運命の渦   作:瓢鹿

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お久しぶりです!読んでいただいてる方大変お待たせしました!


そして彼の答えは

「私と同盟を組まない?」

 

凛の口から告げられた言葉は甘美な響きを八幡に感じさせた。

風から薫る甘い匂いが、流れる艶やかな黒髪もが誘惑しているとさえ感じてしまう。

 

確かに同盟を組むことによってメリットが幾らか発生する。

魔術師とそれに付随してサーヴァントも追加で一名となると、戦力の増加、戦術の幅広さ、対抗出来うる手段の豊富さを見込めるだろうか。

これから向かってくる個人での陣営に対し八幡は数的有利な状況を作り出し、尚且つ相手取る英霊が並々ならぬ手練でも有利な状況から相手を封じ込めることも可能だろう。

戦術に於いても多角的な視点から多様な物を作り出すことだってできる。

対抗手段の豊富さから戦う際にはある程度の余裕もできるだろう。

一人よりも二人の方が聖杯にだって近づきやすい。

デメリットとしては遠坂による裏切りによって寝首をかかれる危険性、マスター間での意思の統一の難しさだろう。

こちらは不協和音が仇となる。と言ったところか。

 

こればかりは聖杯戦争とは詰まるところ私利私欲による闘争であるから、どうしても不安を拭うことが出来ない。

思考を巡らせると、有利さがどうしても八幡には光るように思える。

けれどもその光も薫る甘やかな匂いも八幡を揺るがせるには至らなかった。

それに、例え彼は最強のマスターとサーヴァントが同盟を組まないかと持ちかけたとしても絶対にその提案に乗ることはないのだ。

 

「断る」

 

一言で凛の提案を一蹴する。

一蹴された側の凛の表情はといえば、大きく口を開け、唖然としていた。瞳孔すらも口と同じくあんぐりと開かれており、優等生然とした抜け目無い普段の凛とは違う側面を垣間見た気がする。

それから数秒ほどフリーズした後、凛は開いた口を塞ぐと、どうしてという疑問をその顔一杯に浮かべて八幡を見た。

 

「ど、どうして?!断る理由なんて何処にもないじゃない!」

 

「まあ、事実そうなんだろう。お前からすれば俺は不利な状況を好むドMにしか見えないだろうな。けど……」

理解できないことによる苛立ちを今度は滲ませ半ば叫びながら、八幡へと詰め寄る。

 

「お前に答えることじゃない」

 

突き放すように冷たい言葉を放つ。迸る殺気は修羅の如き恐ろしさへと到達する。

けれど目の前の彼女には冷たい言葉も殺意も温度を下げるどころか逆に温度を上げてしまうことに八幡は気付くことが出来なかった。

八幡が答えずにいると、業を煮やしたのか、じりじりと着実に八幡との距離を詰め始める。

無言でいる間にも距離は縮まっていき、その距離はいまや吐息が触れ合う域に達した。

至近距離で揺れる瞳と視線が交錯して、思わず目を逸らす。

凛は学校内で奉仕部部長の雪ノ下雪乃と肩を並べる程の美少女だ。

なるほど雪乃の完璧とも言える整った顔貌に及ぶ程の造形の美しさ。これなら雪乃と校内の人気を二分してしまうだけはある。

そんな美少女と至近距離で顔を合わせる八幡の心臓は既に数回飛び出していた。

先程までの剣呑な雰囲気は何処へ、甘酸っぱい青春の一ページの完成である。

思わず自分が実は死んでしまったのかと錯覚する。

だが鼻腔を擽る香りが、身近に感じる体温がそんなわけないと否定した。

かぶりを振り、甘い幻想を掻き消す。

「どうして俺なんだ?」

「その目が気になるから……かしら」

 

さも自分でも理解できないような凛の口振りに

――何だそりゃ。

そんな呆れしか八幡は感じることが出来なかった。

この濁りきった目が興味に値するとでも言うのだろうか。ないだろ。

 

「そりゃ凄まじいセンスをお持ちで……」

 

突飛な凛の答えに若干辟易しつつ、間近に迫った凛から遠ざかった。

すると先程よりかは離れた凛の顔が膨らんだ。

何かを訴えるかのようにジト目で八幡の瞳をじっと見詰める。

八幡は頭を掻き毟り、観念した。そして同時に理解する。

――こいつと関わるには金輪際やめた方が良いのかもな。

八幡は、断るという判断はもしかすると僥倖であったのかもしれない。と眼前にまで迫っていた凛を心底面倒くさそうに一瞥した。

 

「分かったよ。一人でやりたいことがあるからだッ」

 

八幡は凛の提案を受け入れるわけにはいかなかった。

 

叶えたい願いがある。

成し遂げるべき事がある。

ある一人の男を救うため、たった独りの正義の味方をもうこれ以上苦しませないため。

自分が闘争を生み続ける人類を消却する。人類を産み続ける世界を破壊する。

衛宮切嗣の夢見た尊く遥か遠くに位置する理想を知ってしまったのだ。

けれども理想は現実に侵され尽くした。

だから今度はこちらが侵し尽くす。一個人のちっぽけな願いで。

地獄を見続け、体験し続けた彷徨者に対する救いを――

それがユメ半ばで倒れた切嗣への何も返すことの出来なかった自分の、せめてもの手向けでもあるのだから。

ただ一人のためだけに世界を壊す。

そんな――「絶対悪」――を成すのだから。

 

 

 

 

 

 

へー、と間の抜けた声を出してそれからニコリと微笑んだ。

 

「それなら仕方ないわね」

 

凛の返答に八幡は思わず拍子抜けしていた。それと同時に遠坂凛の人の良さも理解してしまった。

てっきり根掘り葉掘り聞かれるものかと内心身構えた自分の覚悟を返して欲しい。

八幡が固まっていると、それ以上別段何も無く、 おざなりに手を振りつつ短い別れの言葉とともに凛は屋上と校舎内を隔てる鉄扉の中へと姿を消した。

変な奴だな、と消えゆく背中から視線を逸らしながら心の中で八幡は呟いた。

扉がゆっくりと錆びた音を立てて閉まってゆく。

その姿を凛が哀しげな瞳で一瞥された事に八幡が気付くことは無かった。

 

 

凛の気配が十分遠ざかったのを確認して、大きく伸びをする。ぱきこき、と肩と首あたりが軽快な音を立てる。そして大きな溜息を吐く。

八幡は心のどこかで遠坂凛を殺さずに済んだことに安堵していた。

これから命のやりとりを交わす相手であっても、その命を奪わないに越したことは無い。

たとえそれが自分の復讐が叶った後には消えゆく運命にあったのだとしても―――

自分の余りの愚かさに思わずかぶりを振り、思考をもみ消す。

―自分は全人類を殺す覚悟を持ってこの戦いに身を投じるのでは無かったのか?

そんな自分からの問いを投げかけられる。

―そうだ。けれど、凛の背中に銃口を突き付けていた時にふと脳裏を過ぎった映像に嫌悪を感じたのは何故だろう。

自問に対する答えは最早答えの体を成さずに、疑問を疑問で返す。

地獄絵図としか形容することの出来ない場所に立ち尽くす自分は辿り着くべき最果てであるはずだ。

無辜の人々を殺して何の利益が有るかなんて考えそのものだって間違っている。

八幡の願いは結局は破滅以外の何物でもない。そしてそれは世界すべてを含むべきもの。

後悔、懺悔、慚愧、それとは縁遠い愉悦を感じてはいけない。

願いのために積み重ねる生贄の数を数えてはいけない。

踏みしめた血溜りになんの感慨も抱いてはいけない。

設定した目標のみに向けて邁進する機械でないとこれからの道を進むことは出来ないのだから。

自身を一つのキリング・マシーンだと自覚していた衛宮切嗣ですら至れなかった果てに、彼に劣る自分が辿り着くためには結局のところ感情を、倫理の何物も持ち合わせていけないのだ。

必要なのは暗殺者としての才覚。

 

それは感情を挟まずに他者に対し生命を刈り取る引き金を引けるかどうか。

切嗣が八幡に遺した言葉の一つでもあった。

 

『暗殺を生業とする者かどうか見極める方法が有るんだ』

 

『如何に感情を切り離して手を動かすことが出来るか――これをやってのける奴は大抵殺しの道へ進んでいく、いずれにせよ人間のおくる人生とは甚だ程遠い物になるだろう』

 

『舞弥にしても、僕にしてもそうだ。けれど君は違う』

 

『その恐怖こそがまだ君が人間であることの証だ。君が優しさを持ち合わせていることの証明でもあるんだ。いいかい八幡、引き返すなら今だ――』

 

この願いを抱いてしまったときには人間らしさなど欲しなくなった。 すべき事を完遂するだけの力量さえ有れば良いのだと考え続けてきた。そしてその力量を得るために今の今まで自身を鍛え続けたのだ。

十年という長い月日を経てこの舞台に立つ今、もう後戻りなど出来はしないし、戻りたいとも思わない。

ただ自身の起源とも呼べる願いを果たす事こそが今の俺にとっての生きる意味であるのだから。

――だからどうか俺に叶えるための力を――

ポケットに収められたコンテンダーの存在を両の手で確認。

触れる手の微かな震えを意識の外へと押しやる。

 

「復讐するは我にあり――」

 

自身の覚悟を再確認するために、敢えて言葉を口にした。

そして眦を鋭く光らせ、清々しい晴れ空を、天上に上り始めた太陽を殺意を以て睨めつけた。

数秒後には空に背を向け凛と同じく屋上を後にした。

大きな錆びた音を立てて鉄扉が勢いよく閉じられる。

扉の閉められた音によって日常ならざる非日常の幕が一度下ろされる。

数分前はあれほど波乱に溢れた屋上は人一人いないもぬけの殻と化す。

その後静けさを取り戻しつつある屋上には一陣の強い風が吹き抜けた。

更に後に太陽は薄い雲を隠れ蓑にその姿をくらます。まるで八幡の瞳から逃げ出したかのように。

演者もセットまでもが舞台の裾へと一度捌けていく。

ここにて一部完結。僅かな休息の後、再び非日常という名の舞台の幕が上がることになる。

序章は終わり、いよいよ始まりがすぐそこまでに、八幡の目下へと迫っていた。

 

 

屋上の扉からは八幡だけの足音が虚ろに鳴り響いた。

彼は気付かない。願いを抱いてしまっている時点で彼はどこまでも機械ではなくただの人間である事に。

 

 




fgoのイベントほんと楽しいなぁ(白目)百万辛い…
あと個人的にはギルの消滅する時の台詞がツボでしたね!
ウルク民に僕もなりたい……

読んで頂きありがとうございました!

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