歌の女神たちの天使 〜天使じゃなくてマネージャーだけど!?〜 作:YURYI*
あの後、試しに衣装を着た花陽を見て、誰よりも目を輝かせて喜んでいたのは凛。
その後の練習から、ここ最近の行動が嘘だったかのように元気で。
なんていうか、本当にこれでよかったのか不安になってくる。
次の日の朝、珍しく花陽が2人で話しがしたいと言ってきた。
お昼休みに、真姫にうまく誤魔化してもらって2人で抜け出す。
「めぇー」
「ふふっかわいいね」
花陽はアルパカをなでながら私の手をぎゅっと握ってきた。
いきなりの事に、ひゅっと喉がなる。
「あ、と…珍しいね?」
「ん?」
なにが?とでも言いたげな笑顔の花陽。
実際、花陽は純情な少女ではあるが、なかなかの天然小悪魔だと思う。
実際、μ'sの中で1番女の子っぽいのは凛だと思うし。
いや、違くて。
「その、あの…ね?」
歯切れの悪い私を見て、よけいに面白いのか笑い声が大きくなる。
「ふふっ、あまり2人きりになることってないから、緊張しちゃうね?」
「いや、嘘!?花陽緊張してないでしょ」
握られた手を、今度は器用に指を絡めてくる。すごく、むずむずして、くすぐったくて、離したいけど。離れないように強く握られる。
「あの、ほんとに、どうしたの」
「緊張…してるよ?」
振り返った花陽の頬は、薄紅色に染まっている。けど、なんだろう、この感じ。
「わかった!から、その」
「手を離してほしい…?」
ちらりとまぶたの端が光る。
え、涙…!?
「いや、離さないでいいよ!」
涙は一粒こぼれてしまったけど、花陽はにこりと笑った。
なんだか、嫌ではないけど、振り回されてしまっている。
「みはねちゃんのね、手。すごく安心するんだぁ」
あのね、そう切り出すと。花陽は手はそのままで、すりすりと私の肩におでこを擦り付けた。まるで、猫みたいだ。
「ずっと、凛ちゃんみたいに甘え上手だったらなぁ…とか。みんなみたいにって、思ってたの」
私も甘えてほしかったよ。その言葉は音になる前に飲み込まれる。
だって、花陽が珍しくこんなに話してくれてるの。
「頑張ろうって思った時には、もう遅くて。関係がちょっと変わっちゃって」
返事をする代わりに、腰に腕を回してぎゅっと抱き寄せた。
ごめんね。
「そしたら今度、凛ちゃんが大変で。みはねちゃんが"何かあったら相談してね"って言ってくれたの、嬉しくて」
今度は、握られている手を握り返す。
そしたらまた、反応するかのように力が込められて。
ずっと、花陽に我慢させちゃっていたこと。気にはなっていたけど私も行動に移せていなかったな、と反省する。
「今なら独り占めできるかも。って思ってたのかな」
顔を上げた花陽は、困ったように眉を曲げていた。
だから、ここ最近の花陽は、私に何も話してくれなくて。私はまんまと、花陽の罠にはまってしまっていたわけだ。
むかつく。かわいい。キスしたい。
なんだかとっさに我慢できなくて、自分のおでこを花陽のおでこにぶつける。ごつん。結構鈍い音がなった。
「泣いちゃう?」
痛かったかな。そう思ってちらりと目線を上げてみる。
「ううん。もう、泣き虫な自分を変えたいって本気で思うの」
至近距離でじっと見つめられた。
私も、負けじと見つめ返すけど。花陽から逸らしてくれることはなさそう。
「それで、今度は私が凛ちゃんを助けたい!」
真剣な花陽の瞳。私の完敗だ。
初めて花陽のこと、かっこいいって思った。
いつでも、自分のことよりも友達を優先しちゃうんでしょ?そんなの、誰にでもできることじゃない。
「私に手伝えること、ある?」
なんでもするよ。
花陽のため、凛のためなら。
同級生でもあるし、入学してからたくさん助けられてきたもん。
大好きな2人のためなら、なんでもしたい。させてほしい。
「ありがとう。みはねちゃん………好き」
花陽の唇が、私のに押し付けられた。
まるで、こぼれ落ちたかのような言葉に、花陽の本心が見えた気がした。
「ん、あ、えと…っ」
口元を押さえながら、思いっきり尻餅をついてしまった。
だって、今。
「ずるしちゃった…ね。こんなこと、最初で最後にするから」
そう言って手を差し伸べられる。
その手を取って立ち上がるが、足にうまく力が入らない。
それくらいにびっくりして。
「花陽。その、びっくりした」
「ふふっ。ごめんなさい」
「う、うー…」
「だって、みはねちゃん、みんなに優しいんだもん。そんなのずるいよ」
だって、みんなのこと好きだし、大切な仲間なんだもん。冷たくするなんてことできないよ。
でも、それが嫌だっていうのなら…
「優しくしないほうが、いい?」
「いや。友達のままでいいから、優しくしてほしい…かな」
不安そうな顔が、覗き込んでくる。
花陽のそういう顔、ほんとにかわいいから困る。勝てっこない。
「わかった。それで、凛のことだけど…」
それにさっきから、ずっと手を繋いでいて。
きっと、本当は、ずっとこういうことしたかったんだろうな。なんて、今の私には遅すぎるんだけど。
ごめん。ほんとうに。
「実はもう、大まかな作戦は考えてあるの」
***
本番。モデルショーのステージの客席には、たくさんの人で溢れかえっていた。
みんな、目当てのモデルさんが出るたびに、黄色い声をあげて喜んでいる。
もちろん、ステージ裏にはモデルさんたちがスタンバイをしているわけで。
「あなたも、ステージに上がるの?」
近くにいたかわいらしい女性に声をかけられる。
「あ、いや、私は違うんです」
きれいな顔を近づけられて、少しだけドキドキする。
「そうなのー?私と一緒に出ない?」
「あ、ごめんなさい!仕事があるので…」
べたべたと触れてくる。たぶん、よくあることなのだろう。香水の匂い、少しだけきついかも。
テンションが上がっているμ'sメンバーたちも、餌食になっているかもしれない。
そう思ったが、本当にテンションが上がってそれどころではないようだ。
…あ。
みんなから少しだけ離れたところでひとり、明らかにビジネスできているであろう女性から熱心に声をかけられている。
まったく、油断も隙もない。
「絵里。何してるの?」
「あっみはね!いや、違くて…」
違うって何が。
わたわたしてるの、かわいい。
「ごめんなさい。私の連れに、何かご用ですか?」
スーツの女性は、少し目を丸くしてから柔らかく微笑んだ。
牽制のつもりだったんだけど、私じゃ無理みたい。
「いえ、あまりにもきれいだったもので。モデルさんでもどうかなぁって思いまして」
絵里の全身を眺めるように見ては、ほぅっとため息をつく。
わかる。その気持ちは痛いほどわかるんだけど。
これ以上、無駄に表立って露出はしないでほしい、かな。
「そうですよね。スクールアイドルにしておくのもったいないくらいなんですよ、みんな」
絵里の腕を少しだけ強引に引っ張って、こちらに来させる。
「絵里、衣装に着替えておいで?」
「え、えぇ…」
耳元で言ったからか、頬を赤く染める。
しかし、なかなか行く気配がない。
「絵里?」
「…そんなの、どこでつけてきたのよ」
少しだけむすっとした顔で、そんなセリフだけ残して去っていった。
…何かついてる?
「あの、失礼ですが、あなたは?」
おずおずとさっきの女性は私に質問をしてくる。まだ終わっていなかった会話に少しだけ驚いてしまった。
「あ、マネージャーなんです。だから、無理に勧誘されたら困っちゃいますよ」
「それは、あなたも?」
妙に真剣な顔で聞いてくるものだから、最初相手の言葉がすんなり頭に入ってこなかった。私を?なんだ?勧誘するの?
「え?」
「いつでも、連絡していただけると嬉しいです!」
そう言って差し出された名刺を無下にはできなくて、とりあえず受け取った。
なぜだか腑に落ちないが、とりあえずは丸く収まったということでいいのだろうか。
「みはねちゃん!」
「あ、花陽…って、似合ってるね。その衣装」
「ふふっありがとう。それでね、ことりちゃんから預かったのなんだけど…」
そう言って差し出されたものを受け取って、私も衣装室へと向かった。
*
衣装室に入ると、みんなもう着替え終わっているようだった。
「あれ?かよちん!衣装間違って…」
まだ1人着替えていない凛は、用意されていた衣装を見て間違っていると振り返った。
すごくタイミングがよかったみたいだ。
「…っ!?」
「間違ってないよ」
「あなたがそれを着るのよ、凛」
黒い男装衣装を着た真姫と花陽が、凛に微笑む。
当の凛は、ずっと目を丸くさせたまま固まっている。
「な、何言ってるの!センターはかよちんで決まって…それで練習もしてきたし!」
「ちゃんと今朝みんなで合わせてきたから大丈夫よ。凛がセンターで歌うように」
絵里は優しく凛の頭をなでる。
他のメンバーも、温かい眼差しで凛のことを見ていた。ただ1人、凛だけが情況を飲み込めていないようだ。
「凛ちゃん!私ね、凛ちゃんの気持ち考えて、困ってるだろうなって思って引き受けたの」
花陽はあの後、やっぱりセンターは凛がいいとみんなに告げたのだ。
「でも、思い出したよ!私がμ'sに入った時のこと。今度は私の番!凛ちゃんはかわいいよ!」
「え!?」
花陽の隣では、寄り添うように真姫が立っている。
「みんな言ってたわよ。μ'sで1番女の子っぽいのは凛かもしれないって」
「そ、そんなこと…!」
凛は助けを求めるように私を見てくる。
助けるようなことなんてないよ?そんな気持ちを込めて、首を傾げてみると、困ったように眉尻を下げた。
「凛?」
「みはねちゃん、は?どう思う?」
泣きそうな顔。
なんで、ここにきて私…?
「似合うよ、凛が1番。ぜったいに」
その言葉を聞いて、俯いてしまう。
「………着る。凛が、着たい」
消え入るようなその声に、みんなは晴れたような笑顔になった。
「着るの、手伝うよ」
みんなには外で待っていてもらうことにした。
とりあえず凛に着れるところまで自分でやってもらう。
その間に、私は花陽から受け取った白のタキシードに着替えてしまった。
似合わないなぁ、なんて。鏡を見てため息をつく。
「みはねちゃーん!ファスナーあげてもらってもいいかにゃ?」
凛は恥ずかしいのか、カーテンから顔だけを覗かせている。驚いた顔をしている凛と目が合う。
「いいよ」
その言葉を聞いて、カーテンの奥へ戻っていく。そっとカーテンを開けると、かわいい女の子が背中を向けて立っていた。
鏡に映る顔は真っ赤になっている。
「かわいい」
「い、いいよぅ…そういうの」
何が?と顔を覗くと、手のひらで押し返されてしまった。
「なんで、その衣装…なんで」
「私が凛の、相手だからじゃないの?」
もう一度顔を覗くと、今度は押し返されなかった。
その代わりに、凛の唇が私の口元ギリギリに押し付けられた。
「かわいいよ、凛が1番」
「ずるい、嘘だよ。μ'sのみんなのこと好きなくせに。マネージャーでしかいてくれないくせに」
もう一度、ずるいよ。と。
ファスナーを上げる前に、さっきの仕返しとばかりに凛の背中にキスをして、噛みついた。
「んっ、みはねちゃん。痛いよ」
「仕返し」
「凛は、痛くなんかしてないにゃ!」
ごめんね、なんて言いながらゆっくりとファスナーをあげる。噛み跡が見えなくなってしまったことに、少しだけ残念な気持ちになる。
「凛、すごくかわいい」
凛は真正面を向くと、そのまま抱きついて来た。
しばらくそのまま。
ぎゅうっと、なかなか離してくれない。
「…凛?」
背中を軽く叩いて、離れるように促す。
何も言わないし、不安になって剥がすように離れると、見るからに不機嫌な顔をした凛がいた。
「どうしたの?」
「みはねちゃん。別に凛には関係ないけど、知らない香水の匂いがする」
「…え?」
そこでふと、絵里に言われたことを思い出す。何がついてるって、香水の匂いか…!
「いや、モデルさんがね。近かったっていうか、なんていうか…」
「別に、凛には関係ないにゃ」
そう突き放されるように言われると、かなりショックなんだけど。
なんてしょぼんとしていると、再び凛が抱きついてきた。
不思議そうに見つめると、得意げな顔。
「凛で上書きね?」
小首を傾げて、人差し指を唇に押し当ててきた。
「…っ、どこで覚えてくるの。そんなの」
あまりにも小悪魔女子な行動に、顔が熱くなってくる。
「今の凛、ほんとにかわいい?」
このタイミングで聞いてくるなんて、ずるいにもほどがある。
「かわいいよ。本当に1番かわいい」
私の赤くなっているであろう顔を見て、安心した顔をする。やっぱり不安だったのだろう。
惜しくも時間が来てしまって、舞台袖まで見送ることにした。
衣装が衣装なだけに周りからはすごく見られるし、なんだか不思議な気持ちだったけど。
凛が笑顔でいてくれるなら、それでいいや。
ステージに上がっているみんなを、傍から盗み見る。
凛は、センターに立ってリーダーとして挨拶をする。
「は、初めまして!音ノ木坂学院スクールアイドル!μ'sです!」
観客席からは、かわいいやらきれいやら、たくさんの声が聞こえていて。
「あ、ありがとうございます。本来は9人なんですけど、今日は都合により6人で歌わせてもらいます。でも…残りの3人の思いを込めて歌います!」
ステージはキラキラと輝いて見えた。
「それでは!1番かわいい私たちを、見ていってください!!!」
『凛ちゃんは、みはねちゃんにかわいいって言われるだけで、がんばれると思うんだ』
閲覧ありがとうございます!
凛ちゃん、かわいい…