欠けているモノを求めて   作:怠惰の化身

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ヒッキー、こっちだよー!

結衣ー、捕まえちゃうぞ~

キャッキャウフフ


陽乃登場!はたして二人の運命やいかに!




比企谷八幡と由比ヶ浜結衣のラブラブ&ドキドキな一時間 ドキドキ編

雪ノ下陽乃、この場で合いたくない人断トツ一位との遭遇。

 

八幡は思考が完全にフリーズし、ただ雪ノ下陽乃の呑み込まれそうな瞳を見つめるだけ。

 

ボトリ…

 

由比ヶ浜も同じく思考停止し、持っていたピザを落とす。

その音に八幡は自分の首が落ちたよう錯覚して首を触ると、陽乃はその姿を嘲笑う。

 

「別に気にしなくていいのよ~?続き、どうぞ遠慮なくしてもらって」

「い、いや、これは…」

 

八幡は追い付かない思考で漏らしそうになる言葉を抑える、ここで言い訳をすれば二度と由比ヶ浜の気持ちに向き合うことは出来ないから。

 

そして、二人は自然と立ち上がると陽乃と視線を合わせる。見下されるような視線から逃れるために。

 

「これは、あたしがヒッキーに頼んだの。だからそんな関係じゃ…その…」

 

陽乃は由比ヶ浜をその黒い瞳で見定めるとニヤッと笑う。

 

「へぇ…。なんでそんなこと頼んだのか知りたいな~」

 

問われて由比ヶ浜は瞳に呑まれたように、まるで機械の如く口を開く。

 

「それは、あたしがヒッキーのこと__」

「由比ヶ浜!!」

 

八幡の声に由比ヶ浜は我に帰ると自分が言おうとした言葉を思い出し青ざめる。

 

大好きな人へ伝える一番大切な言葉。それをこんなムードもない場で、しかも言い訳に使おうとし、それも目の前の不敵な笑みを浮かべる人に使おうとした。

 

由比ヶ浜はふと陽乃を見る。その笑顔には、はっきりとわかる言葉が添えられていた。

 

__あと少しだったのに。

 

口を押さえ由比ヶ浜は震える。そんな光景を目の当たりにしてさすがに八幡も理解する。

 

雪ノ下陽乃は由比ヶ浜結衣のことが邪魔なのだ、潰したいのだ、徹底的に壊したいのだ、と。

それを理解すれば自ずと答えが見える。

 

八幡は陽乃に向き直る。

 

「俺は雪ノ下も由比ヶ浜も大切なんですよ。どちらか一方を切り捨てることは絶対にできない」

 

張り合うように本心を隠して接してきた八幡の陽乃への対抗手段。それを捨てることは八幡の敗北を意味する。

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

その言葉に対する返しが異様に軽い。まるで興味が無いように、張り合うつもりも無かったように陽乃は平然と応える。

その軽過ぎる言葉は『空虚』と言う言葉が相応しかった。

 

「でも、二兎追う者は一兎も得ずって言うよね?」

 

そして再度探るような言葉を投げかける陽乃に困惑する八幡。

 

「……それは考えなしに行動した結果ですよ。ちゃんと考えて行動すればいいだけです」

 

その絞り出した主張に陽乃は冷ややかな目を向ける。

 

「考えてる間に逃げられなきゃいいけどね~」

「……どういう意味ですか?」

 

感情の抜け落ちた声で発した言葉の意味が八幡にはわからず問う。その問いに、陽乃は目を細め少し思案すると困ったように眉を八の字にする。

 

「雪乃ちゃん言ってないんだね」

 

由比ヶ浜は親友の名前が出たことで俯いていた顔を上げ八幡と目を合わせると首を振って否定する。

 

二人とも聞いていないことを確認した陽乃は「まあ、これは仕方ないかな~」と軽い感じで前置きして答えを口にする。

 

「静ちゃん、転任するの」

「……………は…ぁ?」

 

八幡は、その想定外の事実が鎌首をもたげるのを感じ喉を詰まらせる。

 

由比ヶ浜は平塚先生がいなくなる事実に衝撃を受けるが八幡が異様に、まるで全ての終わりのような表情をする意味が理解できなかった。

 

「さっすが比企谷くん、この意味理解できたみたいだね?」

「ヒッキー、どゆこと?……い、意味ってなに?」

 

由比ヶ浜も尋常ではない雰囲気に気圧されながらも八幡に問いかける。それに、絶望的な答えしか用意できない事実に歯噛みしながらも、その意味を告げる。

 

「……奉仕部が、なくなる」

 

「…………え」

 

奉仕部は由比ヶ浜にとってかけがえのない場所だ。

唯一無二の親友と語り合い、大好きな人と時間を共有し、時に協力し、時に対立し、心の底から笑ったり、泣いたり、怒ったり。生まれて初めて失いたく無いと思った場所。

 

「奉仕部は平塚先生が作った場所だ…。だから…、先生がいない奉仕部は…」

「本物じゃない、だね」

 

それが、なくなる。

 

由比ヶ浜は糸が切れたように崩れ落ち、だらんとして深い絶望に落ちる。その姿を八幡は苦悶の表情で見ると、これ以上の重い事実を伝えることはできないと判断する。

 

しかし、そんな甘い考えなど雪ノ下陽乃は許さない。

 

「他に、まだあるよね?」

「いや、それは俺がなんとかすれば…」

 

言って、八幡は自分の適当な言葉に絶句する。確証もなく可能性すらあるのか疑わしい理由にすがろうとする愚かさに失望するが、言ってしまえば由比ヶ浜がどんな気持ちになるのか想像に難しくない。

 

「比企谷くんが言いにくいなら、私が教えてあげるよ~」

 

そんな八幡を困ったように眺めながら代わりとばかりに陽乃が言う。

雪ノ下から聞くべき内容なのだが、本人が伝えなかった。だからこれは陽乃から雪ノ下への罰なのだろう。

 

「新学期になったら雪乃ちゃん転校するの。もう二度と会うこともないんじゃないかなぁ?」

 

淡々と伝えられる終わりの言葉。

大切な場所も親友も同時に失う由比ヶ浜は、声をあげることもなく茫然自失とその事実を受け取る。

 

水族館の時に由比ヶ浜から背中を押され、今日も一色が切っ掛けをくれるまで行動に移せなかった八幡。動く理由が無いと行動できない受動的な性格、何時も誰かに理由を貰ってでないと動けない。

それは雪ノ下も一緒で、切っ掛けが無かったから言えなかったのだ。だから姉が、雪ノ下陽乃が、その結果を伝える。

 

「だから早くしてほしいの。やり方、比企谷くんなら分かるよね?」

「それは……」

 

その”やり方”は八幡が真っ先に思いついた、八幡らしいやり方。簡単で効率的な、たった四文字で済む解決案。

 

「……ヒッキー?それって…」

「……」

 

由比ヶ浜は考えることができず、そう聞いてしまう。八幡は答えられない、思いついても口に出すことが出来ない解決案を。

だから代わりに陽乃が応える。それが八幡が負うべき罰なのだと言うように、躊躇いも迷いもなく。

 

「私と同じことをすればいいだけ」

「え……」

「つまり、雪乃ちゃんを突き放す。比企谷くんの場合は捨てる、かな?」

 

八幡が雪ノ下に『さよなら』と言えば解決する。

 

八幡に出会う前は陽乃という依存先が近くに居たから反発しながらも影響されてたが、八幡は近くに居ないのだから影響を受けることはない。そして、転校先で新たな依存先を雪ノ下が見つける可能性は無い。

雪ノ下の中で八幡は絶対であり正しい全知全能の存在なのだから、そんな人の代わりになるのは『神』以外は存在しない。

だから、雪ノ下は転校先で自分で考えて行動するしかなくなる。

 

「ヒッ…キー…、やだよ…そんなの…」

 

しかし、この解決案では八幡の本物は得られない。そうなれば雪ノ下は元より、由比ヶ浜も八幡の側にいられなくなる。

それを由比ヶ浜も感じ取ったのだろう、今にも泣きそうな瞳で八幡に訴えるように漏らす。そんな由比ヶ浜の頭に守るように手を乗せて応えると、陽乃に感じてた違和感の正体を探るように問いかける。

 

「……それは雪ノ下さんの望む答えですか?」

「わたしの意見は関係ないでしょ?」

「そうですか……」

 

これは雪ノ下母の望む答えなのだ、陽乃は別の答えを望んでいる。その予想を後押しするかのように陽乃の瞳は心なしか和らいでいるように思える。

 

「ところで今日、小町ちゃんの誕生日だよね?君がすっぽかすなんて考えにくいけど…、もしかしてフラれちゃった?」

 

だからガハマちゃんと遊んでるんだ~、と心にもないセリフを口にして話を変える陽乃は、いつもの強化外骨格スマイルを付けていた。

 

これ以上の追求はさせないと言っているのだろうが、八幡としても好都合だった。

感受性の高い由比ヶ浜はこれ以上、重い空気に当てられると本当に壊れてしまうだろうから。

 

「小町は一色に拉致されたんですよ。食事が終われば連れ戻しに行きます」

「…………いろはちゃん?……そう」

 

八幡は軽口で返したつもりだっが陽乃の反応は衝撃的だった。

陽乃と一色の間で何があったのか、その『困惑』の表情が何を示してるのか理解できないが、それより一色の名を出した瞬間に一瞬だけ瞳に浮かんだ感情を八幡は見過ごさなかった。

 

その感情は八幡だからこそ見過ごさなかった。おそらく雪ノ下雪乃も見たこと無いかも知れない、誰も見たことないのかも知れないその陽乃に似つかわしくない瞳の色。

奉仕部が終わって八幡が自転車で学校の帰りにすれ違う女子からよく向けられる瞳の色、『恐怖』の感情を。

 

「それじゃあ、そろそろ帰ろっかな?言いたいことも伝えたし、小町ちゃんによろしく伝えといてよ~」

「はい」

「早く結論出してね、あまり時間ないの。忘れないように」

「………はい」

 

よろしい!と言って踵を返し帰る陽乃を眺めると二階があることに気付いた。

八幡は超魔王がすぐ上で食事していた事実にぶるりと身体を震わせ由比ヶ浜の頭に置いた手を離して席に座る。

 

「……とりあえず食うか」

「……うん」

 

それから少し冷めてしまったビスマルクとホタテのカルパッチョを食べ、店を出る。冷めても美味しかったのが二人の沈んだ心に多少の余裕を取り戻してくれた。

 

それから店を後にしてサイゼに向かう。お互い手を繋ぐ気分なわけがなく無言で歩いているとスクランブル交差点を過ぎたところで「あのさ、ヒッキー」と由比ヶ浜が話しかける。

 

「実は1つ、ヒッキーの気持ちを確かめる手段思い付いてたの…」

「……えっ」

 

由比ヶ浜は言えなかった。その手段ならおそらく八幡の気持ちが誰に向くのか、誰を特別だと思うのかを八幡が認識してしまうだろうと思ったから。

それが誰なのかは、わからない。由比ヶ浜が予測できる感情で動いていない八幡の心は一般的な恋愛観に当てはめることはできないだろうから。

 

でも、だからこそ由比ヶ浜は選ばれないのだろうと思った。だから、せめて少しの間だけでも夢を見たかった、手を繋いで、写真を撮って、食事をする、仮にでも恋人として八幡の初めての感覚を貰った。

卑怯なやり方だ、だからその罪を陽乃に裁かれたのかも知れない。

 

由比ヶ浜は小さく息を吸って、償いも込めて優しい口調でその方法を口にする。

 

「先生、さいちゃん、川崎さん、優美子、姫菜、隼人くん、とべっち……後、いろはちゃん。他にもいるけどすぐ確認できるのは、こんなところかな?」

「…確認って何が?」

「ヒッキーのこと嫌いじゃない人」

 

葉山は違うだろ、と八幡は思ったが、嫌いと言われても普通の嫌いとは一緒には出来ないので言わないでいると由比ヶ浜は「でね…」と付け加えて本題を話す。

 

「直接本人にヒッキーのこと、どう思ってるのか聞いてみて」

「え!やだよ、恥ずかしい…」

 

八幡じゃなくても恥ずかしい方法だ。しかし、即答で拒否するも由比ヶ浜は譲らない。

 

「嘘告白までしておいて恥ずかしいもないよ」

「うっ……」

 

それを言われると弱い、と思いながらも素直に快諾できないでいる八幡を後押しするように話す。

 

「嫌いな感情に違いがあるように、好意的な感情にも違いがあるんだよ。人それぞれヒッキーに向ける感情に違いがあるから、その違いが分かればヒッキーが相手にどんな好意を向けてるのか分かる」

「……」

「最後、あたしに聞いて欲しい。それで分かると思うから……」

 

好意の指標。

それに八幡の感情を当てはめていけばいい。

そして、信じている由比ヶ浜の八幡へ向ける特別な感情を八幡は疑わない。その感情が誰に向くのか、誰も該当しないのか。いずれにしろ理論上、答えは出る。

 

「わかった…やるよ…」

 

ガックリ肩を落として覚悟を決める八幡。

 

「でも、その前に雪ノ下の問題が先だな」

「うん…」

 

雪ノ下の依存体質は自信の無さから来るものだ。だから八幡と由比ヶ浜が雪ノ下の行動を認めていけば自と解決して行く。

そして、その先に由比ヶ浜同様、気持ちの問題が出てくるのだから八幡は悩んでいた。

 

だが、時間が条件として追加されたなら早く依存体質を解決させる必要がある。雪ノ下でしか解決出来ないような、そんな問題を探さなくてはならなくなった。 

 

「とりあえず雪ノ下に聞いてみないと…って、聞いて分かることなら雪ノ下が解決してるか…」

「ゆきのんの家のことだよね」

 

雪ノ下家の問題は雪ノ下しか解決出来ない、母の決定が絶対な雪ノ下家。陽乃ですら逆らえない母を雪ノ下の正しさで説き伏せるような姿が想像できない。

 

そんなことを考えながら歩いているとサイゼについた。

八幡が店内に入ろうとすると由比ヶ浜が「ちょっと待って」と呼び止めてきたので振り返る。

 

「ゆきのんの問題が解決するまで前の呼び方に戻して欲しいの。…あたしがゆきのんの立場なら、なんか焦ると思うし。それに…」

 

そう、悲しそうにそう答える由比ヶ浜の言葉の続きは言うまでもない。

八幡は陽乃とのやりとりで前の呼び方を使った。陽乃を刺激しないために仕方ない選択とは由比ヶ浜も分かってはいるが、裏を返せば、まだ公に呼べる域に至っていないのだ。

 

「ああ…わかった」

「待ってる」

 

八幡は由比ヶ浜を待たせてばかりだな、と心の中でごちた。

 

 

店内に入ると二人は一色と小町を探す。

 

「おーい!結衣ー、ヒキタニくーん!こっちこっち!」

 

そのウザい声のする方を向けば、ブンブンと手を振る戸部と、いつもの爽やか笑顔の葉山が居た。

 

「!な、なんであいつらが!」

 

席には背を向けて後ろ姿しか確認できないが一色と小町が同席していた。

 

「あ、せんぱーい」

 

八幡へ振り向いた一色は任務完了とばかりにニヤリと笑う。

 

「お兄ちゃん、おっそーい!」

 

小町はナチュラルメイクで少し大人っぽくした顔で、ぷりぷりと頬を膨らましながら、あざとい抗議をしてくるのだった。




ちなみに一色と行ったオサレなカフェは千葉中央駅からすぐ近く。
映画館のシーンの目と鼻の先だったりします。

ピザのイタリアンレストランはビスマルク・ホタテのカルパッチョで2000円以内の大変お手頃価格です。

どちらもカップルで行くならオススメです。

私ですか?
私は天元突破ボッチなので、そんなお店に平然と踏み入る強者ですよ。

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