【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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大変お待たせしました。

今回は魔理沙とのおはなし


追いかけ、追いつき、追い越して

 穏やかな雲が流れ、そよ風が通り抜けます。

 

 魔理沙さんがやって来た昼下がり。お茶と茶菓子を用意し、ちゃぶ台へ。出会った頃を思い出しておりましたが、今回は背比べ。

 

 晴れやかな午後にはこの店まで、子供たちの声が響き、ゆったりとした時間が流れております。

 只今、魔理沙さんと、お茶をしばき、ゆるゆると時間を過ごしております。

 

 世間話から、魔理沙さんの生活、異変の自慢話。話の種は尽きることがありません。

 

 

 私、韮塚 袖引 お話ししております。

 

 

 ずずず、とお茶をすすり、ちゃぶ台にことんと湯呑みを置きます。

 八卦炉から作られたお湯で入れたお茶。まぁなんてこともない筈なのですが、不思議と美味しく感じてしまいます。

 ちゃぶ台の対岸には帽子を脱いだ魔理沙さん。綺麗な金の絹糸が惜しげもなく晒され、揺れるお茶の面にゆらゆらと映っております。

 

「なぁ、お煎餅とか無いのか?」

「あぁ、それならあそこの棚に」 

「あいよ、私が取りに行くよ」

 

 新たなお茶受けを取りによっこいしょと立ち上がると、魔理沙さんも同時に立ち上がりました。

 私よりも背が高い魔理沙さん。 

 大きくなりましたねーなんて、思ってしまいますが、確かこれも過去に同じことを思った筈。

 

 来た時に柱と背を比べ、傷をつけていた跡もまだ残っており、本当に長いこと過ごしてきたなぁ、なんて実感すら沸いてくる我が家で、魔理沙さんは棚をごそごそと漁り、私は座り直します。

 

「おーい、これか?」

「そうそう、それです」

 

 お煎餅を取りだし掲げる魔理沙さん。それにあってますよー、なんて答えつつだらだらと膝を崩し座っております。

 

 ふと、目をやると、何やらまだごそごそと漁っている魔理沙さんの背中。

 後ろ姿は過去の思い出より大きく、雰囲気も一回り大きくなりました。本当に成長したものです。

 

 いつだって人間様はスクスクと成長していくもの。ちっぽけな私には想像も付かないほどに、人間様は色々な事を経験し、成長していくのでしょう。羨ましいものです。

 

 あれは、いつの事でしたか。

 

 私も魔理沙さんも、最初は喧嘩早い事この上無く、良く喧嘩になって罵り合いに発展しておりました。

 今の活発な姿からは想像も及びませんが、当時の魔理沙さんは泣き虫で、喧嘩なんぞしようものなら泣かない日は無いくらいでした。

 

 まぁ、罵り合いと言っても子供と子供の様な私では小憎らしい言葉ぐらいしか出てきません。馬鹿やら、阿呆やら良く言ったものです。

 

 まぁ、そんな他愛もない言い合いの中でも印象に残ったのがこの言葉。

 

「いつかその背を追い越してやるからな!」

 

 その時は、確か商店に買い物客として訪れた帰りのこと。

 ばったりと出会った魔理沙さんがちょっかいを掛けてきて、私の子供だろうが何であろうが見境なく発動する悪癖が原因で喧嘩になり、私より背が小さい癖に、とそんな様な事を言ってしまった。

 確か、そんな事が発端だった気がします。

 魔理沙さんは涙目になりつつ、そんな事を言っておりました。

 人間である以上、私の背なんていつかは追い越す。

 なんて事を悪癖の最中に言える筈もなく。フン、と私も大人げなく、ただ駆け出して行く背中を見送るだけ。

 普段から随分と情けない、なんて常日頃思ってはおりますが、小さな子供に怒ってしまうとその自己嫌悪もまた格別。ゴロゴロと布団の中で乱れておりました。

 

 その後、一時期やたらと身長を気にする魔理沙さんが短い背でうん、と背伸びをして私と張り合おうとする姿など、可愛らしい姿を見せてくれました。

 

 ふた月に一度あるかないかくらいに、魔理沙さんが親御さんを伴ってやって来て下さいますが、その時に魔理沙さんの身長の記録をとるために、柱にちょんちょんと傷をつけるなんて事もやりました。

 

 魔理沙さんが来るたびに縦方向へと増えていく柱の傷。古びた我が家の柱様。時々、私もその柱に触っては口元を緩めておりました。

 

 やってくる度に増える柱の傷。忘れる事も無くなることも無い足跡の一つ。大事にしていきたいものです。

 

 まぁ、そんなこんなで時も流れ、魔理沙さんも成長していきます。どんどんと背も伸び、言動も格好も少しずつ周りを意識していきます。

 

 この頃には、腰ぐらいしか無かった背が肩ぐらいまで伸びており、おかっぱぐらいであった金の髪を伸ばし始め、だんだんと女の子としての自覚が出てきて参りました。

 本当に見違えるようであり、会うたびに驚く。なんて事が多くなっていきました。

 

 また、親御さんと一緒に来ていたのが、だんだんと一人で来るようになって行くなど成長の片鱗を見せつけて下さいました魔理沙さん。

 実に微笑ましく、また嬉しい事でした。

 

 とは言え、まだまだお互いに未熟なもので、喧嘩も当時色々とやっておりまして、魔理沙さんが号泣し、私もぷんすか。なんてどうしようも無いことも起こっておりました。

 

 そんな時に役立ったのが、小さなお菓子だったりお茶でありまして、すっかりと場所を覚えられてしまい、勝手にお菓子を持って行かれる事も多くありました。

 そんな時に言う言葉は決まってこれ。

 

「全く、大人になったら返して貰いますからね!」

「うん、かりてるだけだもんね!」

 

 まぁ、帰ってくることを期待してはおりませんが、人のものを盗ることは良くありません。ですから、大人になったら返して貰うという約束を交わしておりました。………パチュリー様やらの話を聞いてしまうと、少し甘かったとは思ってしまいますが。

 

 しかし、普段から元気良く怒鳴り合いをしていた身としては、こんな時くらいは優しくしたいもの。返す気はあるようですし、本人が悪いことだと理解していてくれれば、それで良いのです。……良いのです!

 

 まぁ、身内ひいきみたいなものではございますがやはり可愛いのですから仕方ありません。実の子ではございませんが、目にいれても痛くない程には可愛がっていたと思います。

 

 当然と言えば当然ですが、魔理沙さんは他にも友達が多かったようで、あの頃は訪れる回数も多くて、月に一度か二度だったと記憶しております。

 そもそもここは人里の外れ、小さな女の子がこんな所に来ちゃあいけないよ。なんて制止をしていた時もありました。

 しかし、あまりにも無視されるので、いつの間にか言わなくなっていましたが。

 

 確か、そんな好き放題に生きる彼女がうちの店に入り浸り始めたのは、彼女の身長が私に迫ってきた、そんな頃だったかと思います。

 まったく誰に似たのか、男言葉を使い始めてきた魔理沙さん。まさかとは思いますが喧嘩しているときの私の口調が……無いですよねぇ、さすがに。

 少しどきどきとしてしまいますが、それはそれ。ともかく、頻度が多くなった我が家の訪問。魔理沙さんは家にやってくるなり、毎回行うことがありました。

 

「よしよし、もうちょいだ」

 

 私の店に来る度に近寄って来て、ちょっと背伸びしつつ、彼女の頭から私の額の辺りに手のひらを行ったり来たりさせて、そんな言葉を言っていました。

 

 その頃には、今の魔理沙さんと容姿は然程変わりない見た目だった筈です。さすがにまだ白黒してませんでしたが。

 私の店の和服から洋服へ、金髪に似合うからなんてお友だちに勧められたから着た、とかなんとか伺っております。

 

 初お洋服をお披露目された時は、えぇ、もう誉めちぎりました。

 私の服を着てくださらないのは少し寂しい事でもございますが、この子の可愛さに比べればちっぽけな物。大した事では無い、なんて思えるくらいには素敵な格好でございまして、町中歩き回って自慢したい程。

 私の反応が恥ずかしかったのか、大きな麦わら帽子で顔を隠していた事を良く覚えております。

 

 当時の魔理沙さんは子供ながらに秀才の片鱗を見せており、色々な事に疑問に思い始めたようで。良く良く質問を投げ掛けられました。

 その中でも印象に残っているのがこのお言葉。

 

「なぁ、袖引は背が伸びないのか?」

 

 その頃には妖怪であることも伝わっていて、成長しないことも分かってはいたのでしょう。恐らく確認の意味も込められていたんだと思います。

 

「えぇ、ご存じの通り妖怪ですから」

「ふーん、やっぱり無理なのか」

 

 魔理沙さんは、私の返答を聞いて、納得したような納得していないようなそんな表情を浮かべました。

 そんな態度を見つつ、私は少しおどけつつも話を続けます。

 

「伸ばせるなら伸ばしてやりたいですよ。そうしたらこんな悪癖なくなるでしょうし」

「それは無理だと思う」

 

 ピシャリと即答する魔理沙さん。出会った頃でしたら喧嘩ものでしたが、もう、こんな会話をしていても、なんだと? のような幼稚な脅し文句が、私の口から飛び出して来ない位には魔理沙さんとの距離も近くなっておりました。

 

 今考えれば、妖怪だと知っていても近寄ってきて、ちゃんと真正面からぶつかって来る。

 そんな、今も昔も変わらないこの態度があったからこそ、ここまで仲良くやっていけるのかも知れません。 

 

 まぁ、入り浸っていた期間ではこちらに泊めたこともありましたし、その時にも色々な事がありました。

 おねしょ……おっとこれは厳禁でした。あぁ、そうそう、いつの間にか私の家の物が消えていて、いつの間にか良く似た物を魔理沙さんが使っていた、なんて事もありました。 

 あげたつもりは無かったのですが、なんて不思議に思って問いかけますと、借りたんだぜと素敵な言葉。

 まぁ、別に大した物では無かったのでそのまま譲ってしまいましたが。何故か特に怒りもせずに譲ったのにムッとされた覚えがあります。

 あれはなんだったんですかね?

 

 まぁ、そんなこんなで様々な事、様々な日常を送りつつも魔理沙さんはスクスクと育っていきました。

 見上げていた視線がいつの間にか近づいてきていて、そして追い越されていきました。

 

 身長を追い越された時の驚きと喜び、そして少しの寂しさ。今でも思い出せます。なんというかついにこの時が来てしまったかという達成感みたいなものでしょうか? そんな感覚がムズムズと背中の辺りを走り回ります。

 そんな感覚でしたから、魔理沙さんも大層喜ぶか、と思うとそうでも無く、満足げな表情の裏に寂しそうな顔が覗いておりました。

 向こうも向こうで思うことがあったのでしょうか? 私には分かりませんが、きっと魔理沙さんも何か思うことがあった事でしょう。

 

 この頃からでしたかね、魔理沙さんが香霖堂に足を伸ばすようになりました。

 古くから霧雨店との付き合いがあった香霖堂の店主様の所に遊びにいっているようで、ちょっぴりとこちらにいらっしゃる回数が減り始めました。

 

 まぁ、かといって遊びの機会は存分にありましたとも。それでこそ語れないようなものまで沢山のものが。

 

 泊まっていたり、遊んでいたり、親父殿と喧嘩して逃げ込んできたり、そんなのいつもの事。

 一緒に悪さを仕出かしたり、私が付き添って冒険に出てみたり、いつの間にか二人でお昼寝をしていたり。

 

 

 本当に、本当にこの子とは色々な事がありました。

 語り尽くせない思い出があります。

 

 

 魔理沙さんは気安い友人の様であり、娘の様な子でもありました。だからこそ、私の丈をだんだんと追い越していくのを眺めるのは、嬉しくもあり、同時に淋しくもありました。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと流れていく時間。緩やかな流れですが、それは止まる事は絶対にありません。

 川に落ちた木の葉が流されていくように、ゆっくりと、そして、あっ、という間に私達の時間は流れていきました。

 

 

 季節は回り、人もまた一回り成長します。

 私たち妖怪はただ、それをのんびりと眺めます。

 

 人間から見たら、私はどんな風に映るのでしょうか?

 子供の頃から私を見上げ、いつの間にか見下ろす立場になっていた魔理沙さんはどう思うのでしょうか?

 

 

 見送る事も悪い気分ではありません。

 けれども……いや、これは思ってはいけない事でした。

 

 人間と妖怪は違う。常識すら曖昧なこの幻想郷でも、これは絶対の線引きです。

 それを乗り越えてしまったら、きっと博麗の巫女様に退治されてしまうのでしょうね。

 

 まぁ、日常を繰り返す中でそんな事に、はた、とそんな事に気づいてしまった訳なのです。

 慣れている筈のこの感覚。妖怪である筈ですからこんな別れはいくらでも出会ってきた筈なのです。

 しかし、不思議と焦躁がチリチリと胸を焦がしていきます。何かを忘れているような、やり残しているような、どこか遠い所で誰かが叫んでいるようなそんな感覚。私はそれを無視することは出来ませんでした。

 

 何かやらなければ、何か残さなければ、私は何も出来ていないのでは無いか。

 

 魔理沙さんが帰っていた後、不安で眠れない日もありました。馬鹿な事だとも、種族が違うのも分かっているのです。

 しかし、夕焼けの中消えていく背中を思い出す度に、いつ見れなくなるのか不安になってしまうのです。

 

 だから、だからこそ、忘れられないような思い出が欲しかったのです。

 

 

 すっかりと季節も回り、夏が再びやってきた、そんな頃。

 蝉がじわじわと鳴き、お天道様が肌をじりじりと焦がす、そんな昼のこと。

 私は、魔理沙さんにある提案をしました。

 

 

「魔理沙さん、星を見にいきましょうか?」

「星?」

 

 その頃の魔理沙さんは白いわんぴーす、でしたか。珍しく上下一体となった服装に、麦わら帽子といった涼しげな格好。

 そんな格好だろうと暑いものは暑いのか、ぱたぱたと団扇で自身をあおぎつつ、不思議そうな顔で返答してきました。

 私はゆっくりと頷き返します。

 

「えぇ、流星群があるそうで」

「いや、それは知っているけど。ここで見るのか?」

「いえ、とっておきの場所を案内致しますよ」

 

 だから私は、私だけの秘密の場所。お気に入りの場所を魔理沙さんに教えることにしました。

 忘れぬように、忘れることが無いように。

 

 それはちょっとした夜の記憶。魔理沙さんも私も少しだけ考え方が変化したような、しなかったようなそんな夜。

 夏の暑さが少し残り、そよそよ、と通り抜ける風が肌を冷ましていく、そんな夜。私達は出発しました。

 

──星を見に行く為に。

 

 さて、少しだけ長くなりそうなのでここで一旦お開きとさせて頂きます。こんな長話でございますし、茶菓子のようにちょこちょこと楽しむと致しましょう。

 

 さてさて、満天の星空はしばらくお待ち下さい。魔理沙さんが茶菓子を持って参りましたので、一旦の休憩をば。

 

 

 次回のお話まで、しばらくお待ちくださいませ。  




また次回から異変と日常話に戻ります。

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