槌を振いし職人鬼   作:落着

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ぎりぎりセーフ?
駆け込みで書いたので週末に修正するかもです。
その場合は言葉尻や言い回し程度ですので話の流れは変わりません。


六振り目

 

 

 

 かさかさと草を踏みしめる。風に乗った青葉の香りは清々しさを煙灰にもたらす。

 葉の隙間から漏れる光を受けながら煙灰は山道を歩いていた。

 煙灰の周りにはいつもの如く、三匹の獣が共をしている。

 

「さてさて」

 

 短い呟き。手の内の物を指先で軽く撫でながら煙灰は思案を巡らせる。

 なんてことは無いただの鉱物。特別なことなど何もない不純物交じりのそれ。

 けれども平凡な鉱物を手で弄ぶ煙灰は実に楽しげな雰囲気を発していた。

 もともと何かを作るには材料が必要だ。それは金属であり、土であり、そしてそれ以外にも多くの物がある。

 物作りがもはや人生の一部とも言える煙灰にとって、材料集めもまた物作りと同じくらい身近な物であった。

 材料を集め、作るものを思案し、作り出す。雑念が混じらないその時間が煙灰は好きであった。

 何を作ろうかと楽しげに思案に耽る。それは三匹から見ても何も変わらない普段の光景。

 これまでもずっと繰り返してきた特別なことなどない特別な日常。

 

 

 

 

 

 近づく塒。足元の狐が不満げに鼻を鳴らした。

 鳴き声に煙灰の意識が引かれる。すんと小さく鼻を鳴らせばお供の一人が不満そうな理由を察した。

 

「まったく、彼奴らときたら……」

 

 言葉の続きは消え、ため息が後を引き継いだ。

 呆れ気味でいて少しだけ嬉しそうな声色。

 その機微を感じ取った鴉が、狐の反応は無粋とでも言いたげに煙灰の肩から降りてくちばしで突く。

 狐は狐で鴉へとやり返す。狸だけは少し離れて静観していた。

 いつものじゃれ合いにまた小さな笑いを一つ漏らす。

 しかし、いつまでも突っ立っていても仕方ないと煙灰は喧騒を尻目に歩みを再開した。

 気づいた狸はじゃれあう二匹の顔に尻尾をぺしんと一度当てると煙灰を追う。

 低く喉を鳴らした狐と翼を広げた鴉も一人と一匹が先に進んでいるのに気が付くと慌てて後を追いかけた。

 

「よくもまぁこれだけ振りまいたものだな」

 

 塒の入り口に足を踏み入れた煙灰がぼやく。

 それは当たりに漂う酒気に対して。進むほどに濃くなっていく酒精の香り。

 かつかつという煙灰の足音と、獣たちの小さな足音だけが木霊する。

 それ以外の音は無く、行く先はしんと静まり返っている。

 

「仕方のない奴らだ」

 

 先に進む煙灰の視界に映る二つの置物。萃香と勇義。

 やや不規則な寝息であるが、幸せそうな顔をさらして眠りこけていた。

 萃香の脇に倒れている栓の開けられた瓢箪からは途切れることなく地面へと酌がされている。

 塒内に充満している匂いの原因はどうにもそれらしい。

 だらしのないその姿に煙灰は溜息を吐く。萃香に近づき、瓢箪の栓を閉める。

 

「地面に酒を吸わせる何ざこの贅沢物め」

 

 お小言一つと共に萃香の頭を軽く小突いた。

 しかし、萃香は目をあける事もなく、寝心地悪そうにうめき声を短く上げるだけ。

 くつくつと喉の奥で押し殺した笑いが煙灰から漏れる。

 萃香と勇義の頭を一度乱暴に撫でつける。

 やはり二人からは寝苦しそうな呻きのみ。

 けれども煙灰はその反応に満足すると、二人をその場にまた少し奥へと進む。

 自身の作業場で騒がない位の分別のあった二人が愉快であり好ましかった。

 

 

 

 

 

 

 火のつけられた炉の前で煙灰は熱されていく鉱物を見つめる。

 手元にはそれとはまた別の材料類。

 煙管を吹かし、赤熱していく鉱物を見つめた。

 作る物は決めたと頭の中で工程を描いていく。

 口元から煙管を離した時に、腕の鎖がじゃらりと音を奏でる。

 その音に反応して煙灰は小さく笑う。

 煙管を持たぬ指先で鎖の輪の一つをもてあそぶ。

 作る物は鎖。自分のつけているそれと同じ物。

 製作理由など単純明快。ただあの二人が欲しがったから。

 それだけだ。けれども煙灰にとってはそれで十分すぎるほどの理由であった。

 前にこれが欲しいなどと明確に言われた事などすぐには思い出せない位の遠い記憶。

 そして今回それを口にした相手は同じ鬼であり、後輩の様な存在。

 それを無下にしてしまう程、今の煙灰は無粋ではなかった。

 目を覚ました二人に渡した時の反応を想像し、煙灰は再び笑みをこぼした。

 

「ん? あぁ、気の利く奴め」

 

 袖を引かれる感触に、視線を落せば狐が炉の中を鼻先で示していた。

 見れば十分に赤熱され溶解を始めた様子が見て取れた。

 気の利く狐へ感謝の一撫でをして、煙灰は赤く染まったそれを取り出す。

 心地よさげに狐が喉を鳴らせば他の二匹が少しだけ不満そうに低く鳴いた。

 

「さて、お前達」

 

 離れていろ、と続けるまでもなく少しだけ離れた獣達に煙灰はまた一笑い。

 ふっと小さく笑う。液状になった部分を炉から器へ移し再度冷却をする。

 そして煙灰は槌を握った。大昔から使っている槌を握ると気持ちが引き締まった。

 先ほどまでの楽しげに浮かれていた感情の波がすっと引く。

 爛々と燃える炎を照らす瞳は真剣さだけを宿していた。

 槌が振るわれる。何千、何万そんな数では利かない程に振るわれた槌。

 見る者によっては犯しがたい神秘を感じ取れる光景。

 

 

――カン

 

 

 甲高い音が辺りに木霊した。

 硬質な物同士がぶつかり合う音。

 しかし、すぐに違和感が現れた。

 続かない。次の音が奏でられない。

 時が止まったように煙灰の動きが停止している。

 唯一の観客である獣達は互いに顔を見合わせた。

 反応の無い煙灰にじりじりと警戒しながら近づく。

 危ないと叱られるかもしれない。心の片隅に小さな恐怖を宿しながらも心配が勝った。

 もう少しで煙灰の顔が見える。そこまで獣たちが近づいた時に煙灰が不意に立ち上がった。

 

「少し出かける」

 

 ぽつり。

 その一言だけを口にすると煙灰は足早に外へと去っていった。

 残された獣たちは顔を見合わせるとすぐさまおいて行かれまいと煙灰を追った。

 後に残るは揺らめく炎と鈍く光る金属。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 匂いを手掛かりに三匹は野山を駆けた。

 僅かな時間の後に煙灰を見つける。

 そして同時にソレも視界に入った。

 煙灰に付き従い永き生きた自分達も初めて見た光景。

 

「馬鹿げている……こんなモノは馬鹿げている……」

 

 唖然とした声が聞こえた。

 その煙灰らしくもない声に無償に不安をかき立てられた。

 

「く、くく……くははは、何なのだこれは……なんだというのだ」

 

 どこか投げやりにも感じる声色。呆れと度を過ぎた驚きがもはや笑いになっている有様。

 

「海が割れた」

 

 海が割れる。言葉の通り。

 たとえ話でもなんでもなく文字通り海が割れていた。

 水平線の彼方まで海が真っ二つに割れていた。もしくは水平線の先までも。

 仕切りなどなく、神力も妖力も、ましては霊力も辺りからは感じられない。

 ただそうである。そういうモノであるとでも言いたげにただただ海は割れていた。

 

「ただの一言で」

 

 割れているのに海は何事もなく穏やかであった。

 生命は満ち、海鳥がなく。

 割れていること以外何一つ異常がない。

 

「ただの一振りで」

 

 だらりと下げられた煙灰の手には槌が握られていた。

 見慣れた槌。煙灰が振い続けた槌。

 

「願えばかなう槌だと?」

 

 声が震えていた。

 

「馬鹿げている」

 

 怒りだ。

 

「馬鹿にしている!」

 

 矜持を傷つけられ怒りに震える鬼がいた。

 

「ふざけるな!!」

 

 吐き出された怒声に空気が、海が震えた。

 魚は去り、鳥が飛び立つ。

 

「くっ」

 

 持ち上げられた拳が振り下ろされることは無かった。

 大きく息をすい、ゆっくりと吐き出す。

 煙灰から発されていた怒気が霧散してく。

 

「物に罪は無い」

 

 言い聞かせる様な呟き。

 それを最後に完全に怒りの気配が無くなった。

 

「だが、だからといってどうしたものか」

 

 割れた海を前に煙灰は槌をもてあそぶ。

 

「追って来たか。律儀な奴らめ」

 

 煙灰は振り返り、背後の茂みに言葉を投げかけた。

 かさりと草木の当たる音がする。

 どことなく肩を落とし気味な三匹が姿をみせた。

 その姿に煙灰は苦笑いを浮かべる。

 煙灰が詫びと感謝の言葉をかけようと口を開く直前に音がした。

 べきべきと力ずくで木をへし折った様な音。

 ぴきぴきと張った氷に割れが広がる様な音。

 

「なんだ!?」

 

 悪寒が走った。

 今まで感じたことない程の嫌な予感に煙灰の警戒はいやがおうにも高まった。

 周囲を見渡した煙灰の目に割れた空間が映る。

 地面や後ろの何かに割れ目があるのではなく、何もない空中に亀裂が走っていた。

 音と共にそれはどんどんと広がっていく。

 警鐘が鳴りやまない。しかし、対処法がすぐには出てこない。

 その間にもどんどんと亀裂は広がっていった。

 そして、その時が訪れた。

 ざぱんという水音と共に海がもとに戻ろうとする。

 左右に別れた水が、割れた間に入り込み飛沫が上がった。

 

「逃げろ!」

 

 もはや猶予は無いと煙灰は直感した。

 三匹に向かって叫びを上げるもそれはすでに遅い。

 亀裂がその口をあけた。

 向こう側などかけらも見通せない黒。

 何処につながっているのか。どこにもつながっていないのか。

 何も解らない。ただただ黒の広がった裂け目。

 

「ぐぅうっ」

 

 一瞬の空白の後、暴風が吹き荒れた。

 裂け目に向け、周囲の全てが等しく、吸い寄せられていく。

 引かれる力に煙灰は反射的に足を地面へ刺す事で耐えた。

 獣たちも近くの枝に捕まるも、それは僅かな時間を与えただけであった。

 三匹が三匹とも、最も自らに近い裂け目へと姿を消した。

 後を追おうと考えるも、別々の裂け目が同じ場所へとつながっている保証の無い事実が行動を鈍らせる。

 先がある保証もない。それがまた煙灰の足を重くした。

 腰に差した黒い煙管を指先で撫でた。軽率に危険に身をさらす事が仲間たちへの裏切りであると感じた。

 

 

――許せ

 

 

 獣達へ煙灰は言葉にならない謝罪をする。

 せめてと指を振う。頭上の雲がするすると落ちてきた。

 それら無差別に空いた周囲の裂け目へと吸い込まれていく。

 それは三匹が消えた裂け目も同様である。

 雲に、煙に隠された道具が裂け目に呑まれ見る見る量を減らしていく。

 煙雲に入れ持ち運んでいた物が全てなくなった。後は塒に放り込まれているものくらいであろう。

 しかし、裂け目から発される圧力は一向に弱まらない。

 それどころか、強まる一方であった。

 

「まずいな」

 

 煙灰は、身体を固定している地面が動き始めた事に気が付く。

 どうせ呑まれるくらいならと煙灰は煙管を咥えた。

 妖力が高まっていく。煙灰の周囲の空間が陽炎の様にゆらめいた。

 一か八か力づくで突破しようと、力を溜めていく。

 

 

――それはオモシロクない

 

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 直後、ぐんと引かれる力が強くなると同時に、自らの妖力まで吸い込まれ始めた。

 際限なく四方から力を吸われる状況はもはや一刻の猶予もない事を理解するには十分すぎた。

 飛び出ようと足に力を込めるが、蹴り出す前に足元が爆ぜる。

 痛みなど感じない。傷もつくような規模の威力もない。

 だが足場を奪うには十分すぎる破壊。

 一瞬の浮遊感の後、煙灰は裂け目の先へと姿を消した。

 後には何も残らない。辺りに散った煙灰の妖力も余す事無く呑まれていった。

 割れた事へのぶり返しで少しだけ荒い海と、草木の剥げた砂色の地面。

 しばらくすると徐々に裂け目も小さくなっていく。

 そして、最後の一本。

 瞼を閉じる様に上下の裂け目が細くなっていく。

 裂け目は閉じ、亀裂が残る。

 けれど、亀裂は消えずにナニかが溜まった。

 閉じた瞳から雫が垂れる様に、亀裂からどろりと淀んだナニかが産み落とされた。

 べちゃりと地面にぶつかった黒い何か。

 徐々に黒は消えていく。気化する様に。地面に吸われる様に。

 そして消えゆく黒の中からソレは現れた。

 小さな少女の姿のナニか。日を知らない白い肌。野に咲く華の如き金色の頭髪。

 倒れ伏した身体をそっと起こした。調べる様にぺたぺたと二本の腕を動かし、自らの身体に触れる。

 足元から最後に頭部まで手は昇って行った。両頬に手を付けた少女の口元。

 一筋の亀裂は弧を描き裂け目が生まれた。

 

 

 

 

 

 

「旦那ぁ、旦那ぁ? まだ帰ってないのかい?」

「んでも明かりがついてるじゃないか」

「槌振ってる音も聞こえないし、って萃香!」

「お、おお! 勇義早く来なよ」

「何だってんだい萃香」

「鎖だ!!」

 何も知らぬ鬼達は贈り物を無邪気に喜ぶ。

 

 

 

 

 

 

「お前は、何だ?」

「あはは、私は一体なんでしょう?」

 

 世界の何処かで鬼と世界を手中にする化け物が相対した。

 

 

 

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