問題児たちとロクデナシの魔王が異世界から来るそうですよ? 作:慢性睡眠不足
「魔王ですって……」
京一郎の宣言に真っ先に反応したのはやはり黒ウサギであった。愛らしい顔を歪め、細かく体を震わせている彼女の脳裏にはかつて自分達を襲った災厄が思い出されていた。
「はっ。魔王とは大きく出たもんだなぁ、おい」
「随分と大言を吐くのね。ちょっと盛りすぎじゃないかしら」
「……一周回った中二病?」
一方の問題児達はそれを軽く受け取った。まだ箱庭に来て間もなく、魔王について伝え聞いただけの彼らにとってはまた変人がぶっとんだ事を言っているぐらいの認識でしかなかったのだ。むしろどちらかといえば様子のおかしい黒ウサギのほうを気にしていた。
そしてかつての魔王であり、今はそれらに敵対する立場の白夜叉は沈黙した。面とむかって放たれた問題発言を飲み下した彼女は静かな声で問い返す。
「……魔王だと? お主、それがこの箱庭でどういう意味を持つか、知っての発言であろうな?」
底冷えのする問いに対し、京一郎は変わらず平然としたままで答える。
「知らぬな。ただ事実を言っただけのことよ」
その返しの言葉には楽しげな響きが混じっている。まるで一触即発のこの空気を楽しもうとするかのように。そしてそれをきっかけとして白夜叉は情けを捨て、眼下の愚者を本気で叩き潰すことを決意した。
「よかろう。ならば本気で相手をしてくれる。……すまぬが黒ウサギよ。こやつはあきらめるがよい」
黒ウサギへの謝罪を最後に、白夜叉は戦闘態勢に入った。宙を舞う彼女の周囲に無数の小さな水球が生まれる。やがてそれらは空気中の水分を飲み込んで大きさを増し、巨大な水塊となって白夜叉の周りに漂い始めた。
対する京一郎も行動を起した。剣から離した手を懐にいれ、銀の輝きを持つものをいくつか取り出したのだ。
それを一度軽く握って手の内に隠した京一郎はすぐに地へと放り出す。その一連の動作に釣られ、緑の地に落ちたものを見た耀は首を傾げた。
「……ティースプーンにフォーク。もしかしてさっきのカフェで出されていた食器?」
「呆れた。あれだけの大言壮語の後は、みみっちい窃盗の自慢かしら」
肩透かしを食らった飛鳥の見解は次の瞬間に覆された。突然、その滑らかな銀の表面が波打ったかとおもうと食器類が見る見るうちに膨張していったからだ。
瞬時に2メートルを超えて巨大化したその金属塊はやがて五方向に突起を突き出すとその形状を固定していく。
やがて現れたのは体長3メートルほどのくすんだ銀の肌を持つ人型の金像であった。薄手の衣服のような金属の外装を纏い、鋭い爪を備えた手には怪しく光る剣や槍、鎚などが握られている。
その厳しい顔を見た耀は言葉を漏らした。
「……鬼?」
太くがっしりとした四肢と体に、口から除く鋭い牙。さらに頭頂部から天へと突き出した角を持つそれらは確かに昔話に出てくるような鬼の造詣に似ていた。
「さて、次はこれじゃ」
そう言って京一郎が次に取り出したのは花と蕾のついた小枝が数本。桜に似た花をつけるそれらに黒ウサギ達は見覚えがある。
「それって、ここにくるまでにあった桜っぽい樹の枝よね? 一体、どこに隠してたのよ」
飛鳥の言葉通り、それはここに来るまでの道中にあった桜に似た花をつける木の枝であった。この花の話題で京一郎たちは全員がそれぞれ異なる異世界から呼び出された事実を知ったのである。
どうやらその話題の最中にこっそりと手に入れていたらしい。
「サクラの枝を折るのは駄目なんじゃないの?」
「大丈夫よ。あくまでも桜に似た枝だから」
「まあ、異世界だし根性もあんだろ」
遠くで交わされる言葉を無視し、京一郎はそれらを適当に何本かに折った。手の平に収まるまで短く枝を折ってから、先ほどと同じように地へと放っていく。
今度現れたのは木目の肌と頭に花を咲かせた木像であった。節くれだった棍棒や弓をもつそれらもまた鬼のような造詣を持っている。
「もう一度やっておこうか」
そう言ってその場にしゃがんだ京一郎は緑の草ごと地面をすくった。軽く握って固まりにしたそれらを次々に放っていくと落ちた瞬間より、土肌の異形が生み出されていく。
合計で三十ほどの異形の群れを生み出した京一郎は白夜叉へと向き直る。
「ふふ、そちらが夜叉ならば、こちらは鬼よ。とりあえずは小手調べといかせてもらおうか」
そう言葉を漏らした京一郎はさっと手を一振りした。すると今まで彫像のように立っていた鬼達が動き出す。
「行け、ものどもよ。とりあえずあそこで浮かんでいる奴を引き摺り下ろして来い」
京一郎のその言葉に従い、すぐさま鬼達は矢のように我先へと飛び出していく。あるものは粗末な弓を構えて放ち、あるものは武器を振り上げて跳躍する。
しかしその目標はつまらなさそうな顔で言った。
「ふん。この程度の輩など、これで十分よ」
同時に手が振られると彼女の周囲を取り巻いていた水塊が動き出し、水流となって鬼の突撃と真っ向から受け止めた。鬼共の突撃をいとも簡単に飲み込んで見せた水流は津波となって京一郎をも飲み込もうとする。
迫りくる水流に対し、京一郎は左手を裾から抜き出し、軽く振るっただけだ。しかしその手の払いに呼応するように突然強風が吹き、水流を直前で砕いて散らしていく。
やがて水が引いて現れた湖岸は広範囲に渡って土が抉られ、草が流されていたものの、京一郎の周りだけはそのままだ。しかしまともに水流に飲み込まれた鬼達はそうはいかない。
土鬼は体が崩れてどろどろなり、鋼鬼や樹鬼はもみくちゃにされてその四肢がもぎとられたままでそこかしこに転がっている。その凄惨とも言える光景を生み出した白夜叉は高みより京一郎を見下ろして言った。
「ふん、風を操る恩恵はともかく鬼を産み出す恩恵とはな。しかし私は夜叉。仏門に下り、同じ鬼羅刹を狩るものだぞ。そんな相手にわざわざ獲物をぶつけて来たところで、この程度の雑魚共ではどうこうできるわけがなかろう」
「おや、本分の相手なのに忘れておるのか?」
京一郎の揶揄するような声に周囲に散らばった鬼の残骸がうごめき出した。バラバラの部位が集まり、ドロドロの塊が立ち上がる。水流に飲まれ全滅したはずの鬼たちが瞬く間に復活していく様を見て、白夜叉は呟いた。
「成る程のう。鬼の特徴はあらぶる力でも獰猛な性格でもなく、例え四肢を落とされようと再生する生命力であったな」
「そのとおり、なかなかしぶといであろう。しかしこのままでは同じ事の繰り返しであるな。ならばもう少し手を加えるとしよう」
そう言って京一郎は手を打ち合わせた。すると近くの鬼たちが集まり始める。
「む、何をするつもりだ?」
訝しげな白夜叉の前で鬼達は同属ごとにいくつかの集団に分かれると互いに寄り集まりその体の境界をなくしながら結合していく。同時にその体積も数倍に増え、やがて身長10メートルほどの鬼が三体出現した。それを見た十六夜が楽しげに呟く。
「合体してでかくなりやがったな。さしずめ子鬼が集まって中鬼になったってとこか」
「ふむ、せっかくだ。もう一体増やしてみるか」
十六夜の言葉に興が乗ったのか京一郎は濡れた地面に手を当てると今度はいきなり10メートルサイズの鬼を呼び出して戦力を追加した。
「呼び出せるなら、何で最初からその大きさで呼ばないのよ!」
という飛鳥の言葉を無視し、京一郎は再び白夜叉への突撃を命じる。
「行け」
「ふ、先ほどと同じように押し流してくれるわ」
「そうかな。此度の鬼共は先のものとは一味違うぞ」
両者の会話と同時に四体の鬼と新たに産み出された水塊が激突する。先の時よりも互いに力を注いだ再戦はしかし初戦とは逆の結果となって現れた。
「馬鹿な!? あれが破られただと」
「甘く見たのう。……行け鬼共よ! そやつを叩き潰せ」
水流を打ち破った四体の鬼は京一郎の声を受けて飛び上がり、それぞれの手の得物で白夜叉へと襲い掛かった。その速度も威力も先ほどとは比べ物にならないほどに上がっている。
それでもまだ余裕でその攻撃を余裕でかわしていく白夜叉だが、内心には疑念があった。
(何故だ? あの程度の鬼が10体程度くっついただけにしては、妙に強くなりすぎておる)
先ほどの白夜叉の攻撃はあの鬼共をバラバラに押し流し、京一郎をも飲み込むのに十分な力を込めたはずであった。
しかし現実は逆となり、その事実に白夜叉の警戒心が呼び起こされる。
「くっ、ならばこれ以上の遊びは止めだ。一気に勝負を……、ぬう!?」
鬼の攻撃から逃れた白夜叉がさらに水塊を呼び寄せようとしたとき、その背に悪寒が走る。とっさに横に飛びのいた彼女の右横を掠めるように強風がつきぬけ、巻き込まれた小袖の裾が切り裂かれた。
くるりとトンボを打って鬼の攻撃の届かない上空に逃れた白夜叉は裂かれた袖と左手を突き出した京一郎の姿を見て口を開く。
「そうか。その鬼共は囮で、本命は風の恩恵のほうだったか」
「ふむ、まあ半分正解といっておこう」
そう答えるや否や京一郎は突き出した左手を勢いよく振り下ろす。同時に白夜叉の頭上で風が渦巻き、収束した風の一撃が落ちてくる。
白夜叉が横に逃れると京一郎は今度は横殴りの平手で空を打った。途端に白夜叉の脇を降下していた風が方向を変え、面の風圧が白夜叉を襲った。それを周囲の水塊を盾にして防いだ白夜叉は京一郎に向かって声を張り上げた。
「どうやら、お主の風の恩恵はその左手で操っているようだのう」
「うむ、そのとおりだ。わたしは『暴風の剣』と呼んでいるが」
その言葉を証明するかのように京一郎は左手を手刀に変え、数度ふるって見せた。すると同じ数だけの風刃が白夜叉に向かって飛んでくる。それを水塊で相殺しつつ、白夜叉は京一郎や鬼へと返礼の水弾を放つ。
それからしばらくの間は暴風と水弾の行きかう遠距離戦となった。しかし次第に白夜叉の方へと趨勢は傾いていく。左手一本の京一郎と無数の水弾を無限に撃てる白夜叉の手数の差があわられてきたのだ。四体の鬼を盾として風を飛ばす京一郎だが、その攻撃はなんなく白夜叉にいなされてしまう。
「ほれ、どうした? 追い込まれておるぞ。もう終わりかの?」
「何、まだまだこれからよ」
舌戦では未だに互角だが、徐々に京一郎の攻撃は減り、盾としている鬼の再生も追いつかずにボロボロになっていく。
その様子を見て、これ以上の戦闘は無駄だろうと白夜叉は判断し、一気に勝負を決めることにした。
「ふん、これで終いじゃ」
そう宣言した白夜叉は自身の周囲に膨大な量の水を呼び出す。大海をまるごと呼び寄せたかのようなその水は一時、天を覆い尽くすもすぐさま圧縮され100メートルほどの巨大な水球となって白夜叉の頭上に現れた。
「勝負をかけてきたか。ならばこちらも受けてたとうか」
京一郎の言葉と同時に盾となっていた鬼の姿が崩れ、やがて寄り集まって一体の鬼へと変じた。体長は20メートルほど。巨大な金棒を手に、簡素とはいえ胴丸に似た武具を身につけている。赤ら顔の頭頂部より天に突き立つかのような朱角を持つ鬼は巨大な水球と白夜叉を睨み付けると戦声に代わる咆哮を上げる。
身の丈ほどの金棒を盾に受けの体勢を取る朱鬼に対し、白夜叉は笑っていった。
「馬鹿め! その程度ではこの攻撃は防げぬわ。虚しくつぶれて己の無力を嘆け、愚か者が」
その言葉と共に白夜叉は水球を京一郎に向かって叩き付けた。
「暴風の剣よ! 水竜を砕く悪しき風よ!」
迫る大水球に対し、京一郎は呪言を唱えてその身に宿る膨大な力を燃やすと大きく左手を振るった。途端に周囲を巻き上げ、天を突き抜けるほどに強大な竜巻が出現し、巨大な水球へと挑みかかる。
飛沫をあげて激突する黒き竜巻と大水球。その攻防は数瞬の均衡の後に後者が勝利した。
内なる水を開放し、竜巻をも飲み込んだ天より落ちる水流に次に挑んだのは朱鬼である。まるで後ろの主人を守るかのように立ち、手に持った得物を迫る激流に叩き付けるが、それもすぐに飲み込まれてしまう。
そして二度の抵抗にも勢いを落とさない大瀑布はそのまま大地へと激突する。
「あー、あれはダメね」
「大口を叩いていたわりにはあっけない」
「あああ、京一郎様がー!」
余波で押し寄せてきた水に踝を濡らしながら飛鳥と耀は人事のように呟き、黒ウサギは京一郎の身を案じる。しかしその隣の十六夜は目つきをきつくして、白夜叉を見ていた。
「ふむ、少々やりすぎてしまったか? 一応死なん程度に手加減はしたつもりだったのだがのう。しかしこれでは腕の一本や二本はもげてしまったかもしれん」
新しく生まれた底も見えないほどに深い湖を眺めつつ、白夜叉は頭に手をやった。挑発されたとはいえ、この世界に来たばかりの新人に対してやりすぎたかもしれないと今更ながらに反省する。
「まあ、身の程もわきまえず挑んできた向こうが悪いしの。どれ、そろそろ助けてやるか」
「いやいや。それには及ばんよ、白夜叉よ」
肩をすくめて反省の言葉を呟く白夜叉に上空より返事があった。とっさに天をみる白夜叉に上から実体の作る影が落ちてくる。
「何っ!」
「遅いっ!」
叩き潰したはずの相手の無事な姿を認め、驚きの声を上げる白夜叉に京一郎は左手の拳を振るった。至近距離より放たれた暴風は白夜叉を飲み込み、地面へと叩きつけようとする。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ」
何とか逃れようとする白夜叉だが、京一郎はさらに二度、三度と追撃の風を放って相手の落下時間の短縮を図った。
「! ええいっ」
大地との激突の寸前、逃れられないと判断した白夜叉は自分と地の間に水塊を呼び出し、クッション代わりにする。
「ぐぅうう」
それでも消しきれなかった衝撃に動きを止めた白夜叉に京一郎は容赦なく右手の剣を投げつけた。
「ぬおっ!」
間一髪で横に転がり、串刺しを逃れた白夜叉は上空の京一郎を見上げると思い当たったかのように呟く。
「そうか、さっきの竜巻にまぎれて天に逃れたのか。あの鬼も囮とはの。しかしこの程度では……」
ふわりと落下してくる京一郎をにらみ、再び宙に上がろうとする白夜叉だが、それを見越した声が空から降ってきた。
「せっかちだな。まだ終わりではないというのに」
「何? ぬうっ」
白夜叉が疑問の言葉を上げる間も無く、その白い足が何かにつかまれた。地へと繋ぎとめられた白夜叉がすぐに下を見れば足元に広がる水溜りより、半透明の腕が突き出し、足にをつかんでいる様が見える。
そして全身を現し、白夜叉にすがりつくように取り付いてきたその人型の頭には角があった。
「水鬼だと? まさか!? さっきの剣の投擲はこれが狙いか!」
すぐさま振り払おうとする白夜叉だが、わずかとはいえ、その動きを止めてしまう。そしてその一瞬を見逃すほど京一郎は甘くは無かった。
「もらったぞ、白夜叉よ」
その言葉よりもなお早く、京一郎は仕込んでいた切り札を発動させる。突き刺さった剣を中心に無数の亀裂が入り、やがてその間から黒く濃い闇が吹き上がる。
地上へと湧き出した行く筋もの煙のような闇はやがて女性の細腕のように代わり、拘束をはらった白夜叉を絡め取った。
集まり、球体のようになっていく闇の中で白夜叉が叫ぶ。
「闇の瘴気、これは冥界の気か! しかし、夜叉たる私にこんなものは……」
「闇は効かずともこれはどうであろうな」
その京一郎の言葉と白夜叉を捕らえていた闇が一気に燃え上がった。黒く燃える細腕は白夜叉を幾重にも抱き込もうとする。
「黒き炎だと。まさか……」
「そのとおりだ、白夜叉よ。夜を統べる夜叉であると同時にお主は落ちぬ日、すなわち太陽の力をもっているであろう。ならばこの攻撃はよく効くであろうな」
黒き炎の束縛に囚われた白夜叉へと言葉を落とした京一郎は仕上げをおこなう。
「冥界に囚われし黒き太陽よ。今その腕に捕らえし白き日を喰らい、存分に汚しつくすがよい」
呪言と共にありったけの呪力を注ぎ込んだ京一郎の眼下で黒き球体はさらに激しく燃え上がった。そしてその内にとらわれている白夜叉もまた自身の力を蝕むその炎に苦悶の声をあげる。
「ぬわああああああああああ!」
地上に呼び出された冥界の太陽は周囲を巻き込んで激しく燃え上がると、やがて初めと同じように黒い煙となって地底の底へと吸い込まれて消えた。後に残されたのは黒く変色した地と暗く濁った水、そしてその中央で突き刺さったままで変化のない大剣とその近くで横たわるボロボロになった白夜叉だけである。
「し、白夜叉様! 大丈夫ですかー?」
ボロキレのように転がるその様を見た黒ウサギが叫びを上げる。するとその声に反応したのか、白夜叉は体を震わせ、よろめきながらも立ち上がった。
「よ、よかった、白夜叉様。一瞬やられちゃったのかと思いましたよ。びっくりさせないで下さ……!」
泥まみれの体を清めるために呼び出した水をかぶる恩人の無事に安堵する黒ウサギだが、すぐに明らかになった白夜叉の姿に絶句した。
和装に似た衣服はあちこちが焼け焦げて破れ、その下からのぞく白い肌はまるで痣のようにところどころが黒く変色している。
そして何より、その特徴だった白髪の大部分が今や黒く染まっていのだ。
「し、白夜叉様。その頭は一体?」
黒ウサギの言葉に出来たばかりの水溜りを使って自身の姿を確かめた白夜叉も立ちすくむ。その彼女へ、風を使って少し離れた場所に降り立った京一郎が声をかけた。
「よっと。ふむ、流石にあの一撃では終わらんか。しかしかなり苦しくなったとみたがどうだ」
「ぐっ、お主。最初からこれを狙っておったのか」
「うむ、十六夜がお主と太陽について言及していたのを聞いてな。どうじゃ、地にもぐり、冥界に染まった太陽の焔は。その黒き炎はお主の持つ輝ける太陽の力を汚し、堕とした。当面はその力を使えまい」
白夜叉に向かって言い放った京一郎の言葉を証明するかのように水平に回っていた白き太陽が皆既日食のようにその身を黒に蝕まれ、光を失った。
急速に降り立つ闇が周囲の明るさを奪っていく。
「おっと。真っ暗になってしまったか。これでは観客もつまらなかろう」
周囲の変化にそう言葉をもらした京一郎はその手に大ぶりの弓を呼び出す。地に着き刺さったままの大剣と同じような装飾を持つその弓に鏃の無い矢を番え、空に向かって解き放った。
すると五色に輝く雲が薄明の空を覆い、周囲に明るさが戻ってくる。
「これでよしと。さて、まずはわたしの一本先取といったところか。次はどうするかの白夜叉よ?」
その言葉を聞いて白夜叉はふらつく体に苦労しながら考え込んだ。
(ぐっ、こやつ。嘗めた口をきくが確かにそれに恥じない実力はあるようじゃ。少々業腹じゃが、この辺りで終わらせるのも有りではあるか)
見事にしてやられたとはいえ、まだまだ互いの戦力差は大きく、このまま続行すれば白夜叉の勝利は固いだろう。しかし元々は力を見るという目的で開催したゲームだ。その目的は十分に果たした以上ここで終わらせてもよいかと彼女は考える。
たとえこの場で負けを認めたとしても、この程度の遅れで傷がつくほど階層支配者の看板は柔ではない。
(それに……)
と、白夜叉はこちらを伺う京一郎を見据えた。そして闘争と享楽の感情に占められたその顔を確認し、ゲーム開始から大きくなっていた不安について考える。
(これ以上。闘いを続けるのはどうも嫌な予感がするのう。隠してある手札を考慮しても力の差は圧倒的で九分九厘、私の勝ちは動かぬはずだが。しかしどうもそれをひっくり返されそうな怖さもある)
ここにきて白夜叉は警戒を深めていた。今までの攻防で理解したのは、明らかに京一郎が格上の相手にも戦い慣れているということだ。
それと先の発言を合わせれば、自分より強い相手を何度も相手取って生き残ってきたという結論を導き出すには充分すぎた。
これ以上のゲーム続行を選べば、混沌の闘いになるだろう。それに付き合うのは危険だという本能の警告を受け入れ、白夜叉は自身の敗北とゲームの終了を宣言する。
「うむ。お主の力は存分に見せてもらった。このゲームは私の負けだ」
その言葉に黒ウサギはほっと一息ついた。自分の都合で巻き添えで呼び出したかもしれない人が、(かなりの部分で自業自得とはいえ)恩人の手にかかるのは嫌だったのだ。
慈愛と献身を芯とする少女はその未来が避けられたことに安堵した。
「うん、なんだ。もう終わりか? まだまだ始まったばかりだろう。この程度の不利で逃げを打つのか箱庭の魔王とやらは?」
しかしそんな少女の願いを粉々に打ち砕くかのように京一郎は不満もあらわに白夜叉へと詰め寄った。紙一重の差で危機を乗り切ったことにもまったく頓着せずに自殺同然の勝負の続行を望むその姿についに黒ウサギの我慢が限界に達する。
「ほう、まだそんな嘗めた口がきけるのか。ちょっと先手を取ったからといって調子に乗りすぎだのう。よかろう。そんなに望むのなら今度こそ本気で叩きのめして……」
「何、お馬鹿なことを、言ってるんですか!? この特大の問題児様はー!!」
京一郎の物言いに静まりかけていた闘志に再び火がつき始めた白夜叉。しかしその言葉を遮るように黒ウサギは絶叫し、そのまま京一郎へと詰め寄った。
桃色に染まった髪を振りかざして接近してきた黒ウサギに胸倉をつかまれ、京一郎も相手を変更する。
「どうした黒ウサギ? 危なくなるから下がっておったほうがいいと思うが。巻き込まれても知らんぞ」
「この期に及んでも、まだそんな寝言を吐きますか! これ以上続けたって今度こそ本当に本気の白夜叉様にプチッとつぶされて終わるだけです」
やれやれと肩をすくめ、まるで駄々っ子をあやすかのように怒り状態の彼女を諭そうとする京一郎の態度に、黒ウサギはますますヒートアップする。その勢いのままに彼女は京一郎に説教を始めた。
「さっきまぐれで一本いいのを取ったからといって調子に乗ってはダメです。あれは白夜叉様が油断してうっかり遅れをとっただけなんですから。いくらポンコツで変態でいろいろ小さいことに定評のある白夜叉さまでもこれ以上のポカはありませんよ」
「黒ウサギよ。お主は私の事をそんな風に思っておったのか? あとで詳しく話を聞かせてもらったほうがよさそうだの」
すっかり置き去りにされた白夜叉の呟きも当然のように流し、黒ウサギは京一郎を思いとどまらせようとする。
「うむ、何を言っておるのだ、黒ウサギよ。そもそも魔王の決闘とは互いに死力を尽くしての戦いであろうに。どちらかが死ぬか、それとも互いに戦闘不能で戦えなくなるか以外の決着などあるはずも無かろう」
「な、何ですか、そのイカレタ戦闘狂の発想は! ここは箱庭です。ルール無用の残虐バトルなんてローカルルールは通用しないんです!」
しつこく食い下がってくる黒ウサギに付き合ううち、京一郎の高揚も治まってしまった。一応、この未知の世界に呼び出してもらった事に免じて黙って聞いていたのだが、すっかりと気勢がそがれてしまった形だ。
それは白夜叉も同じようで、軽い音を立てて地に降り立つと、もみ合う京一郎と黒ウサギに近づきながら言った。
「どうやらここまでのようだの。今更仕切りなおしで再開と行くわけにもいかんであろう?」
渋々とだが京一郎もその言葉には同意するしかなかった。
なお白夜叉の使う恩恵とかはわりと適当。口では物騒なことを言っていますが、ちょっと痛めつけるだけで一応は試しなので、使っている恩恵も一つだけです。
そこを京一郎につかれてああなった訳ですが。
それと以下に現在まで作中で登場した京一郎の権能を上げておきます。
現在の権能は6+1。一応つけられていた賢人委員会の仮称の後に本人の自称が続きます。下に続く説明も賢人委員会による仮初のものです。
第一の権能:異界(???)
異界を産み出す権能。
第二の権能:異形の軍勢(百鬼夜行)
万物より異形を産み出す権能。
第三の権能:光の武器(???)
光を武器に変えて投じる権能。
第四の権能:光鳥招来(雷鳴の主)
光り輝く巨鳥を将来する権能。
第五の権能:黒き太陽(冥界の焔)
地底より黒き太陽を召喚する権能。
第六の権能:unknown(暴風の剣)
不明。
第七の権能:unknown (???) ※京一郎がまだ把握していない権能。
不明。
この決闘だけで半分以上の権能を使用しています。つまりはそれだけやばかった。
それと念のため。現実でサクラの枝を折ってはいけません。植物は大切にしましょう。絶対に真似しないように。