デート・ア・ファンタジー 作:ノクトに幸せを……
そして、イソフラボン様評価感謝です。
「来て」
突然士道は折紙に手を掴まれ、訝しげに目を見開いた。
「あ?っておい、ちょっと待て!」
ガタンと椅子を倒し折紙に引っ張られて教室を出ていく。
後方では殿町がポカンと口を開けており、女子の集団がキャーキャー言っている。
メンドクセェ。と士道はぼんやりと考える。
士道が精霊と邂逅した日の翌日。
あの後、士道は別室に移され、知らないおじさんに事態の詳細を深夜まで延々と聞かされ後、様々な書類にサインをされてから、家に帰された。
風呂に入ってからベッドに入り、そのまま眠りにつき、学校に行く時間には目を覚ます。
その後、いつも通りに授業を終え、帰りのホームルームが終わったと思った瞬間の出来事だった。
折紙は無言のまま階段を上がり、しっかりと施錠された屋上の扉の前まで来るとようやく手を離す。
人がいるのに、隔絶されたような寂しさがある空間だ。
「で、俺に何か用?」
ふてぶてしく問いかける士道。
普通ならこういった場所に女の子に連れられてきたら普通は甘いシチュエーションを期待するが、士道はそうはいかない。
折紙の雰囲気がそう言った事をする気が無い雰囲気と分かっているからだ。初心な士道でもそれくらいはわかる。
「昨日、なぜあんなところにいたの」
士道の予想通り、折紙の話は昨日の件だった。
「えーと、ああ、妹が警報中に街にいたみたいでな。探しに行ったんだ。全く迷惑な話だろ?」
「そう……見つかったの?」
折紙は表情を変えずに聞いてくる。
「まあ……おかげさまでな」
「そう、よかった……昨日、あなたは私を見た」
「ああ……」
「誰にも口外しないで」
士道が頷くと折紙が有無を言わさぬ迫力で言ってきた。
「当然だっての。あんなこと言ったら神経が疑われる」
「それに、私のこと以外も——昨日見たこと、聞いたこと、すべて忘れた方がいい」
「それはあの女の子の事もか?」
折紙は無言で士道を見つめる。
「あの女の子はなんなんだよ?」
精霊の事はラタトスクから聞いていたが、これからの事を考えると多くの情報が必要になってくる。それがたとえ敵対組織だとしても。そう士道は考えていた。
「あれは、精霊……私が倒さなければならないもの」
「そうか……その精霊は……なんつうか、悪い奴なのか?」
士道がそう聞くと、折紙が唇をかみしめたような気がした。
「私の両親は、5年前、精霊のせいで死んだ」
「…………そうか」
士道はただそう短く返す。
「私のような人間はもう、増やしたくない」
「……そうかよ」
折紙の言葉は一見すれば非常に素晴らしい言葉だ。だが士道はその無表情な、人形のような目の奥にくすぶっている暗い憎悪の炎を。何処かで見た覚えがある、その瞳に気がついていた。
が、ここで士道は何かに気付く。
「そういえば。精霊とか、そう言う情報は俺に言っちまっていいのかよ?」
「……問題ない」
「そう言うもんか?」
「あなたが口外しなければ」
「もし話したら?」
折紙は一瞬だまり、
「困る」
「それだけかよ……わーった。誰にも話さねぇ。これでいいだろ?」
折紙が頷く。
その会話を最後に折紙は士道から視線を外し、階段を下りていく。
「……あーくそ、わっかんねぇ……俺はどうすりゃいいんだよ……」
確かに精霊と呼ばれる少女を助けたい。それでも他の人間からすれば災害そのものなのだ。そのせいで死んだ人間もいないわけではない。琴里に啖呵切った手前が言える言葉ではないかもしれないが、正直キツイかもしれない。
——グラティオがいれば、背中を引っ叩いてくれるのかね——
そんな事を考えた。
「……グラティオ?誰だそれ」
ズキリと頭が痛んだ。そんな時、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!」
廊下から女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。
「……っ⁉︎なんだ!」
士道が慌てて階段を駆け下りると廊下に数名の生徒が集まっているのが見えた。
そしてその中心に、白衣を着た女性が一人、倒れていた。
「おい!どうしたんだ!」
「し、新任の先生らしいんだけど……急に倒れて……」
「よくわからんが、取り敢えず保健室に……」
士道がそう呟くと白衣の女性がガシッ!と士道の足を掴んだ。
「うおおっ!?」
「……心配はいらない。ただ転んでしまっただけだ」
言いながら女性はゆらりと顔を上げる。その顔に士道は覚えがあった。
「って、あんたは……」
長い前髪に分厚い隈、眼鏡をかけているが、その顔を忘れるわけがない。
「———ん、ああ、君は……」
女性、《ラタトスク》の解析官、村雨令音がのろのろと体を起こす。
「アンタこんなところで何してんだ……」
「……見て分からないかね。教員としてしばらく世話になることにしたんだ。ちなみに教科は物理。2年4組の副担任も兼任する」
白衣の上のネームプレートを指差して令音が言ってくる。その上のポケットにはあの傷だらけの熊のぬいぐるみがった。
「いや、わかるかよ」
素で突っ込んだ。そして、人目を集めていることに気づき、近くのものらにもう大丈夫と言うことを伝え、解散させる。それから令音の腕を掴んで立ち上がらせる。
「……ん、悪いね」
「気にすんなよ。んでだ、村雨……さん?はどうしてここに?」
「……ん、ああ、令音で構わんよ」
「いいのか?」
「……私も君は名前で呼ばせてもらおう。連携は協力と信頼から生まれるからね」
何度か頷いた後に、士道の顔をまじまじと見て、
「……ええと、君は……しんたろうだったかな?」
「誰だよ!」
全力でツッコんだ。いきなり信頼をどぶ川に投げられたような気分だ。
「……さて、シン、早速だが」
「結局アダ名かよ……まぁいいけどよ」
「……昨日、琴理が言っていた教科訓練の準備が整った。君を探していた所だ。ちょうどいい、このまま物理準備室に向かおう」
「訓練ってのは一体何をするんだ?令音」
「……うむ、琴理に聞いたがシン、君は女の子との交際をしたことが無いそうじゃないか」
「まぁ、な」
告白された事はある。けど、なんとなく理由つけて断っていた。自然と断る言葉を口にしていたのだ。
「……別に責めているわけではない。身持ちが堅いのは大変結構な事だ。……だが、精霊を口説くとなるとそうも言っていられないんだ」
「言われなくても分かってる」
頭を掻き毟りながら、ため息をつく。彼女に連れられて物理準備室に向かう途中、職員室の近くを通った時だった。
「……あん?」
士道は妙なものを見つけて立ち止まる。
「……どうしたのかね?」
「嫌な予感がする」
視線の先に担任のタマちゃん教諭が歩いているのだが、その後ろに見覚えのある赤いツインテールが見えたのだ。
「あ!」
士道の視線に気付いたのだろうが、その髪の持ち主、琴里が表情を明るくさせて、突撃してくる。
「おにーちゃぁぁぁぁぁん!」
「ほらよ」
「……グフゥ」
咄嗟に士道は令音を盾にその突撃から難を逃れた。
代わりに令音が遅れて小さく呻き声を上げたが。
「おにーちゃん!可愛い妹のハグを令音で躱すなんて酷いよぉ!」
「お前はあれか?バカなのか?あんな勢いで突撃してこられたら普通避けるか何かを盾にするわ」
「……それ以前に私の心配はしてくれないのかね?」
混沌を極める中でタマちゃん教諭が近づいてきた。
「あ、五河くん。妹さんが来てたから今校内放送で呼ぼうと思ってたんですよぅ」
「……あっぶねぇ」
正直それはちょっと恥ずかしい。と士道は額に浮かぶ汗を拭う。
よく見れば琴里は来賓用のスリッパをはき、中学校の制服には入校証をつけている。
「おー、先生ありがとう!」
「はぁい、どういたしましてぇ」
元気良く手を振る琴里に先生がにこやかに返す。
「やー、もう、可愛い妹さんですねえ」
「……そーですね」
なんと答えればいいか迷った挙句、適当に肯定しておいた。
先生はバイバイと手を振るとそのまま職員室に歩いていく。
「で?琴里」
「んー、なーに?」
琴里が丸っこい目を見開きながら首を傾げる。
その仕草は士道のよく見知った可愛い妹の物だった。
「精霊とか……の話だ。後できちんと聞かせろよ?」
「わかったー!じゃ、早く行こ!」
「……意外と速かったね、琴里」
「うん、途中でラタトスクに拾ってもらったからね~」
車感覚で空中艦を使うなよ、と士道は内心でツッコむ。だが、決して顔には出さない。口にも出さない。何故なら、言えば後で琴里からありがたぁい言葉をもらうに決まっているからだ。
「それよりほら、おにいちゃん。早く行こう」
「はいよ」
士道はやれやれと首を振り、琴里に続いた。
面倒なことになりそうだなと、適当に考えていた。