槌を振いし職人鬼   作:落着

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一四振り目

 

 

 

「嵬」

「逝ってしまったか」

「あぁ」

 

 結界の近くで嵬と塊清が言葉を交わす。短く、それでいて多くの想いの籠った会話。

 塊清は瞳を閉じ、しばしの間消えてしまった友を思う。

 嵬は大きく息を吐き、頭を掻いた。浮かぶ表情は歪んだ困り顔だ。

 

「さて大将、是が非でも一矢報いないとな」

「あぁ、嫦娥を送ってやる約束もあるからな」

 

 塊清が瞳を開いて嵬へと言う。嵬も塊清に応えた。塊清は嵬の隣から移動し、また結界の破壊へと舞い戻った。僅かに骨の見えている拳を構う事無く叩き付ける。

 嵬は今一度大きく息を吐き、怒号をあげた。妖怪達を檄する為の声を。

 

「同胞達よッ! 今、我らの為に、純狐がその身を犠牲にした! 決して無駄にするなッ! 純狐が稼いだ僅かな時を決して無駄にするな!! ぶち壊せッ!!!」

 

 言葉が続くほどに嵬の身体から妖力が立ち上っていく。自らの不甲斐なさと、純狐への申し訳なさで怒りがこみ上げていた。言葉にするとさらにそれが高ぶっていく。蒸気の様に身体から熱が立ち上り、身体が赤く染まった。

 嵬の声を聞き、姿を見た妖怪達もそれに触発された様にさらに力を振り絞っていく。数多の妖怪達が放つ妖力が混ざり合い、密度を増してゆく。可視化するほど妖力が濃密さを増してゆく。光り輝く結界と対を成す様に、可視化された妖力は黒く、そして粘つく様な粘性を感じさせた。

 光を呑み込み艶一つない漆黒の妖力。結界と触れ、反発しあって火花が散った。鬼達が主となって結界へと負荷をかけてゆく。飛べるものはその羽を使い、宙へと滞空しながら攻勢を加えていく。

 

「俺もやるか」

 

 嵬も同胞達の姿を確認すると、輪の中へと混ざってゆく。例え腕が千切れようと穴を空けてみせると決意を胸に。

 雷と暴風を纏い、鬼神と化した鬼の大将が縦横無尽に空を駆け、結界と幾度も激突を繰り返してゆく。ぶつかる度に轟音と衝撃が生まれた。空気が弾ける音が連続して響き、衝突音も途切れることなく発され続けた。それは音と音の間がなく、一つの音の様に連続して鳴りつづけた。

 

「う、おぉおおおおッ!!」

「ど、りゃああぁぁッ!!」

 

 塊清も嵬も、そして他全ての妖怪達も雄叫びをあげ、攻勢を一瞬たりとも緩めない。

 その時間がどれほど続いたのであろうか。深く根を張った大木の如く、不動であった結界がついに揺らぎをみせた。それは僅かな、一瞬の出来事であった。

 けれど、その変化は妖怪達にとっては大きな意味を持った。永遠に壊れないのではないかと錯覚するほどに堅牢な結界が揺らぎをみせたのだ。例えそれが僅かな揺らぎであろうと、揺らいだことが雄弁に物語る。壊れないものではない。壊せないものでないと。

 その事実が妖怪達の士気を高めていく。無駄ではないと。突破できると。

 

「ぶち破れぇえええッ!!」

 

 どこかから誰かの声が上がった。それが誰のものであったのかは誰にも分からない。あるいは自分が無意識にはなったものかもしれない。それほどまでに妖怪達は熱狂していた。それほどまでに妖怪達は必死になっていた。

 揺らめきが大きくなってゆく。小さなひびが至る所で生まれた。ひびは生まれてもすぐに直ってしまう。けれどもひびが入るのだ。入ったのだ。決壊の時は近いと数多の妖怪達は理解した。

 しかし、結局はそれさえも都の者たちの思惑の範囲であったのだろう。いくら壊せると言ってもそれが間に合うことは無い。

 なぜならそれが運命だからだ。

 

「なんだ……あれは?」

 

 疑問の声が上がった。最初に気が付いたのは空を舞う者達だ。翼をもち、あるいは能力的に飛べる者達だ。飛んでいるがゆえに、視界が地上の者達と比べるまでもなく広い。だからこそ地上の者達に先んじてソレに気が付いた。

 そしてそれは空を駆ける嵬も同様だ。視界に移りこんだ光景に絶句した。見たこともないほどの長大な物体。いや、大きさだけで言えば背の高い建物と同じ程度ではあるかもしれない。

 都の中心部に近い建物が崩れてゆくと、その中から金属製の物体がいくつも顔を見せた。先端が細くなっており、円筒形で下部には広げた羽の様なでっぱりがついていた。それは人間達がシャトルと呼ぶもの。嵬達はその事を知らないが、この場面だ。アレが月への移動方法だと察することが出来た。

 

「あんなものを隠して作っていたのか……これはまた、たまげたなぁ……」

 

 思わず感嘆の声が出てしまう。驚愕が行き過ぎた故の純粋な感想が口をついて出てきた。

 嵬が関心を漏らした僅かな時間にも状況は刻一刻と変化していく。

 シャトルの下部。底辺にあたる場所から光が発された。それは激しい勢いを伴った炎の噴出だ。数多あるシャトルの全てが火を吐き出してゆく。

 

「大将ッ!!」

 

 悲鳴のような叫びが地上より放たれた。嵬はその声にハッとして思考を巡らせた。もはや結界の破壊は間に合わない。

 どうすればと思考が廻った。こんな時に煙灰がいればと、一瞬だけ友の顔が浮かぶもそれを振り払う。いない者のことなど考えていても仕方ないのだ。

 火を吐き出すシャトルの巨体が僅かに浮かび、徐々に天へと向かって浮いてゆく。

 

「空か……」

 

 嵬が都を囲う結界の上部を見上げた。いまだそこにも結界は張られていた。

 しかし、飛び立つのであればそれはいずれ消え去るのだ。ならばと嵬は声をあげた。

 

「アレが月へと行く前に落とせッ! 飛べる者は着いて来い!!」

 

 嵬の声が響き渡った。翼をもつ妖獣、妖蟲達が羽を強く動かした。嵬はそれを確認するとまたシャトルへと向き直った。

 シャトルの放つ炎がまたその勢いを増していた。それは都の残った街並みを焼き尽くしてゆく。生まれた衝撃と熱風が建物を破壊し、家屋を燃やした。さながらそれは地獄絵図とも言えるであろう光景だ。

 自らの街を完膚なきまで破壊してゆくその光景が都の者たちの覚悟を感じさせた。嵬は狂気を感じさせるほどの覚悟に冷たい汗が頬を伝う。都の者たちの覚悟を測りちがえていたと。

 シャトルは速度を増して、飛翔を続けた。結界の上部に触れるかどうかの刹那の瞬間に、都を覆う結界が消え失せた。飛べる者達は逃がすまいと追いすがった。飛べぬ者達は仲間たちが、空を飛ぶシャトルを落す事を信じて地上で待ちうけた。

 

「大将、早すぎるッ!!」

「ダメだ、俺たちじゃ追いつけねぇ!!」

 

 嵬の背中に翼をもった人型の妖怪の悲痛な声が届く。自らの力の無さを嘆き、今にも泣きだしてしまいそうな声であった。

 シャトルの速度は予想以上の物であった。下部の一部が切り離され、飛翔の勢いを増したのだ。さらに、切り離された下部が破裂して数多の破片が、シャトルの背を追う嵬達へとばら撒かれた。

 後を追う妖怪の中で力の弱い者達は、その破片を受け地面へと落ちて行った者もいた。計算され尽くしている所業に苦々しい顔が浮かぶ。

 

 

――ただの一度たりとも交戦さえさせないかッ!?

――ふざけるな、ふざけるなよッ!!

 

 

 あまりに徹底したその策略に身を焦がすほどの怒りが嵬の中で生まれた。率いていた仲間たちを引き離して、嵬が自らの出せる最高速度をもってしてシャトルを追う。

 バチバチを稲光と雷鳴を放った雷神が空を駆け抜けた。雷が、天へと昇ってゆく。

 

 

 

 

 

 もっとも高度の低いシャトルの中に永琳達はいた。外の、地上の景色が見える様に特別に作られたシャトルの一角にいた。永琳や月夜見、サグメや他の神も最後の地上を眺めていた。

 数多の黒い点が地上を蠢いていた。空にもまばらではあるが同様の点、妖怪達がいた。皆、その光景に何を思っているのか一様に内心はうかがい知れない。

 永琳が手に持った弓を引き絞った。眼下の光景に、強い光が現れた。明滅する激しい光。いつか見た雷神の放つ力の顕現だ。

 近づいているのか光の強さが増してゆく。弦を引いた弓に透明な霊子の弓矢がつがえられた。キリキリと音を鳴らす弦が、引き絞っている強さを物語る。

 永琳が小さく息を吸う。集中しているのか、その瞳が大きく見開かれ見逃すまいと中空を睨みつけていた。

 小さなつぶやきを永琳が発する。誰に聞かせるものでもない呟き。もしかするとそれは嵬へと向けた言葉なのかもしれない。

 

「先行放電って知っているかしら?」

 

 永琳が弓矢を放った。何もない空めがけて弦を離し、弓を射る。いや、そこには小さな光があった。静電気程度のか細い光。その静電気の先端めがけて永琳が、物質的には何の作用も及ぼさない退魔の矢。精神を削る対妖怪用の矢を放つ。

 矢が届く直前、静電気の先端には激しい音と光を伴う稲妻が生まれ、嵬が姿を現した。現れた嵬に、周囲の光景を認識する時間を与える間もなく、永琳の放った弓矢が身体を貫く。

 現れると同時に弓矢が嵬の腹を打ち抜いた。

 

「――ぐ、がぁッ!」

 

 苦悶の声が上がる。予想を超えた素早い迎撃と、精神を削る痛みに嵬の身体が一瞬硬直した。しかし、その一瞬が全ての明暗を分けた。

 すでに準備をしていたのであろう月夜見が手をかざしていた。硬直した僅かな隙をつき、月夜見が重力を操り嵬を捉えた。嵬の身体が地上へと押し戻されていく。暴風を下方へ放ち、嵬も咄嗟に抵抗するも、次なる一手が嵬を襲った。

 

「く、か、かっ……ふざけ、やがって」

 

 思わず悪態が口をついてしまう。空からソレは堕ちてきた。嫌というほど見たことのある月夜見の放つ隕石。それがシャトルと交差するように飛来してきたのだ。

 上手く動かぬ身体に、少し逸れただけでは到底よけきれぬ巨大な隕石。隕石自体に宿る星の力と込められた神力。

 嵬は月夜見達の意図を明確に悟った。これを起爆剤に、眼下の地脈を暴発させて、集まった妖怪も皆殺しにするつもりだと。禍根を残さぬために狩り尽くす為だと。

 感情が爆発した。あまりの怒りに食いしばった口から血が流れた。闘い、負けるのであれば、そのうえで全滅して死ぬのであれば納得できた。しかし、こんな終わり方は納得できない。

 

「ふ、ざけるなぁ! ふざけるな、都の者達よ!! これが、これが貴様らのやり方か!!」

 

 怒声が大気を震わせた。シャトルの放つ轟音さえ切り裂く鬼の怒声が、永琳たちへも届く。憤怒と怨嗟を込められた雷鳴の如き叫びがシャトルの表面を震わせた。

 乗っている人間達など、その声に身をすくませ、怯えてしまう。それ程までに激しい憎悪の込められた声。

 迫りくる隕石を、動けぬ身体で眺める嵬の脳裏に数多の記憶が駆け巡った。人間時代の煙灰達との喧嘩。妖怪へと落ち、仲間に入れる前の歓迎の喧嘩。仲間たちとの宴。死した仲間の勇猛さと満足な生を過ごしたことを祝い騒いだ記憶。多くの事柄が駆け巡った。

 

 

――走馬灯なんざガラじゃねぇな

 

 

 死ぬ間際に生前の記憶を懐かしむなど鬼らしくないと嵬は浮かんだ記憶を鼻で笑う。けれども数多浮かぶ記憶の中で一つの事情が嵬の頭に残った。煙灰だ。

 この場に居らず、そして離れたねぐらに居る仲間の事だ。嵬はそれを思い出し笑った。

 口元を歪めこれでもかと言うほど、愉快そうな笑みを作る。

 

「く、かっかっかっかっかっ!!!」

 

 嵬が神々を都の者達を嗤った。嘲る様に盛大に声を出し、愉快そうに嗤い声をあげた。離れ行くシャトルの中の神々と嵬の視線がぶつかり合った。

 聞けと、覚えておけと、嵬は声を届かせようと大声をあげる。

 

「覚えておけッ、都の者共よッ! 我らは滅びぬ!! いつか、いつの日か我らの仲間が貴様らの前に立とうッ!!」

 

 確信を持ったその言葉に神々は嫌な予感を覚えるも、死にゆく者の戯言と浮かんだ嫌な予感を振り払った。だた、永琳と嫦娥の二人だけが嵬の言葉の真意を悟っていた。

 

「忘れさせはせぬッ! 過去にはさせぬッ!! 未来永劫怯えて暮らせッ!!!」

 

 流星が、鬼を捉えた。けれど、いまだ高嗤う声は消えない。耳にへばりつく様なその声を後に、シャトルが月へと昇って行った。

 地上にいる妖怪達も空を見上げていた。稲光が消えた暗い空に、流星が現れた。

 降りてくる流星の速度はすさまじい。塊清は向かいくる終わりをみて笑った。

 

「あぁ――」

 

 全てを悟った諦念の声が漏れ出た。

 

「俺らの敗けか」

 

 直後、星が堕ち、溜まった地脈の力と混ざり合い大爆発が起きた。起きた爆発は、都を、妖怪を、周囲一帯を呑み込み全てを無に帰してゆく。抗う事の敵わない圧倒的な暴力が全てを消し去っていく。

 星を揺らすほどの衝撃が走り、後には妖怪の一体も残る事無く、黒煙がゆらゆらと揺蕩うだけだ。

 

 

 

 

 

 身体を揺さぶる刺激と、ぱらぱらとふりかかる細かな刺激に煙灰の意識が覚醒した。

 いまだぼんやりとし、思考が不明瞭ながらも意識が身体へと戻った。小さなうめき声をあげ、煙灰が身体を起こす。

 意識を失う前の事を思い出そうと記憶を探り、思い出す。永琳に薬を盛られたことを。思い出した直後、勢いよく辺りを見渡す。意識を失う前と変化のない自らのねぐら。

 

「どういう事だ」

 

 何故、自分は生きていると煙灰は不思議に思った。殺すに絶好の機会であったはずだ。もしそうでなくとも何もせず放置する理由が煙灰には分からなかった。周囲を見渡し、身体を動かした煙灰の足に何かが当たる。

 視線を下げればそこには事切れた狐仙の姿がある。

 

「どうして……何があった」

 

 狐仙の身体を持ち上げるも、答えは得られない。狐仙が死んでいる事も、ここに居ることも何もわからない。今がどのような状況か誰かに聞かねばと、煙灰は行動に移す。

 狐仙をここに一人置き去りにするのが憚られ、その身体も運ぶ。ねぐらの洞窟から出て、誰かいないかと気配を探る。

 

「おい……まさか……」

 

 気配を探り愕然とした。何も感じられない。少なくとも自分のさぐれる範囲内には何もいない。嫌な予感が頭を過ぎ去る。冷たくじっとりとした嫌な汗が噴き出てきた。酷く口が乾き、喉が張り付く気がした。

 嫌な予感を振り払おうと再度入念に探ってみるも感じられる気配はやはり存在しない。風の音とそれに煽られた木々の音だけが響く夜の森が酷く不気味だ。

 

「くそっ」

 

 煙灰は毒づき、走り出す。浮かんだ予感を振り払うために。誰かしらいるだろうと都へと駆けた。全力で、周囲には目もくれず駆け抜けた。

 そして、山を越え、森の抜け、草原を走り抜けた煙灰の視界には絶望が映り込んだ。

 跡形もなく吹き飛び、クレーターが形成された都の跡地。空を覆う程広がった黒い雲。数多感じる力の残滓。煙灰はここで起こったであろうことを理解した。理解してしまった。

 もはやこの地上には自分の知っている者は誰一人としていない。

 この地上に存在するのは自分だけであると理解させられてしまった。

 

「あ、あぁ……」

 

 声が漏れた。浮かんだ感情はとても言葉では言い表せない。表せる言葉など存在しない。どのような言葉を用いようと表しきれない。

 孤独、絶望、憎悪、憤懣、自責、後悔、諦念、悔悟、無念、数多の感情が渦巻く。

 

「アァアアアアァアアアアッ!!」

 

 力が抜け跪いた煙灰から感情が噴出した。それは慟哭であり、怨嗟の叫びであり、仲間たちへの言い表せない謝罪の嘆きであった。喉が裂け、大気を震わせるほどの絶叫。

 膝をつき、空を見上げた姿勢で一体の鬼が叫び続ける。

 空に、見えない月に向かって吼え続ける。

 終わらない悲鳴が、世界に響き続けた。

 

 

 

 

 

 




目指すはハッピーエンド
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