槌を振いし職人鬼   作:落着

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六振り目

 

 

 しばらく鬼二人が笑いあうだけの時間が続く。笑いが収まると、クレーターの中心に未だ立つ煙灰が口を開く。

 

「嵬」

「んあ? 何だ」

「ほれ」

 

 煙灰が言葉と共に嵬から捥いだ腕を放り投げた。腕は高い放物線を描き、嵬へと飛ぶ。嵬もそれを見て察すると、噛み千切った煙灰の腕を交換する様に投げ返す。互いの腕が宙で行き交い持ち主の元へと戻った。

 

「たく、勘弁しろよ嵬」

「あぁ? 何がだ」

「腕捥ぎやがって」

「お前が先だろ」

「俺とお前じゃ違うだろ」

「人間上がりは不便だな」

「テメェ……」

「いいだろ。別に恐れなんざなくたって存在できるんだから。義務感なく暴れられるなんてうらやましいぜ」

「けっ、簡単に言いやがって」

「くくくっ、まぁ無いものねだりだ」

「ちげぇねぇ」

 

 二人が自らの腕を掴むと嵬は千切れた腕を繋げるようにあてがう。ミチミチと音が鳴り僅かずつ、しかし目に見える速度で再生をしていく。嵬は煙灰のぼやきにニヤリと笑ってみせた。

 煙灰も同じように腕先を断面にあてがうも、嵬の様に肉はつながる様子を見せない。その様子に一度嵬を恨めしげに一瞥した後、煙灰はふぅと煙を吐き出す。

 吐き出された煙は腕を固定する様に傷口を覆う。煙灰は支えている手を腕から離すと、具合を確かめるように動かす。腕は外れることも、ずれることもなく固定された。

 

「ほれみろ、どうせすぐ治る」

「気軽に言いやがって。まぁいいさ」

「そうか。んじゃ、俺は帰るわ」

「相変わらず浮雲みてぇな野郎だな」

「雲はおまえだろ。ま、ちゃんとやれよ」

 

 嵬は最後に一言そう言うと、その場から姿を消す。煙灰は嵬の気ままな様子に苦笑を漏らす。呆れ半分、清々しさ半分といった心持ちの中、煙灰は空を覆う雲を眺めた。

 顔を上向きの姿勢から戻し、煙管を手に持つ。クルリと手の内で煙管を一度回せば、周囲に残る煙が煙管の先端に吸い込まれる様に消えていく。

 煙が全て収まると、地を割り、大気を揺らすほどの妖力が収まった。妖力を収めた煙管を再び帯に差す。

 

「はぁ。ケリつけるか」

 

 煙灰はため息を一つ漏らすと、軽く首を回す。コリをほぐすような仕草をし、気持ちを切り替えた。とん、と軽く地面を蹴ってクレーターの外縁部へと出た。

 煙灰が視線を周囲へ向けると、怯えた視線を自身を見る永琳たちを見つけた。永琳の瞳に煙灰はため息を漏らしたくなるが、その気持ちを呑み込むと三人に向けて歩を進めた。

 永琳たちは自分たちに向かって歩を進める煙灰を見ると、心の底から恐怖に震えた。永琳は気丈に振る舞おうとするも、身体が言う事を聞かない。それを示す様にカチカチと歯の鳴る音がする。

 残りの二人も似たようなものだ。むしろ煙灰の事を知ら無い為に、その度合いは永琳よりも激しい。

 煙灰の足音だけが嫌に大きく聞こえた。空が雲で覆われ陽が届かない為に、薄暗い周囲の中では白髪で白い着流しの煙灰の姿が浮き出るように良く目につく。

 

「分かったろ」

 

 少し離れた場所で歩を止めた煙灰が言葉を投げかけた。発せられる声はひどく落ち着いていた。

 永琳は応えようとするも喉がひきつり、声が出ない。口元が震えてうまく形を作れない。

 

「これが俺とお前の立ち位置だ」

 

 煙灰が短く告げ、またゆっくりと歩を進めた。威圧する様に妖力が煙灰の内より僅かに漏れた。

 永琳の中で生まれた恐怖がより大きく、明確に育つ。死の脅威に身体が無意識に抗おうと手に持つ弓の弦を引かせた。弦を引くと、霊気で生成された弓矢がつがえられた。

 

「それで?」

 

 煙灰が呟き、一歩踏み出す。ヒュンと風切り音が鳴り、弓矢が煙灰の頬を掠めた。精神を直接刻む術式を施された弓が、作り手本人へと牙を剥く。

 しかし、煙灰はまるで怯んだ様子を見せない。

 

「それは対妖怪用ともいえる。だが、俺や塊清は肉体に重きを置いている。だからそれは脅威になりえない」

 

 煙灰が足を再び止めた。立ち上がれず地面に座り込む永琳たちと、それを見下ろす煙灰が数メートルの距離で向かい合う。

 効果が無いと言う煙灰の表情がどことなく寂しげに見えると永琳は感じた。突き放すような態度を見せてくる煙灰の姿に、永琳は恐怖のほかに寂しさを覚えた。

 煙灰と過ごした日々が、思い返される。数々の記憶が永琳の中をかける。楽しかった、本当に楽しかったと永琳は思い出に感情を刺激された。このままではもう以前の様に煙灰と話すことが出来なくなってしまう。別れが訪れると判断できてしまう。ゆえに、永琳は自らを奮い立たせ煙灰の名を呼ぼうとする。

 

「煙か――」

 

 しかし、再び永琳の声は遮られた。それは空気の弾ける音。普段聞きなれない、しかし先ほど嫌になると言うほど聞いた雷が空気を破裂させる音が永琳の声を遮った。

 永琳たちと煙灰の間に人影が現れた。帯電した矛を構える産巣と、その背に乗る様な格好の月夜見が姿を現す。

 

「煙灰ぃぃい!!」

 

 怒声と共に現れた産巣が矛を振り下ろす。帯電した矛が肉を断ち、電熱で切り口を焼く。矛の勢いに飛ばされる様に煙灰の身体が後方に向かって切り飛ばされた。

 飛ばされるままに動きを見せない煙灰はそのまま自然に勢いがなくなり止まるまで空を飛び、地を転がる。

 永琳が目の前の出来事に息をのむ。父が現れたことに対する緊張か、煙灰が斬られたことへの驚愕か、言葉を失う。

 次第に勢いが衰え煙灰が停止した。転がった際に上がった土煙が、風で流され静寂が訪れると煙灰が静かに身体を起こす。

 

「よぉ、産巣に月夜見。くくく、使いこなしているじゃねぇか、嵬の能力の一部を込めたその矛を」

「煙灰! 貴様、何を考えている!?」

「くははっ、何がだ?」

 

 煙灰は斬られ、肉が焼けた傷を気にしたそぶりも見せずに声をかけた。普段通りに世間話でもするような気軽な調子が、いきり立つ産巣の神経を逆なでた。

 産巣が感情のままに疑問をぶつけるも、雲を掴む様な態度で煙灰が言葉を返す。

 

「なぜ子供らがここに居る!? 何を考えているのだ!?」

「くかか、馬鹿め。それはそいつらが勝手にしたことだ。俺は知らん」

「戯ご――」

「産巣、落ち着きなさい」

「そうだぞ。せっかく多少は悪いと思って一太刀受けてやったのだ。落ち着け」

 

 さらにヒートアップをする産巣へ、月夜見が言葉をかけた。それを後押しする様に煙灰が言葉を発すればいく分産巣の熱も落ち着く。

 わざと矛を受けられていた事にも気がつけば、混乱は加速するが頭に昇った血は下がった。

 

「そのガキにお前が俺の話をしたのだろう。それほど大事ならちゃんと見ておけ。子守りは懲り懲りだ」

「……いつからだ?」

「満月が二回上るくらいは前だ。全くもってあきれ果てるな、お前らの管理能力には」

「返す言葉もありません」

「まぁいい。俺にとっても良い機会だった」

「それはどういう意味ですか?」

 

 あきれ返った声色で煙灰にそう漏らされると、産巣は言葉を失い、月夜見は申し訳なさそうに頭を下げた。

 目の前のどこか手馴れた、それでいて気安げなやり取りに永琳は不思議な気持ちを覚えた。何故、妖怪である煙灰と神である二柱が親しげなのか、と。すると今まで気にしていなかった疑問が次々と湧き出るもそれを聞ける時間は永琳には無い。

 煙灰がニヤリと笑い言葉を発すれば、月夜見は首を傾げて問い返す。月夜見の問いに、煙灰は煙管を腰元の帯から引き抜く。産巣と月夜見が警戒する様に身構えた。

 

「二対一で闘うと。手負いの貴方が?」

「かっかっか、いいや違うさ」

「いつもに増してのらりくらりと」

「まぁ、そう急くな」

 

 煙灰が煙管を手元で遊ばせるようにくるくると、指先で回す。それに合わせるように僅かずつではあるが、妖気を含んだ煙が漏れてゆく。

 二柱の意識が煙灰へと惹きつけられた。何かの術を仕掛け様としているのではないかと警戒が強まる。煙灰の口元が愉快気に歪む。

 

「塊清! 引き離せ!!」

「任せろ!!」

 

 煙灰が叫びをあげると、一つの気配が急速に現れた。月夜見と産巣を引き離す為に、塊清が割って入る様に両者の間へ着弾した。

 月夜見の落とす隕石ほどではないが、大質量の物体が地を砕く破砕音と土煙を巻き上げた。舞い上がる土煙が月夜見と産巣、そして永琳たちの視界を封じる。

 

「くっ!!」

「セイ!?」

「きゃぁあ!」

「うわぁ!!」

「ひっ!」

「ハッハァー!!」

 

 様々な声が混線する様に発せられた。ゾワリ、と生まれた隙を逃すまいとする様に煙灰の妖力が蠢く。煙管を咥えた煙灰から煙が噴き出す。

 月夜見と産巣が煙灰の妖力に反応するも遅い。身構える間もなく視界を遮る茶色の煙が、妖力を含んだ白色の煙に塗りつぶされ流されていく。

 産巣は身体を押し流されている事に気が付き耐えようとするも、抗う事かなわずに白煙の激流に呑まれた。

 唐突に産巣の身体へとかかる負荷が消えた。負荷が消えると同時に、視界が開けている事に気が付く。そして目の前に空の雲まで届く白い煙の壁が出来ていることにも気が付く。

 

「一体なんだというのだ」

「二人きりにしてやろうぜ」

「塊清!?」

 

 産巣が起きた出来事に不満を漏らせば、返答があった。驚き振り返れば、原因の一人である塊清が立っていた。

 警戒する様に産巣が構えるも、塊清はその場に座り込むと腰元の瓢箪を手に取り中身を呷るように飲む。その気の抜ける様子に産巣も肩の力を抜く。

 

「本当に何がしたいのだ、お前たちは?」

「さぁね。俺は煙灰と楽しくやれりゃそれでいい。だからアイツが何かしらの答えを出したいというのなら俺は手伝うだけさ」

「変わらんな」

「変わらんさ」

 

 ため息を吐きたい気持ちを産巣は抑えた。視界の端にふと、別の者が目に入る。娘の永琳とその友人たちだ。その姿に頭痛を覚えた。

 

「お前達、何をしていたのだ」

 

 産巣が近づき少しだけ叱る様な雰囲気を出して問い掛ければ、三人の顔色がまた先ほどまでとは違う意味で青く変わった。さらに産巣が言葉を続けようと口を開くも、声が出る前に遮られた。

 

「おぉ、お前が煙灰の弟子か。嵬から聞いていたぞ」

 

 塊清が楽しげに声を上げて永琳へと投げかけた。その投げかけられた内容に産巣は戸惑いを覚える。煙灰が人間を弟子に取るとはとても思えなかったのだ。

 

「は? 塊清、そのデシと言うのはなんだ。まさか師弟関係の弟子ではあるまい」

「その弟子以外で何が有るんだよ、馬鹿かお前は」

「馬鹿っ!? 貴様だけには馬鹿呼ばわりはされたくない!!」

「食いつく所そこかよ。相変わらずズレてんな」

「くっ……いや、今はそんなことを話している場合ではない。永琳、塊清の言っている事は本当か?」

 

 産巣が拳を強く握り、塊清に言いたい言葉を力ずくで呑み込む。そのまま永琳へと向き直り再度問い掛けた。状況の変化になれたのか、麻痺したのか、はたまた落ち着いたのか分からないが永琳は緊張の解けた口元を動かす。

 

「煙灰は弟子じゃないってさっき言っていたけど、私はそのつもりだった。ううん……私は、私は煙灰の弟子。私は色々な事を教えてもらった、煙灰の弟子よ」

「…………そうか」

 

 永琳は胸元で手が白くなるほど強く握り、静かにしかし強い意思のこもる声でそう応えた。

 産巣は娘の様子にかける言葉を見つけられない。叱りたい事や、何を学んだのか、その時の煙灰の様子など聞きたいことが山ほど浮かぶも考えがまとまらない。

 押し黙ってしまった産巣に永琳は少しだけ困惑するも、思考を切り替えた。視線を塊清に向けると口を開く。

 

「貴方は煙灰の知り合いなの?」

「悪友さ。または一緒に鬼に堕ちた身ともいう、かかかかかっ」

「嵬っていう鬼も言っていたのだけれどどういうことなの? 煙灰はもともと人間だったの? 何があったの?」

「はっはっは、物怖じしないか。面白いガキだ。煙灰が気にいるのも分からんでもないな」

「ねぇ、教えてくれないの?」

「煙灰の事が知りてぇなら直接聞きな、弟子なのだろう」

「……たぶん駄目よ。私、煙灰が怖くて弓をひいてしまったの。だから、もうだめなの……」

「んなこと気にしねぇと思うがなぁ」

「違う。危害を加えたことを言っているんじゃないの。私は煙灰が近づいてくるとき拒絶してしまったの。恐れてしまったの。だから……」

「なるほどな。まぁ、それならそれでいいさ」

 

 塊清はそう言うと視線を永琳から切り、目の前の煙の壁へと向けた。煙灰の妖力を多分に含んでいる為、中の様子が分かりにくい。地面の揺れるような振動がない事から闘いにはなっていないと察せられた。

 永琳は顔をそむけた塊清から落胆されたような気配を感じた。そして、煙灰がさらに遠くへと行ってしまう様な予感が脳裏をよぎる。その予感に胸が酷く締め付けられた。その感覚を振り払う様に永琳は塊清へと声をかける。

 

「煙灰にまた会わせてと言ったら貴方は協力してくれる?」

 

 永琳は後ろで産巣の息を飲む音を聞く。そして直後に怒気を感じた。怒鳴られる、と反射的に身体へ力が入りそうになる前に塊清が応えた。

 

「くくく、構わねぇよ。産巣、それくらい許してやれよ。でなきゃまた今回みたいに脱走するぜ? 俺が行き帰りを保証してやらぁ」

「妖怪の言う事なぞ――」

()が保証してやる。それで足りなきゃ鬼として約束してやるよ」

 

 産巣の言葉を遮り、塊清が強く断言をした。産巣は考えるように、眉間に皺を寄せながら瞼を閉じる。しばらくして、苦々しい顔をしながら目を開く。

 

「一度だ。一度だけ見逃す」

「かかっ。だとよ、お嬢ちゃん」

 

 塊清がカラッとした笑みを浮かべ永琳に言う。永琳も産巣の言葉を受けて歓喜を示す様に、振り向き産巣の腰元に抱きつく。頭をぐりぐりと押し付ける永琳に産巣は苦笑するも、永琳の頭を強くなでた。

 

「ちゃんと納得できるように話してきなさい」

「――うん!!」

 

 短い言葉を親子が交わす。塊清は少しだけ二人を眩しい物でも見るように目を細めた。ふっ、と自嘲気味な吐息が漏れると塊清は頭を一度掻き、酒を呷った。

 

「まぁ、それも煙灰が生きていたらの話だがな」

 

 塊清が口から瓢箪を離し、そう口にした。中の様子はいまだに煙灰の煙の所為で知覚できないが、地面が揺れ始めている事から始まった事を言外に告げた。

 産巣と永琳もその言葉を受け、視線を煙の柱へ向けた。他の二人の子供も習う様に視線を追う。少しだけ怯えが残っているのか、柱との間に産巣を挟む形だが。けれども、しっかりと視線は煙を向いていた。

 

「まぁ、好きにしろ煙灰。尻拭いはしてやらぁ」

 

 塊清が上機嫌に酒を飲む。くつくつと喉を鳴らし、中の様子が見えでもしているかのように楽しげな表情を浮かべ煙を見つめた。

 

「まったく、難儀な二人だ」

 

 続ける様に口から漏れた言葉は誰の耳にも届かない。小さな声で呟かれたそれは煙に吸われる様に消えてしまう。

 

 

 

 

 


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