欠けているモノを求めて   作:怠惰の化身

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初投稿です。
後は特に無いのに限界20000字とか材木座しか需要ないだろ…


その依頼は実にどうでもいい

奉仕部の部室で生徒会長、一色いろはは、”むむむむ…”といった擬音語が付きそうなあざとい顔をして、その視線の先は一枚のプリントを、凛とした姿勢で目を通している奉仕部部長、雪ノ下雪乃に向けらている。

 

暫くすると雪ノ下はプリントを見終わったのか長机に置き、一色に視線を合わせる。

 

「どうですかね…」

「そうね、誤字脱字も特に見当たらないし問題はないわね」

 

その返答に一色は”ふぅ”といった擬音語が付きそうな顔で安堵する。

 

「でもさ、なんか上手く説明出来ないけど、素っ気ないとゆーか味気ない、みたいな感じするよね」

 

雪ノ下の隣で同じプリントを見ていた由比ヶ浜結衣が的を射てるのか射ていないかよくわからない発言をすると、それを聞いた雪ノ下は顎に手を当てて少し考えた後、一色に視線戻す。

 

「そうね、ありきたり…定型文をそのまま使った、といった感じがするわね」

「えっと、あの…先人の知恵に学ぶって言うかー、歴史から見習うって言うかー、何と言うかー…」

 

視線を向けられた一色はビクッと体を揺らし、もにゅもにゅもじもじと居心地の悪そうにして、さ迷わせた視線の先にもう1人の部員を捉えると、すがるように視線を向け”先輩助けて!”と念じるように瞳を潤ませる。

視線を向けられた部員はもぞもぞとゾンビが墓から這い出るように身動ぎし、けぷこむと咳払いをし3人の視線を集めた。

 

「別にいいんじゃねーの?どこのベストアンサーさんの送辞か知らんけど、下手に考えるより理にかなってるだろ」

 

いつの間に読み終わったのか比企谷八幡は、同じ送辞のプリントを置き、念に応えて湯呑みを啜る。

2人は何か思うところがあるのか、その発言にハァと溜め息を漏らす。

一色はその助け船にひょいっと乗っかり我が意を得たりとばかりに「そうなんですよー」と言葉を紡ぐ。

 

「わたし、3年生とあまり接点ないですし振り返る思い出とかも特に無いんですよねー」

「あまり、と言うなら多少はあるのかしら?」

「そだよね、それを折り込めばオリジナル感が出ていいと思う!」

 

初航海に出た一色船あざと丸に、駆逐艦雪ノ下と戦艦由比ヶ浜の追撃が迫る。駆逐艦の小型大砲と戦艦の大型大砲に照準を合わされ、八幡は『あざと丸初航海で轟沈』かと固唾を呑んで見守るが

 

「アピールとか、デートのお誘いとかー、告白とかなんですよねー」

 

その一色と3年生の悲しい接点に八幡は密かに親近感を覚える。

2人はそれにも何か思うところがあるのか、その発言にハァと溜め息を漏らす。

追撃から難なく逃れた一色船長は、心なしかドヤ顔で反撃とばかりに華奢な船体に似合わぬ大砲からトドメの一撃を放つ。

 

「それに3年生って地味じゃないですかー、だからわたしがあまり目立つのもどうかな?ってのもあります」

 

あまりの発言にも言い返す言葉が見付からない。

3年生にも城廻めぐりといった人気者もいるが派手ではない。上に雪ノ下陽乃、下に雪ノ下雪乃・葉山隼人・一色いろはといった総武高の顔に挟まれた不遇な世代、ハンバーガーに例えるとピクルスだ。ハンバーガーの話題になってもピクルスについて感想を述べる者はいない。

これ以上、送辞について論議しても哀しみしかないと思い至るのも必然の流れだろう。

 

「ま、送辞なんか変に冒険する必要なんてねぇよ、卒業式に涙する奴等は雰囲気に酔ってるだけで送辞の内容なんて聞いた側から忘れてる」

 

あんなもんに時間費やすのは無駄だ無駄、と今までのやり取りを無にするような八幡の物言いに雪ノ下はやれやれと頭を振り、一色はそうですよねーと相づちを打つ。

 

「でもあなたの場合、3年間の思い出に涙しそうだけれど」

「それはボッチの高校生活ついて言ってんのか雪ノ下?残念だったな、俺は望んでボッチでいるんだ、後悔なんてあるわけ無いまである」

「その発想が既に悲しいわね…私達の卒業式に比企谷くんが答辞をすれば全校生徒が涙しそうね」

「わたしは腹を抱えて笑ってしまいそうですけどねー」

「あら?そうね、私も笑ってしまいそうだわ、やっぱり止めてくれるかしら?お笑い谷くん」

 

「お前らぁ…」と悔しそうに歯噛みしている八幡と、勝利とばかりに勝ち誇る雪ノ下を横に、さっきから顔を伏せたままの由比ヶ浜は「でもさ…」と前置きして

 

「あたしはやっぱり泣いちゃうと思う…」

 

水族館で由比ヶ浜が願った思い”奉仕部で今まで通り3人で居る”本物に届かないなら例えそれが偽物でも繋ぎ止めたい、卑怯な想い、そして叶わなかった思い。花火大会の時に想いを伝えていれば、文化祭の後に側で寄り添ってあげてたら、修学旅行の時に支えてあげてたら、常に流されて選択することをしなかった後悔…

 

「由比ヶ浜さん…」

「…」

 

抑えていてもちょっとした切っ掛けで出てきた感情を抑えきれず──

 

「…よく分かりませんが、わたしは先輩方が卒業しても少なくとも先輩だけは無理矢理つれ回すつもりですけどねー」

「………いろはちゃん?」

 

その独善的な物言いに由比ヶ浜はハッとする。恋人が欲しいから好きになったわけじゃない、好きだから恋人になりたかったんだ、と。

例え恋人がいようと比企谷八幡は何も変わらない。恋人がデートに誘っても喜んで出かけるような人じゃないし、恋人より小町ちゃんを優先するだろう、と。

そう考えると、恋人より小町ちゃんになるほうがポイント高いのでは?とか意味不明な思考になり、伏せた顔に笑みが浮かぶ。

 

「どうやら先輩は妹さんに弱いみたいですし、上手くすればもっと利用…使える駒になりそうです」

 

妹さんも総武高を受けたんですよねー、合格したら生徒会勧誘しよっかなー、と八幡奴隷化計画を企む一色に、引きつった顔をする八幡とポカンとした表情の雪ノ下をよそに由比ヶ浜は「へへへ…」と漏らす。

 

「そっか、ヒッキーは奉仕部が無くなっても生きてるもんね」

 

そう言った由比ヶ浜の瞳には迷いは無かった。

ポカンとしていた雪ノ下はそんは由比ヶ浜を見て悲しそうな顔をし「違うわ由比ヶ浜さん…」と諭す。

 

「この男は既に死んでいるのよ…」

「ちょっとー?人をゾンビみたいに言うのやめてね?」

「そうだよゆきのん!ヒッキーはまだ死んでないよ!」

「これから死ぬみたいな言い方もやめてね?」

「先輩の生死なんかより、わたし的には妹さんの人柄とか知りたいんですよー」

「小町ちゃん可愛いんだよ!ヒッキーみたいにキモくないし、それに──」

 

そこから何故か一色主催の由比ヶ浜講演”小町プレゼン”が始まり雪ノ下の補足も加わり盛り上がりをみせた。

そんな中、八幡は考える。

由比ヶ浜はやはり俺に好意を持ってくれてるのだろう、と。

水族館での出来事は言葉にはしなかったが明確な答えがあった。あれを自意識過剰で済ませることはできない。

そして、理由に相違があれど、八幡はその言葉を受け入れることはできなかったのだから。

比企谷八幡は恋を知らない。その感情を知らないのだから受け入れることができないのだ。

そして、一色いろはについても考える。

葉山隼人について焦ってるように振る舞うが、実行に移した気配も無い。チグハグな行動は非生産的で、クレバーな一色のイメージと明確にズレている。そう思うのはきっと比企谷八幡が恋を知らないからなのだろう、と。

 

「…なあ、ちょっといいか?」

 

雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣についてこれからもっと知っていこうと、踏み込もうと思った。

 

「小町の受験の労いと合格祝いを兼ねて、家でちょっとしたパーティーみたいなのをしてやりたいと思ってるんだが…」

「小町ちゃんの?いいねー!やろうやろう!」

「合格前提なのがあなたらしいわね…まあ、そうね、私も空けとくわ」

「ありがとな……あと一色、お前も良ければどうだ?」

 

一色いろはについても、もっと知るべきだと八幡は思った。そこに本物があるような気がして。

 

「はい」

 

話を向けられた一色は一瞬ぽけーとした後、あざとさの無い笑顔でそう答えた。

 

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その後、パーティーの準備について話し合い解散となり、一色は平塚先生に送辞の提出して稲毛海岸駅に向かう。

比企谷家は幕張本郷駅の近くだから総武高まではかなり近い、一色家は千葉みなとから乗り換えでモノレール1号線で終点の県庁前、ディスティニィーランドの帰りに送ってもらった時のことを思い出し申し訳ない気持ちになる。

自分に関係ないフラれた女をわざわざ送ってくれる人はそうそういないだろう。

 

「小町ちゃん会うの楽しみだなー、仲良くできたらいいなー」

 

ふいに独り言を漏らし、初恋の人に家へ招かれた喜びと、叶わぬ想いの苦しさに胸を締め付けられるのだった。




由比ヶ浜が本当に難しい。
あと、後書きも20000字…

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