもすっと消え、忘れられたかの様に、ポツンと、部屋の隅に布団が取り残されておりました。

 心の底で囁きかける誘惑を無視しつつも、私は部屋を後に致します。

 

 ここの主は、来客数も多く、人柄も良い。私のような粗忽者が居座っていても迷惑するだけです。

 

 とっとっと、と下まで降りて行き、今までのお礼と挨拶を申し上げました。

 やはり、と言うかなんというか、まだ泊まっていくといい、なんて温かいお言葉も頂けましたが、丁重にお断りさせて頂きまして、そそくさと自宅へと帰還致しました。

 

 

 一週間ぶりと、特に長くも無い期間空けていただけというのに、懐かしい感覚に囚われる我が家に帰宅しまして、着物の帯を緩め、ひと心地。

 ふぅ、と安心しつつも、何となく痛む右腕をさすり、我が家を堪能します。痛い程の静寂が身体にまとわりつき、外の喧騒がやたら五月蝿く耳をついてきました。

 何となくいたたまれなくなり、お湯でも沸かすかと立ち上がりますと、背中からガラガラと戸の開く音。

 

「こんにちは、空いているかしら?」

 

 そんな、声が店内を木霊します。

 ふっ、と振り向くと、青を基調としたお洋服に白き前掛けをつけていらっしゃる、見慣れない姿の女の方。

 その髪は銀色で、結わえられており、いかにも仕事の出で立ち。

 

「あぁ、えっと……」

 

 少し、思うところがあったと言いますか、物思いに耽っていたというか、何にも考えていなかったと言うべきか、ぐるぐるとした気分であった為に、まともな返答が出来ません。

 それを肯定と受け取ったのか、そのお方は此方まで近寄って参りまして、言葉を発します。

 

 

「仕事、受けてくれるかしら?」

 

 なんとなく、私はこの仕事を受けてしまいます。

 

 結果的に、私はこの仕事に救われる形となりました。モヤモヤと、雲が掛かった気持ちを吹き飛ばしてくれるような方達と対面いたします。

 

 えぇ……忘れることは出来ません。色んな意味で……

 

 そんなこんなで、今回はここまでとさせて頂きます。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 


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