0話 プロローグ
今でも、時折思い出す。あの剣戟を。
“あいつ“と打ち合った度に剣同士から鳴り響いた剣響を。俺はあの戦い――――『聖杯戦争』を通して、俺の理想の姿だと語った男と、相対した。あの時、俺の理想はあくまでも理想でしかないと思い知らされた。
全てを救うことは空想のお伽噺だと、綺麗事に過ぎないと。“あいつ“の言った言葉は俺に突き刺さった。偽善、借り物の理想……様々なものが俺を揺らした。
でも、それでも、俺は理想を張り続けることを選んだ。
俺の始まりは憧れだったけど、その根底に在ったのは願いだ。誰もが助かって欲しいと言う自身の願い。俺の人生が紛い物だったとしても、願い自体は紛れもなく、美しくて本物だ。
それだけで十分だった。俺自身が偽物でも、その1つがあるだけで、走り続けることが出来た。理想を張り続けることが出来た。
それに、『聖杯戦争』で得たものは俺の“答え“だけじゃなかった。俺を支えると言ってくれた遠坂。俺と“契約“を結んで力を貸してくれたセイバー。
セイバーとは『聖杯戦争』の中で色々有って、俺との“契約“が切れてしまったけど、遠坂と“再契約“して、引き続き力を貸してくれた。
戦いが終わった後も、俺たちの時代に残った。俺と遠坂の行く末を見守りたいと、“あいつ“の言っていた、セイバーの“間違い“をいつの日か俺から聞くために。
高校生が終わると、俺たちの3人はロンドン――――時計塔へ渡った。遠坂は協会から正式に招かれて、俺とセイバーは従者として。
そりゃ、大変だった。俺は固有結界の使い手だし、セイバーは『サーヴァント』。しかも、彼の有名なアーサー王だったんだから。振る舞いが難しかった。加えて、ルヴィアさんと遠坂の日常茶飯事とも言えるケンカ(?)の日々。流石に俺たちは頭を抱えた。
まぁ、俺の場合、二人のせいで夕食とかが台無しになって笑顔になったセイバーを押さえるのが一番応えた。そんな日々だったけど、ロンドンでの生活は楽しかったし、嬉しかった。今でも目蓋を閉じると、賑やかとした風景が鮮明に思い出せる。
ロンドンの生活は余り長くはなかった。俺が協会からの誘いを断って、世界を巡ることを選んだからだ。
俺が成りたいのは『魔術師』じゃない。『正義の味方』だ。
あいつの歩いた道を。あいつの見たものと同じものを。俺はこの先、進んで行くんだと思っていた。
だけど、それは少し違ったものになった。遠坂とセイバーが俺に付いていくと言ったからだ。遠坂は最終的には時計塔に落ち着くから、諸国漫遊みたいな感じだと言ってたっけ。セイバーは“契約“が無くても、俺の剣になると言った誓いは無くならないだったか。
真っ直ぐな二人の眼に、俺は断る言葉を出さなかった。それほど、二人は真剣だった。
そして、最初の数年は3人で国々を巡った。楽しいことばかりじゃなかった。俺は助けを求めている人に手を差し伸べたし、俺に出来ることをひたすらやった。
サバイバル技術を教える戦闘教官。食料の運搬。他にも色々やった。戦場になった町への介入で取り残された市民を救出したり、戦うことも少なくなかった。
その中での報酬関連は遠坂が受け取っていた。俺よりそっちの方は詳しいし、俺は始めから報酬なんて欲しい訳でもなかったから、むしろ助かった。
そんな生活が続いて数年経ったある時、俺は二人にある話をした。俺がここから一人で行くことを打ち明けたんだ。この時、遠坂の中には新しい命が宿っていた。これで遠坂家の魔術は次に引き継がれる。魔術刻印も返すことを検討してきた。だから、これからは遠坂を巻き込むことは出来ない。セイバーも今の主は遠坂だ。マスターの近くに居るのは『サーヴァント』にとっても当たり前だ。
俺の話を聞いた二人は驚くことはなかった。俺ならそう言い出すと、始めから解っていたらしい。全くもって、俺は二人に頭が上がらなかった。
しかし、俺は1つ気になっていたことが有った。セイバーに答えを教える。それをまだしていない筈だったからだ。
でもセイバーは、『既にシロウから教えて頂きました』と言った。心当たりがなかったけど、セイバーの表情を見て、そうなのかと納得した。
そんなこんなで、俺は二人と別れた。
――――そして、俺の旅も終わろうとしている。
俺は洞窟の壁に寄り掛かるように背を預けていた。
ここには先程まで多くの民間人が人質に捕られていた。俺はそれを解放するために戦い、逃げ遅れた子供を庇って傷を負った。
前までだったら庇ってもなお、攻撃を防ぐことは出来ただろう。だけど、積っていた負担が反応を鈍らせた。
助けを呼んでくると言って子供は先に逃げた人々を追って行ったけど、間に合わないって直感した。今、思い出された風景はきっと、それに促されたからだろう。
「……にしても、“あいつ“に似ちまったよな」
日々を過ごしていく内に俺の容姿も変化をしていった。背丈は伸び、肌は褐色に変化して、瞳もダークグレーみたいになった。髪型までは変えなかったけど、一部を除いて完全に白色になった。残った一部さえ、白っぽい感じだ。
だが、容姿は似てしまっても、俺と“あいつ“の違いは今でも変わっていない。“あいつ“は絶望したけど、俺はしなかった。『答え』を得ていたから――――何より、二人が側に居てくれたから。
思い返すことは無いと、俺は目蓋を閉じる。意識が遠ざかっていく。きっと、俺はここで――――
「いやいや、それで君の物語が終わってしまうのは勿体ない」
青年の声が聞こえた。ここにはそんな人はいない筈だ。閉じていた目蓋を開く。
でも、それは不思議だった。何故なら、俺は目覚めることが無い筈だったからだ。
映ったのは白い空間。現実か夢かはっきりしない。
「人々を救う『正義の味方』。君の人生は辛く、困難な物だった。
けれど、君自身が選んで歩いた道だ。立派だと思うよ。でもそれなら、1つぐらいご褒美が有ってもいいと思わないかい?」
「ご褒美って……俺は別にそんな物を欲しくてやってきた訳じゃない」
「知っているよ。それに、ご褒美と言うのは本人が求めるのではなく、ある物を見た人が与えるものだ。だから、押し付けられる物……と捉えてくれて構わないよ。
そもそも、善意やそれらは押し売りされる物だ。君は私にそれをさせるだけの人物だ。彼女に『答え』を示してくれたからね」
彼女とは誰のことなのか?
解らなかったけど、大切なことだと感じたから、俺は訊いた。
「ボクが彼女について君に喋ると、後々怖いことになりそうだから、答えるのは遠慮させてもらおうかな。彼女は私にいい感情を持っていないようだから」
困ったように言われた。ここからは“先“の話だと口を開く。
「さて、私がこれからやるのは、死者の蘇生ではないよ。そうだね……転生――――いや、憑依と言った方が近いかな。ある世界の君の魂が焼けてしまった。肉体を残してね。そこに君を押し込もうと思う」
それって『魔法』の域なんじゃないのか? 遠坂の『宝石剣』と同じように。
「これ程の大盤振る舞いをするのは私としても珍しい。
でも、物語の終わりはハッピーエンドになるのがいいと思わないかい? それは、生きていれば訪れる時がくるかもしれないし、彼女たちとも再会出来るかもしれないよ?」
次の言葉までひと間があった。そして、告げる。
「行ってきたまえ。ハッピーエンドを求める歩みへ。
そうだね、『大切な人を守る』って選択がいいかもね。当然、彼女たちも含まれるし、再会した時が楽しそうだ」
意識が何処かへ向かっていく。消えるはずだった意識は、何者かによって送り出される。
「アンタは――――」
名前を訊くが、口を閉じたまま、ニコッと笑みを浮かべているだけだった。正体が掴めないまま、俺は青年を見失った。
× × × × × ×
目蓋が開く。映ったのは白い天井。
この時点で俺は違う場所に居るのだと悟った。冷静に事態の把握をしようとしたけど、出来なかった。飛び込んで来た現実に驚かされたからだ。
無理もない。何故なら、視線を右に向けた先に在った窓ガラスに反射して映っていたのは昔の俺の姿だったんだからな。
(……なんでさ)
咄嗟に両腕を前に出して、視界に納める。俺の両腕は褐色ではなく、本来の色だった。それに、サイズが小さかった。子供の太さと長さだ。
そして、ここは病院だ。まるで、切嗣に出会った時に戻ったような……そう言えば、青年は魂が焼けてしまった肉体に俺を押し込むと言っていた。つまり、これはその結果なのか?
だからと言って幼い体に戻るのは予想外だった。まぁ、あの言葉が現実だと認識すること自体が難しかったけどな。
考え始めたところで、部屋のドアがスライドして開かれた。
現れたのは黒いコートを着た男だった。顔を見た瞬間、俺は衝撃に打たれた。だって、入ってきたのは――――
「こんにちは。君が士郎君だね?
率直に聞くけど、孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの。君は……どっちがいいかな?」
あの時と同じように現れて、同じことを訊いてきた。
衛宮切嗣。俺の
それに――――
「まだ、体調が良くないかな? ちょっと訪ねるのが早かったね」
衝撃に打たれて固まっていた俺を見て、切嗣は申し訳なさそうな表情を浮かべて、言葉を出した。
確かに驚いて、戸惑ったけど、ここで俺は聞かれているんだ。切嗣に付いていくか、付いていかないのか。
選択なんて決まっていた。考えることなんて不要だった。
俺はあの時と同じように切嗣を指した。
それを見て、切嗣は安堵したみたいだ。
「よかった。なら早いこと身支度を済ませよう。新しい家にも慣れてもらわないといけないからね。
おっと、大切なことを忘れてた」
あの時と同じように手際悪く荷物をバックに敷き詰めていく中、手を止めて自分のことを告げた。
「――――僕はね、魔法使いなんだ」
「うわ……爺さん、凄いな」
昔と同じ感情が込み上げてくる。それに加えた懐かしさもだ。
だけど、引っ掛かることも有った。爺さんはもう亡くなっている。俺が『聖杯戦争』に巻き込まれる5年ほど前に、俺の前で眠りに就いた。
なら、ここは過去なのか? 解らない。判断材料がない。調べるとしても、まずは切嗣に付いていかないと、何も始まらない。
切嗣の準備が終わると、俺も着替えて準備をした。この先に、俺を待っていることを知る由もなかった。
「着いたよ。ここが士郎の新しい家だ」
切嗣に連れられて辿り着いたのは、以前に俺と切嗣が暮らしていた武家屋敷ではなく、極普通の2階建ての一軒家だった。
慣れた動きで切嗣はドアを開けて、玄関に入る。俺も続いて入る。
出迎えに現れた人物に、俺は肝を抜かれた。頭が真っ白になった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
洗礼された動作で頭を下げて、切嗣を出迎える。名前までは知らないけど、彼女はイリヤと一緒に埋葬した人物の一人だった。
「ああ、ただいま、セラ。アイリは?」
「お帰りなさい。キリツグ」
今度現れたのは、雪のように白く、滑らかなロングヘアーの女性。まるで、イリヤが成長した姿だった。
「ただいま、アイリ。イリヤはどうだい?」
「安心して眠ってますよ」
イリヤ――――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
俺は彼女と余り話すことが出来なかった。しようとした時には英雄王の襲撃を受けて、命を落とすことになった。
俺は目の前で助けを求めている少女を助けられなかった。黙って見ていることしか出来なかった。
亡骸は彼女の所有していた城付近の畔に墓を建てて、弔った。
俺と彼女の繋がりはないと思っていたが、それは違った。時折俺が漏らす切嗣のことに、セイバーはある時言った。前の戦い――――『第四次聖杯戦争』で自分のマスターが切嗣であったこと。娘にイリヤがいたこと。
直ぐ様、遠坂に頼んで確認を取ってもらった。時計塔で有名な講師が協力してくれたことやセイバーから語られたこともあって、事実確認は出来た。
つまり、俺はあの時と、切嗣の娘を――――血の繋がりが無いとはいえ、姉を見殺しにしたことになる。
遠坂は知らなかったんだから仕方がないと言った。彼女の言うとおりだと言うのは解る。でも、俺は――――
「こんにちは、士郎くんよね?
キリツグの妻のアイリスフィールです。この子はイリヤ。私たちの娘よ」
棒立ちになっている俺に、アイリスフィールさんは近寄ってきて、抱き抱えている赤子――――イリヤが見てるように、腰を下げてくる。
「イリヤ、貴女のお兄ちゃんですよー」
明るくイリヤに声を掛ける。すると、イリヤ目を開いて俺に手を伸ばしてくる。
「早速気になるみたいね。抱いてあげて」
そっとアイリスフィールさんはイリヤを俺に渡す。俺はしっかりと受け持って、イリヤに視線を向ける。
目と目が合うと、より彼女は俺に手を伸ばしてくる。
俺は理解した。ここは俺の世界と違う道を辿った世界だと。平行世界の1つだと。
俺はどうすればいいのか迷った。この手を握ってもいいのか? その時に思い出した言葉があった。
「『大切な人を守る』って選択がいいかもね」
誰かを守るなら、手を伸ばすべきだ。だって、手を伸ばさなければ、誰も守れないし、救えない。
だけど、それをここでしていいのか解らなかった。でも、今までだって解らないことが多い中で歩いてきた。
だから――――
「初めまして……イリヤ」
俺は右人差し指をイリヤに近づける。それを見てイリヤは両手で握る。そして、嬉しそうにキャッキャッと笑う。
「なついているわ。きっと優しい人だって解っているのね」
「士郎、イリヤのことをよろしくね。思いの外、甘えん坊さんだよ」
まだ、全てが理解出来た訳じゃない。解っているのはここが違う世界で、切嗣やアイリスフィールさん。そして、イリヤたちが居る家に俺が来たことだ。
俺がどうなっていくかなんて解らない。でも、決めたことはある。ここに居る皆を――――切嗣やイリヤたちに降りかかる物があるなら、俺はそれから守ろうと。
だって、俺は――――
ネタバレと言う程ではありませんが、出て来た青年の正体は、最近FGOで暴れたあの人です。