【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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日常生活だよ 袖引ちゃん

 さてさて、異変も一段落。のほほんと平和を享受しております。このまま春まで待つのもよろしいですが、たまにはお茶うけでも。

 人里での私の生活をよろしければ、お聞き下さいませ。

 

 ……少し恥ずかしい気も致しますが。

 

 

 私、韮塚 袖引 生活しております。

 

  

 冬も真っ盛りな今日のような日もそろそろ珍しくなり、春の陽気が近くなってくる……なんて事を忘れさせてくれるような大雪降りまして、ぶるりと寒さで目を覚ませば真っ白な雪景色が再び。

 幻想郷は山間部にございます故、雪が積もれば屋根にも積もる。白川郷の様な構造をしているならまだしも、幻想郷のお家は普通のお家が多くございます。珍しい位の大雪が降ったとあれば、皆さん集まりてんやわんや。日が明ければ、積りに積もった雪にため息を吐きます。

 ともなれば行われるのは雪下ろし。そうです私、雪下ろしの真っ最中でございます。

 

 さて、雪降ろしと言えば木鋤(こすき)と呼ばれる物を使う訳ですが、皆様最近はすこっぷと呼ばれる物を使用している様子。流行に負けぬよう私も使ってみましたが、これはこれは大変使いやすいものであり時代の流れを感じさせるものでございました。

 さてさて、余談さておき私の雪降ろしは簡単も簡単、なんたって能力で簡単に出来てしまいますから。屋根の雪にぺとりと触り、能力使えばあら不思議。一瞬にして雪が引きずり下ろせます。

 まぁ、そんな一瞬ではございますが仮にも私、人里に住んでいる身でございまして、妖怪だと大っぴらに晒す訳にも参りません。屋根にはうんしょと登り、雪のひんやりとした感触を存分に味わった後にこっそりと能力を発動致します。少し面倒ではございますが、こっそりと住んでいる身としては仕方の無い事。そういった割り切りは重要なのです。

 

 雪降ろし終わり、部屋でのほほんと出来るかと言われますと、実のところそうではございません。幻想郷のご近所を回りまして足腰の悪い方のお手伝いもさせて頂いております。

 どさどさと雪が落ちる音を聞きながら、そのお家に向かっておりますと時折声を掛けられます。

 

「お、韮塚の! どうだい、雪かきは終わったかい」

「えぇ、お陰様で。もう終わっておりますよ」

 

 声を掛けて下さったのは、噂のすこっぷ担いだ筋骨逞しいご近所さん。私にも出会ったら一言、二言掛けて下さる素敵なお方でございます。

 

「あぁ、そりゃ良かった。終わってなかったら助けに行こうと思ってたんだ」

「もう、こちらは大丈夫ですよ。それよりも三丁目の……」

「あの爺さん家か、()()()のによくやるねぇ」

「ム……小さいは余計です」

「あっはっは、何言ってるんだそんな身長で……おっと」

 

 にこやかに世間話はいいものの、私の悪癖というものは抑えが効かぬものでございまして、悲しいかなこのように禁句に触れられただけで、吹きこぼれる鍋の様にあっという間に怒号が飛び出してしまいます。

 

 

「に、二度も……小さいだと! ふざけるな!」

「あっちゃあ……すまねぇ、こいつは禁句だったな。詫びに菓子あげるから許しておくれよ」

 

 まぁ、本当に私の人となりを知っている方は、実に慣れた対応でございまして、突如として怒り出した私に対しても笑い交じりに受け答えして下さいます。

 

「菓子なんていらない! いらないもん!」

「おぉ、そうかい。せっかくチョコレートを貰ったからあげようかと」

「ち、ちょこ……い、いらない! いらないからっ!!」

 

 

 私としては実に素敵な提案でございましたが、憎たらしい悪癖はうんともすんとも私の意思に反応してくださいません。それでもお菓子と聞いただけで揺らぐ辺り、実にお恥ずかしい限り。

 何はともあれ、悪癖は止まる事は無く、ふん、とそっぽ剥きますと、そのままろくに挨拶もせずに目的地まですたすたと向かってしまいました。

 なんともまぁ、みっともなくお恥ずかしい。穴があったら直ぐさまにでも直行したいほどです。

 

 さて、興奮覚め、悪癖も冷める。悪癖去ってみれば顔は真っ赤。手で顔を覆っても隠し切れぬ程に真っ赤かに燃え上がり、この熱で雪すら解けてしまいそうだとも思ってしまいます。

 

「あぁぁぁ、あーもう。あぁぁ……」

 

 なんという醜態、なんという愚かさ……もうやりきれない思いが切々と積もっていきます。もう、布団に飛び込み足をバタバタしてしまいたいのですが、そうもいかない。おじいさんもお困りでしょうし、早い所行かねばとばかりに重たい気分と、足をずりずりと引きずって行きました。

 

 さてさて、人力わだちを作りつつ、やって参りました古い家屋。もうすでにギシギシと悲鳴を上げていそうなものでございますが、そこは日本家屋の妙。この寒い中誰よりも元気に突っ立っている……気がします。

 

 赤い顔を雪で冷ましつつ、中に入りまして一声投げかけます。

 

「こんにちは、お手伝いに来ましたよ……」

「おぉ、その声は袖ちゃんかい。よく来たね」

 

 奥からしわがれた声と共に、半纏を着た好々爺と呼べるような風体のおじいさんが、のそのそといらっしゃいました。

 私の姿を認めると、にっこりと微笑んでくださりそのまま声を掛けて下さいます。

 

「さ、上がって上がって」

 

 奥へと入るように促されますが、私としては先程の失敗もありますし、何かと踏み込みにくい。

 そんな考えでもたついておりましたら、おじいさんは首を傾げた後に質問してきました。

 

「おや、何か失敗でもしたかい?」

 

 このおじいさんもまた人里暮らしが長いお方でございまして、私も随分と若いころからの顔見知りでございます。とは言え、ご近所さん程度の仲ではございますので、近すぎず、遠すぎずな仲ではございますが。

 そしてこのお方は自らの腕によって生計を立てていらした職人様。具体的には髪結いの職業を成されていた方でございまして、話す事も職業に組み込まれているようなお方であります。故に、私の機微にいち早く反応してくださいました。

 

 見抜かれたとあっては、隠し通すのも見苦しい。それではと、かくかくしかじか、洗いざらいお話致しました。

 おじいさん流石の聞き上手、話上手。適度な感覚で相槌を打って下さり、私もすらすらすらと言葉が飛び出します。決して私をないがしろにしないその姿は、まさしくお話の達人。悪癖もこうまでくると成りを潜めてしまいます。

 さて、先程の顛末話終え、おじいさんを見遣りますと何故だか笑顔を浮かべておりまして、くつくつと笑いながら一言おっしゃいました。

 

「くっくくく、変わらんねぇ袖ちゃんや」

「あの、笑い処ではなかったのですが……」

 

 愉快そうに笑っておられ、こちらも怒るに怒れません。この笑顔で何人のお客さんを虜にしてきたのだろう。なんて下らない事を思っておりましたら、おじいさんは言葉を続けました。

 

「いやはや、姿がいつまでも変わんないとはおもっていたがねぇ、まさか妖怪だとは」

「当時は驚きましたか?」

 

 驚かせるのは妖怪の誉れ、少しばかりいたずらっぽい笑みが浮かんでいる事が分かりつつも、つい聞いてしましました。

 当然の事ながらおじいさんは当時、吃驚仰天だった事でしょう! なんと言っても人里に弱小とはいえ生活しているのですから!

 腰を抜かしたよ、などの反応を、いまかいまかと待っておりましたが、おじいさん首を傾げつつもおっしゃったのはこの言葉。

 

「いや、何となくそうなんじゃないかねぇ、とは思っていたよ?」

「……あれ?」

 

 えーと、人里に妖怪が暮らしているのはだいぶ大事だと思うのですが……。

 とは言え、こんな私が、人里に暮らしていてもあまり大事になっている様子が無いのは、人里の風土がそうさせているのでしょうか? 

 人里というか、幻想郷は常に妖怪と隣り合わせ。人里に妖怪が出た、と言われても似たような話が星の数程ある人里では、噂話程度になってしまい、いずれは風化してしまう。ある種人間様にとって妖怪は生活の一部なのでしょうね。 

 

 えぇ、ですから、きっとそういった訳があるのでしょう。あるんです。そうに違いありません! ……悔しくなんて全然ありませんからね。ありませんとも!

 

 おじいさんは、苦笑い交えつつも話を続けます。

 

「しかしまぁ、妖怪はそれなりに見たつもりでは居たけども、袖ちゃん位毒気の無い妖怪も居ないんじゃないかい?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ? 私とて色々やっておりますとも」

「そいつぁ、怖いねぇ」

 

 

 さてさて、世話話もほどほどに、はしご掛けて屋根に登りまして雪を降ろす。悪いねぇ、なんて言葉も頂きますとやる気も益々。白い息を吐きつつも、どさどさと雪を落としていきます。

 本来重労働ではございますが、私に掛かれば何のその。鼻歌交じりで雪降ろし終え、するするとはしごを降りますと、待っていたのは温かいお茶にお饅頭。

 

 

「ありがとね袖ちゃんや、ほんの気持ちだよ。受け取っておくれ」

 

 なんて言葉と共に渡されまして、しばし腰を下ろします。春はまだだというのに四方山話に花咲かせ、お茶も飲み切った所でお別れとなりました。

 

「また来てな」

「はい、また!」

 

 とても心地よいお方だけにちょっぴりと名残惜しい部分もございますが、時間も時間。てくてくと古い家屋をあとにましました。

 

 

 

 お天道様もとうに顔を出し、道のわきに積んだ雪もきらきらと輝く。そんな清々しい景色を眺めつつ歩きますと、何処からかひそひそ声が聞こえて来ます。

 

 気になって耳を澄ましますと、こしょこしょと何処か囁くような声は、太陽の差さぬ家と家の隙間から聞こえておりました。

 おや、と覗き込みきょろきょろと見渡しますが、人一人っ子おりません。それどころか、声もピタリと止んでしまいました。この不思議な事態に思わず首を傾げます。そもそもこんな狭くて薄暗い空間で、好んで立ち話をする人間様がいるとは思えません。

 ともすれば……と、薄暗い空間に目を凝らしますと、使い古された道具達が一か所にまとめられておりました。

 

 先程の話にも出た木鋤を始め、最近姿を見なくなった道具達が寂しそうに佇んでいます。埃を被り、雪を被った道具達。この道具達が先程からおしゃべりしていたのでしょう。

 さしずめ、付喪神の成りかけでしょうか、集中してみれば微かに気配も感じます。

 

 忘れられ、使われなくなった物達。彼らは何を話すのでしょうか。今はまだ小さくて聞こえませんが先程何かを言っていたのは間違いありません。

 発した言葉は感謝の言葉か、はたまた……少なくともこのまま放っておけば妖怪化はまぬがれません。

 

 とは言いましても、私は何も手を出す気はございません。妖怪から見ればこの程度は些事でございます故。

 本当に妖怪化して人に襲い掛かるのも良し、感謝の言葉を述べるのも良し。要はやり過ぎなければ良いのです。

 

 そして何より、もしこの道具を人間様が使う事態となれば、それはそれで面白い事態となります。人間様が、知らず知らずに妖怪の手を借りていた。だなんて面白くありませんか?

 

 まぁ、こうした循環はある程度は仕方ありません。人間様は成長し、進歩します。その上で淘汰されるものも忘れ去られるものもきっとあるのでしょう。万物流転、仕方の無い事です。

 ただ、時折ふと思い出した時には処分するなりしてあげて欲しい物ですね。でないと、いつか妖怪となって人間様に返ってきてしまいますから。

 

 

 そんな感じで新たな妖怪の誕生を心待ちにしながらも、薄暗い場所から離れます。これ以上お話の邪魔をしても悪いですしね。

 その場所から離れますと、またこしょこしょと話声が風に乗ってやってきます。とは言え、数歩もしない内に風の音に紛れていってしまいましたが。

 

 いやはや、こうした妖怪もどきが里に居るからこそ、私もまた受け入れられているかと思いますと、実に不思議な気分でございますね。そう言った意味ではあの付喪神達には感謝せねばなりません。

 

 そんな事を考え帰り道を歩いておりましたら、先ほどのご近所さんにばったりと出くわしてしまいました。思わず、あ、と言葉が漏れてしまいます。

 何やら色々ございましたが、先程、盛大に醜態晒した事はまだまだ鮮明。私としましては、何ともいえない恥ずかしい気分ではございます。しかしながら、放っておくのもまた気になるものでございまして、先手を打ちまして謝罪致しました。

 

「先程は大変失礼しました!」

「さっきは悪かった!」

 

 おや、と顔上げれば向こう様も驚いた様子。まさか同時に頭を下げるとはお互い思っておらず、プッと吹き出してしまいます。

 お互い笑えば先程の事なんて溶けた雪の様に流れていってしまいまして。二、三言葉を交わし、本当にちょこを頂きまして帰宅となりました。

 

 気づけばもうお日様傾き、暁の頃。雲間から夕陽が漏れ出ている中、自宅へと辿り着きます。

 

 口の中は幸せでございますが、服はぐっちょり。当たり前でございますが雪道歩けば濡れるものです。

 

 流石にこれはいけない、と着替え持ちつつ、銭湯へと直行いたしました。番頭さんに代金渡し、するすると服を脱ぎまして湯浴みへと。

 短くも長くもない髪を髪留めで上げつつ、お湯をばしゃり。冷えた身体にじーん染み渡れば気持ちも安らぐ。

 そそくさと身体を洗い終え、湯船に浸かれば、あー、と幸せの声が口から漏れてくる程。このまま永久に入っていたい程でございます。

 とは言え、のんびりとしていられれば良いのですが、生憎と今日は寒かった為か、人間様が多くいらっしゃいます。

 といった訳で、お湯もそこそこに上がりましてささっと服を着ます。ぐっしょりとした服を持ちまして、外へ出ますと温まった体に寒風吹き付け、思わず身体がぶるり。髪を上げたお蔭でまぁ、うなじにも風が当たり程よく身体が冷めていきます。

 

 あまりにも寒いため、えっさえっさと急いで帰宅し火鉢を起こす。まだまだ妹紅さんの炭にはお世話になりそうです。

 

 そんなこんなで一日も終わり。あとはおゆはん終え、布団に入るだけでございます。

 

 

 

 ……時に、ふとした瞬間に今日起きたことが頭を駆け巡る瞬間てございますよね。布団に入るなどすると特に。

 私も例に漏れず、今日も一日色々とありましたね。なんて思いつつも眠りに落ちかけていたところで一つ思い出してしまいました。

 

「お菓子なんていらない! いらないもん!」

「ち、ちょこ……い、いらない! いらないからっ!!」

 

 

 えぇ、あれです。あの醜態の数々。齢二百以上な私。こんな言葉を発していたかと思うと、何かが背中から這い上がって来るような感覚に襲われます。顔も熱くなっていき、もう止まらない。

 がばっと起き上がり、そのまま布団にすっぽりと埋まります。

 

「あぁぁぁあぁ、何を言っているんですか私はぁぁぁ」

 

 もう恥ずかしさがどんどんとこみ上げてまいります。今日二度も会ったという事実すらも燃料に顔はぼうぼうと燃え盛る。

 いくら布団を引っ張ろうが恥ずかしさはもう、留まり知らず。いつまでたっても収まらぬ恥ずかしさに悶えながらも、夜は着々と明けていきました。

 

 そんな激しい夜を超えまして、私の一日は終わりでございます。

 翌朝目覚めてみれば、変わらぬ風景がそこに広がり、昨日端によせた雪もこんもりと積もっております。一日だけでは、人里もがらっと姿を変えることは当然出来ません。ゆったりゆったりと変化していくのです。

 

 朝日を浴びて欠伸を一つ。いつまでたっても成長しない心身を見下ろしつつ、着替えることに致しましょうか。また一日が続くのですから。

 

 

 

 さてさて、そんなお恥ずかしい限りの一日ではございましたが、たまにはこういったものも必要なのでしょう。……どうか必要とおっしゃってくださいませ。

 

 そんな与太話交えつつ、次こそ本当に春が到来致します。いましばしお待ち下さいませ。

 

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 恥ずかしいのはこれ限りにしたいものです……


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