問題児たちとロクデナシの魔王が異世界から来るそうですよ? 作:慢性睡眠不足
明日ノーネームの問題児達とゲームを行うことになったガルドは、今まさに追い詰められていた。
野心家であった彼は傘下となった魔王の名の元にこの地域の支配を進めて勢力圏を広げ、ゆくゆくは神格級のギフトを得るという展望まで描いていたのだ。
手段を選ばないコミュニティの拡大も、”ノーネーム”が起死回生をかけて呼び出した人材の横取りも、全てはその未来のためである。
森にいた頃の武器であった牙と爪を捨て、知恵と策謀を手にのし上がり、誇りを捨てて外道に身を落としても望んでいた未来。
しかしそれもいまや幻となろうとしている。そのことを彼は否応なく悟ってしまう。
「くそっ!……く、くそくそくそ、ドチクショオォォ!!!」
以前から狙っていた黒ウサギを手に入れる。その千載一遇のチャンスを前にして、先走ってしまった。
その結果こうして追い詰められ、周囲のものに当り散らして荒れているのだ。
一応、明日のゲームに勝利できれば、ガルドの悪行を知ったあの連中を黙らせることは出来る。公衆の面前で発覚したためにこの都市にはいられないだろうが、財産を抱えて外に逃げ出すこともできるかもしれない。
そうなれば、ほとぼりが冷めた後でまた再起を目指すことも可能だろう。
だが、その望みはほとんどないのだ。
昼間の一件により、ガルドは明日のゲームに敗北することを理解してしまっている。なにせ、あの久遠飛鳥とかいう女のギフトによっていいように操られてしまったのだ。
どんなに自分にとって有利なゲームを用意したところで、精神を操作されてしまえば勝ち目などあるはずも無い。
冷静になった後にその事に気がついたものの、すでに手遅れだった。忌々しい契約のためにゲームからの逃亡も出来ず、もはやこうやって周囲のものに当り散らしながら、敗北と断罪の時を待つことしか今のガルドには許されていない。
だが、決まったはずの未来を変える来訪者が現れたのは、その時だった。
「――ほう。魔王の配下が”名無し”風情に負けるのか。それはそれで楽しみだ」
「っつ、誰だ!?」
凛とした声と共に割れた窓から風と共に入ってきたのは、華麗な金髪をなびかせた十代後半と思しき女性だった。
虚勢を張るガルドに対し、明らかに只者ではない気配を纏わせた来訪者は”鬼種の純血”を名乗る。
その突然の来訪者がもたらした情報は、絶望に溺れていたガルドをさらなるどん底へと引きずり込む。
件の”ノーネーム”には昼間あった連中とは別に、神格保持者を真っ向から打ち破る人材がいる。
告げられたその事実を前にして、完全にガルドの牙と心は折れて砕けた。半狂乱になりながら、溜め込んだ金品を抱え、無駄と分かっている逃亡すら試みようとする。
そんな醜態をさらす虎人に対し、来訪者はある取引を持ちかけた。
それは新たなギフトを、”鬼種”のギフトを与えるというもの。選択肢の無いガルドはその取引を受け入れ、そして……。
「さてさて。どう出る、新生”ノーネーム”」
かつてガルドという名前だった獣を前にして、その来訪者、”箱庭の騎士”と呼ばれる少女は妖しげに笑う。
――昼間、ガルドをコケにした青年が最強の階層支配者を名乗る白夜叉と戦い、土をつけた。
その事実を隠して取引を成立させた彼女は、ただゲームの開始を待ち望んでいた。
対戦相手の身に起こった事を知るよしもない京一郎たちは、黒ウサギの案内により、ノーネームの屋敷へと案内されていた。
ホテルのような巨大な屋敷に辿り着いた問題児達を出迎えたのは、先に別れた少年ジンと、彼に率いられた百人を超える子供である。
半数以上が獣の耳や尻尾といった明らかに人間ではない特徴を持っていたが、それでも平均年齢が低いことには代わりがない。
(……マジでガキばっかだな)
(は、話には聞いていたけれど、実際目の当たりにすると想像以上ね)
(……私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)
三者三様に複雑な感想を抱く問題児達だが、今後ノーネームで生活していく以上は彼らと上手く付き合っていかなければならない。
それがコミュニティの掟であり、また彼らのためもならないとまで黒ウサギに言われてしまえば、黙って年少の世話役を受け入れるしかなかった。
一方の京一郎は気楽だ。世話になるのは同じでも、客分でしかない彼はそこまで深刻に考える必要もない。
そもそも子供は嫌いではないため、元気な声で挨拶をしてくる彼らを見ても、表情を緩ませている。
「「「よろしくおねがいしまーす!!」」」
「うむ。元気がいいことだ。……いろいろと仕込みがいが、ありそうだしのう」
「み、みなさーん。この人の言うことはあまり信じてはいけませんよ。絶対です!」
「???……」
柔和な笑みと共に出された京一郎の不穏な呟きを聞き逃さず、黒ウサギが引きつった顔で警告する。しかし言われたほうはというと、無邪気な顔で首を傾げるだけであった。
そんな一幕を経て、一行が屋敷に落ち着いた頃にはすでに夜中になっていた。ここに来るまでの道中で貯水池に水樹の苗を設置したことで、屋敷や別館の水周りは復旧している。その恩恵に早速預かろうと、問題児達は風呂を所望し、黒ウサギは浴場の準備に取り掛かった。
しばらく使われていなかった浴場を黒ウサギが掃除している間、問題児達は貴賓室へと集まって時を過ごしていた。
「ゆ、湯殿の用意が出来ました!」
ややあって準備が出来たと黒ウサギの呼ぶ声が届き、十六夜は快く先に女子勢へと風呂の権利を譲った。
三人を見送った後、なにやら思惑を抱えた顔で外に出ようとした十六夜だが、その途中ではたと気がつく。
「……そういや、アイツはどこに行ったんだ?」
女子三人が大浴場にて交流を深めていたその頃、京一郎は巨大な屋敷の屋根の上にて月見酒を楽しんでいた。
天幕越しに見える十六夜の月はようやく上天に昇ったところだが、それでも異世界とあってか
「……うむ、今日はこれで我慢するとして、次の機会があればこの地の酒の味も確かめるとしよう」
そんな感想をもらしながら『召喚』で呼び出した酒瓶の中身を杯へと注ぐ京一郎の横には、装飾に彩られた琴が置かれている。
時折、気まぐれにその弦を爪弾き、また杯に口をつけては月を仰ぎ見る京一郎。しかし彼が見ているのは、天幕の向こうの月だけではなかった。
「……やれやれ、上の月はおとなしく鑑賞されているというのに、下にいる月は随分と元気なものだ」
そう呟く京一郎の視線は屋敷のすぐ隣にある別館へと向けられる。そこでは今ちょっとした騒ぎが起きていた。
現在は警備上の問題からノーネームの子供達が寝泊りしているというその館の前で、仁王立ちしているのは十六夜だ。月明かりにその身をさらした少年が、周辺の森へ向かって呼びかけている。
しかし何度呼びかけても答えがないことに痺れを切らしたのか、ついには手ごろな石を拾って叩き付けだした。途端に窓ガラスを揺らすほどの爆発音が連続して響き、辺り一面の木々が吹き飛ばされる。
森を砕いてふるいにかけた十六夜は、そこに混ざっていた影を次々と地面に叩き落していった。
「やれやれ、風情のない事だ。夜は静かにするものだろうに……」
呆れた感想を示す京一郎の眼下で、騒ぎを知ったジン少年が慌てて外に出てくる。何事かと問い詰めてくる彼に対し、侵入者という分かりやすいたった一言を突きつけた十六夜は、ようやく起き上がったその影達へと相対した。
おとなしい月に照らされたそのシルエットには獣の特徴が見て取れる。
「ふむ。あのガルドとかいう奴の配下か。この期に及んで人質でも取りにきたのか。……それにしては敵意が感じられんが?」
今も十六夜達を遠巻きに見つめる彼らに敵意がないのを見て取った京一郎は首を傾げた。同じ事は十六夜も感じていたのか、侵入者達に向かって声をかけている。
問われた獣人たちの群れは、目配せで意識の共有を行った後に意を決して話し出した。
「頼む! 我々の……いや魔王の傘下であるフォレス・ガロを完膚なきまでに叩き潰してくれないか!!」
「嫌だね」
頭を下げて吐き出された決死の言葉をしかし十六夜はにべもなく切り捨てた。半口をあけて固まる獣人たちに十六夜は興味を失ったように背を向ける。
「どうせ、お前達。あのガルドとかいう奴に脅されて、人質でも取りに来たってとこだろ」
「は、はい。我々も人質を取られて、ガルドに逆らうことは……」
侵入した目的をあっさりと言い当てられ、彼らは自分達の境遇を訴えかけようとする。しかしそれを聞く十六夜の対応は淡白だった。
「ああ。その人質な。もうこの世にいねえから」
「なっ……!?」
「い、十六夜さん!!」
あっさり告げた十六夜の言葉に、獣人達は驚きに固まり、ジンが抗議の言葉を発した。しかし彼らこそがその人質をさらっていたという十六夜の指摘にすぐに言葉を止める。
十六夜の言葉に信じられない思いを抱いていた獣人たちも、ジンの肯定を聞いて信じざるを得なくなったのだろう。その場で項垂れ、嘆きの声を上げ始めた。
取られた人質を救うためにその手を汚してきたのに、すでに取り戻す人質は殺されていたのだ。その事実を知った彼らの衝撃は大抵のものではないだろう。
「まあ、はたから見てれば当然の報いにしか見えんが。悲劇にしても出来はあまりよくないのう」
少々不味くなったように感じる酒を飲みながら、京一郎は再び視界を天の月へと向けた。地上の出来事に見切りをつけ、再び月見を楽しもうとする京一郎だが、舞台はまだ終わっていなかったらしい。
「お前達、ガルドが憎いか? 叩き潰されてほしいか?」
「ほう、なにか面白いことでも思いついたのか?」
十六夜が笑顔と共に項垂れる侵入者達へと近づいて話しかけた。まるで新しい悪戯を思いついたかのような声色に、京一郎はまだしばらく地上へ目を留めておくことにした。
その視線に気がついているのか、十六夜は芝居たっぷりな口調で話を続ける。その意図せぬ競演者達が、復讐を望むもその力のなさを指摘され、再びうつむいたところで十六夜は言い放った。
「じゃあ、”魔王”を倒すコミュニティがあったらどうだ?」
「「え?」」
「はあ?」
続く十六夜の言葉にその場の面々が顔を上げる。京一郎もまた十六夜を見ていた。なにせついさっきその魔王に挑戦を蹴られたばかりなのだ。
それからまだ数時間と立たないうちに出されたその発言に疑問と興味を持って、京一郎は次の言葉を待つ。
全員の視線を独占したところで十六夜は傍らのジンの肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「ここにいるジン坊ちゃんが、”魔王”を倒すためのコミュニティを作るといっているんだ」
「なっ!!」
話題に上げられたジンを含め、その場にいた面々が驚愕する中、京一郎は十六夜の思惑を察して不敵な笑みを浮かべていた。
「なっ、何を考えているんですか!!」
場所を本拠の最上階にある大広間に移したジンは先の一連の発言についてその真意を問いただそうとする。
とはいえすでに事態を収拾するには遅い。彼が呆然としている間に、十六夜は侵入者を放し、おまけに他のコミュニティにも先ほどの話を広めるように命じていたのだ。
今頃は、もうかなり大きな噂になっているだろう。しかしだからといって少年の憤りが収まるわけがない。
「どうせ、”打倒魔王”が”打倒全ての魔王とその関係者”になっただけだろ」
対する十六夜は憤る少年にそう答え、さらにはそのキャッチフレーズまで考案してみせる。そのふざけた様な態度から、面白半分にコミュニティを魔王との戦いに巻き込もうとする魂胆なのかと疑うジンだが、返ってきた答えは彼の思いも寄らないものだった。
「いいや、これはコミュニティの発展に不可欠な
「さ、作戦?」
訝しがるジンに十六夜はその詳細を語っていく。
ギフトゲームに傘下を続けて力をつける。しかしそれだけでは足りない。コミュニティを大きくするためには優れた人材の獲得が必要なのだ。
しかし己の才を頼りに生きている強大なギフト保持者が名も売れていないコミュニティに加入してくれるわけがない。その不利を背負った状況で、かつてのノーネームを以上の力をつけなければ、魔王の打倒は為し得ない。
今の今まで考えていなかったその事実を淡々と突きつけられ、己の見通しの甘さを後悔するようにジン少年はうつむいた。前に立ちはだかる現実と、それを成し遂げるという責任の重さに肩を震わせる少年リーダーに、十六夜は悪戯っぽく笑いかける。
「今の俺達には名も旗印もない。――となるとあとは
その言葉にはっとジンは顔を挙げ、十六夜の意図に気がついた。白夜叉のような強大なリーダーは、時には旗印に匹敵するのだ。
少し希望を見出したジンに十六夜は作戦の狙いを続ける。名を上げるだけでなく、”魔王打倒”を掲げ、実際に勝利して見せることでさらにインパクトを出して噂を広める。
さらに同じく魔王打倒の志を持つものたちを引き込んで、勢力を大きくしていくのだ。
何より偶然とはいえ、明日ジンたちは魔王傘下のゲームに挑戦する事になっている。彼らに苦しめられた被害者も多く、さらに勝てるゲームとくれば、もう少年リーダーに反論する言葉はなかった。
とはいえまだ、彼はまだ大きな不安要素を忘れてはいない。それを踏まえてジンは十六夜に条件を出す。
「今度開かれるサウザントアイズのゲームに参加してください。そのゲームにはかつての仲間が、それも元・魔王だった仲間が景品として出品されるんです」
そのゲームで十六夜の力を示すと同時に、かつての仲間を取り戻してほしい。そう告げるジンの言葉は十六夜の作戦を補強する上でも重要なことだった。
「いいぜ。その条件。受けてやるよ」
不敵な笑みを浮かべてその条件を了承した十六夜だが、しかし悪そうな笑みへと変えて再びジンに話しかけた。
「――そういうことなら、もう一つ、こっちにも条件があるぜ」
「えっ? 何ですか」
いまさら追加で出された条件に首を傾げるジンに向かって、十六夜は言った。
「ああ。魔王を打倒することを掲げるって事は、当然、
にやにや笑う十六夜の言葉にジンは悪寒を感じながら後ろを振り向く。
その視線の先にあったのは開けはなれた窓。そして十六夜の月に照らされた窓枠に腰掛けて二人を見て笑う魔王、京一郎の姿だ。
「あ、あわわ……」
「いや、なかなか面白そうな話をしているのう。……それで
慌てる少年リーダーに対し、京一郎は満面の笑顔で問いかけの答えを迫った。
打倒魔王のコミュニティの結成。しかしそこには魔王がすでにいた。
魔王と問題児に翻弄される哀れな少年リーダーの運命やいかに。
次回の更新は来週末の予定です。