文章にするとポップコーンみたいに増える不思議!
後編のドキドキ編はR指定にならないことを祈るばかり。
小町と泣く泣く別れた八幡は由比ヶ浜と共に千葉中央駅に向かう。
昼間の千葉中央駅は人通りも多くなり、昼食を食べるため駅内のファーストフード店は込み合っていた。
一色は小町とサイゼに行くらしく、そのチョイスに八幡は『やりおるな一色!』と心の中で評価した。
東口から出てジョナサンにするかと思っていると、ふいに由比ヶ浜が行きたいお店があると言うので任せることにした。
由比ヶ浜について行き大通りを避け、喧騒の少ない裏通りを歩く。
由比ヶ浜はお店について優美子から聞いただの、ビスマルクがなんだの楽しげに話している。
あの水族館以来、由比ヶ浜と話し合う機会が作れなかった八幡は、自身の性格に軽く落胆する。
二人でこうして一緒にいる時間をくれた一色に悔しいが、ほんの少し、本当に、ほんの少し感謝をしつつ由比ヶ浜に話しかける。
「なあ、由比ヶ浜。……話がある」
「……うん」
八幡は由比ヶ浜の返事を聞くと、近くの小さい公園に向かうとベンチに座る。由比ヶ浜も隣に座り口を開く。
「ゆきのんのこと…?」
「……いや、俺とお前のことだ」
八幡の返答に由比ヶ浜は肩をビクッと震わせる。
雪ノ下の問題も重要だが、八幡はするべきことは分かっている。ただ解決に至る道筋が定まっていないだけだ。
由比ヶ浜の問題は道筋すら定まっていない、考えても考えても思考の渦に呑まれ、行き着く場所の手がかりすら見えない。
そして、この二つの道筋は同じ答えであり、由比ヶ浜の問題を解決できなければ雪ノ下の問題も解決できない。
結局、八幡は自分が二人をどう思ってるのかが分からないのだ。
「由比ヶ浜の抱いてる想い…。その、なんだ…、勘違いなら笑ってくれてかまわないんだが…」
「勘違いじゃないよ」
問う想いに明確な答えを返す由比ヶ浜。その声は真っ直ぐで今までのように濁すことはない、どんな答えでも結果を受け入れる覚悟を決めているのがわかる。
八幡はその答えを持ち合わせていない。ただ、由比ヶ浜には自分の今の気持ちを素直に伝えることが彼女の想いに対する真摯な態度なのだろうと思っている。
「俺は由比ヶ浜のことを大切に思ってる。ただ、それがどんな感情なのか言葉にできない。わからないんだ……」
「いろはちゃんが言ってた、ヒッキーは恋をしたことがないってさ」
「一色が…?」
「うん。よくわかんなかったけど、そうだって言ってた」
八幡には一色が何故ここまで協力的に動くのか理解できなかった。
この場を作ったのもだが、部室の微妙な空気を変えたり、デートに付き合わされた時も人との付き合い方を教えているような発言が多かった。
そう考えると、デートと言うよりアレは授業だった。それと
『女の子に呼ばれてほいほいついてきちゃうあたり、マイナス50点です』
あれは雪ノ下と由比ヶ浜へもっと真剣に向き合えと言ってたのだろう。
そこまで考えて思考が脱線していることに気付き、心の中でため息を吐くと思考を切り替える。
「その通りだ、俺は心が理解できない。…違うな、理解したくない、と思っていた」
「どうして…」
「基本的に嫌われてきた人間だったからな…。嫌ってる人の心なんて知りたくないだろう?」
「……」
由比ヶ浜は酷く辛そうな顔で八幡を見つめる。
負の感情を向けられるのは辛い、それは理解できる。しかし、由比ヶ浜は嫌われる感情は受けたことがない。
交通事故の際、お菓子を持って比企谷家に行った時に、その感情を向けられる想像をしただけで足がすくんだ。それが基本の生活がどれほどか想像つかない。
「…俺は悪意を向けられるのは慣れてるが、好意を向けられる経験がない。……いや、好意だとしても信じられない。期待して裏切られる…あの辛さ……ほど…辛いものは…ないだろう、と思える…から」
嘔気を催しながら続けられた言葉は八幡から自虐的に聞いた過去の本来の気持ちだ。
「だから人を信じられなくなった…。信じなければ裏切られることもないからな……」
「ヒッキー……」
由比ヶ浜は、八幡の膝に置いてある手に自身の手を乗せて優しく包む。それに八幡は少し肩を震わせた後、隣にいる哀しそうな顔をした少女に首を振り顔を綻ばせる。
「でも、お前と雪ノ下なら信じられる、…信じたい、と思った。どんな結末になろうと、お互いを信頼し合う関係を求める。あれから随分経っちまったけど、これが俺の本物だ」
人を信じない性格から生まれた思考、人間性、アイデンティティー。それを崩壊の危機に晒しても欲しかったもの。
その妥協した考えから求める願い、それは欺瞞かも知れない。二人を失いたくないその願いは、雪ノ下と由比ヶ浜の気持ちを無視した傲慢な考えだ。
「ヒッキーがどんな結論を出すのかわからないけどさ、それが真剣に悩んで出した答えだとわかるから…。あたしはどんな答えでも受け入れる、ヒッキーを信じてるから」
そう言って由比ヶ浜は、包んだ手に力を込めると笑顔を溢す。
「ありがとな、……結衣」
「ふえ?っえええええ!?…っとっと」
由比ヶ浜はギャグ漫画よろしく、ぴょんと跳びはねてたたらを踏む。
「あ、いや、嫌なら戻すが…」
「う、ううん!いいよ、全然いいよ!むしろ推奨だよ!……えへへ、結衣かぁ」
頬を手で押さえて首をふりふりして見悶える、その仕草が自身の言葉一つの結果だと考えて”恋”は計算の出来ない理由が理解できると八幡は思う。
「じゃ、飯食いに行くか」
八幡は照れを誤魔化すように言って、ベンチから立ち上がって由比ヶ浜のバックを取る。
「うん!へへ、ありがと」
由比ヶ浜は、はにかみながらバックを受け取り歩き出す。そして、少し思案したかと思うと決意したように「ねえ、提案があるの!」と言う。
「こ、恋人になってみない?一時間だけ…」
「は、はあ!?」
「いや、擬似的でも体験すれば何か分かるかも知れないし。……ど、どうかな?」
八幡は擬似的なんて言葉知ってたんだな、と思いつつ由比ヶ浜の提案について考える。
知らないから分からないのだから経験してみれば良い。その通りだ、由比ヶ浜の提案としては利にかなっている。自転車も何度も練習して乗れるようになるのだから。だが、そうなると疑問もある。
「その…、結衣は付き合った経験とかあるわけ?」
「え!い、いやー…ないけど…」
「ダメじゃん!」
そう、ダメじゃん!である。
原始人に自転車を渡しても使い方が分からないし、教える側も原始人では話にならない。二人してウホウホ言いながら、マンモス狩りに使うだけだ。
「でも、恋人がどうするかとか知ってるし…ダメ、かな?」
しかし、それは恋人の行動であって恋を知る手段ではない。一色とのデートと一緒の理屈で、恋をした後の振る舞い方を学ぶだけに過ぎない。
それは、由比ヶ浜の願望であって八幡の求める結果は得られないだろう。
「断るとは言ってない、俺のできる範囲でたが、お前の希望は叶えてやりたいからな」
そう言って八幡はおずおずと手を差し出す。
「こ、恋人は手、繋ぐんだろ?」
「!…うん!」
由比ヶ浜は曇った顔を晴らし八幡の手を取り指を絡める。
「ちょ、おま」
八幡は、その柔らかく、しなやかな手の感触に心臓が破裂しそうになり抗議の表情で訴える。
「恋人の繋ぎ方だもん、仕方ないね!」
あっけらかんと言われる言葉に、由比ヶ浜は”自称卑怯な子”だったと思い出し、これから一時間無事でいられるのか不安が過るのだった。
その後、少し歩くと目的のお店に着いた。
窯で焼かれたピザが売りのイタリアンレストラン。三浦オススメだけあって外装もオサレ、店内の照明も控え目でムードもある。
そして、八幡はカップルシートなる神話上にしか存在していない筈の席に向かう。カップルシートなだけあって由比ヶ浜は対面ではなく隣、しかも手も恋人繋ぎを維持されたまま、由比ヶ浜の匂いの追加効果で八幡は瀕死状態だ。
ビスマルクとホタテのカルパッチョを注文して、八幡と由比ヶ浜は15分ほど談笑してる。
心なしか甘えた声で「ねぇ、ヒッキー」など聞こえてしまうのは、リア充フィルターのせいであろうかと考えるも答えは出ない。分かるのは、ムードある店内で頬をほんのり赤く染めた由比ヶ浜が隣で幸せそうに微笑んでいることだけだ。
もうドイツ戦艦の方のビスマルクが来ないかな…、と瀕死八幡は思いながら現実逃避しつつ野菜のピクルスを食べる。
「とべっち行きたいとか言ってたから来てたりして」
「…ないな。来てた場合、うるさいからすぐ分かる」
だねー、と満面の笑みで友人をディスる由比ヶ浜。
そんなことを話してたらビスマルクとホタテのカルパッチョがテーブルに届く。
ビスマルクは中央に半熟タマゴが鎮座し、チーズ、アスパラ、ベーコンなと具材がちりばめられて芳醇な香りを放つ。ホタテのカルパッチョは対照的に爽やかな見た目の品のある仕上がりをしている。
「おお…、すごいな」
「おいしそう!…あたしも作ってみようかな?」
…………。
「………………写真、撮るんだろ?」
「なにその間!?」
結衣ちゃんショック!と抗議するが、すぐ困ったような顔で思案する。写真を撮るなら両手を使わなければいけないのだ。
「……食事終わったらな」
「うん!」
そして写真を撮り始める、この世の可愛いを集めたような由比ヶ浜を見て八幡はふと思い出す。
『……先輩もちゃんと参考にしてくださいね?』
八幡は断腸の思いで決意して手を挙げる。
「しゅ、しゅいませーん、カメラお願いして、もいいですか?」
噛みはしたがミッションコンプリート。
由比ヶ浜は一瞬ポカンとするも、店員が来ると花が咲いたように笑顔を見せ携帯を店員に渡す。
店員が「撮りますねー」と言うと八幡の腕に掴まり体を密着させる。八幡は柔らかいのといい匂いと腕から伝わる可愛いの集合体の心音で、理性の化け物が旅支度を始めるのを必死に抑えて耐えしのぐ。
撮り終わると、由比ヶ浜は店員にお礼を言い写真をチェックする。二人とも真っ赤に顔を染め、八幡のアホ毛の先端に白い何かが出ている。湯気かな?
「ありがと、ヒッキー」
「お、おう。じゃ、食うか…」
携帯を宝物のように触る由比ヶ浜に照れながら応え、ピザカッターで切り分けると芳醇な香りが漂う。
八幡に必要なのは言葉じゃない、回復アイテムだ。そう思いビスマルクを口に入れる。
__窯でパリパリに焼かれた生地とチーズのとろける食感と半熟タマゴが合わさり口の中で踊るように広がる。それに気にしていたトマトはバジルのおかげで問題なく味わえる、流石イタリアソース。それと…これは!ジャガイモか!…なるほど、濃い味の中にさっぱりとしたジャガイモの風味。戦場に咲いた一輪の花のようだ…。旨い!旨いぞぉぉぉぉ!!
「ヒッキー。あたしも…」
そう言って口を開く恋人。
由比ヶ浜のバトルフェイズは終了してなかった。八幡はライフを削られると分かっても恋人として対応せざるを得ない。
手にあるピザをそのまま口に運べと言っているのだろう。
それはやはり正解らしく、もきゅもきゅと八幡ピザを美味しく食べる恋人。
「へへへ…。ヒッキーも」
由比ヶ浜ドロー!ビスマルク!
あ~ん、と恋人が言う。もうやめて!とっくに八幡のライフはゼロよ!
「あ、あ~ん…」
八幡は逃げることは出来ない。だが、それは言い訳だ。
八幡も男だ、実は少し憧れてたのだ。
……しかし、それを許すほど世界は八幡に優しくない。
「ひゃっはろー、比企谷くん」
黒を基本とした上品な服の美少女。
明るい声で話しかけてくるが、目だけ一切笑ってない雪ノ下陽乃がそこにいた。
ラブコメの波動を感じるとつい破壊したくなっちゃうんだ!ランランひゃっはろー