現実の方でまとまった時間がとれず、こんなに投稿が延びてしまったことを御詫び致します。
さて、季節は夏の始まりの頃。新緑の息吹が山一面に吹きかけられ、まさしく夏到来。
私も暑くなってきたこの頃に、一枚、また一枚と春から夏の装いに。身体も心も本格的に軽くなっていくそんな頃。
人里では、大掛かりな市が開かれておりました。人々が物を持ち寄り、要らなくなったものを人に売り渡し身辺を軽くする。購入する人は自然と財布も軽くなる。そんな軽々とした雰囲気に私も参加しております。
私、韮塚 袖引 参加しております。
さて、敷物広げ、道行く人を呼び込む声が響くがやがやとした喧噪が目の前に、品物見て笑い、よく売れたと笑う。そんな笑顔が咲き乱れるそんな中。私もこじんまりと物持ち寄り、ちまりちまりと売りさばいておりました。
現在、人里では市が開かれ、商店が立ち並ぶ一角の広場に皆さん集まっております。中には食べ物をはじめとした屋台を出している店もあり、ちょっとしたお祭り状態。
そんな人の状態ですし、いらっしゃいと声かければ、可愛い店番さんね。なんて二、三人は寄って来る。
まぁ、可愛いと言われて悪い気はしませんが、いかんせん納得もいかないようなそうでないような。
ともあれ、客引けば、お客さんも寄って来る。今回は市ということで、新品の服ではなく、持ち寄られた古着や私のお古を売り込んでおります。
人間様に紛れつつも、のんびりのんびり物を売り込むのは楽しいものですね。私を知らぬ人が寄ってきては、二言、三言話して離れていく。そんな光景を楽しんでおりました。
まぁ、分かっていても出てしまう悪癖は当然健在でございまして、今日も今日とて、元気に声をまき散らします。まぁ、それで離れてしまうお客様もいらっしゃいましたし、反省会の種は尽きることがございません。
さて、そんな中。一休憩とばかりに腰を下ろしておりますと、何やら目の前に現れた小さい影に言葉を投げ掛けられました。
「おまえ、相変わらず小さいな!」
やい、いきなり喧嘩を売るのはどこのどいつだ。なんてピクリと反応し、顔をあげますと、何処かで見知ったお顔。
生意気そうなお顔に似合った悪戯っぽい笑み。そんな笑みで、すぐに思い当たりました。そうそう寺子屋のお子さんでしたね。
上白沢先生の寺子屋は、上白沢先生にお世話になっている関係上、たまーに顔を出したり出さなかったりするのですが、そんな時によく真っ先に突っかかってくる子供さんでございます。
何やら普段から活発らしいのですが、私が訪ねると、もっと活発になるとかならないとか。まぁ、元気な事は良い事です。子供ならなおのこと。
私自身寺子屋とは縁があったような、無かったようなそんな身の上。なので、通っていたとするのならこんな感じだったのかな? なんて思いつつも、上白沢先生を訪ねるがてら、ちらりと覗いたりもするわけなのです。
そんなある時、目の前の子が、私に今みたいな身長に関する言葉を投げかけたのですよ。
……えぇ、始めはぐぐぐ、と堪えましたとも。相手は子供。しかも、平時からお世話になっている上白沢先生の教え子さん。すぐに怒り出す訳にも参りません。
ただ、ただですよ? 自分よりも小さい子に言わるならともかくとして、似たような身長の子にちびちび言われるのは堪えるのです。……堪えるのです。
堪えたとあっては堪え切れない。せききったように売り文句に買い文句。言い返せば言い返される。と、そんな大立ち回りを演じて以来、寺子屋にたまに寄る度に突っかかってこられるのです。
まぁ、けれど、そろそろ慣れてきたというか何というか。こちらも大人ですから、そう何回も同じことを繰り返さないのです。えぇ、繰り返したりなんてしませんとも。
ふふふ、平静な所を見せつけつつ、にっこりと優雅に挨拶を交わしましたとも。
「こんにちは。今日も元気ですね」
「な、なんだよ、ちびって言ってるんだぞ!」
そんな態度にたじろぐ少年さん。やはり大人の対応こそ正義ですね、あの元気な子を一瞬でも困らせるのは楽しいものです。畳みかけていくように営業用の人懐っこい笑顔を浮かべます。
「当店に何か御用ですか?」
「……っ、な、なんでもない!」
「まぁまぁ、せっかくいらしたんですから見ていって下さいよ」
やはり目的は悪口を言いに来ただけの様子。なればこそ、丁寧に接してあげればあげる程に相手はたじろぐのでしょう。手をとり、くいくいと商品を広げてある場所に行こうとしました。
普段は言われたい放題な分、今日こそは。と、密かに普段の鬱憤晴らすべく小さい子を弄んでおります。
やられたらきちんと報復する、これぞ妖怪冥利に尽きるというもの。向こうさんの表情を確かめるべく、目線を上げますと、ぱっと目が合いました。
目線の先には怒りに震えているのか、若干頬を赤くした少年さん。握った手も握り返す力が弱いまま。ついぞ黙ってしまっていたので首を傾げますと、はっとした表情になり、いつもの悪口が飛んで参りました。
「こ、こんな、しょぼい店に用なんてあるかよっ!」
「あっ!?」
とうとう向こうさんの堪忍袋の緒が切れたのか、ぱっと手を振り払い、たったか走り去ってしまわれました。
一瞬で人込みに紛れる小さい背中を見て、少しやり過ぎましたかね……なんてちょっとの後悔が残る一幕。冷静になればムキになってしまい、お騒がせしたな。と周りの人にぺこりぺこりと頭を下げますが、何故だか皆さん優しい反応。むしろ生暖かい笑顔を浮かべる方もいらっしゃって疑問符が浮かばんばかり。
まぁ、周りの方の表情はともかく、我ながら大人げない事をしたものです。と反省しつつも他のお客さんを出迎えます。なんて、そうは言っても、そんな殺到するほどに人気がある訳でもなく、まばらな人と話したり時には買ってもらったりしているだけ。そんなのんびりとした時間を楽しんでいると、小さい影再び。
先程の少年が、少し離れた場所で、ちらちらこちらの様子を伺っては行ったり来たり。あからさまにこちらを気にしておりました。
こちらも先程の一件が気になっていたのもあり、つい目で追ってしまいます。すっーと追っていると、先程の様に目があってしまいました。
目が合った瞬間、弾けるように駆けだそうとする少年に、呼び止める私。僅差で私の声が早かったのか、ぴたりと止まる足。そしてそのままこちらへ来てくださいました。
先程の元気何処へやら、しずしずと来る姿に本当にやり過ぎてしまったな、と反省する私。謝ろうかと口を開きかけると、少年さんが先に口を開いてしまいました。
「……ごめんなさい」
「へ?」
出てきたのは私が口に出そうとした謝罪の言葉。まさか向こうから飛んでくるとは思わず、つい情けない声を出してしまいます。
そんな私の様子なんて気にせずに、おずおずと少年は続けました。
「だって、おこってるでしょ? 普段あんな事言わないし」
「あー」
確かに、普段は言い返したり、言い返さなかったりの応酬。ましてや、営業用の顔なんて浮かべませんでしたね。そういった点をしっかり捉えてくるあたり、子供は鋭いというかなんというか。見ていて飽きないものです。
さて、怖がらせたままというのも悪くはありませんが、訂正しておくことにしておきましょう。
出来るだけ優しい口調で、少年を諭します。
「確かに悪ふざけが過ぎていたかもしれませんね、ごめんなさい。……しかし、私ならいいですが、女の子にそんな乱暴な言葉遣いはいけませんよ? 結構傷つく事もあるのですよ?」
「……うん。気を付ける」
「いい子です」
まぁ、そういって頭を撫でてあげました。……ちょっと背伸びをしたのは内緒です。
向こうも向こうで神妙な表情でされるがまま。根は素直さんなんですね、さすが上白沢先生の教え子さんです。と感心しつつ手を離します。
名残惜しそうな表情を一瞬見せた少年さん。なにやらごそごそとたもとを漁り、何かを取り出しました。
「これ、やるよ」
「これは……櫛?」
「さっきたまたま売ってたから。ちょうど良いから袖ちゃんにあげる」
ぷい、とそっぽを向く少年さん。つまるところ、これは仲直りの印に、といった感じですかね。結局素直になれない所含めてなんとも可愛い子ですね。
そんなほのぼのとしつつ、貰った櫛を眺めます。べっこう色の綺麗な櫛。混ざり合ったような文様が目の前の少年さん心情を映していいるようでもありました。
しかし、櫛ですか。なかなか面白い物を選んできたというか、なんというか。本人にはそういう気持ちは無いのでしょうが、なんとなく嬉しくなるのも事実。しっかりと胸に抱き留めてお礼を一言。
「ありがとうございます。大事に、しますね」
ふっと顔が緩むのが分かります。嬉しい気分にひたりつつ少年を見ると、何故だか顔が赤くなっておりぶんぶん頭を振っておりました。何がしたいのかは分かりませんでしたが、満足したのか頭を振り終わると、ぱっと踵を返し駆けだしていきました。
「じゃ、じゃあな! ……たまには寺子屋に来いよ! 袖ちゃん」
「え、あ、はい」
確かに最近は色々とあってご無沙汰だったかもと思い返している内に、少年は去っていってしまいました。
もう少しゆっくりしても良かったのに、なんて思いつつも櫛を眺めました。太陽が透ける綺麗な櫛が全てを物語っていたような、そうでないようなそんな気分。
何はともあれ、里の子たちも元気で何より。やはり子供は宝物。これからも密やかに見守っていかねばなりません。迷ったら道位は教えてあげられるように、用意せねばなりませんね。
さて、そんな午前中を過ごしていたら、あっという間に太陽登りお昼頃。
当たり前ですが、皆さんお昼時と、一度引いていかれました。といった訳で、色々ございましたが、私も出張所を一旦畳み、お散歩がてら色々見て回ることに致しました。
まばらになったとはいえ、活気は健在。ちょっと歩けばいらっしゃいと呼び掛ける声に、ひょいひょいと招かれる手の数々。なかなか面白いものもあり自然と顔がほころびます。中には付喪神が宿りそうな道具もあり、もしかしたらお仲間が生まれるかもなんて、想像巡らせつつ店回り。
さてさて、人通り少なくなり、視界の通しも良くなったそんな中、よく通る男の声が市に響き渡りました。
「ふざけんな!」
「おいおい、私たちは何もしてないよ?」
なにやら何処かで言い争っている様子。これは穏やかじゃないぞ、と近寄ってみれば見知らぬ男に、見知ったお顔。屋台越しに言い争っていたようです。
しかしながら、もう、お話はあらかた終わっていたのか、男の方は諦めたように去っていきました。
ちらりと、もう一方に目を向けるとやれやれ、とばかりにかぶりを振る女の姿。緑帽子が特徴的です。そんな見知った方のお顔を、先程から見つめておりました所。向こうもこちらに気づきました。
青い髪を二つに分け、その上に緑色のお帽子。青いわんぴーすの上に、前掛けつけて作業の格好。いつも背負っていらっしゃる大きな背嚢は脇へと置いてありました。
そんな川の妖怪こと、河童の河城にとりさんはこちらへ声を掛けて来ます。
「おや、盟友じゃないか。こんなところで何やってるんだい?」
「私はこの市に物を売りにきたのですよ。にとりさんもですか」
「あー、まぁだいたいそんな感じだよ」
あはは、と明らかにごまかすような笑いを浮かべる河童さん。まぁ、妖怪業にいそしんでいるようで何よりですね。
さて、このにとりさんに盟友呼ばわりなんてされている私でございますが、実はきちんとした理由がございます。
河童といえば、だいたいの方は知っていらっしゃるでしょう。河太郎と呼ばれていたり、何やら平家の落人が化けた姿であったりと、伝承様々。そんな広く生活圏を構えていた為か河童の伝承は、袖引き小僧の伝承残る埼玉の地にもございます。
まぁ、伝承があるということは実際に居たのですよ。実際に私も出会い交流を持ちました。流石に、河童の国に招待される。なんて洒落た小説みたいな事態にはなりませんでしたが。
何はともあれ、妖怪なんて出会って酒飲めばだいたいお友達。というくらいにあっけらかんとしている方ばかり。例に漏れず、私も河童さんと仲良くなりました。
そんな河童さんのお話が伝わっていたのか、あるいは気さくだったのか。目の前のにとりさんからは、ほぼ初対面の状態から、盟友なんて呼称をしてくださっております。
そんなにとりさん。今回は怪しいというか、妖しいくじ引きをやっておりました。ひもを引っ張るくじ引きにございまして、大当たりからはずれまで、その糸の先に結わえ付けられているようです。
しかし紐がいっぱいあるわ、明らかにつながってなさそうな景品はあるわ、とかなり怪しめな仕様。
そんな怪しいくじ引きをまじまじと見ておりますと、にとりさんから声が掛けられます。
「やってくかい?」
「……まぁ、一回だけなら」
まぁ、結果はだいたい分かっておりますが、物は試しと一回だけ挑戦します。懐から料金を手渡しどの紐かじっくり吟味します。
「ところで、なんでさっきの男性は怒っていたのですか?」
「んー? あぁ、十回もやって当たりが出ないなんておかしい。だってさ。運がないだけなのに笑っちゃうよね」
「運がないだけ、ですか……」
そんな話聞き流しつつ、紐に集中。
さて、引くのならばやはり私。とおみくじやら、くじ引きやらやる機会がなかったというか、やらなかった私でございますが、こういったものには大層自信がございます。
これこそ当たり、というものに目星をつけて、えい、と引っ張りました。確かな重みが伝わってきて奥の方にあった景品が揺れておりました。紐の先には三等と書かれた商品。
「あっ……あ、当たり」
「ふふふ、当たっちゃいました」
にとりさんが、あんぐりと口を開け驚き顔をこれでもか、と晒しておりました。そんな顔楽しく、つい笑ってしまいます。
まぁ、しかしながら三等ですか……一等を狙うつもりで引いた筈。分かってはおりましたが、ちょっと悪質な様な気もします。
騙される方が悪いと言えばそれまでなのですが、本日は皆さん市を楽しんでおられます。そんな中に水を差したくないなー、と考えてしまいます。
どうするかと考えている内に、向こうも向こうでこっちの余裕さを訝しんだのか、疑り深い表情で此方に言葉を発しました。
「まさか、能力を使ってないだろうねぇ?」
「え? 嫌ですねぇ。ただ
「む、むむむ……」
先ほど言っていた言葉をそのまま返し、さらに追い打ち。一転してにとりさんは渋い顔に。
我ながら性格悪いな。なんて思いますが、物を贈られてしまった以上、本日は人間様の味方。少しばかり市が楽しくなれるように、花を添えてみましょうか。といった気分で挑む私。出来るだけ笑顔を浮かべ、不敵な表情を維持します。
向こうは向こうで、訝しんだ表情のまま両者にらめっこ。
結局、私の意気込みにたじろいだのか、それとも諦めたのか、にとりさんは両手を上げて降参の格好。半ばやけくそ気味に声を上げました。
「あー分かった。分かったから。私の負け!!」
「分かってくれたのなら良かったです。商品はお返ししますね」
「あ、返してくれるんだ……」
もともと意趣返しのためのズルでしたから、あまり惜しくもないような商品。それをにとりさんに渡しました。 その行動は、予想外だったらしく。本日二回目の驚いた顔。……本日は吃驚が美味しいですね。
怒りの矛先の向け道がなくなったのか、にとりさんは机につっぷし、拗ねたような表情を浮かべます。
「でもさーこんな手に引っかかる方が悪くない?」
「えぇ、それはまぁ確かに」
「だから私は悪くない!」
「けれど、一等くらい真面目にくじ引きに組み込みましょうよー」
ちなみに、幻の一等の内容はきゅうり一年分。当たって嬉しいかどうかは当てた人次第ですが、河童さんの方々はこれ以上に貴重な物はないという感じなのでしょうか。
それはさておき、にとりさんは、うっと言葉に詰まり。結局大きなため息一つ。
「分かったよ、くじ引きに当たりをちゃんと入れるよ……だからもう、うちのくじ引きを荒らさないでおくれよ?」
「はい、分かりました」
心のなかでやった、と喜びつつも、表情は極めて平静に取り繕い返答します。今回の口論は私の勝ち。向こうもしずしずと従って下さいます。
うぅぅ、今日は厄日だぁ、なんてにとりさんのぼやきを聞きつつ、くじ引きの不正が正されるところを見ておりました。
とりあえず一件落着とばかりに胸を撫で下しました。今回は上手い事一杯食わせましたが、本来でしたらこうはいきません。お互いに、したたかに生きているつもりですし。向こうは組織力も技術力もございます。たまたま知り合いであり、話の多少分かる方であったからこそ成立したズルですから。
そうそう、話ついでにもう一つ。そんな話の分かるにとりさんに誘われて、妖怪の山に踏み入ったことがございます。まぁ、言うなれば話したくないというか、思い出したくないお話の一つでございます。以前に少し話題に出した天狗さんのお話。
あれも今と同じ様な、こんな時期。いやはや、思い出すだけで背中にじっとりと嫌な汗が絡みついてきそうな程でございます。
時期といたしましては、まだ、お山の上の神様家族の大お引越しも行われる前の頃。妖怪の山も比較的穏やかなそんな時期の事でした。
さて、そんな忘れたいようなそうでないようなお話も、次回の持ち越しといたしましょう。
えぇ、一息に語るのには長いですし、そもそも心の準備がいるのです……
そんなこんなで今回ここまで。
ではでは、