槌を振いし職人鬼   作:落着

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古代編
一振り目


 

 カン!カン!と金属同士がぶつかり合う硬質な音が山間の空間に響く。音の出どころを探ると、それは山中にある切り立った斜面にぽっかりと空いた洞窟から。

 洞窟の脇、人の頭の高さの場所に小さな穴が二つ空いておりそこから白い煙がもくもくと流れ出ていた。

 煙と音の湧き出る洞窟へ額に一本の角を持つ屈強な大男がのっしのっしと歩を進めてゆく。洞窟の入り口にたどり着くと、その体躯に見合う豪快な声を中へと向けて発した。

 

「おい!! 煙灰(えんかい)!! いるんだろう!?」

 

 大男が煙灰と誰かの名を呼び叫ぶ。しかし、しばし待とうとも返事は聞こえない。ただひたすらに何かを打つ音が響くばかりだ。大男はイライラしていることを隠す事無く足でタンタンと何度も地面を打つ。

 

「煙灰!! おい、煙灰!! 聞こえているんだろ!! おい!!」

 

 とうとう大男がしびれを切らし、叫び声に怒気が混ざった。しかし、それでも帰ってくる音はカン!カン!という打ち付ける音のみ。大男の額に青筋が浮かぶ。良く見れば身体もフルフルと怒りに震えているようだ。一度大きく息を吸えばドシドシと態々地面を踏み鳴らしながら洞窟の奥を目指して進んでゆく。

 洞窟内は大男一人が何とか通れる通路になっており、反対側から誰か来てもすれ違う事は出来そうにない。大男がさらに奥へズンズンと進んでゆけば、そこは灯りのともった広い空間。

 広間の一角から未だにカン、カン、と音が響く。大男が視線を向ければ、背丈がおよそ170半ばほどで煙の様に白い髪をし、着流しを纏った男が火のくべられた窯の前で槌を振う。顔は背を向けているために確認することが出来ない。

 

「おい、煙灰テメェ返事位しやがれ」

「……フン」

 

 大男が着流しの男、煙灰に声をかける。すると煙灰は一度だけ振り向くと鼻を鳴らし再び槌を振い始めた。大男の身体からメキリと音がし、筋肉に力が入って身体がさらに一回り大きく膨らむ。口元の端がヒクヒクと小刻みに痙攣し、こめかみの青筋がまるで網の様に幾筋も浮かぶ。

 

「テメェ、いい加減にしやがれ! ぶっ飛ばすぞ!!」

 

 大男がもう我慢ならんと煙灰に向けて足を踏み鳴らし歩く。煙灰もそれを察すると一度めんどくさげにため息を吐き、手に持つ槌を脇の地面に叩き付け首を一度鳴らす。力のこもった一振りで槌は持ち手の半ばまで地面へとめり込んだ。煙灰は立ち上がり振り返ると口を開く。

 

「俺が槌を振っている時には入ってくるなと何べん言えば分かるんだ、塊清(かいせい)

「やっと口利きやがったな」

「テメェ、ふざけてっと殴り倒すぞ」

「おぉ良いぜ、来いよ。鬼らしくて清々すらぁ。こんな穴倉に籠りやがって変わり者が」

 

 大男、塊清が腕を大きく左右に開き手首を来い来いと招くように動かした。塊清の態度に今度は煙灰が青筋を立て怒りを表す。煙灰の様子に塊清はしてやったと笑みを浮かべ口元を歪めた。

 

「テメェみてぇな馬鹿には言葉じゃ分からねぇって事だな」

「変わり者に馬鹿と言われるなんざ気にいらねぇな」

「頭開いて刻み込んでやるよ」

「かっかっか、良いぜ来いよ穴倉小僧」

「鳥頭の筋肉ダルマが」

「んだと、ゴルァ!!」

 

 塊清は煙灰の挑発で身体に妖力をみなぎらせる。身体が熱を帯び、蒸気が立ち昇るかのように妖力が揺らめき塊清の周囲が陽炎の様に熱と妖力で揺らめく。

 煙灰はため息をもう一度吐くと、足元の草袋を取り上げると背後の窯に投げ入れた。塊清は煙灰の行動を見ると、声をあげて非難を示す。

 

「テメェ、それは汚いだろ!! 殴り合うんじゃねぇのかよ!?」

「誰も殴り合うなんざ言ってねぇよ。殴り倒すって言ったんだよ。殴られるのはお前だけだ」

「この、また屁理屈こねやがって!! しゃらく――」

「おせぇよ」

 

 煙灰がそう言えば草袋が燃え上がり、大量の白煙が広間へと立ち込め視界を塞ぐ。洞窟の外へと通じる通路と、排気用の二つの穴だけではとても処理しきれない白煙が広まった。

 塊清が跳びかかるよりも早く、煙灰は白煙へと紛れる様に姿を消す。塊清が先ほどまで煙灰のいた場所に拳を突き出すも、手に感じる感触は纏わりつくように重さを感じさせる煙のみだ。

 

「どこい――ぐぅ!」

「馬鹿が。煙の中で俺に勝てると思うなよ」

「能力なんて使いやが――がっ!!」

「頭を使え、頭を」

「テメェは身体を――あが!」

「口が減らねぇな、テメェは」

 

 まるで変わらない塊清の姿に対して、煙灰の浮かべる表情は笑顔だ。全く、面白い友人だと煙灰は思いながらも殴りつける拳は止めない。

 塊清が暴れられない様に煙灰は的確に抉る。自身の工房で塊清に暴れられたら折角作った品々が汚れてしまうからだ。

 その後、しばらく固いゴムでも殴りつける様なくぐもった音と、塊清のうめき声が白煙の中から聞こえる。

 ドサリと重い物が地面に倒れる音がすれば、あれほど広間を覆っていた白煙が嘘のように消えていく。

 大の字で倒れる塊清と、傍らに立ちながら着流しの帯に刺していた煙管を吹かす煙灰が姿を現す。

 

「まぁ、これで勘弁してやるよ」

「テメェ、マジで覚えていろよ」

「今日の日の入りまで覚えていてやるよ」

「マジいつかぶっ飛ばしてやるからな」

「その話、もうここ数十年は聞いている気がするな」

 

 煙灰は皮肉気な笑みを浮かべると、煙管を吹かして煙を吐き出す。塊清は煙灰の吐く煙を見ながら口を開く。

 

「煙を操る能力とか弱そうなわりになんでそんなに強いんだよ、ったく」

「使い方の問題だ。頭を使え塊清」

「頭を使え、考えろ。お前はすぐそれだな」

「当り前だ。何のために頭がついているんだよ」

「頭突きの為だろ」

「筋肉馬鹿め。それに能力だって弱かねぇよ」

「そうか?」

「煙ってのは空気に何かが混ざったもんだ。つまり、俺の白煙の中は俺の妖力の中ともいえる。そこで俺に勝とうなんざ一生分早い」

「チッ……あぁーあ、うらやましいぜ」

「能力は生まれつきのもんだからな、羨んだって仕方あるめぇ。後天的に絶対得られないとは言わんが奇跡でも起きなきゃ無理だろうな。んで、何の用があって来たんだよ?まさか殴られに来たわけでもあるまい」

 

 塊清は煙灰の言葉でやっと本題かとでも言いたげな笑みを浮かべ、身体を跳ね起こした。服に着いた土を払い落としながらも煙灰に向けて本題を告げる。

 

「煙灰、人間の所に行こうぜ」

「行かねぇ」

 

 塊清の誘いに対し煙灰の反応は有無を言わせぬ拒否。塊清は煙灰のあまりの即答にカクンと上体から力が抜けた。しかし、すぐさま背を伸ばせば再び煙灰に視線を向ける。

 

「どうせわけわからん物を作っているだけだろ」

「訳の分からんとは失礼なこと言いやがるな」

「わかんねぇよ。あぁでもアレは良かったな」

「どれだよ」

「酒の美味くなる杯だ」

「酒酒酒酒、ほんとお前らはそればっかだな」

「言っとくがお前の方が少数派と言うか、お前だけだぞ」

「いいんだよ。俺は道具を作っているのが性に合っているんだよ」

「たく、変わり者め。それで?今日は何をこねていたんだよ」

「こねるってガキの遊びみたいに言うんじゃねぇよ」

「あぁあぁ、悪かったって。そうすねるなよ」

「すねてねぇよ」

 

 煙灰は不満げな表情を浮かべると、踵を返して窯の前に戻ってしまう。窯の中にいまだ燻って煙を出す草袋を、能力を使用することで煙を操り窯の火を消して中身を取り出す。

 火の消えた窯に向けて口から煙を吐き、妖術を用いて火をともす。血の様に紅い火が窯で燃え盛り揺らめく。

 

「相変わらず煙灰の妖術の腕前には舌を巻くな」

「テメェらが下手すぎるだけだろ」

「鬼の中でというか、他の妖怪全部含めたってお前以上に術に秀でた妖はいねぇよ。俺が保証するぜ」

「けっ、お前に保障されたってうれしかねぇよ」

「ひねくれ者が。声が嬉しそうだぞ」

「頭がダメだと耳まで使い物にならなくなるんだな」

「口の減らねぇ野郎だな」

「嬉しそうな声出しやがって」

「カンカンやり過ぎて耳がイカれたのか?」

「うるせぇよ」

 

 煙灰は金床に置かれている金属の棒の端を煙で持ちあげ、窯へと移す。

 

「なんだそりゃ?」

「剣だよ」

「なんでまたそんな武器を作っているんだよ」

「作りたいからだよ。それ以外に理由なんてない」

 

 剣が妖炎にあぶられ、赤熱する。煙灰はじっと見極めるように剣を睨みつけて動きを見せない。ただでさえ釣り目気味で厳つい目つきがさらに凶悪さを増す。

 眉間に刻まれる皺がさらに深くなる。炎の様に鮮やかな緋色の瞳が燃え盛る妖炎を受けさらに赤々と鮮やかに染まり煌めく。

 

「どんな剣なんだそいつは」

「使い手の能力に呼応して力を持つ魔剣だ」

「へぇ、面白そうだな」

「中々術を焼き付け、刻み込むのが難しい」

「楽しそうだな」

「楽しいさ。難しいものほど俺の心は燃え上がる」

「お前生まれを間違えているよな」

「違わないさ。鬼の馬鹿げた妖力のおかげで作れているんだ。他の妖ならこうはいかない」

「最近他の妖怪がお前の作る道具を何て呼んでいるか知っているか」

「知らん」

「くくく、だろうな。鬼の宝だとさ」

「そいつは偉く吹くじゃねぇか」

「そうか?あながちウソでもないだろ」

 

 塊清の言葉に煙灰は返答をすることなく、真っ赤に輝く剣を取り出し槌を打ち付け始めた。目を凝らせば槌が打ち付けられるたびに、打ち付けられた箇所から波紋が広がる様に光が剣を駆け抜ける。まるで剣が脈打っているかの様に光が何度も何度も広がっていく。

 

「で、お前はいつまでそこで突っ立っているつもりだ」

「人間の所に遊びに行くつもりだったが興が削がれちまったよ」

 

 塊清は肩を竦めて応えるとその場の地面にドカリと座り込んだ。腰についている瓢箪を取ると栓を開け中身を煽り酒を飲む。

 

「かぁぁ、うまいぜ」

「ここで飲み始めるのはやめろ」

「いいじゃねぇか。それとも邪魔して欲しいか?」

 

 塊清がそう言えば煙灰は黙るしかない。煙灰は舌打ちを一つすると塊清を追い出すことを諦め意識の外へと締め出す。そうと決めれば気にしていても仕方ないと、意識を目の前の剣に注ぐ。

 塊清は静かに酒を飲みながら煙灰を見つめる。我が親友ながら変わった鬼だと思いながらも、そんな煙灰だからこそ友人をやって居られるのだろうと塊清は思う。

 しばらくの間、煙灰が剣を熱し、槌で鍛えることを繰り返す。そうして何度繰り返したのかもわからない程熱し、鍛えを続けると煙灰は槌を脇へと置く。

 

「お、出来上がりか?」

「いんや、最後の仕上げだ」

 

 煙灰はそう言うと煙管を一吸いして、ふぅと煙を口から吐き出す。吐き出された煙は煙灰の手に集まると彫刻刀の形を成す。煙灰が白煙に妖力を込めると淡く輝き、色がつく。見た目は青白く発光する彫刻刀そのもの。

 

「ほぉ、器用なもんだな」

「妖術と能力の複合技だ」

 

 煙灰は手に作り出した彫刻刀で剣に紋様を掘り込んでいく。塊清にはまるで理解できない幾何学模様が彫り込まれていく。

 観賞用として見るならば何かしらの芸術性を感じるが、鬼はそういった物に対する造詣は深くない。煙灰は剣の掘り込みを終えると首を左右に曲げ、コリをほぐす。

 そして、彫刻刀を自身の指先に向け斬りつける。傷が作られ、血が指を伝う。

 

「そんなことまでするのかよ」

「妥協をするくらいなら最初からつくらんさ」

「へいへい、職人肌でございますね」

「まぁ、見ていろよ。今こいつに命を吹き込む」

 

 血の流れる傷を掘り込んだ溝に沿うように動かす。剣の溝に血が広がってゆく。片面の溝に血がすべて溜まれば、剣を裏返し同じように血を流む。裏返した剣の溝からは血が零れることは無い。両面の溝に全て血を流しこむと煙灰は傷口に妖術を施し治療を行う。

 最後に煙管をもう一吸いして、吹きかけるように剣へとかけた。吹き付けられた煙が溝の血に纏わりつくように蠢き重なる。剣と血、煙が淡く輝くと血と煙が剣に染み込む様に消えていく。剣は自らの完成を知らせるように一度キーンと高音を発して明滅をする。

 

「完成だ」

「使ってみてくれよ」

「お前で試し切りしていいのか?」

「勘弁してくれよ」

「冗談さ」

 

 煙灰は立ち上がり剣の柄を握ると振り心地を確かめるように一度振う。振った感触がしっくり来て一度考え深げに頷くと、剣に妖力を流し込む。剣は淡い白色の光を纏うと煙が剣の溝から立ち昇る。洞窟の何もない石壁に向けて剣をふれば、溝から漏れ出る煙が幾筋の鞭のようにしなり石壁をバターでも斬る様に食い込む。

 

「うぅん、微妙じゃないか?」

「まぁ、これは基本的な物だからな」

「他にも使い方が?」

「たとえば火を操る様な能力持ちならば、この剣を使えばどれだけ熱しようと決して溶けない。ただの剣で同じことをしてもすぐに溶けちまうからな」

「はぁん?」

「あぁとな……凄く頑丈でどんな能力にも耐えうるって話だ」

「頑丈な良い剣って事だな」

「説明しがいの無い野郎だな」

「お前が小難しい理屈こねるからだろ」

「頭突き以外にも頭を使え」

「おう、気が向いたらな」

 

 塊清の予想通りの返答に煙灰は苦笑を浮かべ、近場にある布で剣をくるむと洞窟内の壁に無造作に放った。

 完成品をさほど大事にするわけではないいつも通りの煙灰の様子に塊清も苦笑してみせる。

 溢れ出る創作欲をぶつけるように道具を作成する、変わった(友人)に改めて興味を持つ。

 

「よくわからん奴だ」

「何がだ?」

「お前がさ」

「急におかしな野郎だな。酒の飲みすぎか?」

「いいや、足りねぇくらいさ」

「飲むか?」

「良いね」

「待っていろ」

 

 煙灰はそう言うと広間から出口とは別の場所、倉庫につながる通路へ姿を消す。

 

「おい、受け取れ!」

 

 通路の先から煙灰の声がすると、杯が飛来する。塊清はそれを慌てて掴み取り、不満を表す。

 

「ばっかやろう! 割れたらどうすんだ!!」

「俺の杯を俺がどうしようと勝手だろ」

「うるせぇ、知るか! 酒が美味くなる杯がどれだけ貴重だと思っているんだ!! やっぱテメェ筋金入りの馬鹿野郎だな」

「あぁもう、ぎゃんぎゃん喚くなやかましい」

 

 煙で酒の入った樽を持ちながら煙灰が通路から広間へと戻る。片手には大きな枡を手にして。

 部屋の中央まで来ると煙灰はドカリと座り、樽を脇に置いて枡でそのまま掬う様に酒を酌む。

 

「ほら、勝手に飲め」

「まぁ、俺が杯を使わせてもらうんだ。やかましくは言わんさ」

「酒を飲んでいる時くらいだな、お前が俺の言う事を聞くのは」

「酒がありゃ世は事もなしってな」

「くっくっく、違いねぇな」

 

 鬼らしく煙灰も酒に目が無い。こうして馬鹿話をしながら酒を飲める友人と好きなことが出来るこの洞窟があれば煙灰は満足だと口を綻ばす。塊清も楽しげな友人の様子に笑みを深めると酒を酌む。

 

「馬鹿な友人に」

「変わり者の友人に」

 

 杯と枡がぶつかる軽いカツンとした音が鳴り、酒宴が始まる。翌日、酔いつぶれた鬼二人が川べりで死んだように項垂れている姿が確認できたという。

 

 

 

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