槌を振いし職人鬼   作:落着

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三振り目

 

「よっす、煙灰無事だったか」

「ふざけろ、俺があの甘ちゃんごときに遅れをとるはずが無いだろう」

「お前も人のことを言えんだろ」

 

 戦闘地点からだいぶ離れた森の中で煙灰と塊清が落ち合う。煙灰が鼻を鳴らして不遜に言えば、塊清はそれがどうしたと言葉を返してみせた。

 煙灰は塊清の物言いが気に食わず睨みつけるも、見透かすような笑みを浮かべた顔を返され苛立ちを覚えた。

 舌打ちを一度すると森の奥へと分け入るように歩を進める。塊清は煙灰の後ろ姿を見ながら苦笑するも後を追うようについていく。

 しばらく二人は無言のまま森を進むと、唐突にその足が止まった。

 

「追い返されたみたいだな、煙灰に塊清」

「うるせぇよ、黙っていろ」

「かかっ、鬼の頭領である俺にそんな口聞くとはな、煙灰」

「別にそんなことアンタは気にしやしないだろう、(かい)

「くかか、その通りだ塊清。畏まられる方が気持ちわりぃ。虫酸が走るってもんだ」

 

 声のする頭上に二人が視線をやれば、木の枝を布団にでもするように一人の男、嵬が寝転びながら二人を見下ろしていた。

 

「今日は煩いのと良く会う日だ」

「テメェが出不精だからそう感じるんだよ」

「そうだぞ、煙灰。もうちっと外に出ろや」

「それでまた今日みたいなことが起こるのはごめんだ」

「なんでぇなんでぇ、月夜見に会えたんだろ? 愛の言葉でも囁いてや――」

「黙れ、ぶち殺すぞ」

 

 嵬が軽口をたたいて煙灰に言葉を投げかける。言葉を受けた瞬間、煙灰の空気が張りつめていく。雄弁で威圧的な殺意が嵬を突き刺すも、楽しげに嗤ってかえすだけだ。

 塊清が処置なしとあきれ顔で、煙灰の背後で肩を竦める。空気が張りつめ、煙灰と嵬の内部で妖力が活発に動き出す。

 まさに一触即発という雰囲気が辺りを包むが、不意に煙灰が妖力を抑えた。

 

「なんだ、やらねぇのか?」

「只々闘いたいだけの馬鹿の相手など御免こうむる。その辺の木とでも遊んでいろ」

「ちぇ、もっと場を整えないとダメか……」

 

 嵬が残念そうな声を出しながら口をとがらせる。心底残念そうな嵬をしり目に煙灰が煙管を吹かす。

 口から煙管を離し、ふぅと煙を吐き出した。吐き出された煙は煙灰の身体を隠してゆく。

 

「帰る」

 

 不機嫌に煙灰が呟けば身体が煙で完全に隠されてゆく。

 

「あ、おい! 煙灰!!」

 

 塊清が煙に手を伸ばすも、手には何も触れることなく煙灰を隠していた煙が散らされるだけだ。煙が散った後には煙灰の姿は無い。

 

「あぁーあ……嵬よぉ、あまり突っついてやるなよ」

「知らねぇな。たく、いつまで引きずっているんだかな」

「煙灰は頭でっかちな所があるからな。考えすぎるんだよ」

「テメェはその点うまく適応したよな」

「別に俺はどうなろうと変わらんさ。アイツが居て一緒に暴れられればそれで良い」

「なるほど、分かりやすい」

 

 嵬がヨッと声をだし、寝ている木の枝から地面に降り立つ。コリをほぐすために身体を動かせばパキパキと関節から音が鳴る。

 

「んで?」

「どうした塊清?」

「あんたがここで待っていた理由だよ」

「ん、あぁ忘れていた」

「おいおいしっかりしてくれよ、大将」

「いやぁ、久々に真剣な煙灰と闘えるかなと思ったらなぁ。忘れちまうだろ? 他の事なんざ」

「まぁ、気持ちは分からなくもないがなぁ。煙灰は本気で闘うのを嫌がるからなぁ」

「だろう? それで待っていた理由だがな、煙灰の持つ道具を分けて貰えないかと思っているんだ」

「それまたどうして」

「見込みのある人間にやるのさ。最近は骨のある人間がいないからなぁ。育つ前に死んじまう」

 

 嵬の物言いに塊清も納得を示す。産巣の持っていた武器も悪くはないが、煙灰の物と比べれば数段落ちると言わざるを得ない。

 産巣くらいの使い手であれば神力を用いる事で実用に耐えうるが他の神や人間には厳しい。

 

「まぁ、言えばくれるだろ。あいつ別段出来た物に興味はさほど持たないし」

「そういやそうだったな。……一体どうしてだろうなぁ、くっくっく」

「さぁ、俺は馬鹿だからわからん。それと嵬よ、あまり下手に突っついて爆発させるなよ」

「考えて置くさ。まぁ、少し様子を見てまた煙灰に頼んでみるさ」

「そうしろ。今言ってもどうせ断られる」

「違いねぇ」

 

 塊清と嵬は森の奥へと歩を進め、木々の合間に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜見との戦闘から三日たった日の日中、いつもの様に煙灰が根城としている洞窟から固い物を打つ音が響く。

 しかし、その音はどこかいつもと比べ精彩さを感じさせない。苛立ちをぶつけるような荒々しさを滲ませた音だ。

 

「チッ、またダメだ」

 

 煙灰が舌打ちをして、今まで鍛えていた金属を背後に向けて放り投げた。ギンッと背後に投げられた金属が山の様に積まれている他の失敗作とぶつかり音を立てる。

 

「すぅぅぅ……ふぅぅぅ」

 

 一度大きく息を吸い、吐き出す。身体から力が抜けてゆく。煙灰は窯の中で揺らめく妖炎と吐き出される白煙を見つめながら頭を働かす。

 

 

――俺は鬼だ。それ以外の何者でもない。そうだろう、煙灰?

 

 

 揺らめく火を、漏れ出る煙を見つめながら煙灰は自らに言い聞かせ雑念を断つ。久方ぶりに出会った月夜見に心を揺さぶられていると煙灰は自覚する。自分らしくないと自嘲気味な笑みさえ浮かぶ。

 

「散々ぱら自分で産巣や月夜見に鬼だ鬼だと言っているのに滑稽だな」

「何が滑稽なの?」

「あん?」

 

 背後から煙灰に声が掛けられた。幼い子供の声に疑問が浮かぶ。煙灰が振り返れば、自身がゴミの様に積んでいる失敗作の山を興味深げに眺めている1mを僅かに超える程度の背丈をした幼い少女がいた。

 長めの銀髪を腰でまとめ、赤のシャツに青のサロペットスカートを身に着けた姿。身体から僅かに神力を感じられることから神に縁のある者なのだろう。

 

「おい、小娘。どこから入り込んだ。ここがどこだかわかっているのか?」

「小娘じゃないわ」

「良いから答えろ」

 

 少女が不服そうに煙灰を見て不満を口にするも、煙灰は少女の不満を斬り捨て答えるように再度命じる。少女は煙灰の対応に不満を露わに頬を膨らますが口を開く。

 

「知っているわよ。鬼の住処でしょ」

「ほぉ、知っていて来やがるとは自殺志願者か」

「そんなわけないじゃない」

「じゃあ何か? テメェは俺より強いってのか?」

「い、いいえ。まだ私の方が弱いわ」

 

 煙灰が少しだけ妖力を強めて少女を威圧する。びくりと少女の身体が震えるも、表情にだけは怯えを出すまいと気丈に振る舞う姿はいじらしい。

 煙灰は少しだけ目を細め感心する。先日会った有象無象よりこの子供の方が、よほど気概があると。

 そしてまだとのたまう辺り、いつか煙灰よりも強くなると言外に告げる度胸が面白いと思う。

 

「だったらどうしてこんなところに居やがる? まさか迷子でもあるまい」

「迷子じゃないわよ。三日も探したのだから」

「あー……イマイチ話が見えないが俺に用があるのか?」

 

 わざわざ探したというのだから煙灰は自分に用があるのだろうと当たりをつけて問いを投げる。煙灰が問えば、少女は我が意を得たりと言わんばかりに笑顔を浮かべた。

 

「そうよ、貴方に用があるの!!」

 

 自信満々に少女が腰に手を当てて胸を張る。煙灰は少女の姿に頭痛を覚えた。最近の都の人間に対し不安を隠せない。

 

「帰れ」

「やだ!!」

「つまみ出すぞ」

「そしたらまた戻ってくるわよ?」

 

 誠に不本意ながら煙灰は産巣と月夜見に今すぐ会いたくなってくる。目の前の厄介ごと(少女)について有り余る不満と文句をぶつけたい衝動が胸中に渦巻く。

 

「子守りなど御免だぞ」

「私はもう一人でここまで来られるの。子守りは必要ないわ」

「お前……どうやってここまで来た?」

 

 少女の言葉を受けて、煙灰の中に疑問が唐突に生じた。煙灰の工房兼ねぐらは都から離れ、いくつもの妖怪の縄張りを超えた鬼の支配する領域の中にある。

 自らが鬼の中でも変わり者であるため、鬼の領域でも端に位置するが、だからといって容易に入ってこられる場所ではないのだ。

 だからこそ自身の目の前に少女が存在している事が煙灰には解せない。

 

「知りたいの?」

「謎かけでもしてぇのか?」

「貴方がお願いを聞いてくれたら教えてあげる」

「随分肝が据わっているな。鬼が怖くないのか?」

「鬼は怖いわ。でも貴方は怖くないよ」

「何故だ?」

「お父さんが言っていたから」

「どいつだ?」

 

 煙灰が問いかければそれまで軽快に返答をしてきた少女が口を噤む。

 言いたくないという雰囲気でない事は、少女が視線をはっきりと煙灰の瞳に向ける事から分かる。

 煙灰が探る様に少女を見れば理由が分かった。

 

「はぁ……話を聞いてやる。だから話せ」

「聞いたからね、嘘はダメよ?」

「鬼は嘘をつかん」

「本当に?」

「あぁ、誓おう。俺はお前が俺の質問に答えればお前の話を聞いてやる」

 

 すると少女の顔に花が咲く様な笑みが浮かぶ。

 

「誰に俺の話を聞いて、どうやってここにきて、何が目的だ?」

「父、高御産巣に貴方の話を聞いたわ」

「産巣の子? はぁ、これはたまげたな。産巣はなんと?」

「変わり者の鬼で子供には決して手を出さん。筋を通すが、頑固者で頭が固い。後はね……基本的に人間に恐れを振りまくけど殺すことは無いでしょ。それと最高峰の腕前を持つ術師とも言っていたわ」

「なるほどな。それで?」

「霊力を抑えて、この緑色の布で景色に紛れて来たのよ。煙の上がっている場所を探すのが大変だったわ。匂いは匂い消しを調合して振りかけてきたから完璧よ」

 

 産巣の話した内容がそこまで踏み入ったものではないことに一先ず煙灰は胸をなで下ろすが、目の前の少女の行動力に絶句した。

 隠れてくるのに使ったのであろう無駄に出来の良い緑色、いやこれはもう草が生えている様な布と言ってもいいそれを身体に目の前で巻いている。

 ここまで来るともはや感心が湧くのだなと、煙灰は自身の心の動きに新たな発見をした。少女は布を一通り見せて満足したのか、また口を開く。

 

「それでね、貴方に術とか色々なことを教えてもらいに来たの。良いでしょ?」

「……帰りはあっちだ、一人で帰れるだろ」

 

 煙灰が苦虫をつぶしたような顔をして洞窟の出口を指で示す。少女が煙灰の態度に憤慨する。

 

「お願い聞いてくれるって約束した!」

「話を聞くと言ったのだ。話は聞いた。さぁ、帰れ」

「やだ」

「産巣にでも言われたのか?」

「違う。私が自分で決めて来たの」

「何がそこまでお前を駆り立てる?」

「貴方の矛がすごかったから。私が作った矛がゴミみたいに見えたから」

「お前が作った? ……あの時の物をこの小娘が?」

「え、なに?」

 

 煙灰はつい先日の産巣の持っていた武器を思い出す。確かに出来栄えはそこそこであったが、目の前の子どもが作れるとは思えなかったのだ。小さな声で疑問がつい口をついて出る。

 

「何故お前が? 他の奴らは何をしている」

「もう都で私以上の術師はいないの。霊力や、神力の保有量の問題で行使できない術もあるけれど、技量に置いては先達がいないの」

「……そこまで都の質は落ちたのか?」

「違う、私がすごいの」

 

 少女の言葉は煙灰から見ても嘘を言っているように見えない。煙灰の中に好奇心が生まれた。

 都の質が落ちたのか、はたまた目の前の少女が卓越した技能を持つ天才なのか知りたいと、試してやりたいと心の中の鬼が顔を出す。

 

「小娘」

「だから小娘じゃない! わた――」

「試してやる。出来たら少しは考えてやる」

 

 煙灰の言葉に少女が憤慨するも、遮る様に続けられた言葉に歓喜の色が顔に浮かぶ。煙灰はコロコロと変わる少女の表情に忙しないなと僅かに微笑んだ。

 

「読み取れ」

 

 煙灰は短く告げると、口から吐き出された煙が空中を這う。煙は幾何学模様を描く様に煙灰と少女の間の空間に広がる。

 

「発光」

「ほぅ」

 

 少女が完成前の図形から構成を読み取って見せれば、煙灰から感嘆の声が思わず口から出た。面白いと、煙に次の図形を象らせ試しだす。

 

「染色、治療、屈折、燃焼、吸熱、固定、溶解、――――」

 

 次々に煙灰が図形を変えるも、完成前に少女が次々と正解して口に出す。煙を煙灰が霧散させる。少女が満足げな顔で煙灰を見やる。

 

「どう?」

「最後だ」

 

 煙灰が手を自身の胸の前に持ってきて掌を天井に向け、妖力球を出現させた。少女が今まで以上に真剣な表情をし、ジッと妖力球をみつめた。

 煙灰が少女の瞳を観察すれば、霊気が集まり隅々まで見逃すまいとするように瞳孔が開かれ小刻みな動きをする。

 

「これは、隠匿の奥に何か……」

 

 無意識であろう呟きが少女から漏れた。妖力の渦巻く塊から構成を読み取ってみせる能力にはまさに脱帽の一言だ。

 

 

――この歳でここまで……末恐ろしいな

 

 

 煙灰の笑みが深まる。

 

「これは……知らない、でもどこかで似た物を何度も……どこで…………月夜見様? それに私も?」

「降参か?」

「待って、まだ……分からないままなんて絶対に嫌」

 

 少女の声に試験であることを忘れているような色合いを煙灰は察した。なるほどと、少女についての予想をする。目の前の少女は、好奇心旺盛な研究者気質なのだろう。

 だからこそ、自分の作った矛を見て興味を持ったのだろうと確信した。

 

「あの矛にも……能力の共通符号?」

 

 少女が不安げに言葉にし、煙灰を見つめる。

 

「くっくっく、素晴らしいな。一種の天才と言うやつなのだろうな」

「じゃあ!?」

「そうだな……教えてはやらん。盗め」

「盗む?」

「あぁ、いつでもここに来い。俺の仕事を見て盗め。妖怪と人間の師弟関係など馬鹿げている。だから教えないが、お前には見ることを許す。出来るだろう?」

 

 煙灰が不敵に笑ってみせれば少女も自信を顔に滲ませて応える。

 

「出来るわ。だから貴方の全てを私に見せて」

「くははっ、良いだろう。俺を超えて見せろ」

 

 機嫌よさげな煙灰の笑い声が洞窟内へと広がった。新しい芽がしっかりと現れていることに安堵した。

 

 

――ヨミ、ムスビ……この子をお前らが導け。手助けはしてやる

――俺やセイの様に間違えさせるなよ。しっかり守れ

 

 

 その日から洞窟の中より発される音にいつもの調子が戻る。いや、以前よりもずっと軽快で、覇気に満ち、力強い音が鳴り響く。

 

 

 

 

 




本来永琳は月夜見より年上の設定ですが、話の都合上幼くなって貰いました。
原作の設定と異なりますが、ご了承くださいませ。

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