【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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大変お待たせ致しました。




朝が来たよ 袖引ちゃん

 夏があり、その次の季節が来る。ゆったりとした雲の流れの中に、何処かせわしなく動いているような掠れ雲を見つけます。

 

 あぁ、季節が変わるのかな、と思いつつものんびりと視界を戻すと、いつものようにふむふむ頷く天狗様。立場上苦手な部分もございますが、全てが嫌いかと言われるというわけでもないそんな相手。そんな射命丸様相手に、永夜についてお話して参りました。

 長々と……いえ、永々とお話してきましたが、気に入って貰えたのでしょうか? まぁ、私なんぞのお話なんてどうでもいい事ではございますが。

 今一度、空を見上げます。たなびく雲の中に盛夏の色と、何処か変化を感じさせるような色。私は先程の雲を探しますが、形が変わってしまったのか再び見つけることは叶いませんでした。

 

 さてさて、そんな変化も感じつつお話致しましょう。永夜の終わり。

 

 

 私、韮塚 袖引 感じております。

 

 

 

「そうか……そうなんだな」

 

 啖呵をきった私に、妹紅さんはふらつく足をバシンと地面に叩きつけます。俯いた顔からはどのような表情をしているのかは伺えず、ただ幽鬼のような声を発します。

 

「分かった。もう、いい」

 

 ──ぞくり。と今まで感じて来なかったような悪寒を感じ、すぐさま飛び退く私。

 

 そこに、すかさず妹紅さんが炎を纏って突っ込んできました。

 

 熱風と、飛び散る土くれ。衝撃に押されるように数歩よろめく私。目の前には静かに激昂する妹紅さん。かつてどこかで赤い炎よりも青い炎の方が温度が高い。なんて、聞いたことがございますが、それを連想させるような静かなる怒りを、ひしひしとこちらにぶつけてきておりました。

 そんな妹紅さん。こちらに視線を向け、たった一言発しました。

 

「死ね」

 

 その言葉を皮切りに、鋭い蹴りをかましてくる妹紅さん。全力で転がるように避け、立ち上がる。しかし、妹紅さんの追い打ちが既に目前に迫っておりました。

 とっさに腕を交差させたものの、まともな形で蹴りを受ける私。威力を殺し切れずに横向きにすっ飛びました。傍から見ると、まるで蹴鞠か何かのようだった事でしょう。

 

 がはっ、だか、ごほっ、だか、とにかく私の身体から空気が漏れる音が聞こえ、意識が遠のきます。しかし、大見得を切った以上は身体だけでなく意識も飛ばす訳にはと、自分を奮起。気合で起き上がります。

 そんな吹っ飛んだ私目掛けて、炎を纏った蹴りを放って来る妹紅さんを何とか回避。直後に地面がはぜる音が聞こえ、ぱらぱらと土くれが弾けました。

 そろそろ月夜で大絶好調の私でも限界が近いのか、目がぼやけ、足元がふらふらとしております。飛んだり跳ねたりを繰り返して、荒くなった息遣いと、ぼろぼろになった着物。蹴られた所はズキズキと悲鳴を上げ、あちこちでこっちが痛い、こっちこそ痛いと身体が争いあってるような状況。

 

 そんな中、ぼやけた視界に映り込むのは、土煙の中の陰影。その緩慢な動きが、激昂していることをひしひしと伝えてきておりました。そんな態度に私は……だんだん腹が立ってきたのです。

 

 ゆらり、と土煙の中から姿を見せる妹紅さん。しかしそんな迫力のある光景すらも目に入りません。えぇ、いいでしょう。言ってやりますよ。言ってやりますとも。私は少しワガママになったんです。いつまでたっても分かってくれない妹紅さんに、この際だから言いたいことを言ってやろうと、私はおもむろに口を開きます。

 

「あーもうっ! 分かりましたよ分かりましたっ! そんなに悲劇の中に居たいならそうすればいいじゃないですかっ! いいです。私が勝手に引っ張り上げればいいんでしょう? やってやりますよ。やってやりますとも!」

「……分かんない奴だな。私はもう、助けて欲しくなんてないんだよ」

「知りませんっ! 私は私のやりたいことをやるんですっ!」

 

 

 私はズキンズキンと叫ぶ身体を無視。そして言ったままの勢いで妹紅さんに飛び掛かり、拳を振るいます。黒焦げにされる覚悟で突っ込んだのですが、何故か妹紅さんは反撃せず、こちらの拳を受け入れました。

 先程の私の様に吹っ飛んでいく妹紅さん。そんな様子にちょっと拍子抜けする私。様変わりした様子に追撃も出来ずに戸惑っていると、ゆっくりと妹紅さんは起き上がりました。

 

 

「……なんだよ、それ」

「これは、私の我が儘です」

「……本当に、本当にお前はなんなんだよ。もう手に入れてるんだよ。お前は私の欲しかった事が、欲しかった物をっ! 私ぐらい見捨ててよ。どうして、どうしてそこまで諦めが悪いっ!?」

 

 激情のような、内心が私目掛けて発されます。それは、私への嫉妬のようで、けどきっと彼女自身の願いも含まれていて。

 そんな思いを受けて私は……やっぱり踏み込みたいなって思ってしまったんです。きっと本当は助けなんて求めていないのでしょう。私が助けるなんて烏滸がましい。彼女は彼女なりに悩んで既に結論を出していたはずです。ただ、まだ、根底ではきっと諦めきれていない。そんな気もするんです。

 きっと今からやるのは、いらぬお節介。だから、でしょうか。もう、限界だと悲鳴をあげる身体から力が溢れてくるのは。人の子に力を貸すというのが、こんなにも滾って来るのは。

 

「私は、まだ諦めてませんよ。だって妹紅さんは──」

「……っ、もう、黙ってくれっ! だまれぇぇぇ!!」

 

 飛ばされる火球。それを最小の動きで躱します。直後にはぜる音と、爆風。ぼろぼろになった着物がはためきました。

 何かに浮かされるように駆け出す身体。それは今までのどんな動きよりも俊敏で、精密。連射される火球を全て紙一重で交わしていき、妹紅さんに肉薄します。

 

 驚いた表情の妹紅さんを連続した北斎漫画のように見ながら、私は腕を振り上げます。直後の衝撃に備えたのか、目を瞑る彼女。

 

 しかし、そんな一瞬は永遠にやってきません。

 

「……え?」

 

 彼女の驚いた声がぽろりと口から漏れる。きっとそれは私の起こした行動がそうさせたのでしょう。

 

 肉薄した直後、私は、妹紅さんを柔らかく抱きしめたのでした。

 

「大丈夫です。妹紅さん」

 

 私の起こした行動があまりにも意外だったのか、声を発さない妹紅さん。ちょっと身長差のせいで見上げる形になってしまっていますが、ともかくとして、妹紅さんに向け、私も思いの丈を吐き出します。

 

「私だって凹むことが何度だってありました。だって不器用ですもん私。……けど、それでも、私は何とかやってこれたんです。だって私は人の子が大好きで、とてもとても大好きで。だから、諦められなかったんです」

「わ、私は──」

「大丈夫ですよ、分かってます。色々とまだ諦めきれてないんですよね。だけど、それが難しいのも理解している。そう、ですよね」

 

 妹紅さんは何も答えられないのか、弱々しく首を振るのみ。頭上にて煌煌と輝く月光が、彼女の目の端に光を残しました。

 少し背伸びをして、彼女の髪を手櫛で梳いていきます。

 

「大丈夫です。妹紅さんは私よりもずっと強くて、ずっと頭がいいですから。きっといい方法が見つかると思います」

「でも、私は……もう」

「安心して下さい。しばらくは私もいるんです。上白沢様だって。だから、皆でいい方法を考えましょう。だから……無暗に傷つくのはやめて下さい。私、妹紅さんが傷つくのは悲しいんです」

 

 しっかりと目を見て、言葉を選んで伝えていく思いの一つ一つ。伝わるでしょうか? ちょっと不安です。けれど、やっぱり伝えるには私にはこの方法しかなくて、だからこそ一所懸命に言葉を紡ぎます。

 

 気が付くと、肩にぽたりと熱い雫がぽたり、ぽたりと落ちてきていました。

 

「……っ、あのね……わたし、ね」

 

 少しだけ、普段では見せないような表情を見せる妹紅さん。けど、今のお顔も妹紅さんの一面の一つ。大事にしてあげたいですよね。

 ずっと溜め込んで来たお話を聞く私。すると、いつの間にか離れていたのか、パタパタと遠くからやってくる複数人の足音。それに合わせて、へなへなと力が抜けていくあちらこちら。本当は蹴りやら爆風をまともに喰らっていたり、そもそもフラン様と弾幕ごっこしていたりと、体力的にはかなり無理がございました。

 抱き返される感触を感じつつ、ふっと離れる意識をどうにか繋ぎとめる私。なんだかこの後、妹紅さんがちょっと大変な事になりそうな、ならなさそうな。

 

「あ、あのですね、妹紅さん」

「っ……何……袖ちゃん?」

「そろそろ、泣き、止まないと」

 

 ふらふら、へなへなと地面に座り込む私。そんな様子と周りの様子を見て何かに気づいたのか、はっとした妹紅さん。けれど、時すでに遅しだったのか、到着した気配。

 しかし、私はその結末を最後まで見ることが出来ず、フラン様の声が聞こえたのを最後に、ふっと私の記憶が途切れました。

 

 

 

 さて、戻って参りまして、話し込んでしまったのか日はすでに傾きかけ。夕焼けの相を呈しております。夕焼けに映える黒い翼を軽く揺らし、楽しそうに筆を進める天狗様。

 

「ほうほう、そんな流れだったんですね」

「えぇ、そんな流れでした」

「ちなみに、なんですけど。結局気絶したあなたは誰に運ばれたんです?」

「それが……」

「それが?」

「分からないんです」

 

 ひとつだけ、ひとつだけ嘘を吐きました。分からない訳ではなく、更に言えば誰かも分かっていました。ただ、この先で起こそうとしている事がバレてしまいそうで、だから口をつぐみました。

 天狗様は一瞬だけ目を細めた後、にっこりと笑顔を浮かべます。

 

 ありがとうございました。また、近い内に伺いますね。

 

 それと、黒い羽根を何枚が地面に残し、射命丸様は去って行かれました。

 夕暮れの中、溶け込む黒。それを見送った後、私は当初の目的地であった竹林を目指します。今回の目的は時間潰しでございましたが、少しだけ目的を変更。夜にならない内にと急ぎます。

 

 夕暮れ空は夜を巻き込んで、境界を曖昧に混ぜ込む。その黄昏色が私の足元へと伸びてくる。それはゆったりと緩慢に、けれど、急速に夜へと変わっていくのでした。

 

 

 ──これは、私の根底にあるもので、紛れもなく私の一つ。それは異変の終わった朝に。

 

 

 記憶の途絶から帰還。つまるところ目が覚めると、何故か自室の布団にいた私。身体の節々さることながら隅々まで痛みを感じる有様でございましたが、なんとか生きているようで一安心。

 いつの間にかお日様も昇り、またしても気絶している間に異変が終わった事を知らせておりました。異変中にぼろぼろになった着物は、何故か洋装っぽく改造されつつも修繕され枕元に。そして何故か寝巻に着替えていた私はくるりと自室内を見渡しました。

 

 すると、見覚えのあるめいど服が視界に入ります。ふりふりなめいどさんこと。咲夜さんが水を運んでくださってる最中。

 こちらの様子に気が付くと、ふっと微笑む咲夜さん。

 

「あら。お目覚めですか?」

「えぇ、それなりにいい目覚めです。身体が痛い事を除けば」

「それは結構。生きている証拠ね」

「もう少し、穏やかな証が欲しかったです……」

「諦めなさい」

 

 けが人の言葉を一刀両断に切り捨てるめいどさん。なかなか切れ味の良い刃物を持ち歩いているようで思わずいじける私。

 そんな私に構わずに、慣れた調子で色々と世話して下さる咲夜さん。そんな咲夜さんに事の顛末を聞いてみますと……

 

「収拾がつかなくなりそうでしたので、置いてきたわ」

 

 と、すまし顔。結局、あの夜の終わりの方に何があったのかとか、そういった事は聞かずじまい。聞かない方がいいわと言われそのままに。私の身体も燃える事無く、顛末聞けず、色々と不完全燃焼ではございますが異変は終わりを告げたのでした。

 

 そう言えばと、布団の上で身体を動かしてみました。やはりというかなんというか、感じていた力の増加も鳴りを潜め、いつものちんちくりんに戻っておりました。

 ぱたり、ともう一度布団に寝転びます。台所とは別方向を向きつつ……いや、意図的に咲夜さんの方を見ないようにして。

 

 あの夜、フラン様、妹紅さん相手に発したあの力。はっきりと見えていた道筋。そして、感じていた感情と、それの結果。回避のみに使っていましたが、あれはきっと……

 

「……咲夜さん」

「なに」

「もし私が、死に関係する力をもっていたとしたら……驚きます?」

 

 なんでもないように、いとも平静を装ったように質問を投げかけます。きっとまだ拒絶は怖くて、でも少しだけ進まないと妹紅さんに何にも言えなくなってしまう。だからこそちょっとだけ歩を進めてみたのでした。

 

 畳を軽く踏みながら歩く音が間近まで近づきます。それと同時に彼女を象徴するような紅茶の香りが鼻をくすぐりました。

 お盆を枕元に置かれる気配。そして、衣擦れの音と共に咲夜さんが座った気配を感じました。

 

「私はお嬢様のメイドですわ。それ以上でもそれ以下でもありません」

「それは──」

 

 私はやはりどうでもいい存在だということ、と問おうとしたところで、けど、と咲夜さんが私の言葉を遮りました。

 

「袖引さんとは、同じお嬢様に振り回される者同士。これからも仲良くしていきたいですわ」

 

 完璧な笑顔と共に贈られる、その言葉。そんな完璧な対応に強張っていた肩の力も抜け、へなへなとしてしまいます。

 参ったとばかりに顔を向け、ちょっとむくれる私。

 

「相変わらず咲夜さんは完璧で瀟洒な従者さんです……」

「光栄ですわ」

 

 そんな形で締めくくられた異変の終わり。

 私の力の奥底がちょっと分かってきて、それはまだ一端で。遠い遠い記憶の中のあれは誰なのか。そんなことも、まだ分かっておりません。

 真っ暗な夜道に差す一筋の月光のように、端が見えた今回の異変。全貌が明かされるにもそうは遠くない。そんな永夜でございました。

 

 

 

 さて、現在竹林の前。妹紅さんの家にたどり着くにはそう遠くはございません。けれど、それだけではつまらない。たまには遊びを入れましょう。

 ということで、少し迂回をば。裏手に回り込むようにして竹林の藪を掻き分けます。ガサゴソガサゴソと草履で踏み分け、ずんずん進みます。

 さっそく見えましたは、妹紅さんのお家。以前に修復を手伝い、ちょっとはマシに見えなくもない家の裏手の方。そこの勝手口から侵入して驚かせてみせましょう。

 

 と、息巻いておりましたら、後ろから声が掛かります。

 

「何やってんの?」

「うひゃい!?」

 

 びっくりして尻もち。そのまま後ろに首だけ回すと、見慣れたもんぺの姿。まさか竹藪の中から妹紅さんが出てくるとは思わず、驚かせようとした対象にまんまと驚かされる私。まさかまさかの事態に慌てふためき、上手く言葉が出てまいりません。以前は上手くいったのにと脳裏に過りますが、それはそれ、あれはあれ。とりあえず出す言葉を選んでいると、妹紅さんが手を差し伸べて下さいました。

 

「また、うしろめたい事でもあった?」

 

 以前もあったよね? と声を掛けて下さる妹紅さん。

 

 そう。異変が終わり、妹紅さんに挨拶と謝りに赴いた際にこっちの道を使ったのでした。その時は成功し、驚かせつつ謝罪するという珍妙な事が起きました。それはそれで面白いのですが、まぁ、そのお話はまたの機会。

 とりあえず手を掴み、ぐいと起こされます。

 

「ありがとうございます」

「とりあえず入んなよ」

 

 家に入り、以前持ち込んだ湯飲みで一息つく。何にも持ってきていない事を詫びると、いいよいいよと返す妹紅さん。

 コロコロと鈴虫が聞こえて来そうな夜の中、灯した蝋燭がゆらりゆらり。

 

 お互いに言葉少なくお茶を啜り、ついでにご飯のご相伴に預かりました。

 茶碗を置き合った所で、妹紅さんが空気に切れ込みを入れました。

 

「さて、そろそろいい?」

「はい」

「今日は何しにきたの? 別に遊びに来た、とかでもいいんだけどさ」

 

 遊びにきたでもいいと言ったのは妹紅さんなりの優しさでしょう。何かあると察してくれて話したくないなら話さなくてもいいという表れ。

 そんな表現にありがたみを感じつつ、手に持っていた湯飲みを置きました。うすぼんやりと揺れる炎に影されて、私はついに本題に入りました。

 

 

 

「妹紅さん。私の我儘を聞いてくださいますか?」

 

 

 

 さて、そんな訳で異変は終わり。長々した夜も明け、ついに私の変化も顕著になってまいりました。

 

 そんな事が起きていても、幻想郷はあいも変わらずに存在し続けております。今日も、明日も。

 

 さてさて、そんな訳で今回ここまで。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 

 

 今日と明日の境界と……それと、ただの私の我が儘です。だから──




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