しかし、そこには比企谷八幡の恐るべき謀略が待ち構えていた。
「綺麗だ」「素敵だ」「可愛いよ」
八幡の甘い言葉に翻弄される一同。
だが、雪ノ下は屈しなかった。耐えた!耐えきった!
「八幡」
そんな雪ノ下の反撃に流石の八幡も家に退却を余儀なくされる。
比企谷家の門をくぐり抜け、いざ新たな戦場に赴かんとする一同に何が待ち受けているのだろうか…
「お兄ちゃん何言ったのー!」
小町はそう言ってドタドタとリビング向かい、入り口からチョコっと顔を出し「皆さん上がって下さーい」と言ってリビングに消える。
呆けていた一色はその声に我に返り、雑な案内に血の繋がりを感じて苦笑いを浮かべる。
「ひ、比企谷くんがあんなこと言うなんて。何か悪い物でも食べたのかしら…」
困惑気味な顔を紅潮させたまま、答えを求めるよう雪ノ下は由比ヶ浜に視線を向ける。
「…ゆきのんのおかげだよ。ヒッキーは向き合おうとしてくれてる、あたしだって分かるもん。ゆきのんに分からないわけがない。その気持ちを信じてあげて」
そう言った由比ヶ浜は儚げな笑顔でありながら、咎めるような瞳で雪ノ下を見つめる。
「私の…気持ち…」
「ゆっくりでいいんだよ」
雪ノ下は震える瞳を閉じ「ええ…」と応える。そんな雪ノ下を見つめる由比ヶ浜はどこまでも優しかった。
「あ、あのー、そろそろ上がりませんか?小町ちゃん待ってるでしょうし…」
「…?あっ!一色さん!そそそうね」
「ほぇ?いろはちゃん!?ううん、そだね!」
一色のその声に、”存在を忘れてました”といった表情になる雪ノ下と由比ヶ浜に一色は、こんな世界で先輩は生きているのか…、と比企谷八幡の深淵を覗いた気分になった。
比企谷家のリビングはリビング(居間)ダイニング(食堂)キッチン(調理場)がセットになったLDK。
リビングはL字型のソファー、テーブル、食器棚、テレビ、大きな本棚、ベランダに繋がるガラスサッシ。ダイニングには4人用のの机と椅子、部屋のドア。キッチンはコの字型になっていて冷蔵庫がある。
そして、冬にはリビングに炬燵(こたつ)が置かれ、ダイニングにはリビングにあったL字型のソファーが置かれるためDLKに変化する。
八幡はこのソファーがお気に入りで、携帯ゲームをする時、小町と語り合う時、何か思案してる時、そして、本物が欲しいと語った日に身悶えした時も。このソファーに体を預け、ソファーも八幡を受け止めてくれた。
そんな八幡は冬になると炬燵に浮気をする。本物が欲しいと語った八幡がこの体たらくである。
冬に八幡を堕落させる炬燵は長方形の形だ。テーブルの上にはみかんとお茶の入った電気ポットが置かれてある。
「帰って早々炬燵ですか…」
リビングに入ると、炬燵でぐでっとしている八幡にジト目を向ける一色と呆れたように頭を振る雪ノ下。しかし、人間観察が得意な八幡は炬燵にぴょこんと反応するお団子を見逃すはずがなかった。
「ほぅら、由比ヶ浜。炬燵だぞ?あったかいぞ?お前もこちら側の人間だろう?」
「違うし!炬燵なんか知らないし!ヒッキーのバカ!」
ぷくっと頬を膨らませ、チラチラと炬燵の様子をうかがう説得力皆無の由比ヶ浜の抗議に皆の目は優しい。
「うちは家族揃ってこんな感じですから遠慮せず入ってください」
そう言いながら、小町は食器棚から人数分の湯飲みを手に取りながらお椀に入れて炬燵に置く。
その言葉に由比ヶ浜は、「小町ちゃんが言うなら…」と炬燵に引き寄せられるように向かうが”はっ”と小町に向き直ると、いそいそと服のポケットから一枚の封筒を取り出す。
「小町ちゃん合格おめでとー!はい!合格祝いだよ!」
「あ、わたしも合格おめでとう、小町ちゃん」
「ありがとうございますー、小町嬉しいです!」
由比ヶ浜は図書カードだ。一色も持っていた菓子折りを小町に渡す。
「おめでとう、小町さん。私はまあ、これね」
雪ノ下は昼食。
既に比企谷家で合格祝い(白物家電)をされてるのと誕生日が近いのでプレゼントは控えめにした結果だ。
小町は雪ノ下にお礼を言い、雪ノ下の料理が食べれることが嬉しいらしく、キッチンの使い方を教えながらうきうきワクワクと説明を始める。
「…なあ、雪ノ下。さっき、ちらっと見えた食材の中に凄いのがあったんだが気のせいか?」
「これのことかしら?…姉さんからよ」
それは”米沢牛”と木箱に書かれた大層美味しそうな食材だった。
沈黙。
雪ノ下陽乃は贈り物一つで場を支配する。食材に例えると陽乃はこうなのだろう。
ちなみに八幡はナス。
「…はるさん先輩がなぜ?」
「今、一緒に住んでるのよ。今日の事も…小町さんの合格祝いなら、と」
「……………………………そうですか」
そう問う一色は、今までにない真剣な表情だった。
「…一色どうした?」
「………いえ、……美味しそうお肉だなーと、わたしも食べていいんですよね?」
「いろはちゃんそこまで!?」
こんなお肉テレビでしか見たことないですし~、と言う一色に小町と由比ヶ浜もお肉について語りだす。
由比ヶ浜は肉について語りながら自然体で炬燵に入っていた。”激流を制するは静水”そんな動きだった。
そんな由比ヶ浜に畏怖しながら一色も炬燵に入る。
少したって、小町も雪ノ下への説明が終わり炬燵に向かってくる。このパーティーの主役は小町だ。キッチンの説明も八幡がするべきであり、お茶の用意も八幡がするのが当たり前のはずなのだ。
「…なんか、お兄ちゃんだけ遠い気が…」
小町が炬燵の入ってる場所が妙に八幡だけ孤立している状況に困惑してると、それを聞いた三人が視線を交わす。
「あ、奉仕部と一緒だ…」
「だな」
「ですねー」
くつくつと笑いだす三人を疑問に思いながら小町は一色の隣に座ると、いそいそと炬燵に入る。
小町ちゃんお疲れさま、と由比ヶ浜と一色から労いの言葉をもらい「いつものことですからー」と返す。
「おう小町、お疲れ」
「炬燵から一歩も動かなかったお兄ちゃんには言われたくないなー」
小町はジトっと愚兄を見るが、愚兄は動じない。そんな愚兄にため息をが漏れる。
一色は八幡を支える苦労を思い、小町の肩をたたく。
「小町ちゃん、わたしで良ければ愚痴、聞いてあげるよ…」
「いいんですか?いろはさん!」
相当溜め込んでいるのだろう。小町は目をウルウルさせて一色を見上げるとゆっくりと語りだす。
小町の愚痴は自堕落な子を持つ母親のようなものだった。家事全般の語りには小町の苦労がひしひしと伝わる内容だった。
一色はそんな小町の肩を寄せ、由比ヶ浜もウンウンとうなずいている。八幡は、きっと小町ならここから持ち上げてくれると、期待しながら見守る。
しかし、そんな期待も虚しく小町の愚痴は続く。
「小町がお兄ちゃんとレンタル屋さんに行った時なんて、一緒に選んで借りてきたDVDを家に帰って見ようとしたら、お兄ちゃんどうしたと思います?」
「ヒッキーのことだから途中で寝たのかな?」
「甘いです結衣さん!正解は携帯ゲームを始める、です!」
うっわ~、とドン引きの由比ヶ浜に「いや、一緒に見るとか言ってないし…」と八幡が漏らすと小町もドン引き。
「あー、わかるよ小町ちゃん。先輩、一緒に映画館行った時なんか、別々に映画見ようとして『あとで待ち合わせな。下のスタバでいいか?』って聞いてくるんだよ!」
「…およ?いろはさん、お兄ちゃんと映画見に行ったんですか?」
一色痛恨のミス。実況なら「あーあ」や「www」が飛び交っているだろう。
興味深く一色を見つめる小町、所在なさげに目を動かす由比ヶ浜、状況を見守る八幡。
一色は、この場をしのぐ最善の一手を模索する。
「おまたせ、小町さん。素材が良いから、ステーキにしたわ」
唐突に小町の前に置かれたお皿は外はこんがりと焼かれ、中は赤身をのぞかせる米沢牛、付け合わせの玉ねぎときのこのソテーもどこか誇らしげに見える。タレも三種、塩、甘辛だれ、肉油を使ったソース。まるでテレビから出てきたようなビフテキだ。
全員の喉からゴクリと音が鳴る。
「比企谷くんも手伝いなさい。」
「はい、よろこんで」
ステーキを乗せたお皿を運ぶ八幡もどこか誇らしげだ。
そうして全員ぶん運ぶと雪ノ下は八幡の対面に座る。
「ゆきのんはやっぱそこだよね」
「あ…ふふっ、そうね。奉仕部と同じね」
「あー、なるほど!」
小町も理解して、奉仕部の並びに五人はくつくつと笑う。一色は思わぬ助け船への喜びも含まれるている。
「こんなステーキ食べれるなんて小町、凄く嬉しいです!雪乃さん、ありがとうございます!」
「今回ばかりは姉さんに感謝ね。小町さんのお口合えばいいのだけれど」
雪ノ下は小町の感謝に応え、全員で”いただきます”と言いステーキに箸をのばす。
「では一色さん、話の続きをしましょうか」
「え?」
一色がその声の先に視線を向けると、満面の笑顔をした雪ノ下がいた。一色の見た助け船は、よく見ると駆逐艦だったようだ。
今回の話、合計15時間かかった…
文字にするのって大変なんだなと実感しましたよ。
更新早い人ほんとそれだけで凄いと思います。