問題児たちとロクデナシの魔王が異世界から来るそうですよ? 作:慢性睡眠不足
とりあえずは「貸し」として白夜叉の呪縛を解いた後、一行は黒ウサギの案内に従いノーネームの本拠へと向かう。
だが半刻ほどの時間を経てたどり着いた一行を出迎えたのは、かつての興盛を思わせる広大な敷地とそれを壊滅させた魔王の爪痕だった。
門を抜けてすぐに広がっている居留地は、昔は人で賑わった場所だったのだろう。しかし今では石造りの建物は崩れ落ち、木造の家も朽ちて久しい。
整備されていたはずの街路は砂に埋もれ、道に沿って植えられていた樹木も、全て石の様な有様で立ち枯れている。
さらに長らく人が住んでいない様子にもかかわらず、そこには雑草一つ、ねずみ一匹も見当たらないのだ。
その死した街を見た十六夜は、黒ウサギへと問いかける。
「……おい、黒ウサギ。お前のコミュニティが件の魔王に襲われたのは――今から何百年前の事だ?」
「……僅か、三年前でございます」
その返答に十六夜は不敵な笑みを浮かべた。見たところ数百年は軽く経過していそうなこの目の前の廃墟がわずか三年程度の月日しか経っていないというのだ。
今までの自分の常識では有り得ない事を為した存在が、この世界にいる。その証明を目の当たりにして、十六夜は背中に心地よい冷や汗を感じていた。
「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃ、まるで人間だけがふっと消えてしまったみたい」
「……生き物の気配もない。空き家になって随分立つのに、獣も寄り付かないなんて」
周囲を散策する飛鳥と耀も、風化しきった街並みにそれぞれ重い声で感想を残す。
「……魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らは己の力の誇示と見せしめのため、戯れにゲームを挑んでは、目をつけた相手を完全に屈服させます。連れ去られずに僅かに残った仲間達もこの光景にみんな心を折られて……ここから去っていきました」
散策を終えて戻ってきた問題児達に、魔王について固い口調で語る黒ウサギ。その抑揚のない声は押し殺した感情の激しさを表している。
それを聞いた飛鳥も耀も、複雑な表情で廃墟を眺める。しかし十六夜は瞳を輝かせて、不敵な笑みと共に呟いた。
「――はっ、魔王か。いいぜいいぜ、想像以上に面白そうじゃねえか……!」
(ふむ。そういえば、かの老公爵も似たような諸行をしておったか。世界が変わっても魔王という存在がやることに大して違いはないということかもしれん)
残った京一郎はというと、目の前の光景を先達の同属による過去の諸行と比べ、密かに笑っている。
とはいえ、魔王の存在に怯えるもの、圧倒されるもの、そして笑うものとそれぞれ違う感想を抱けど、その場の面々はその光景を深く心に刻んだのは確かだった。
思考を現在へと戻した京一郎は、しばらくその魔王が見せしめに残したという風景を眺め、足元の荒廃した土などを手にとっていたりしたが、ふと思い立って黒ウサギへと問いかける。
「時に黒ウサギよ。これを為した魔王は、今何処にいるのだ?」
先ほどの白夜叉との決闘ではやや不完全燃焼であったこともあり、早速喧嘩を売りにいこうと即決した京一郎だが、その返答は芳しいものではなかった。
「申し訳ありません。三年前に襲ってきた魔王の居場所はおろか、その正体ですら分かっていないのです」
「分からない? それは奇妙な話だのう。かつてこの東地区一のコミュニティを壊滅させた魔王の正体が不明とは。というかお主らは相手の正体も分からんのに、奪われた名と旗を取り返す気であったのか?」
「うっ、それは……」
京一郎の指摘に黒ウサギは答えられずにうつむいた。どうやら改めて自分達のやろうとしている事の困難さを思い知ったらしい。
別に京一郎としてはその事を責める気はなく、むしろそれぐらい高いハードルがあったほうが面白いのではないかという認識だったが。
黒ウサギ達が掲げる再興については一ミリも興味がない京一郎だが、これを為した魔王については別である。この階層の守護者である白夜叉に尋ねれば詳しい話を聞き出せるかもしれないが、せっかく作った貸しをすぐに返してもらうというのもつまらない。
故に京一郎は別の手段を取ることにした。
「ふむ、黒ウサギ。少しこの地を調べさせてもらっても良いか」
「えっ? はい、構いませんけど」
京一郎の申し出に訝しがりながらも黒ウサギは許可を出す。それを聞いた京一郎は一行から少し離れた場所まで歩くと、『召喚』の魔術を使って再び装飾された神剣をその手の中に呼び出した。
「あれって、白夜叉と戦った時にも呼んでいたわよね」
「たぶんそう。でもそういえばあの剣、何に使うものなんだろう?」
「……そうか。あの剣はそういう目的のためか……」
不思議な顔で京一郎が先の一戦と同じく地に剣を突き刺す様子を見守る飛鳥や耀の隣で、十六夜は何かに気がついたように笑う。
それらの背景には全く気を留めず、意識を集中した京一郎は握った剣を介してこの荒廃した地の状態を探っていった。
(やはり、ここにはまだその魔王の力が残っておる。予想通りといったところか)
三年の時が経っても雑草一つ生えていないのだ。それはつまり未だに残留している魔王の力がこの地を蝕んでいるのではないかという予想は見事に当たった。その力の詳細をさらに突き止めるべく京一郎は己の呪力を言葉と共に剣へと注いでいく。
「ここは我が国、我が王国。
力を発揮する呪言と共に京一郎は剣の力が及ぶ影響範囲を拡大していった。
京一郎が”地制の剣”と名づけたこの大剣は、”天握の弓”や”平定の琴”と共に京一郎が最初に奪い取った権能、”王国創生”の一つである。
国造りの神”大国主”より簒奪したこの権能は武具でもって天地を支配下に置き、琴でもって異界となった王国を成立させることが出来るのだ。
その一角を為すこの剣は、武器としては切れ味の悪い頑丈な鈍器ぐらいにしか使えないが、触れた土地の支配権を得るだけではなく、その地に満ちる力を吸い上げたり、あるいは逆に力を送り込んでその地の霊脈や地形をある程度操作することを可能とする。
先の一戦においても、白夜叉のゲーム盤の支配権の一部を得て、こっそりとその力を奪い取っていたのだ。
剣の力を使って件の魔王の正体を突き止めようとしながら、ついでに土地の浄化も試みようとした京一郎だが、その目論見は上手くいかなかった。
(力比べのつもりであったが、やはりそう簡単にはいかぬか。土地にかけられた呪いは強力で霊脈もほとんど涸れ果てておる。……ここまで死んだ土地を蘇らせるのは、今の全呪力を絞っても無理であろうな)
破壊よりも再生のほうが数倍も困難とはいえ、三年前の力の名残がいまだに広範囲に根付いている。これを全て浄化する事は出来ないと判断した京一郎は、代わりに再度『召喚』の魔術を使って新たな剣を呼び出した。
こちらは全長一メートルほどの無骨なロングソードであり、柄に四角く整えられた赤い輝石がはめ込まれている以外にはたいした飾りもない。
一応それなりの霊装ではあるが、今手に握っている神剣には到底及ばない代物である。
右手を”地制の剣”の柄尻に当てたまま、京一郎は左手一本でこのロングソードを投じて少し離れた場所へと突き刺した。
それから再び意識を集中し、剣の支配下に治めた廃墟に巣くう魔王の呪いを土地から切り離すと、それを突き刺したロングソードへと注ぎ込んでいく。
霊剣の許容限界一杯まで魔王の力を注ぎ込み、あらかたの土地の浄化がなった頃を見計らって、京一郎は剣を握る手を離した。
「ふむ。廃墟に残った魔王の力の大方の解呪と、その力を秘めた魔剣の作成。此度はこの程度にしておこうか」
その言葉と共に京一郎は神剣を引き抜くと、それを送還しながら作り出した魔剣の元へと歩いた。
五分ほど前には白銀に輝いていた長剣は、今やその剣身を黒く染め、赤く輝いていた輝石も深い紫色の光を返している。
地に刺さった魔剣を引き抜き、それを様々な角度から見て京一郎はその出来を検分をする。そして満足そうにうなずいた後で、京一郎は魔剣を握ったまま、黒ウサギ達の元へと戻ってくるなり言った。
「魔王の力を込めた剣であるから、魔王剣というのはどうであろう」
「いくらなんでも安直過ぎない?」
「どうせなら、魔王ソードとか」
「おいおい。それをいうなら超☆魔王ソードだろうよ。せっかくだし、もっと素敵な名前をつけようぜ」
京一郎の命名に対し、飛鳥が呆れた声で口を挟んだ。すぐさま耀も提案をし、悪乗りした十六夜も参加して様々な案が出される。
しかし結局は元の名前に落着したところでおそるおそる黒ウサギが問いかける。
「あ、あの。京一郎様。それは、一体何ですか?」
問いかけの声が震えているのは京一郎の持つ剣を恐れているからであろう。彼女のコミュニティを滅ぼした元凶、その魔王の力を感じる剣を怯えるように見つめている。
そんな黒ウサギの様子に気にも留めず、京一郎は答えた。
「うむ、これはこの惨状を為した魔王の力を宿した剣よ。この地より抽出した力の残滓をここに封じている。見たいか? しかし迂闊に触れればかなり酷いことになると思うが」
「なっ!? なんで、そんな物騒なものを!」
「いやなに、件の魔王は正体不明なのだろう。ならばこの剣を元にそれを探せぬかと思ってな」
「! 成る程。そ、それなら確かに私達のコミュニティの名と旗を取り戻す手がかりになるかもしれません」
京一郎の答えに黒ウサギは希望を見つけたように顔を輝かせた。今は無理かもしれないが、いつか奪われたコミュニティの名と旗を取り戻す際に、件の魔王と争うことになった時、その魔剣から得られる情報は力になるかもしれない。
しかし黒ウサギにとって、それは「いつか」役立つかもしれない希望であっても、問題児達にとってはそうではなかったようだ。
「おっ、そりゃいいな。早速、噂の魔王にたどり着けるってもんだ」
「ちょっ!? 駄目ですよ、十六夜さん。今の私達では敵いっこありません。白夜叉さまにも言われたではありませんか。今は力をつけていかないと……」
「オイオイ、どんな相手か先に知っておいたほうが後でやりやすいだろ。何、心配すんな。ちょっとその面を拝んでくるだけだ」
「あら、なら私達も行きましょうか。どれぐらい強くなればいいのか、いい目安になるわよね、春日部さん?」
「……楽しみ」
「だ、駄目です! 危険すぎます!!」
早速、その魔王を見つけ出して、見に行こうと提案した十六夜に慌てた黒ウサギは静止の言葉を叫んだ。しかし乗り気なのは飛鳥と耀も同じらしい。
問題児達の行動をなんとか止めようとする黒ウサギだが、その騒ぎは続く京一郎の一言で一気に鎮められる。
「何を盛り上がっているかは知らぬが、この剣はわたしのものだぞ。当然、魔王についても同様だ。知りたくば自分達で何とかするが良い」
「なっ……」
その突き放した言葉に黒ウサギは絶句した。問題児達も目つきを険しくし、周囲の空気が張り詰める。十六夜にいたっては凄惨な笑顔を浮かべて早速臨戦態勢へと移行していた。
「へえ、面白いな。欲しいなら力づくで奪ってみろってか?」
魔王の前にますは京一郎にと戦いを仕掛けようとする十六夜だったが、対する京一郎の反応は冷やかだった。
「何、寝言を言っておる。力の差に恐れをなして引き下がるような奴を、なぜわたしが相手をせねばならんのだ」
交戦の意思を叩きつけてくる十六夜を、しかし京一郎は冷たくあしらった。先の白夜叉戦を通し、すでに京一郎は三人に対しての格付けを済ませている。故に戦闘に対しては興味がない。
まあ白夜叉相手には引き下がったのに、京一郎相手には悩まず即座に戦いを挑んできたということを考えれば、面白いはずがないのだ。
とはいえ、これがはた迷惑な老公爵や好戦的な教主ならば、身の程知らずとでも言って問答無用で叩き潰そうとするかもしれない。しかし一応、京一郎は常識というものを知っている。
故に子供の戯言を、一々真面目に取り合うようなことはしない。
黒ウサギによればこの問題児達は人類最高の恩恵を持つらしく、京一郎としても将来大騒動の花を咲かすことぐらいは期待している。しかし、まだろくに芽も出していない種にはなんら興味もなかった。
「なっ!?……」
一方、挑戦を一顧だにされずに蹴られた十六夜は声を失った。常日頃から”天は俺の上に人を作らず”と豪語してはばからない彼を、京一郎は格下として断じ、その看板ごと蹴り飛ばしたのである。
おそらくは生まれて初めてだったのだろう。先の白夜叉での一件を持ち出されたこともあり、思わぬ事態に十六夜は一瞬だけ動きを止めてしまう。
その隙を逃さず黒ウサギが押さえ込み、代わりに前に出たのは何かを思いついたような顔をした飛鳥である。
「……ねえ、空鳴さん?」
「何か?」
「取引なら受けてくれるかしら?」
その発言に対し、京一郎は鷹揚な頷きを返す。力が駄目ならそれ以外で、と考えた切り替えの早さを面白がったせいである。
白夜叉も試練の時に”力”と”知恵”と”勇気”のどれかで挑戦しろと言っていたではないか。ならば一度くらいはギフトゲームという箱庭の流儀にしたがってみるのもいいだろう。
そんな思惑から京一郎は、飛鳥に言葉の続きを促した。
「まあ、それなら構わんが。それで対価はどうするつもりだ」
「……そうね。じゃあ、出世払いというのは、どう?」
「ふむ。……成る程、将来どれだけの価値をつけるのか楽しみにしていろということか」
飛鳥の持ち出した対価は一応は京一郎を満足させるのに十分であった。
今あるもので駄目なら、未来を。たとえ釣り合いが取れなくても興味さえ持たせてしまえば目の前の青年が取引に乗ってくるであろう事を彼女は先の一件から学んでいた。
どの道、飛鳥にとって強くなることは決定事項なのである。ならば未来の自分が用意する予測不能なものを高く売りつけてやればいい。
その魂胆を知った上で京一郎は取引に応じる。
「おまけとして封じの呪布も巻いておこうか。渡した途端に即死されてもつまらぬし」
そう言いながら大き目の包帯を一巻き呼び出し、魔剣の剣身にグルグルと巻きつけていく。その表面に刻印された呪印が淡く光って効果を発揮しているのを確かめた後、京一郎は魔剣を飛鳥へと引き渡した。
「期待しておるぞ」
「任せておきなさい」
受け取った魔剣を二、三度振ってその感触を確かめた後で、飛鳥はくるりと黒ウサギのほうを向いて語りかける。
「はい、手に入れてあげたわよ」
「あ、ありがとうございます! 飛鳥様ー」
照れくさそうに笑う飛鳥に、感極まった黒ウサギは抱きついた。
「まあ、正体を探るならば別にこれぐらいでも問題はなかろう」
その様子を見ながら、呟いた京一郎は再度『召喚』の魔術を行使して、今度は小ぶりな短刀を呼び出した。それを先ほどと同じ工程で魔剣へと作り替えた後、黒ウサギに向かって提案する。
「ところで黒ウサギよ。わたしの寝泊りする場所はこの廃墟で構わぬが」
「いえ、京一郎様は大事なお客様です。行き届かないところもあるでしょうが、全力を持ってお世話させていただきますので、どうぞ本拠の方へ」
言外に目を離しておけるものかと意味を込めた黒ウサギに連れられ、一行は廃墟を後にした。
気まぐれに手を出すことはあるかもしれないけど、基本的には不干渉というのがノーネームに対する京一郎の対応です。
一応、放っておいても面白いことを引き起こしてくれるだろうという程度の期待はあるかもしれませんが、少なくとも今のところは魔王や神仏修羅のほうに意識が向いています。
なので今後の展開も、原作からはそれほど乖離しなくなるはず。多分。
あと場面カットのせいで飛鳥はともかく十六夜や耀はかなり出番が少なくなってしまっているので、何とかそこも改善します。
それと以下に今回出てきた権能の説明を。
”王国創生”
京一郎が初めて手に入れた権能。賢人委員会に残された資料では”異界”と仮称されていた。
元は国造りの神である”
その権能は装飾の施された剣と弓、琴を産み出すというもの。この剣と弓によって天地の境界を造り、その二つから生み出す琴でもってその領域を異界として成立させる。
剣や弓は支配下に治めた領域を多少操作することができるが、精々が土地の力を吸い上げたり、霊脈を乱して天候を変えたりする程度。本格的な制御は琴の段階になってようやく可能となる。
異界の展開はおよそ数十キロ四方まで可能だが、範囲が広くなればなるほどにその維持にも力が必要になる。短期ならば京一郎の呪力で賄うこともできるが、基本的にはその土地の力を利用するため、場所によって制限を受けてしまう。
そのため、もし大規模な異界を展開したい場合は、まずその周辺の土地の霊的改造から着手しなければならない。
またこの権能で生み出した異界同士を繋げることも可能である。ただし先に挙げた問題から、一時的に通路を開くという形でつながることが多い。
第一の権能は、出雲神話の主人公”大国主”より頂きました。カンピオーネ!著者の別作品である”クロ二クル・レギオン”でも話に出てきましたね。
見て分かるとおり、強力といえば強力ですが直接戦闘向きの権能ではありません。しかもこれが第一の権能。
そのため京一郎は、次戦では剣を鈍器代わりに生命力にあふれる相手と、およそ一週間に渡って殴り合うという、非常に泥臭い戦いを繰り広げていました。
執筆と修正にかかる時間から、今後の投稿は一週間に1、2回のペースになりそうです。
それではまた次回に。