【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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お待たせ致しました。


大脱走だよ 袖引ちゃん

 さて、セミの声が聞こえてくるようなそんな頃。木漏れ日が漏れ、木々に覆われた道を照らす。まだ春の名残が残る風が心地よく吹き抜けていきました。

 まさしく散歩日和。お弁当でもこさえつつぷらぷらと歩けば、非常に楽しい一日になること間違いなし。

 

 

 そんな中を全速力で駆け抜けております。

 

「いたぞ! そこだぁ!」

「うへへへ、おねーさんといいことしましょう!」

 

「ギャーーー」

 

 

 私、韮塚 袖引 逃げ出しております。

 

 

 さて、事の始まりは、河童のにとりさんに妖怪の山には埼玉出身の河童さんがいると聞いた事でございました。

 その時の私は危機感なんてまるで持たずに、では会ってみたいですねぇ。なんてほざいてしまったのが運の尽き。あれよあれよと話が進み、とんとん拍子で妖怪の山に行く事になったのでした。

 

 妖怪の山。その名が示す通り様々な妖怪が住んでいるという、幻想郷に名高き霊峰。

 動物、妖怪、神に仙人。様々な方が主張し合いつつ縄張りを持っているとかいないとか。中でも有名なのは天狗さん。私の知り合いこと射命丸様もその一族。新聞を売り歩いていらしたりと、色々と幻想郷でも活躍なさっている方たちですね。あわよくば普段お世話になっている分挨拶出来たらなー、とかぼんやりと考えておりました。

 

 普段妖怪の山になんて滅多に訪れませんが、それでも山菜とりや紅葉を眺めに訪れたりと、機会がないという事でもありません。そういう時は決まって麓を探索します。

 なぜなら、妖怪の山というのはお互いに縄張り意識が強く、特に中腹以上は天狗の領域とされております。ですので人里でも山菜を取りにいくとなった時は麓から中腹まで。道すがらある、かなり古くからある古い杉を超えてはならないとされております。

 杉超えて数歩あるきゃ天狗の餌。天狗の領域に踏み込んだのなら、食べられても文句は言えない。なんて文句が人里の中での共通認識です。

 

 そんな危険性を孕んでいることが分かっていても、普段の射命丸様を見ていた事や、あんまりにもにとりさんとのやり取りがとんとんで進んでしまった為、断るに断れない。そんな空気が出来てしまったのです。

 

 

 さて、そんな事を感じつつも山の中。強くなってきた日よけに傘被りまして、てくてく歩き、時には空を飛び、あっという間に中腹へと辿り着きました。

 人里の間では、実は妖怪なんじゃないか、とまことしやかに囁かれる杉の大樹がどんどんと迫り、気を引き締めます。

 

「さて、そろそろだね」

 

 そんな事を言いつつもにとりさんは私を上から下まで、じぃと眺めました。

 

「あの……何か?」

「うーん、まぁ大丈夫かな? ぎりぎりストライクゾーン外れてるでしょ」

「へ?」

 

 いきなりな言葉に目を白黒させていると、こっちの話。と、にとりさんは軽く返し、先へ行ってしまいました。ちょっと、どういうことです? なんて聞きつつ、わたわたついていきます。

 いつの間にか人の手が入ったらしき跡も少なくなり、辛うじて道と呼べるものをたすたすと辿っております。天狗様の監視下にあるこの霊山。空を飛んでひとっとび、という訳にも参りません。

 我々下々のものはこそこそとしながら徒歩で辿るのが正しいらしいです。

 

 さて、そんなうららかな陽気と、夏の足音の中間な空気を楽しみつつ歩いておりました所。気がつけば、杉の木のすぐ隣。

 太い根っこが道を遮るように生えており、どっしりとした杉が私たちを監視するように見下ろしておりました。あいも変わらず大きい木だな、なんて感想を抱きながら眺めておりますと、にとりさんがおもむろに振り返り、顔がこちらに向きました。

 

「さて、この奥だね。まぁ、私の後ろを離れなきゃ大丈夫だよ。たぶん」

「たぶん……? いえ、よろしくお願いします」

「はいはいよっと」

 

 根っこを飛び越え、ずんずん先へ進んでいくにとりさん。私もそれに続きます。

 

 一歩踏み入れると、背中が凍り付きました。

 

 誰かの視線がじっとりと這っている様な、見られている様な感覚。生存本能が嫌が応でも警鐘を鳴らす。見えない手が首をすっと撫でる様な……

 不穏な空気を感じとり、周りを見渡します。すると、遠くからはばたくような音。鳥にしては大きいようなと思っていますと、にとりさんが、ぽつりと言葉を漏らしました。

 

「なんで、今日に限って……」

「にとりさん? どうかしたんですか?」

「簡単にいうと、ヤバイかも……?」

 

 緊張の色を滲ませたにとりさんの声を聞き、再び顔を正面に戻します。すると、地面から生えてきたかのように一瞬にして、黒羽生やした天狗様が正面から我々を見下ろしておりました。

 黒羽に黒髪。射命丸様よりもだいぶ髪が長い彼女。普段の射命丸様とは大幅に違っておりました。

 雰囲気は剣呑そのもの。刀携え、今にも斬りかかってきてもおかしくないようなそんな空気。

 そしてカラスを彷彿とする鋭い目が二つ。きりりと締まった目つきは、嫌が応でもこちらが捕食される側だと知らしめているようで、ぴリぴりとした威圧感が肌を焼いていきます。

 

「河童か、その後ろのは何者だ?」

「わ、私の知人です」

 

 怯えた表情を見せるにとりさん。それもそのはず。ぴしりとした氷の様な目つきがにとりさんを捉えており、いかにも怒っています、といった表情。

 言葉を聞くや否や、嘲るような目に様変わり。見下したような態度をとります。

 

「知人? いつからここは規則が緩くなったのだ?」

「ひゅい!?」

 

 にとりさんがびくりと肩を飛び上がらせ、こちらへ二、三歩あとずさって来ます。すると、くすり、くすりと木々の間から嘲笑のような声が聞こえて来ました。

 その声にびくりとしつつ辺りを伺うと、幾人かの人の気配が感じられます。いつの間にか囲まれている様子。私もにとりさん同様に、たらりと冷や汗が流れ出ます。

 なんとも嫌な空気です。にとりさんは大丈夫だと言っておりましたが、退散も視野に入れつつ、じりじりとあとずさりを始めます。

 

 そんな動作に気づかれたのか、くるりとこちらに目線が向きます。

 

「ところで、その知人さんはどんな顔をしているのだ? こっちに見せろ」

 

 こっちに注目が向いた事を悟り、ぴしりと固まります。その緊張感たるや凄まじく、心臓を鷲掴みにされているような心持ちでした。

 天狗はそもそも高慢な方々だとよく聞きますが、普段の射命丸様を見ていて半身半疑な噂でございましたが、これではっきりと致しました。

 間違いなく高慢な方たちです。だって今、私に狙いを定めてどういたぶってやろうかと思案している目ですもん!  

 そんな態度、こちらからしてみれば恐怖以外の何物でもありません。下手に動くことが出来ずにまな板の鯉が如く固まっておりますと、天狗様が持っていた杖で私の編み傘をくいっと跳ね上げました。

 

「さて、その貧相な顔立ちを──え? 嘘? かわっ」

「かわ?」

 

 なにやら、傘をはがした瞬間に森がざわつき始め、目の前の天狗様も口を抑えてしまいます。いったいどうした事かとにとりさんの方に向くと、あーと呆れたような声を出すにとりさんが映るばかり。しかも、にとりさん何かを思いついた動作をしたのちに、天狗様に耳打ちをしました。

 

 すると一言。

 

「うむ、知人でもいいわ。というよりも歓迎します。ようこそ天狗の領地へ」

「へ? あの……へ?」

 

 突然の事態の変化について行けずに、一人取り残されますが、いいからと、にとりさんが腕を引っ張り、ぐいぐいと先へ行ってしまいます。あの、と疑問投げかけても無視されるばかり。どんどん先へ行ってしまうので転ばないようについていく間際、くるりと後ろ振り向けば、なにやら指示を出している天狗様の姿。全く事態が飲み込めずに、事態も道も進んでいきました。

 

 さて、とりあえず窮地を抜けた私たち。牛に釣られてならぬ、河童に引かれて綺麗な沢へ。木々が開け、一気に光の奔流が私たちを包みます。眩しさに目を瞑り、暗闇へ。そして再び戻ってくると、そこには青空が地面にも広がっており、ときおり光を反射しつつ飛沫が舞います。

 ちょろちょろと水が流れる音と、澄んだ水場の香り。まさしく幻想的な沢が眼前に広がっておりました。

 

 

「ふぅ、ここまでくれば安心かな?」

 

 感嘆の息をほう、と漏らしていると、にとりさんが汗をぬぐうような動作。そんな動作に安心しつつ私も肩の力を抜いていきます。

 そんなお互いにホッとした所で先程から気になっていた事を問いかけます。

 

「しかし、よくあの場面を切り抜けられましたね」

「あーそれはね」

 

 困ったようなにとりさん。頭をぽりぽり掻きつつ真相を話して下さいました。

 

 天狗は、外の世界ではもともと衆道の気、つまりは男色の気があったという伝説がございます。それも、天狗様はもともと山伏の姿をしている為に、男の方の印象が多くございます。

 そして天狗とは人さらい、あるいは神隠しと切っても切れぬ関係。中でも子供が多く攫われてしまうことが多くございました。

 まぁ、そんな事ですから男の子が攫われる事も多くあり、性的な目的で攫っているんだ、なんて下卑た話もちらほら。妖怪とはそんなあやふやな印象に影響を受けてしまうものでして、あながち間違いでもないという性質になってしまいました。

 

 さて、場所変わり幻想郷。こちらには多くの女の天狗様がいらっしゃいます。私も初めて天狗もとい、射命丸様に出会ったときは大層驚きましたし、女性が多いと聞いて腰を抜かさんばかりでございました。

 そんな女社会こと天狗社会。同性愛の伝承のこる天狗様でございますから、女性なってしまえば当然好みもそのまま反転致します。

 

 つまるところ天狗様は、私の様な、いえ、認めたくはありませんが、私の様な小さい女の子が大の好物だと、にとりさんから聞きました。

 

 ……え?

 

「あの、つまり私がダシに使われたと?」

「本当にごめんっ!!」

 

 恐る恐る聞いてみますと、にとりさん、深々と謝ります。あれしか無かったんだと悔しさを滲ませたような声を聞いてしまったら許さない訳にもいきません。

 不承不承ながら許しますと、にとりさんは流石盟友と調子の良い事を言っておりました。……ちらりと見えた笑みは気のせいでしょう、きっとたぶん。

 そんな悪い笑みを浮かべたような、浮かべてないようなにとりさん。先程の事はけろっと忘れ、沢を案内してくださいました。私も、なんとかなるの思考の元に、天狗様のことは、ぽいと忘れ、沢を楽しみます。どうやら皆さん歓迎してくださっているみたいで、嬉しい限り。

 

 同郷の河童さんとのお話、河童の技術力。水の掛け合いからのずぶ濡れになって服を乾かす機械に触ったことなど様々です。綺麗な風景楽しみつつ、懐かしくもあり、新しくもある素敵な場所。頭の片隅に追いやっていた天狗様の案件がすぽん、と抜けてしまう程に素敵なひと時でございました。

 

「さて、そろそろ下山の頃かな?」

 

 なんてにとりさんの言葉ともに、現実に引き戻された私。気が付けば高く登り切った日がそろそろ落ち始めるころ。暗くなってしまう前に、帰りましょうと沢から帰ろうとすると。にとりさんに何かを手渡されます。

 

「はい、光学迷彩だよ」

「こうがくめいさい? なんですそれ?」

「天狗の目から逃れるのに必要なもの」

「天狗……? あ」

「まさか、忘れてた?」

「い、いやいやいや、忘れるわけありませんよ! 覚えていましたとも!」

「……まぁ、いいや」

 

 そんな感じでなんとかごまかす事に成功した私。楽しすぎて忘れるなんてまるで子供みたいな事、バレる訳にはいきませんからねっ! ……バレてませんよね?

 さて、それは一旦さておき、重要なのは手元にある球状のもの。にとりさんの説明によりますと、なにやら周りの景色と同化できる機械のようで、疑似的ではありますが、他者から見えなくするものだそうです。

 激しく懐疑的ではございますが、目の前で消えられてしまっては信じるしかございません。……河童さんおそるべしです。

 

 そんな、こうがくめいさいさん。何やら使い捨てなようで、一定時間超えると壊れる仕様だそうです。しかも足音やら気配やらは消せないと色々と穴があるもの。

 しかしながら、そういった気遣いは嬉しいもので自然と頬が緩みます。球体状のものを弄びつつ、すいっちと呼ばれる凹みに指を掛けます。

 ちなみに、さっきのにとりさんが天狗さんに耳打ちしたのは、帰り道は私たちは同行しないというもの。つまるところ私は一人で下山しつつ、天狗様から逃れなければなりません。

 

「本当に一人で大丈夫?」

「えぇ、これでも()()()()()()()()()()()

 

 心配そうなにとりさんの顔を見つつ、こう返します。

 実際、何故かは分かりませんが、道に迷う事はほとんどありません。それこそ神がかり的に道に関しては強いのです。

 ですから、天狗様から逃れることが出来れば此度は私の勝利です。しかしこちらには最新器具。そして、道に強い私。負けるはずがございません。

 

 名残惜しさものこりますが、沢から離れ森に入ると、あちこちに何かの気配。私は息を殺しつつ、すいっちを作動させます。緊張の一瞬。極力音を立てぬように、そろりそろりと森を抜けていきます。

 

 

 そんなわけで、天狗様と私のかくれんぼが始まったのです。

 

 

「い、いやぁぁぁぁあぁぁ」

「待ちなさーい! 大丈夫、痛いのは最初だけだから! すぐに良い所までつれて行ってあげるから!」

「ズルいぞ! あれは私のものだ。何故なら最初に私が傘をとったのだからな!!」

 

 背中から追ってくるおぞましい声なんて気にしている余裕もなく、物凄い速度で山を駆け下ります。

 え? こうがくめいさい? あれは、あれです。緊張のあまりぐっと握り込んだら壊れてしまったというか、煙を立ててうんともすんとも言わなくなってしまったのです。

 しかししかし、本当に途中までは順調だったんですよ? 嘘でも誇張でもなく、このまま無事に帰る事ができるのでは? といったそんな状態。迂回を重ねながらも着実に下っていたんです。

 

 しかし、現実は上手く出来ている物で、そうは問屋が卸さなかった。

 先程の入り口にいらっしゃった天狗様と、他の天狗様がひそひそと話している姿を見かけてしまい、先程の光景を思い出してしまいます。

 あの獲物を狙う目、嘲るようにこちらを見下すあの表情。思わず力が入ってしまうのも当然の帰結ではないでしょうか!! いえ、当然の帰結なんです。

 

 どれくらいの規模で私の事が周知されているのかは分かりかねますが、誰にも見つからない方が良いですし、ましてや狙ってる張本人にバレる訳にも行きません。緊張のあまり手からも汗がだらだらと。落とさぬようにぎゅっと握り込みました。

 すると、ぷすんと音を立て球体から煙が上がってきました。何事!? と慌てつつもバレていないかと天狗様の方にむくと。

 ばっちりと目があってしまいました。えぇ、それはもうばっちりと。しかししかし、まさか故障しただなんて露にも思わず。というよりも信じたくなく、そのまま三秒程お互いに固まりました。

 

 ひゅるりと、風が木の葉を運んできた瞬間。見知った方の天狗様が動きます。

 

「い……」

「い?」

 

 阿呆のように聞き返す私。返って来る言葉は当然これ。

 

「いたぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「え? 何、あの子?」

 

「お邪魔しました!!」

 

 ずびし、と指をさされ、もう片方が戸惑う姿を見るか見ないかの内に、ぎゅんと踵を返しそれはもう、放たれた矢のような速度で違う方向から山を駆け下ります。

 もう、なんでこうがくめいさいが壊れたかとか、もう一人ももう一人でお胸があって綺麗な方だったとか、そんな事考えている余裕なんぞありません。とにかく全速力で半ば転がりつつ山を駆け下る。

 振り返っている余裕なんぞございませんが、どうやら追ってくるのは二人のみ。しかし、相手は空駆ける事に関しては最速といってよい程に速い天狗様。じわりじわりと距離を詰められます。

 まさしく、狩るものと狩られるもの。あんまりの恐怖に涙がじわりと浮かびます。

 

 しかし、途中までは順調であった成果が実り、あの杉まであと少し。よく分かりませんんがあの杉を超えてしまえばなんとかなる。そんな直感がございました。

 あと、ちょっと、あと、数間。自然と足も軽やかになります。身体が火だるまのように火照り、ばくばくと心臓が脈打ちます。あと本当に数歩!

 

 しかし、その期待は粉々に砕かれる事になりました。

 

 どすん、と背中に衝撃が走りました。全速力で下っていた勢いが余り、ごろごろごろと草の上に転がりそのまま木に激突してしまいます。

 何にあたったとか、そんなの気にする余裕なんてなく再び立ち上がろうとする私に、どすと何かが覆いかぶさりました。

 

「ふふふ、本当に天狗から逃げられると思っていたならお笑い草だな。楽しかったぞ鬼ごっこ?」

 

 今、世界中の誰より聞きたくない声が頭上から響いてきました。ぞくり、と背筋に冷たいものが駆け抜けます。信じたくない。信じたくないと叫ぶ脳を思い切り否定するかのように、乱暴に仰向けにされ顔をおがまされました。

 見えたのは、やはり先程の天狗。端正な顔立ちが嗜虐的な色に染まり、こちらをなぶる様に眺めまわされます。整っているからこそ嗜虐的なその表情は恐ろしくあり、また、捕食される側だということを強制的に自覚させられます。

 そんな黒髪長髪な天狗さまの後ろから、ひょこっと、もう一人の天狗が出て来ましてにやりと笑みを浮かべました。

 

「へぇ、この娘が。いかにも円佳(まどか)が好きそうな子だわぁ」

「うるさいわよ、凛瑚(りんご)。他のが来る前にさっさと済ませるぞ」

「な、何を……」

 

 得体のしれない恐怖を感じ取り、身じろぎします。しかし円佳と呼ばれた方が、細い体に見合わず、がっちりとした力強さでぴしりと押さえつけており、どうにも出来ません。出来る事をどんどんと奪われ、まるでひたりひたり、と音を立て寄ってくる恐怖を、無理矢理正視させられていくような恐怖があります。

 それでもあきらめきれずに、なかば暴れるように動かそうとしますが、本当に何も動けない。種族の違いをまざまざと見せつけられ、すっと熱が引いていきます。

 

 まずい、まずいと分かっていてもどうにも出来ない。本当に本当にどうしようもありません。脊髄が鷲掴みにされ、恐怖を引きずり出されるようなそんな感覚。

 この時ばかりは素直に思いました。ただただ、「怖い」と。

 

 そして、敢えてゆっくりと近寄ってきた凛瑚と呼ばれた方が、おもむろに服をはぎとり始めました。

 

「え? いやっ!?」

「はいはい大人しくしててねー」

「ちょ、やめっ!」

「大丈夫、おねーさんに任せて」

「やめろって!! 言ってるだろ!!」

 

 恐怖か、或いは怒りか。無理矢理にでも腕を振るい、能力を発動させ引きはがします。能力によって天狗は吹き飛ぶように離れます。

 しかし、それはその場しのぎにしかなりません。ゆらりと天狗は立ち上がると戻ってきました。

 もう一度、能力を発動させんと腕を振るおうとすると、どす、と顔の横に刀が突き立てられます。

 

「大人しくしていろ。大人しくしていれば五体満足で返してやる」

「ひっ……!?」

 

 怒気を含んだその声に、身が縮こまり、声が出なくなります。もう本当にどうしようもない。本当に手詰まりです。

 引きはがした天狗も戻ってきて、不気味な笑みを浮かべました。

 

「ふふ、あー可愛いわ堪らない」

「や、やだ……」

「力の差って悲しいよね……うふふふふ」

「さぁ、早く済ますぞ」

「やだ、やだよう」

 

 もう、本当に事が終わるのが静かに待つのみ。いくら悲しかろうが、これは弱者の定め。むしろ五体満足で帰れる分幸運なのです。そう思い込み、手が伸びてきたところでぎゅっと目を瞑りました。

 手が、布をはぎ、素肌が少しづつ晒される──はずでした。

 天から聞きなれた声が響き、この状況を切り裂きました。

 

「あややや、これは穏やかではありませんねぇ」

「なっ!?」

「え?」

 

 馬乗りにされている二人から動揺が伝わり、ぎゅっと閉じていた目を開けるとそこには見慣れた、本当に懐かしいような天狗様の姿。

 その天狗様は、すっ、と扇子を取り出したかと思うと、目を細め。凛とした声を響かせました。

 

「去れ、それは私のものだ」

 

 

 

 さて、そういった所で、一旦お開き。

 

 危うくみぐるみはがされ、あられもない姿を晒すところでございましたが九死に一生。まさしく天よりの助けがございました。

 

 本当に種族の差は悲しい物ですね。何度も酷い目にあっておりますが、その度に思う事でございます。

 今回ばかりは、本当の本当に恐怖するばかり。まぁ、過ぎてしまえば笑い話ですね。

 

 妖怪が恐怖のあまり涙目なんて、本当にお恥ずかしい限り。今でも思い出すだけで、恥ずかしいあまりに赤面してしまいます。

 

 さて、本当にお恥ずかしい姿を晒してしまい、恥ずかしさのあまり語ってしまいましたが、一旦区切れでございます。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。 




あややは、かっこいい。いいね?

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