槌を振いし職人鬼   作:落着

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一一振り目

 

 

 倉庫からでて二人が向き合う。話したかった事が沢山あった様で、永琳から湯水のごとく言葉が溢れた。煙灰は苦笑しながらも、話に耳を傾けた。月夜見様がどうした、父の産巣は頭が固い、サグメさんは聡すぎて時折困る、一緒にいた二人は根性がない……尽きることなく話題が溢れた。

 最初は落ち着いて座っていたのに、話していると気分が乗って来たのか、身振り手振りが混ざり始める。

 久方ぶりの永琳が作り出す喧騒が心地いい。懐かしささえ覚える自分に、煙灰は可笑しさを感じる始末だ。綻びそうになった口元を小さく引き締める。

 

「よくそれだけ話せる物だ」

「煙灰が代わり映えしない生活をし過ぎなのよ」

「そんなもんかね」

「そうよ」

 

 ついつい煙灰が憎まれ口を叩くも、永琳の笑みは崩れない。永琳も煙灰の素っ気なく、けれどちゃんと聞いて応えてくれる対応が懐かしいのだろう。

 また、永琳が話を始めた。つらつらと、最近はどんなものを作っている、育てたい植物が上手く育たない、などなど話を続ける。

 苦笑しながら聞いている煙灰の耳が、永琳の声以外の音を聞きつけた。誰かが入って来たのかと思い、聞こえた音に意識を向ける。それは羽音だ。

 鳥類が羽ばたく際に出る、風を叩く音が煙灰の耳に届いた。煙灰が視線を洞窟の入り口へ向けた。

 永琳も、煙灰の視線が自分から通路に向いたことに気が付く。誰か、別の妖怪が来たのかと、僅かに警戒を見せる。

腰を浮かし、すぐに動ける体勢を取る永琳に煙灰は内心で称賛をおくる。あの無警戒娘が変わるものだと、感心したのだ。

 

「害はないから落ち着け」

 

 煙灰がそう言葉をかければ、永琳は僅かに首を傾げるも警戒を解いた。確かに、妖力やそれに類する力を感じない。それならば煙灰の言う通り害がないものなのだろうと。

 殆ど同時に永琳が腰を落ち着けるのと、音の主が広間へ入ってくる。全身真っ黒な鴉が一羽、姿を現した。鴉はそのまま迷うことなく空を飛び、煙灰の肩に止まった。

 そのまま一度鳴くと、毛づくろいを始める。

 

「煙灰が飼っているの?」

「そう思うのか?」

 

 永琳が不思議そうに煙灰に問い掛けた。煙灰が言葉を返せば、ぶんぶんと音が鳴りそうな程首がふられた。

 

「おい。聞いておいてその態度か」

「だって……煙灰が面倒見ている姿なんて……想像できないもん」

「まぁ、確かにその通りだがな」

「でも、それにしても懐いているのね」

 

 永琳が近づき、撫でようと手を伸ばす。伸ばされた永琳の指先をくちばしでつつき鴉は拒否を示す。

 

「むぅ。煙灰は良くてなんで私はダメなのよ」

「俺を睨むな」

「煙灰に懐くなんておかしいわ」

 

 不満をありありと湛えた表情で永琳が煙灰を睨む。面倒臭げに一度ため息を吐き、煙灰が口を開いた。

 

「まず、懐いているのは時折煙を浴びにくるからだ」

「煙を?」

「あぁ、そうだ。身体に付いた虫が鬱陶しいみたいだな」

「へぇ」

 

 永琳が興味深げに鴉を眺める。その瞳には好奇の感情が浮かんでいた。

 

「でも妖怪を怖がらないのね」

「妖怪が襲うのは基本的に人間だ。時たま食べるために襲う事もあるが。基本的に妖怪は人や恐れの感情を喰うから、めったにない。どちらかといえば人の方が獣には畏れられている」

「そうなの? 初めて知ったわ……」

「だろうな。俺も昔は知らなかった。後は妖獣も多いから、妖怪自体にも慣れているのも原因だろう」

 

 煙灰が付け加えた説明に、永琳が納得と頷いて見せた。同意を得られた煙灰は、いまだ肩に止まる鴉を手で払い退かす。退かされた鴉は不満そうに一度鳴くと羽ばたき、煙が外へ抜け出す穴のへりに止まった。

 身体に煙を浴びながら姿を隠してしまう。永琳はその様子を興味深げに眺めている。知的好奇心は今も昔も変わらず顕在かと再認識させられた。

 

「小娘、今日はもう帰れ。日暮れになるぞ」

「永琳よ、じゃなくてそうね。あまり遅くなるのも良くないから」

「おぉ……成長したな」

 

 煙灰がわざとらしく茶化せば、永琳がキッと睨む。向けられる視線にまるで取り合わない煙灰に、永琳は一度ため息をつく。このまま睨んでいても意味は無いと判断し、外套の下に髪をしまってフードをかぶる。

 途端に永琳の気配が希薄になった。今までは、霊力などは感じられなかったが、ある程度気配があった。けれど、最初と同じ格好になるとまた存在が希薄となる。煙灰は、込められた術に感嘆の吐息を漏らす。

 永琳はそれに気が付くことなく、自らの状態の確認をしている。何度か自分の身体を見下ろし、問題がなかったのか、頷くようにフードで隠れた頭が動いた。

 

「煙灰、またね」

 

 永琳が通路の前まで進み、振り返って言葉を紡ぐ。目深なフードで瞳は見えないが、煙灰はなんとなくだが、縋る様な視線をしているのだろうと感じた。

 ふ、と小さく鼻で笑う。煙灰の態度に、ムッとしたのか肩に力が入るのが外套越しでも解った。永琳がまた何かを言う前に煙灰が、口を開く。

 

「またこい」

「――うん!」

 

 欲しかった答えが貰えたからか、想像していたより煙灰の声が優しかったからなのか、どちらかは分からないが、永琳が弾んだ声で返答をした。

 煙灰が手をしっしと払えば、永琳がべーっと舌を出す仕草をして、通路へと消えていく。煙灰はしばらくその後ろ姿を見送る。

 僅かばかりの時間が経ち、煙灰が煙を吐き出す。吐き出された煙は、通路へと進み、暗闇へと消えて行った。そのまま、また少しだけ時が経つ。

 

「狐仙、もういいぞ」

 

 煙灰が声に出せば、鴉がぽんと軽快な音を立てて、四尾の妖弧。狐仙が姿を現した。

 

「いやぁ、びっくりしたー。旦那のねぐらに来たら人間がいるなんて焦った焦った」

 

 狐仙がわざとらしく汗を拭う仕草をしてみせる。煙灰がジトッとした視線を向ければ、それに気が付いた狐仙がニカッと笑い煙灰に近づく。

 煙灰が座す近くへとたどり着くと、尾を座布団に狐仙も腰を落ち着けた。

 

「あれが噂の旦那の弟子かい?」

「噂だぁ?」

「結構広まってるよ。鬼は声が大きいから」

「たく、彼奴らは……しかたねぇな」

「でさでさ、どうなんだい」

「そんなようなもんさ」

「ふーん、道理で……」

 

 狐仙は含みのある声色で呟くと、永琳の消えて行った通路を眺めた。狐仙の様子に煙灰が僅かに瞳を細めた。

 

「何かあるのか?」

「最近都の防諜の質が上がったの、知っているかい、旦那?」

「純狐がそんな事を言っていたな」

「うひっ、純狐の姉御が来たのかい!?」

「だいぶ前だから、いちいち怯えるな面倒くさい」

 

 四本の尾と耳をピンと立て、しきりに辺りを伺う狐仙に、飽きれた声がかけられる。かけられた内容に安堵したのか、張っていた尾と耳からへにゃりと力が抜け落ちた。

 

「わぁー、焦ったぁー。旦那も驚かすなんて意地が悪いなぁ」

「勝手に驚いただけだろうが。拳骨落とすぞ」

「あぁ、勘弁勘弁っ! 頭がへこんじゃうよ」

 

 拳を握って見せる煙灰に、狐仙が頭を抱えて蹲って返す。煙灰がため息を吐いて拳を解くと、狐仙も頭をひょっこりと抱えた腕の隙間から覗かせた。

 煙灰が煙管を手に取り、煙を吹かした。胡乱気な視線を向けられた狐仙は、つまみ出される前にと話を本筋へ戻す。

 

「防諜の質が上がったの、あの子が原因だよ」

 

 狐仙がぽつりと言葉を漏らす。感情が乗らない声。

 

「……そうか」

 

 煙灰が応える。狐仙が視線をあげて、煙灰の瞳を覗き込んだ。煙灰も逸らす事無く、視線を返す。しばしの間、無言が二人の間に降りた。

 煙灰が視線を外し、一度煙管を吹かして煙を吐く。消えゆく煙を見ながら口を開く。

 

「恨んでいるか?」

 

 端的な問い。けれど本質をついているであろう問い掛け。煙灰が鍛えた存在が、都の防諜の質をあげた。言い換えれば間接的に煙灰が殺したともいえるだろう。

 だからこそ、仲間の妖獣が狩られている狐仙に聞いたのだ。恨んでいるかと。

 狐仙は煙灰の問いかけに、すぐには応えなかった。同じように空間に溶け、消えていく煙をみつめた。煙が立ち消えると狐仙が口を開いた。

 

「別に恨んじゃいないさ」

「気を使う必要はないぞ? 何を言われようと受け入れるつもりだ」

「へへん、旦那。あまりおいら達を見くびらないでおくれよ」

「何がだ」

「無理だと思えば引くし、行かなきゃ死にゃしない。それで行くのを選んだのはあいつらさ。だったらそれは誰の所為でもない。強いて言うなら過信した本人の責任さ。それを誰かのせいにするほどおいら達の誇りは安いもんじゃない」

 

 嘘偽りの無い本心を狐仙は語った。自信を滲ませた表情を浮かべ、挑発的に笑ってみせる。小さな子供と同じ成りをしているが、どうしてそれは様になっていた。妖怪としての自負と、自らの能力への誇りを持った一人前の顔。

 一瞬虚を突かれて煙灰がぽかんとするも、次の瞬間にはクツクツと喉を鳴らして笑いだす。狐仙も煙灰の笑い声に合わせ、クスクスと笑う。自分何ぞより余程妖怪をちゃんとしていると、改めて認識させられた。

 

「いらん気配りだったか」

「そんな気配りするくらいなら姉御を何とかしておくれよ」

「それこそ自分でどうにかしろ」

「えぇー! 冷てぇよ、旦那!!」

「くっかっかっかっ、一人前なんだからしゃんとしろ」

「それはそれ、これはこれさ」

「調子のいい奴め」

「でも嫌いじゃないでしょ、旦那?」

「憎めない性格というのは確かだな」

 

 煙灰の返しに、狐仙がまた笑い声をあげた。いつしか酒が持ち出され杯を交わす。塊清もひょっこり顔だし、嵬に純狐、他の鬼達も加わり酒宴と変わる。誰も彼もが楽しげに笑いあい酒を飲む。

 騒ぐ同胞たちを眺めながら、酒と今いる自分の工房……それと同胞達がいれば良いと、煙灰はふとそう感じた。浮かんだ笑みを隠す様に、枡を自らの口へと運び中身を呷る。

 妖怪達の宴はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 それからもまた変わらぬ日常が繰り返される。妖怪が人を襲い、神が守り、人が抗う。人が死に、妖怪が討たれ、神が消える。そんな事が時折繰り返される日常。

 永琳はあれからも幾度か煙灰の元へと訪れていた。季節が一巡りする間に一、二度の頻度で顔を出す。そうして幾度も季節が巡っていった。

 

「背の高い建物が増えたな」

 

 煙灰が顔を出した永琳にそう言葉を投げかけた。煙灰の作った物を眺めていた永琳が、観察するのをやめて煙灰に向き直る。

 

「えぇ、そうね」

「作り上げた技術を自慢するかと思ったが……まぁ、そうだろうな」

 

 永琳の返答の声は僅かに暗い。煙灰が理解を示し、肩を竦めた。永琳はそれに苦笑を返す。

 

「背を高くする必要に迫られた事は、褒められるべきことではないわ」

「広げるのは厳しいか」

 

 覇気のない永琳の返答。煙灰の再度の言葉にも肩を竦めてみせる。厳しいと言う事だろう。

 背の高い建物が必要と言う事は、それだけ土地が限られているという事でもある。少ない土地を有効に活用するために、上へと伸びたのだ。そうせざるを得ない程、人間の領域が狭まっているともいえる。

 人が増えようとも、広げるほどの余力がないのだ。技術が成長し、人も武器を持ち闘う様になった。下位中位クラスの妖怪であれば、霊力の弱い人間でも抵抗できるほどに。

 銃と呼ばれる金属製の武器がそれを可能とした。けれども、それは所詮その程度だ。鬼をはじめとした、人型をとるほどの上位の妖怪相手では足りない。対抗できる実力者の増加も芳しくない。むしろ、そのクラスの戦力で言えば妖怪の方が上といえた。

 妖怪は存続に人間の畏れなどが必要であるために、壊滅させる気はない。だからこそ、押し込められながらも人間達の生活は続いていた。

 

「えぇ、そうね。広げるのは厳しいわ」

「そうか……」

 

 しばし沈黙が下りた。

 

「どうにかするつもりか?」

「どうにかするつもりよ」

「無理はするなよ」

「心配してくれるの?」

 

 煙灰の言葉に、永琳が問い返す。浮かぶ表情は得意げな笑みだ。嬉しそうで、少しだけニヤニヤとしたような笑顔。

 腹の立つ笑顔を浮かべ近づいてきた永琳へ、煙灰が吹かしていた煙管の煙を吹きかけた。煙を吹き付けられた永琳が不満の声をあげて、煙を手で払う。

 

「もう、素直じゃないなぁ」

「けっ、小娘が。俺をからかおう何ざ百万年早い」

「小娘じゃない、永琳。いつになったらちゃんと呼んでくれるのよ」

「気が向いたらな」

「もおー、意地悪」

 

 頬を膨らませ永琳が不満の声をあげた。定型化されたやり取りが、感じる不安を僅かに薄める。気が休まる事を永琳は自覚した。都で気を張って、鬼の住処で気を休める。そんなあべこべな状態に苦笑してしまう。

 

 

――あぁ、私はやっぱり……

 

 

 浮かんだ思いがすっと心に広がった。胸の前で手を組み、しばらく固まる。

 煙灰は永琳の様子を見て、静かに見守る。狐仙から、永琳が都でも頼られる人材となっていることを聞いているのだ。類い稀なる頭脳が皆の希望となっているのだ。

 今の都を支えているほとんどの技術は永琳が生んだ物だ。都の者たちは、都の人間達は少女の肩に乗っている物を想像もしていないのだろう。神童はだからこそと。特別だと思われている少女を、ただの子供として扱うのは煙灰くらいだ。

 月夜見や、親の産巣もその辺りに気を配ってはいるが、結局は頼らざるを得ない環境にいる。そして、それをするには組織を作る人間社会ではしがらみが多い。

 それを察している煙灰はだからこそ小娘と呼ぶ。ここではお前なんぞただの子供だと、言外に伝えるために。

 固まっていた永琳が、握り絞めた手を解き、瞳を開けた。煙灰を振り返って、その瞳でとらえる。ジッと強い視線を煙灰へと送った。そのまま少しの間、また静止して深呼吸をした。

 永琳の瞳に強い光が宿っていくと煙灰は感じた。何かを決意したのだと。煙灰は理解した。

 

「腹は決まったのか?」

 

 煙灰の言葉に永琳が小さく息を飲んだ。けれどもその瞳は全く揺れることは無い。にこりと永琳が綺麗な笑みを浮かべる。

 

「うん――決めたわ」

 

 力強い言葉が発された。

 

「もう迷わない。私は進む」

 

 朗々と言葉が紡がれた。

 

「どんな結果になろうと私は受け止める」

 

 魂の宿る言葉が形となった。

 

「だから煙灰――」

 

 綺麗な笑顔を永琳が()()()

 

「私を見てて」

 

 一瞬だけ泣くのを堪えたような子供の顔が見えるも、すぐにそれは隠れてしまう。煙灰は強く自らを見据える少女に言葉を返す。

 

「あぁ、見ていてやろう。何をするが分からないが、俺の弟子ならやってのけろ」

 

 返された言葉に、永琳が小さく肩を揺らす。不意打ちで弟子だと言われて動揺してしまったのだ。小さく笑い、フードを目深にして顔を隠してしまう。

 

「じゃあ、今日はもう帰るね」

「今日は随分と早いな」

「だって、忙しくなりそうだからね。もしかしたらしばらくは来られないかもしれないわ」

「そうか、そうか。そいつはのんびりできそうだ」

 

 声をあげて快活に笑う煙灰に永琳はむっとする。

 

「意地悪ばっかりいう煙灰なんて知らないっ」

 

 舌を出す仕草をした後、永琳が踵を返してその場を後にした。

 小さくなる後ろ姿を煙灰は見守る。何をするのだろうと、その背中に思う。きっと対峙することもあるだろうが、頑張れと永琳に内心で言葉をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「煙灰、今度は南の山が吹き飛んだぞっ!」

 

 煙灰のねぐらに塊清の大声が響く。焦っているというより、楽しげにわくわくとしているその姿に煙灰はため息をつく。

 

「わめくな、聞こえている。やかましい」

「くかか、これが騒がずにいられるかっ。ここ最近月夜見の無差別爆撃は常軌を逸しているぞ」

「だろうな。ぽんぽんぽんぽん周囲を無差別に攻撃しているな」

「お前は落ち着きすぎだろう……確かにここはお前が、馬鹿みたいに術を施しているから問題ないかもしれんがな。他の奴らにとっては大問題だぞ。住処が吹き飛んでんだ」

「確かにそれは腹が立つだろうが、仕方なかろう。それに一番初め以外は、警戒して墜ちてくる前に逃げ出しているのだろ?」

 

 煙灰がそう問い返せば塊清はそうだと頷く。ならば今は問題なかろうと煙灰は言葉を続けた。

 ここ最近、都の活動が活発となっていた。塊清が言う様に、月夜見が星を落として地形ごと吹き飛ばしていた。それはすでに幾度も繰り返されている。

 これは何かあるぞと妖怪達も簡単に察することが出来た。けれど都の防衛は普段とは比べ物にならないレベルで厳重となっており。かろうじて得られた情報は、都の者たちは月へと移住しようとしているという事だけだ。

 具体的な手段などの情報は得られなかったがそれだけでも十分だと。妖怪達に決意させるには事足りた。

 妖怪達は自らの存続の為に移住を阻止。もしそれが叶わないのならば、盛大に最期を迎えるのだと、鼻息荒く息まいていた。

 だからこそ、決戦は近いのだからと、住処の一つや二つは仕方ないと煙灰言う。塊清は煙灰の落ち着ききった態度にため息を吐く。

 

「全く、冷めてやがるな」

「どうだろうな」

「あん? 何かあんのかよ」

「それを考えているんだ。月夜見やあの小娘が意味もなくそんなことはすまい」

 

 煙灰の言葉に塊清は同意する。自らは考えることは苦手だが、それくらいは分かる。

 考えながら煙灰は思い出していた。この場所で決意を固めていた永琳の事を。きっと今起きている、これから起きる騒動を、あの時から描いていたのだろう。

 とんだ弟子だと笑ってしまう。大物になるとは思ったが、戦争の火蓋を切るとは予想だにしなかった。弟子は師を超えるものと産巣が良く言いながら武術を教えていたが、まさにそれだと煙灰は思わされた。

 

「んじゃ、お前は考えてろ」

「どこかに行くのか?」

「ここに居てもしょうがないからな。都の見える所ででも待っているさ」

「そうか。一応形だけ言っておいてやる。気を付けろよ」

「かかっ、おうよ」

 

 煙灰と塊清が、拳をぶつけた。鈍い音が一度、洞内に響く。塊清は煙灰に背を向け、ねぐらを後にした。

 塊清が出ていくと、煙灰は思考に沈む。月夜見の……いや、永琳の思惑を読もうと頭を働かせた。

 

 

――なぜ、無差別爆撃などした

――いらぬ刺激をして何になる?

――数を減らすことが目的ではあるまい

――それが原因で移住計画が発覚したのだ

――そうなる事は分かっていたはずだ

――だが、それでも決行し、今も続けている

――何故だ……

 

 

「もはや警戒され意味は無い……違う、続けているという事は意味があるのだ……続けている事で何が起こっている?」

 

 いつぞやに、永琳が改善方法を思考していたように煙灰が思考を進める。煙管でこつこつと自らの膝を叩きながら目的を探る。

 

「地形が吹き飛んでいる……地形を変えることが目的? 移住に必要なのか……」

 

 移住手段が解らないのが痛いと思いながらも、思考はやめない。

 呟きを漏らしながら煙灰が思考を取りまとめていく。そして、不意に煙灰の瞳が大きく見開かれた。

 

「まさか……いや、だがそれが一番……」

 

 浮かんだ考えに驚愕する。そんなことが可能なのかと。そんな事を普通思いつくのかと戦慄を覚えた。けれでも、立案者はあの永琳だ。ならばあり得ると煙灰は思う。

 地面にうずくまり、手を当てる。煙灰の中で妖力が蠢き、大地に浸透していく。煙灰が瞳を細め、妖力を操る。そして、冷や汗がたらりと煙灰の頬を伝った。

 

「地脈を、龍脈をずらす気かっ!?」

 

 その考えにゾッとした。自分たちが動くのではなく、星を流れる地脈事態を動かすなどそんな馬鹿げたことを考え、まして実行するなど想像する事さえなかった。

 しかし、現に実行され、実際に動いている。永琳の頭脳に戦慄が隠せない。

 

「すごいね、煙灰は。やっぱり気が付いたね」

「小娘か?」

 

 驚愕に思考が染まる煙灰へ声がかけられた。視線を向ければそこには永琳が外套姿で立っていた。

 

「永琳だよ、全くもう。最後位ちゃんと呼んでよ」

「最後、か……」

「私達が勝っても、煙灰達が勝っても最後になっちゃう可能性の方が高いでしょ?」

 

 永琳の言に納得してしまう。永琳たちが勝てば月に行くのだから最後だろう。煙灰達が勝てば、全滅はさせないまでも、次が起こらぬようにと首謀者格は始末される可能性が高い。

 それは煙灰一人がごねた所で変わることは無いだろう。ゆえに煙灰としては、この決戦を持って月夜見と相打つのもいいかもしれないと考えていた。

 

「確かにその通りだな」

「でしょ? ほら、せーの」

「で、お前はそんな大事な時に何しに来ているんだ?」

「呼んでくれないなら答えない」

 

 永琳がふいっと顔をそむけて口をとがらせた。決戦間近だというのに、毒気の無さにあきれて笑ってしまう。仕方ないと口を開く。

 

「永琳、なにをしている。お前は要なのだろう、俺にここで殺されるとは思わないのか?」

「思わないわ。それにもうここで私が死んでも何の影響もないもの。だから来たのよ」

 

 そう言い首を傾げて永琳は笑った。煙灰は永琳の仕草に、とうとう呆れと疲れのため息を吐いてしまう。

 永琳は煙灰の反応にクスクスと笑い声を漏らした。煙灰が胡乱気な視線を一度永琳へと向けるも、笑いは収まらない。

 放っておいても収まらないだろうと、話を進める為に言葉を投げかける。

 

「で、何しに来た?」

「もう最後くらいのんびりしようって気はないのかしら。風情が無いわね」

「永琳」

「そう言う時だけ名前で呼んで……狡いなぁ、煙灰は……お別れを言いに来たの」

「別れを?」

「はじまっちゃったらそんな時間無いでしょ? だから、始まる前に会いに来たんだ」

「じゃあ、もうすぐ始まるのか」

「えぇ、そうよ」

 

 その言葉に終わりが近いと煙灰は知る。大きく一度息を吸い、ゆっくりと吐き出す。僅かながら、ざわめく心が落ち着くことを自覚した。

 永琳がその場に座り、外套の下から荷物を取り出す。

 

「それは?」

「お酒よ。父の秘蔵の品をくすねて来たの」

 

 にひひと笑う永琳の笑顔に煙灰は頭痛を覚えた。こんな時に危機感がないと。けれども、それがまた永琳らしいとも思えてしまう。

 永琳の目の前に煙灰がドカリと座り込む。ぱっと見た感じ、確かに良さそうな酒に見えた。土瓶から漏れる芳香も、一級品だ。

 

「ガキが酒何ざ飲むもんじゃなかろうに」

「記念に一杯だけよ。大人になったら一緒に飲みたいって思っていたけれど、ね」

 

 なるほど、とその言葉に苦笑してしまう。確かに大人になるまでの時間は得られそうにない。それもよかろう、一興だと煙灰も永琳の我が儘に付き合う事にした。

 永琳が慣れない手つきで酒を杯に注いでいく。持ち運びやすい小さな杯は、すぐに一杯になった。自らの分と煙灰の分、二つの杯に酒が注がれた。

 永琳が杯を持つと、習う様に煙灰も手に取る。

 

「何に?」

「……出会いに」

「出会い?」

「私は煙灰にあえて本当に幸せだった。だから、いいでしょ?」

 

 背の低い永琳が、上目気味に煙灰を見つめる。

 煙灰が、ふっと口元を緩め、優しく笑う。

 

「構わん」

「じゃあ――出会えたことに」

「「乾杯」」

 

 カツンと乾いた木同士が打ち合う軽い音が鳴った。杯の酒を零さぬように、永琳が慎重に口元に酒を運び飲む。煙灰も、永琳が飲んだ事を確認し、酒を呷った。

 産巣の秘蔵の品というだけあって酒は美味かった。今生の最期になるかもしれない酒としては満足の行く品であった。

 

「――良い酒だ」

「意外とお酒って美味しいのね」

「まさか初めて飲んだのか?」

「そうよ? だってお酒は思考が鈍るもの。思考を鈍らしている暇なんて私にはなかったわ。目標が遠すぎるのよ」

 

 と、永琳が煙灰を見据え、愚痴の様な物を零す。煙灰も永琳の言葉に笑ってしまう。永琳らしい理由だと納得させられてしまった。

 煙灰がまだ酒の残っている土瓶を手に取り、杯へと注ごうとする。

 

「あ――」

 

 カランと物が落ちる音がする。煙灰の手の中の杯が地面へと転がった。がしゃんと土瓶の割れる音も、後を追う様に洞窟内へと広がった。

 

「な、に」

 

 煙灰の身体がぐらりと揺らぐ。前のめりで倒れそうになった身体を、辛うじて腕を突き出して支えるも。その腕は今にも力を失いそうな程に頼りない。

 瞳が前方にいる永琳を捉えた。ぼやけて輪郭がはっきりとしない視界の中に永琳がいた。

 

「ごめんなさい。許してほしいとは言わない」

 

 ぼやけていく意識の中、永琳の声が聞こえた。

 

「でも、私は貴方に生きていて欲しいから」

 

 腕から力が抜けていく。

 

「恨んでくれて構わない、それが生きる活力となるのなら」

 

 身体に力が入らなくなり、煙灰が地面へと倒れ込む。

 

「だから、煙灰。また会いましょう」

 

 その言葉を最後に煙灰の意識は堕ちていく。

 

 

 

 

 




そろそろ古代の締めですね
鬼が酒の席で騙されるのは書いていて切ないですね
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