【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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うつろう花の異変と、過去のお話 弐

「あんまり混乱させるものではありませんよ、小町」

 

 凛とした声が曼珠沙華を揺らします。

 駄々をこねる私と、きっと困っていただろう小町さんに助け船を出した方。その方は緑の髪と、特徴的な帽子と道具をもっているお方。

 

「こんにちは、韮塚袖引さん。小町がご迷惑をおかけしましたね」

 

 思わず固まっていた私を引っ張り上げました。そして面と向かってこう告げられます。

 

「私は、四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷の閻魔です」

 

 彼女の助け船に乗りながら、私は曼珠沙華ひしめく裁判所へと招かれたのでした。

 

 

 

 私、韮塚袖引 裁かれております。

 

 

「さて、だいたいの事情は状況を見れば分かりますが……」

 

 ちらりと小町さんを見遣ります。

 

「小町、あなたは少し直接的すぎる。確かに結果を求め、対応を素早くすることもまた大切です。しかし、それだけでは届かないものもあるのです。貴女はきっと彼女が受け入れてくれると信じてやったことでしょうが、私が要注意と言ったのは彼女の現状を含めて言ったのです。善は急げとはいいますが、全て急ぐ事が善とも限りません。遠回りする事で逆に目的に近づくこともあります。分かりますね?」

「急がば回れってやつですね。分かります」

「よろしい。ただ、貴女が真面目に仕事をして返って来た結果です。裏面に出たものの決して悪い事ではありません。よく、やりました」

「いやー、そんな。ほら、それよりも袖引ちゃん待ってますよ?」

 

 突然飛び出た説教に目をぱちくりさせていると、照れた小町さんが私の方を促す。

 閻魔様は、まぁ、いいでしょうと、咳払いを一つ。そしてこちらに向き直りました。

 

 

「さて、袖引さん。あなたには色々と言いたい事もありますが、まず一つ。うちの小町がご迷惑をお掛けしました。もともと私が見て回るつもりでしたが、まさか小町がこんなにも精力的に務めているとは思いませんでした」

 

 後ろに立つ小町さんに視線を送ると、偶然とは言えないなぁ。みたいにそっぽを向く仕草。

 再び視線を戻すと、四季様は真っ直ぐ見つめ返してきます。

 

「あえて名前で呼びましょう。韮塚袖引さん、貴女は現状から目を逸らしすぎている」

「目を……」

「小町に言われて心当たりはあるのでしょう? 事情が事情ですし、私ももともとは地蔵だった身。情状酌量の余地はある。と言ってあげたいところです。実際に善行も程よく積んでいますしね」

 

 ただ、と閻魔様は首を振る。

 

「最近のあなたはそうも言っていられなくなった。覚えていないのは仕方のない事ですが、覚えていないと嘘を吐くのは立派な罪に当たります。このままでは舌抜きですよ」

 

 つい、押し黙ってしまいました。心当たりがあるということ、図星を差されるのがここまで痛いとは。

 

「黙っていても構いません。しかし、貴女の封印はもう解かれているんです」

「封印とは……」

「分かっているんでしょう? 知らなかった筈の記憶が自分の中にある事を。最初はおそらくは受け入れがたくて、他人の記憶だと思ってしまうかもしれません。ただ、徐々に分かってきます」

「何故、私に封印が」

「あなたが望んだからです。あなたがそう、望んだ」

 

 記憶の封印。そう、月の異変からずっと頭の隅に追いやっている記憶がございます。他人の記憶ということにして、知らないふりをしていた記憶。

 

「何らかの強い力を受けて、封印が解けたのでしょうね。おそらく元々あまり強くはかけていなかったみたいだけど」

 

 日が陰り、雲が空を覆う。いつの間にか晴れていた空が曇天へと変貌していました。

 ぽつぽつと雨粒が降って来そうな中、なんでもお見通しな裁判長の言葉は続きます。

 

 

「袖引さん……貴女は人間が怖い。違いますか?」

 

 その告げられた言葉は、遠雷と共にやってきて私を引き裂きました。

 

 ──私が、人間様を……怖がっている?

 

 直視したくないような、現実が実感となって襲いかかってきます。動悸が早くなり、呼吸が乱れる。その言葉だけは認めたくなくて、思わず声を張り上げる。

 

「違うっ! そんな、そんな事は……」

「違いません。貴女は逃げている。あなた自身に嘘をついているのです」

 

 嘘をついている。いつか、萃香さんにも同じような事を言われた気がします。けれど、絶対にそれだけは認めてはいけないような気がして、首を力なく振ります。

 

「私は、私が……人間が怖いだなんてそんな、そんなのって」

「目を逸らすことは優しい事ですが、今のあなたはそうも言っていられない。あなたは妖怪に、そして神に寄り過ぎた」

「ちが……」

「違いません。貴女の過去には神であった期間がありました。それが原因とも言えるでしょう。ただ、その記憶を封印していただけなのです」

 

 

 思えば何故、という事も多くございました。初めて辿る道だろうと、迷わない道というものに対する強さ。見た覚えもいた筈も無い筈なのに、何故か懐かしい祠の記憶。月の異変に感じた妖力ではない何か。どれもこれもが、本来の袖引小僧には無い物でございます。

 それによくよく考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そのこと自体がおかしいのです。蛮奇さんのように正体を隠しているのならともかく、半妖でも、人間でもない私が普通に生活出来ているのはおかしい筈。

 

 今まで目を逸らし続けてきたこと全てが、濁流となって私に押し寄せてきます。

 先ほどのように駄々をこねても無駄な相手。全てが見通された上でそう言われているのが分かるだけに、逃げる事は叶いません。

 もう、何もかもが追い詰められて、結局私は思い出すことにしたのでした。

 

「さぁ、今度こそ目を逸らさないで。過去を清算するときが来たのです」

 

 もう、思い出していたということをはっきりと自覚してしまいます。月の異変からずっと目を逸らしてきた事。異変が終わって私には何もなかった、と言い聞かせてきたことが終わってしまいます。

 

 浄玻璃の鏡に立たされたかのように、私は今に続く過去の事を思い出していきました。

 

 

 

 

 

 あれは、小さな小さな村の祠。いつか見た、私に似た誰かのお話。まだ実感はありませんが、これが過去の私なのでしょう。

 

 確か、旅の途中で野犬から小さい子を守ったのが始まりだったと思います。助けて、そこから去ろうとしたら歓迎されて、いつの間にか馴染んで。そして、いつの間にか神だの、袖様なんて大仰な名前で呼ばれていたんです。

 

 私が道に強いのは、単純に村への道へと続く目印の祠だったから。道祖神のような扱いを受けていたからに他なりません。

 その頃は旅人も多く、村で一番信仰されていた私に祈願を参る方も多かった事を覚えております。お供え物は袖の切り端。

 なんでも、野犬を追い払った際に私の袖が食いちぎられた以外は無事だったからだそうで。嬉しくもないお供え物に文句を言うたびに、村の人達からは笑われておりましたっけ。

 

 ちなみにの余談でございますが、旅人さんが道中で亡くなってしまわれた方を見た際にも簡易の弔いとして、着物の袖を分け与え、弔いをしたそうです。

 おそらくそこからなのでしょうか、私には死に関わる力がいつの間にか備わっていて、驚いた過去もございます。結局、殆ど葬儀にしか使いませんでしたが。

 

 そんな村人さんたちの楽しい生活。それは、人間であった頃に捨てられてからの長い旅路で、安息を与えて下さるものでした。帰るべき家すらなかった頃からに比べれば、今は祠ではございますが家もある。一緒に笑ってくれる人達もいる。頼りにしてくれる人もいる。捨てられてしまった私に優しくしてくれる。

 

 幸せ過ぎて、零れてしまうのがとても怖かった。私の小さな手では掬い切れないものがあるのを認めてしまうのが、とてもとても怖かった時期でございました。

 

 そんな後ろ向きの幸せの享受だったからなのかもしれません。

 

 結局、私には何も残ってはくれませんでした。

 

 時代が移り変わり、時は明治と呼ばれる時代へと変化しました。私のいたところはまぁ、さっくり言って田舎中の田舎でございましたし、その知らせが届くのが遅い事遅い事。

 いつの間にか時代も変わったんだなぁ、と思っているところに、変化の矢先がこちらへと向いておりました。領主の税制が変わり、年貢から地租と呼ばれているものに変わった頃に、問題は起きました。

 

 いままでも貧しい村ではございました。しかし、その貧しさに拍車を掛けるように更に税は重くなり、次第に次第に私たちを苦しめていきました。

 私はそれを何も出来ずに、ただ眺めているだけ。神だろうが妖怪だろうが、一人であることには変わりがありません。一人分の働きが全体を支えることは出来ず、だんだんと、村から消えていく人が多くなっていきました。

 

「ごめんね、絶対に戻ってくるから」

「袖様。袖様。またねー」

 

 見知った顔が、袖の切れ端だけを置いて去っていく。

 

 待って、も、行かないで、も言うことは出来ません。だって、私は神の筈なのに、何も出来やしない役立たずですから。言う権利なんぞある訳がございません。

 

 その頃の私は、泣くことも怒る事もせず、残った住民の為に身を粉にして働きました。朝も夜も、ずっと皆と一緒に居られるように。

 けれど、一度始まった人の流失は止まることはありません。それに、藩から県へと治世が変わり、更に変化は加速していきました。

 

「ごめんなさい、絶対にいつかここにお参りに戻ります」

「いいの、気にしなくて。……誰のせいでもありませんから」

「袖様……」

「行ってくださいお菊さん。新しい場所でも、旦那さんとどうかお元気で」

 

 そして、最後まで残ってくれた家の子たちも出ていき、村はがらん。と無くなってしまいました。

 

 私の傍らに残るのは、私ほどに高く積まれた袖の欠片達。それが、ポツンと寂しそうに夕暮れに照らされるのを見ていました。

 

 何も、誰もいなくなった村を歩きます。

 

 ──また、置いて行かれちゃった。

 

 ぽろぽろと涙が流れる。滴った雫が地面へと吸い込まれていきます。かつて騒いで飲んでいた広場も、井戸の周りも、お気に入りだった遊び場所も、ただ影を残すのみ。

 むせび泣いても、家から心配そうに顔を出す住民もいない。それを感じ、私は更に涙を流していきます。

 

 ──私が、悪いんだ。私が、もっと、もっと……頑張らなかったから

 

 後悔も、懺悔も聞いてくれる相手もいないままに、時間は流れて夜になり朝になる。自暴自棄のような夢遊のようなそんな時間が過ぎて。それからともなくして八雲紫さんがやってきて、幻想郷へと招かれたのでした。

 

 過去からの回想から立ち返る私。頬には止まることのない涙が流れていて、拭っても拭っても流れてきます。

 袖が涙で重くなる頃に、閻魔様は問いかけてきました。

 

「思い出しましたか?」

「どうしたら……良かったんですかね。どうすれば、良かったんですかね。私はただ、あの場所さえずっと続いてくれればそれで……」

「小町も言っていた事でしょうが、時代は常に変化し続けます。あなたも、私も、その変化の渦には逆らえません。その過程で傷つくこともあるでしょう。しかし、いつかは、それを自分のものであると認めねばならない時が来るんです」

 

 あなたの選んだことは、間違いではなくても正しくはなかった。と彼女は告げました。

 

 それは今の私にはとても重くのしかかる言葉で、支えられるかもわからなくなってしまいそうで今にも崩れそう。

 

 しかし、それだけには収まりませんでした。涙がにじむ中、映姫様は更に残酷な事を告げる。

 

「それと、もう一つ」

 

 手に持つ棒を私に突き付けます。これ以上、何を言うつもりなのでしょうか。もう既に私は立っていられなくなりそうな程にふらふらなのに。

 ただ辛いことは重なってやってくるといいます。今回もその例に漏れず、映姫様の言葉が紡がれました。 

 

「人間にも妖怪にも神にも染まれない貴女。それは私が看過できる存在ではありません」

 

 容赦なく振り下ろされる、裁判長の木槌。彼女は、三つに分けて私の罪状を告げていきました。

 

 一つ

 

「妖怪として生きるには、貴女は人間に寄りすぎる」

 

 二つ

 

「神として生きるにも、貴女は神の名を失っている」

 

 三つ

 

「人間になろうとしても、貴方はすでに死んでいる」

 

 そして判決が下されます。

 

「あなたの存在の根幹が揺らいでいる。このままでは輪廻に乗れず、消滅してしまいますよ」

「しょう……めつ」

 

 ぴしり、と何処かでひびが入った音が響きます。それは私の何処かで、もう決壊間近であることを告げる警報でございました。

 もう、私は立っていることすら耐えられず、へなへなと座り込んでしまいます。変に冷やされた頭が別視点の私を作り上げ、傍観者を気取る。

 あぁ、絶望が過ぎると涙って出ないんですね。と、思うばかり。

 

 そんな私を置いたままに、映姫様は優しくも、絶対の厳しさで告げていきます。

 

「選びなさい。貴方が存在を続けたいのなら」

「選ぶなんて……そんな事」

 

 妖怪を選べば、人里には居られなくなる。

 神を選べば、きっと今までの交流も無くなってしまう。だって、人間を第一に考えてしまうのが分かってしまうから。

 もし、奇跡が起きて人間になったとしたら、きっとそれはもう私ではない。

 

 先程のように、どうしたら、と呟く気力すらも沸いてきません。ただひたすらに、暗い現実が襲いかかってくるのみ。

 

「選んで、悩んで、生きていくんです。韮塚袖引」

「私、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が、降っていました。

 

 ずぶ濡れになって、服が重くなりはじめてからようやく気付く始末。

 

「幸い、まだ猶予はあります。おそらく二年か、三年かといったところでしょうが。輪廻の輪を外れてしまえば、私には手出しすることは叶いません。それまでに決めるのですよ。いいですね?」

 

 その言葉を残し、閻魔と小町さんは去っていったのを、おぼろげながらも覚えております。

 

 

 こう、雨に打たれていると頭が冷えて、色んな事が溢れてきました。一度認めてしまえば、もう止まらない記憶の奔流に飲み込まれてしまいます。

 

 

 

 

 

 

「どうか、神の力を封印してください。博麗の巫女様」

 

 

 

 

 そう、それは幻想郷に辿り着いた頃の記憶。

 

 最初はまた人間に出会えると喜んでいましたっけ。紫さんにありがとうと言っていた記憶がございます。

 

 当時の博麗の巫女は霊夢さんの先々代くらいに当たるはずの方。黒髪が短めにまとまった綺麗な方だったのを覚えております。

 

 幻想郷のしきたりを教えて頂いたり、妖怪やら神やらにご挨拶に回ったりと色々としました。

 そろそろ幻想郷に慣れたと言い張れるそんな時期。それまで、一切人里にも人間にも近寄る事はありませんでした。無意識のうちに避けていたんでしょうね。

 

 落ち着いた頃にさて、一念発起。

 しかし、いざ人里へと向かおうとすると足が震え、気分が悪くなる。あんなに大好きな人間がどうして怖いのかと、笑い飛ばして、目を逸らして、足を無理矢理進めました。

 そうやって何とか人里の目の前へと辿り着くや否や、人間に出会ってしまいます。懐かしい服装と、仕草が目に飛び込んで来る。

 やっと会えた。なんて思っていると、いきなり視界がぐにゃぐにゃし始め、目が回る。心配そうな色を含んだ人の声を聞くたびに気分が悪くなる。

 

 

 おかしいおかしいと思いつつもだんだんと気分は悪くなっていく。人の声が聞こえる度にその感覚は強くなっていって、結局そんな感覚に耐えられず私は思い切り、胃の中のものをぶちまけたのでした。

 

 

 突然の様子に驚く人間を後に、脇目も振らずその場から逃げ出しました。気が付いた時には、もう人里は遠く離れていて、既に()()()()()()()()

 

 自分がしてしまったことを信じられないままに、もう一度向かおうとします。けれど、足はがくがくと震え、吐き気は増すばかり。

 驚かしてごめんなさい。掃除します。そんな事すらも言いに行けずに、まさしく立ち往生。

 

「嘘……でしょ?」

 

 地の底に叩きつけられた方がマシな程の絶望感が、じわりじわりと背筋を這いまわります。そんな事はない、そんな事は絶対にないと頭で否定するたびに、心が、身体が()()を拒絶します。

 頭でそろばんを弾き、可能性を探る度ににじみ出て来る言葉が、太鼓のように心の臓を鳴らします。

 

 ──人間が怖い。

 

 違うと、否定したくとも、身体が、私の心がそれを肯定してしまう。口の中の酸味が増し、胃の中身がせり上がってくる。走馬灯のように、今まで出会った人や見守ってきた人が、脳裏に浮かび消えていきます。その度に

だんだんと不快な感覚が走っていく。

 

「待ってよぉ、ねぇ!!」

 

 遠くで、私の声が聞こえて来て更に怯えが増していきました。

 

 涙がぽろぽろ零れるのに、否定の言葉は一切出てこない。認めたくない事実を肯定してしまうと共に、もう一度、私は吐き出したのでした。

 

 

 そこからはもう、よく覚えていません。ただ、必死に博麗の巫女さんに頼み込んだことは覚えています。

 

「お願いします。これ以上、人間を嫌いになりたくないんです。だから、どうか私を封印してくださいませんか?」

「……あなたは人間を恨んでいるの?」

「いいえ、違います。私は……私は、愛しているから。愛していたからこそ……」

 

 これ以上、嫌いたくない。それだけが私の願いでした。愛しさ余って憎さ百倍という状態が怖くて、原因の記憶を一刻も早く消し去りたいと思ってしまいました。

 

 

 これ以上にない大切な記憶だったのに。けれど、矮小な私には受け入れがたくて、心が壊れそうでした。

 

 そんな状態を見て、博麗の巫女様はふぅ、と息を吐き出し真剣な目つきを向けて下さいます。人間を超えた清らかな瞳が私を射抜きました。

 

「──分かりました。貴方を封じましょう」

「……ありがとうございます。巫女様」

「けれど、貴女はしっかりと神をやっていた。それをどうか、いつか思い出してあげて」

 

 そして、私は神であった袖様という名前を捨てました。そして新たに博麗の巫女様から頂いた、韮塚袖引の名のもとに妖怪として生まれ変わったのでした。

 

 

 

 確か、その日も雨が降っていたのを覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……あぁあ……あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!」

 

 雨天に木霊する叫び。

 

 思い出した。思い出してしまいました。絶対に思い出すまいと封印していた記憶が、根こそぎ掘り返されます。こんなにも辛いのならずっと忘れていたかった。ずっと自分の底にしまっておきたかった。

 

 次第に激しくなる雨と、私の涙。それは止むこともなく全身をずぶ濡れにしていきます。

 頬を伝うのが雨なのか涙なのかさえ分からなくて、それでも私は叫び続けました。叫んで、声がでなくなったらひたすらに泣いて。

 

 こうでもしないと、私には耐えきれる衝撃ではなくて。私が壊れてしまいそうで。誰かに見つけてほしくて。

 

 

 同じことが過去にもあった気がします。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傘、入る?」

 

 

 

 いつしか雨が止んでいたような覚えがあったのでした。

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