槌を振いし職人鬼   作:落着

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九振り目

 

 

 

 煙灰、塊清、純狐の三人が軽快に木々の間を駆け抜けていた。狐仙はもともと調べものや潜入向きの能力持ちで、なおかつ本人の戦闘力も高くない為、ねぐらを出る前に分かれたのでここにはいない。なおその時のやり取りはいささか酷い内容であった。

 

 

――あら、行くのですね? 行ってらっしゃい、二人とも

――あれ、姉御はいかないんで?

――行かないわよ。一緒にいましょうねー、狐仙

――ひぅ……姉御の武勇伝聞きたいなぁ。すごいんだろうなぁ姉御が行ったら。期待しちゃうなぁ

――あら、そう? それじゃあ今日の子守唄代わりに聞かせてあげるますね、狐仙

――ぴぃぃぃぃ!?

 

 

 煙灰的には純狐をこちらへ押し付けようとした事に思う事はあったが、その後が哀れすぎて溜飲を下げざるを得なかった。塊清も狐仙の姿には苦笑していた。狐仙の哀れな姿を思い出していた煙灰に声がかかる。

 

「それで、煙灰。あれはなんだったのかしら?」

「あれってなんだ」

「あの酒がうっすらと赤く染まる枡の事よ」

「あぁ、あれか」

 

 純狐が煙灰の持ち物に付いて疑問の声をあげた。ねぐらを出る前に煙灰と塊清がその枡を使って酒を飲んでいたのを、純狐は見ていたのだろうと煙灰は察した。

 

「あれは薬枡とでもいう物だ」

「薬枡?」

「あぁ。あれに酒を注げばその酒にある力が宿る」

「どんな力なのかしら?」

「快癒だ。怪我や病気が治る」

「なるほど。だから二日酔いや顔の腫れが引いていたのね。便利そうね」

「だろうな」

「素っ気ないわねぇ、相変わらず」

「聞けよ、純狐」

「どうしたのかしら、塊清?」

「こいつ、あの道具作るのに自分の腕潰したんだぜ」

「へっ?」

 

 塊清の言葉に純狐が気の抜けた声を出し、驚きに合わせて尾がピンと張った。分かりやすいその変化に塊清が楽しそうに笑い声を漏らす。純狐は煙灰へ視線を向け、その包帯のまかれた左腕を見つめた。

 

「じゃああの包帯の下は?」

「煙だ」

「あらあらあらあら。煙灰ってやっぱり頭が良いのに馬鹿なのですね」

「テメェ、女狐っ。言うに事欠いてそれか」

「あら、でも事実でしょう?」

「けっ」

「ふふふ、可愛いわね」

 

 文句を言う煙灰へにこりと純狐が笑いかければ、不機嫌そうに煙灰はそっぽを向く。純狐がからかう様にさらに笑えば煙灰が不機嫌そうな空気を放つ。

 

「それでどうして腕をつぶしてまで作ったのかしら?」

「ちげぇよ、余ったから腕をつぶしたんだよ」

「腕が余る?」

「あぁ、この腕はけじめとしてこのままにしようと思ったからな。色々考えて、嵬と喧嘩をした時にも喧嘩代としてもがれた物だからちょうどいいという思いもあった。これは俺の覚悟の、区切りの証だ。人としての俺は死んだ。それとこの腕輪と鎖は言ってしまやぁ戒めだ」

「けじめと戒めねぇ……相も変わらず難儀な生き方をしていますね」

「それでこいつ腕が余ったからって薬枡の材料に腕使っちまいやがったんだよ、面白れぇだろ」

「確かにそれは面白い話ですね。後で狐仙にも聞かせてあげましょうか。鬼の血肉を啜った枡の話を、ふふふ。楽しみね」

「絶対子守唄代わりにゃならんだろ」

「そうかしら? 楽しい話だと思うけれど」

 

 不思議そうに首をかしげる純狐に二人の鬼が苦笑を浮かべた。そして狐仙に降りかかるであろう受難を想像してため息を吐く。けれども二人が狐仙へ助け船を出す事も無い。何だかんだと二人は狐仙を一人前の妖怪として認めているのだ。そのため過保護にすることは無い。純狐が語る生々しく脚色された話を聞いた狐仙から、後日恨み言を聞くことになるがそれは今の二人には知る術がない。

 

「見えたな」

 

 先頭を走る煙灰が視線の先に目的の人物を見つけた。右片翼をはやした銀髪赤目の短髪の女性、稀神サグメが視線の先の平野にいた。サグメ以外にも見える人影が二人分。陽光を受け輝く様な長い金髪に金色の瞳の華奢な女性、天照(あまてらす)。薄蒼の髪に青緑の瞳の筋肉質な男性、須佐之男(すさのお)がサグメと共にいる。

 

「塊清、サグメが俺に()があると言っていたんだな、産巣は?」

「あぁ、そうだな。娘っこを渡すときにそう聞いたな」

「なるほどな。そいつは厄介だな」

 

 森を抜け、平原と森の間で三人が止まった。止まった煙灰達にサグメたちも気が付く。

 

「煙灰、テメェ人の姉に怪我させてんじゃねぇぞ! ぶっころ――おぶっ!!」

 

 薄蒼の髪の男、須佐之男が煙灰を見つけると神力を立ち昇らせながらいきり立つ。月夜見を傷つけられた事を怒りながら駆けだそうとするも、踏み出すための足へ力を込めた瞬間に顔面へサグメが裏拳を見舞う。殴られた須佐之男が鼻を押さえその場にうずくまった。

 

「あらあら、ふふ。サグメ、ごめんなさいね、うちの愚弟が」

「姉ちゃん愚弟ってひど――ぐえぇ」

 

 天照がほわほわと柔和な雰囲気を醸し出しながらサグメへと頭を下げた。須佐之男が文句を天照に言おうとするも、首裏の襟をひかれ首を絞められ言葉を止められた。サグメが天照に軽く手を振ってみせる。すると首元のリボンの中心についている黒い宝石が淡く輝く。宝石上に何か文字列の様な物が浮かび、音が発された。

 

『構わない。須佐之男が付いてくると言っていた時点で予測は出来ていた』

「なんだ、ちゃんと使っていたのか」

『貴方が鬼になった後にくれた物だけれど私にはとても助かる』

「……そうか」

 

 サグメが微かに微笑み胸元の宝石に触れた。その様子に煙灰も満足そうな笑みを浮かべた。朗らかな雰囲気が二人の間に流れるもそれはすぐに終わる。

 

「おい、何和んでんだよサグメ! アイツはもう鬼なんだぞっ。妖怪なんだぞっ」

『……分かっている。天照、須佐之男、それでは頼みますよ』

「はいな、お任せください」

「ちぇ、分かったよ。そういう約束だからな。姉ちゃんはどっちにする」

「うーん、塊清の相手は嫌なのであちらのお狐さんとお話していようかしら」

「はいよ。塊清ちょいと付き合えよ」

 

 須佐之男が親指を立て別の場所を指し示し、そちらへ地を蹴り跳ぶ。名指しされた塊清から妖力がにじみ出た。

 

「ほどほどにな」

「あぁ、久しぶりに泣かしてきてやらぁ」

 

 煙灰の言葉に塊清が短く返し、須佐之男を追う様にその場を後にした。純狐も事の運びを理解して煙灰の背後でため息をつく。

 

「あぁ、面倒ですねぇ。アレが嫦娥であるならやる気も出るのですがね。あぁ、嫦娥よ、お前はどこにいるのだろうね」

「気を付けろよ、純狐。天照は内向きに力を使ってはいるが月夜見の姉だ。ほのぼのとして植物などに恵みを与えるが、逆に日照らせ枯らす事もできる。あいつの陽は危険だぞ」

「ふふふ、煙灰が心配ですか。ありがとうございます。けれど、問題はありません。私の力は純化する力。どんな力とて操って見せましょう。それが妖の力であろうと神の力であろうと関係ありません。それに狐仙が武勇伝を待っているのでせいぜい楽しく遊んできますよ。まぁ、都にいるのであろう嫦娥へ我が妖炎が見える程度には、ね」

 

 煙灰の忠告に純狐はまるで取り合う様子を見せない。けれど煙灰は純狐の様子に憤る事も諌めることもしない。その実力を信頼しているのだ。こちらへ楽しげに手を振って見せる天照の事も煙灰は知己であるためあまり心配していない。どちらも無難に軽く一当てして終わらせる心づもりであると察せられた。

 純狐がふらりと煙灰達から離れるように移動すれば、天照も煙灰へ一度手を振りそれに付いていく。天照の相変わらずな様子に煙灰は笑みを浮かべた。二人きりになると煙灰がサグメに近づくように歩を進める。まだわずかに距離はあるが会話をするのに支障のない程度で歩みを止めた。

 サグメが煙灰を静かに見据えた。胸元の宝石から手を離しサグメが口を開く。自らの口を開き言葉を発した。

 

「久しぶりです、エンさん」

「ふ、懐かしいなその呼び方。もう筆談は辞めたのか?」

「これが有るのにいちいち文字を空中に書くのは煩わしですよ」

 

 サグメが煙灰の言葉に応え、指を宙に走らせてみせた。指の通った軌跡には淡く輝く線が生まれた。懐かしいサグメの文字に煙灰が昔を懐かしむ。人であった頃、サグメは良くこれで意思疎通をしていたと思い出す。

 

「そうだな。意外と面倒くさがりで書く言葉が最低限で良く言葉足らずだったな」

「覚えてなくていい事を、むぅ」

「くははっ、その顔も懐かしいな。よく不満があるとそうやって口をとがらせて服の裾や袖口を掴んでいたな」

 

 サグメが煙灰のからかいの言葉に口をとがらせ、非難がましい瞳を向けた。その表情さえ懐かしいと煙灰は笑う。能力ゆえに気軽に声を出せないサグメが、不満を示す行動は今も昔も変わっていないようだと懐かしむ。普段からしゃべらないせいか人間関係の構築を苦手としていて、サグメの表情はあまり変わらなかったが自分や月夜見たちの前ではよくこうやって感情を表していたなと口元を緩める。

 けれど、サグメはこの場で自らの口で話したのだ。それは能力を使う気が有るという事に他ならない。いや、もしかしたらすでに発動し始めている可能性さえあった。

 

「さて、口に出すと事態を逆転させるお前が話すとは相当な事なのだろうな。舌禍をもたらす女神よ」

「……そう、ですね。だから産巣がこそこそしているのを見逃す代わりに伝言を頼んだのです」

「相変わらずの聡さだな」

「でも、正直来るとは思っていなかった。貴方は私の能力を知っているから」

「お前の事だ。諦めずにどうにかしようとするだろう。それにギリギリまで追い詰めて大勢の前で話されても困る。お前の力は特に当事者に話すことで運命を逆転させる。少人数であれば制御もしやすいだろうが、大人数だとそれだけで逆転するものが増えるからな」

「だから今来たと?」

「どうせ遅かれ早かれの違いだ。いや、先にお前の危惧する運命が来るかもしれんからそれも違うか。まぁ、懐かしい奴が呼んでいるというのだ、顔ぐらい見にくるさ」

 

 煙灰の言葉にサグメの羽がパタパタと忙しなく動く。表情に変化はないが雰囲気はどこか嬉しそうだ。しかし、その羽ばたきがぴたりと止まり、サグメが小さく息を吸う。厳かな空気をサグメが纏った。

 

「ならば私は貴方の、煙灰のその甘さに付け込もう」

 

 サグメが煙灰を強く見据え言葉を紡ぐ。煙灰もサグメの言葉を静かに受け止めた。

 

「貴方と月夜見の闘いの話を知りました。月夜見からも話を色々と聞きました。だから私は危惧している」

「何をだ?」

「貴方達が相打つ可能性を。私はそれが一番高いと判断する。いや、それ以外が起こる事はほとんどないと考える。貴方は彼女を殺さない。彼女も貴方を殺すことに忌避を感じているけれど、自らの役目と板挟みだ」

「だから心中すると?」

「えぇ、いずれそこへ行きつくでしょう。それが定めの様に私は思う。ゆえに、私が口にするわ。貴方はもう運命から逃れられない。運命は逆転を始めた。貴方達は決着をつけられないっ!」

「……くははっ、なるほど。そのためだったか。確かにそれは月夜見ではなく俺に言う方がよさそうだ。お前の言うとおり俺には殺す気はないからな。だが……決着はつけられないと来たか」

「えぇ、貴方達の決着はつけさせません。私の力は運命を逆転させるだけで運命が視えるわけではない。だから本当はどうなるかは私にも分からない。けれど、今語った内容は実現すると強く確信はしている」

「だろうな、お前は聡い。運命とはいわば大きな流れ。お前がそう感じたのならきっとその可能性が一番高かったのであろうな」

「恨んでいますか」

 

 煙灰がやれやれとため息を吐く。逆転させようとしている事は察していたが内容は意外であった。けれど、その内容もそこまで悪い物ではないと煙灰は思う。少なくとも月夜見が死ぬ可能性が減る事が喜ばしいからだ。

 

「恨んじゃいないさ。さてこれで終わりか? それなら引き上げるが」

 

 煙灰がサグメの問いかけにそう言葉を返し、他の二人を見やる。須佐之男と塊清は殴り合いを、天照と純狐は火のぶつけ合いをして遊んでいた。よそ見をする煙灰は近くで力が蠢くのを感じた。視線を戻せばサグメが僅かに地面から浮き、力を練っていた。

 

「いえ、せっかくですから久しぶりに稽古をつけてくれませんか? 神霊となってから貴方とは一度も闘えていないので」

「稽古、か。懐かしいな、昔を思い出す」

「いけませんか?」

 

 サグメには先ほどまで語っていた時の様な厳かさはなく、最初に話した時の様な気軽さだ。いけないかと疑問を投げかけてくるサグメからは不安そうな様子を煙灰は受けた。昔馴染みや子供にはどうも甘くなるなと煙灰が頭を掻きながらも臨戦態勢を取る。

 

「いいや、かまわないさ。復帰の具合を確かめるにはちょうどいい相手だ」

「むぅ、甘く見ないでくださいよ。私とて強くなりました」

「ならば結果で持って示して見せろ、稀神サグメ」

「いいでしょう、貴方に魅せましょう。茨木煙灰」

 

 サグメから力が発せられた。サグメの片翼が空気を強く打ち、羽ばたく音がする。宙に浮くサグメが突撃する様に煙灰へと迫った。風を切り銀の髪を靡かせ、サグメが頭から煙灰へ近づく。

 煙灰もサグメを迎え撃とうと身構えた。突っ込んでくるサグメに合わせ拳を突き出す。

 二人が交差する直前、サグメの翼が再び空気を打ち付けた。螺旋の軌道をえがきサグメが煙灰の拳を躱す。拳を掻い潜り、直進する勢いのままにサグメが煙灰の懐へと飛び込む。再び翼が空気を打ち付けた。サグメの体勢が変わり、速度の乗った蹴りが飛ぶ。

 

「――ぐうっ」

 

 刹那の交差に煙灰の反応が遅れ、腹を蹴り飛ばされた。たたらを踏んで煙灰が後方へ後ずさった。

 追従する様にサグメが翼をはためかせた。僅かに上昇し、足を振り上げ頭部めがけて振り下ろす。

 

「やぁ!」

「ふん!」

 

 サグメの踵と煙灰の左腕がぶつかり合う。煙灰の足が地面へとめり込む。腕に巻かれた包帯の隙間から煙が漏れ出てサグメの足を絡め取った。サグメが足に絡む感触に目を見開いて視線を向けた。

 

「なっ!?」

「いくぞ!」

 

 煙灰が腕を引き、地面へと叩き付けるように振り下ろす。サグメが抵抗しようと羽ばたくも、鬼の膂力に押し負ける。堪えきれずに地面へ激突。轟音と共に土煙が舞い上がった。

 

「くぅう、その腕なんなのですかっ」

「くははっ、良い腕だろう。新品だ」

 

 地面へと腕をつき、耐えたサグメが問いかけた。煙灰が楽しげに言葉を返す。足を引かれる感覚に、サグメがまずいと再び身構えた。煙灰が膂力に任せ腕を持ち上げ、何度も振う。地を打つ音が平原に幾度も響く。

 

「いい、加減に、しなさいっ」

「だったら自力で抜けて見ろ」

「当り、前です! 片翼の白鷺!!」

 

 サグメの左背後から現れたのは光で象られた翼。両翼が一度強く空を打つ。足を絡める煙を引きちぎり、サグメが再び空へと戻った。身体は所々土で汚れてはいるが負傷は見られない。サグメが土を払いながら不満そうな表情を浮かべた。

 

「地面にぶつかる程度で怪我をすると思っているのですか? でしたらそれは酷い侮辱です」

「稽古なのだろう? 丁度いい塩梅だろう、くはははっ」

「ここまでわかりやすく手心を加えられると不快です」

「だったらもっと俺を追い詰めてみせろ」

「っ! 言われなくてもっ!!」

 

 サグメが声を荒げた。指先が宙を走り、光が後を追う様に浮かび上がった。瞬く間にサグメが宙に術を描く。描き上げた術をサグメが強く叩き砕く。甲高い破砕音と共に欠片が飛び散り、数多の弾幕となり空を彩った。

 

「神々の弾冠!!」

 

 サグメの声に応えるように弾幕が煙灰めがけ牙を剥く。煙灰が弾幕を避けようと隙間を縫う様に地を駆けた。

 

「甘いっ!」

 

 サグメの叫びと共に地面へ着弾した弾幕が爆ぜた。爆ぜた弾幕からまた弾幕が生まれた。降り注ぐ弾幕全てが新たな弾幕を生み、空からも尽きぬ弾幕が煙灰を追い詰める。

 

「飲まれろ」

「かかかっ」

 

 直後、楽しげに笑う煙灰の姿が弾幕に呑まれてサグメの視界から消える。着弾音と、土煙が止まることなく上がり続けてゆく。

 

「どうで――」

 

 得意げな顔でサグメが声を発するも、直後に妖力の蠢く気配を察知した。視線の先で弾幕と土煙を塗りつぶす様に白い煙が膨れるように広がった。それはその場で収まらず、周囲一帯を駆け抜けるように一気に広がり躱せない。

 サグメも一瞬煙に覆われ視界を失う。反射的に身構えるも衝撃は来ない。視線が白に覆われるも翼をはためかせれば、自身を覆う様に纏わりついていた薄い煙が散らされた。

 

「中々良い業だ、サグメ」

「一体何を」

 

 視界の晴れた先では何事もなかったように煙灰が立っていた。サグメが視線を周囲へと巡らせば、自身の弾幕全てが煙にその身を覆われて動きを止めている。いくつかの弾幕を任意で起爆させようとも煙の中で生まれた弾幕も捉えられてしまう。

 

「む、狡くないですか?」

「狡いものか。精進しろ」

「精進しろ、ですか。ふふ、懐かしいですね」

「そうだな。で、どうする。まだやるか?」

「そうですね……」

 

 サグメが周囲を見渡す。まだ須佐之男も天照もすぐにどうこうなりそうだという事はなさそうだと察した。もう少しだけ二人には自分の我が儘に付き合ってもらおうと内心で感謝を示し、煙灰へと向き直る。

 

「あと少しだけ、いいですか?」

「構わんぞ」

 

 煙灰が腰を落して身構えた。サグメは瞳を細め、口元を小さく綻ばせる。一度深呼吸をして気持ちを入れ替えた。浮ついた気持ちのままでは怪我をすると気を引き締め直す。身体に力をいきわたらせ、光で作られた翼がさらに強く輝きを放つ。

 

「ふぅぅ……いきます」

「こい」

 

 サグメが空を舞う。白翼一枚の時とは比ではない速力での飛翔。音を置き去りにし、空気が圧され衝撃が生まれた。

 

「やぁああ!!」

 

 裂帛の声と共にサグメの蹴りが空気を切り裂く。序盤の再現だという様に煙灰が左腕を身体との間に入れる。両者の足と腕が打ち合う。

 

「くははっ」

 

 煙灰が驚愕に笑いを漏らす。サグメの蹴りが煙灰の煙の腕を包帯ごと散らしたのだ。威力はいく分落ちようとも、勢いそのままにサグメの足が煙灰の顔を蹴りあげた。煙灰の身体が上向く顔に引かれるように伸びる。

 振り切った足の勢いを殺す事無くサグメは宙で一回転し、地面へとしゃがむ様に膝を曲げ降り立つ。地面を両足で強く蹴りつけ、さらに翼で空気を叩く。勢いを増したサグメは身体が伸びきり咄嗟に動けない煙灰に、宙へと打ち上げる様な強烈な体当たりをみまう。

 煙灰の身体がサグメの追撃により空へと舞った。サグメがそれを追う様に空を飛ぶ。

 

「片翼よ」

 

 サグメの呟きと共に光で作られた左翼が一回り大きくなり、込められた力を増す。サグメの速度がさらに増し、煙灰とすれ違う様に飛ぶ。光翼が煙灰の身体を跳飛ばした。サグメの飛行後には、光翼の通った軌跡をなぞる様に光の線が浮かぶ。

 サグメが身体を翻し、再び煙灰目がけて翼をはためかせた。音速を超える連撃で、煙灰に反撃の隙を与えぬよう空へと縫いとめる。サグメの突撃が繰り返されるたびに空には光の線が複雑に描かれていく。

 

「せぇい!」

 

 サグメが描かれた図の中心へと煙灰を蹴り飛ばす。描かれた光の線がいっそう強く光り輝き。

 

「爆ぜなさい!!」

 

 サグメの言霊に呼応するように光の線が一度脈動する様にその輪郭をぶれさせた。光の線が煙灰を拘束する様に収束した。ギュッと縮んだ光が明滅を一度し、直後衝撃と轟音、閃光を伴う爆発。

 

「これならば届いたでしょう」

「あぁ、良い攻撃だ」

 

 爆発の閃光の晴れた先では煙灰が煙を足場に座っていた。着流しは所々解れ、肌にはいくつかの痣と、血の滲みがみられる。

 煙灰の様子にサグメが眉をひそめた。どことなく不服そうな表情を浮かべ口を開く。

 

「ちょっと軽傷過ぎませんか?」

「かかかっ。俺にここまで傷をつけられる奴はそう多くは無いんだがなぁ」

「他と比べてどうとかではないんですよ、全くもう」

「いい向上心だ、サグメ」

「あ、当り前ですよ。ふふふ」

 

 サグメが煙灰に褒められて嬉しそうに羽を動かす。

 

「強くなったな。他の奴らの事も頼むぞ」

「エンさん……」

 

 煙灰の言葉にサグメが寂しげな声を出す。サグメの背から光翼が消えた。戦意の消えたサグメに合わせ、煙灰も妖力を収めた。

 

「エンさんは……恨んでいないのですか?」

「恨んでいないと言ったろう」

「違います!! その事ではありません!!」

「サグメ?」

 

 声を荒げるサグメに煙灰が驚きながらも労わる様にその名を呼ぶ。サグメもその声に我を取り戻すも、聞きたい事を我慢できない。

 

「私が、私だけが助かった事です。私だけが妖怪への変容から逃れた事を聞いているのです」

「あぁ……その事か。恨んじゃいねぇよ、心配するな」

「どうしてですか? どうしてそうやって貴方は笑うのですか?」

「お前が畏れられたのは能力ゆえに人当たりが悪かった事もあるのだろう。強さを持つのにまるで言葉を発さない、それが不気味に映ったのだろう。そんなお前が自らの能力で運命を逆転させ、神霊へと踏み止まったことに何故恨み言を言う必要がある。そうは思わんか、サグメ?」

「私の力があれば妖怪にはならなかったとは思わないのですか?」

 

 サグメの言葉に煙灰が苦笑した。

 

「思わんさ。変容最中の不安定な状態で自分だけでも踏み止まったのは良くやったと褒めたいくらいだ。それに、もし俺が妖怪にならなかったとしたらそれは俺達の運命が逆転したという事だろう。それは月夜見達が妖怪となり俺達が神となる事を差す。それは間違っている。堕ちる理由があるべくして堕ちたのだ。ならばこれが正しい形だ。お前は正しい事をなした、サグメ。胸を張れ」

「私は、私はっ」

「おいおい、泣くなよ。お前はもう一人前なのだろう。まぁ、お前の左側に生えた黒翼は、それはそれで綺麗ではあったからそれは惜しかったやもしれんな」

「ふ、ふふ、馬鹿ですね、エンさんは」

「今日は良く馬鹿と呼ばれる日だな。さて、これで済んだか?」

「はい。スッキリしました」

「そうか、そいつは良かったな」

 

 煙灰がサグメの声に応えると地上へと降り立つ。

 

「塊清! 純狐! 帰るぞ!!」

「おう!」「あぁ、やっとですか」

 

 煙灰の声に引かれ、二人が対峙相手を置いて戻ってきた。塊清は地を蹴り、純狐は溶ける様に周囲の景色に紛れ煙灰の隣で再び姿を現す。

 

「あぁ、疲れましたね」

「くそう、ぼこぼこ気軽に殴りやがって」

『二人ともありがとうございます。目的は達しました』

「サグメもご苦労様です」

『いえ、そういう能力ですので』

 

 地へと降り立つサグメの周囲にも天照と須佐之男が集まった。サグメも人数が増えた為に声を発するのをやめた。

 煙灰が煙管を吹かし、大きく吐き出す。塊清達も包み混む様に煙が広がる。

 

「また会おうか、都の守護者たちよ」

「須佐之男、もっと産巣に鍛えて貰え」

「嫦娥に伝えておいてくださいな。縊り殺してあげます、と」

 

 三者三様に言葉をかけると、返答を待つことなく姿が隠れた。風が吹き、煙が押し流された後には人影一つ見つけられない。

 須佐之男は煙灰の言葉に顔をしかめ、天照は変わらず柔和に笑っている。

 

『えぇ、またお会いしましょう』

 

 サグメが声を出さない様に言葉をなぞり口を動かす。口元が小さく綻ぶ。

 

 

 

 




サグメさんの能力の解釈が難しいですね
予定では後4話くらいで古代が終了の予定となります

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