SAOでの昔話や雑談をしながら歩く一行のまえに、
重々しいレリーフの掘られた門と、懐かしい街並みが見えてきた。
目の前に広がっているのは、第二層の主街区ウルバス。
テーブルマウンテンを、外周だけ残して繰り抜いて作られた街である。
「懐かしいな……あの時と同じだ」
「うん!」
「よし、ハチマン、とりあえず転移門をアクティベートしちゃおうぜ」
「おう」
ハチマンは、キリトに促されて扉に触れ、門を開いた。
ウルバスの地形は特殊な為、コマチが興味深そうにハチマンに言った。
「何この街。何か火口の中にいるみたいだね、お兄ちゃん」
コマチのそのセリフは、かつてアスナが言ったセリフと、内容的にはそっくりだった。
そして今回はアスナが、かつてハチマンが言ったセリフを、代わりに言った。
「もうすぐ鐘が鳴るんじゃないかな」
その言葉の直後に、街全体に、まるでプレイヤー達の再訪を祝福するかのように、
カランコロンと、澄んだ鐘の音が響き渡った。
「おお~」
「これは粋な演出ね」
「よ~し、二層への一番乗り、達成だね!」
こうして、新生アインクラッドの一層の攻略は、
ハチマン一行の手によって、すさまじい速度で完了した。
「よし、それじゃあ少しだけ、各自で街を見て回ってもらうとして、
一時間後にここに集合の後、全員で、一層の生命の碑に向かおう。
一応目的は、慰霊の祈りを捧げる事なんだが、皆、それでいいか?」
生命の碑に慰霊の祈りを捧げようという、先ほどのソレイユの提案を知らなかった者達も、
それはいいアイデアだと同意し、とりあえずしばらくは、観光がてらの自由時間となった。
女性陣は、アスナの案内によって、トレンブルショートケーキを食べに行く事になった。
男性陣はそれに対抗してか、肉料理を食べに行く事にしたようだ。
もっとも甘い物に目が無いハチマンだけは、
トレンブルショートケーキを食べたそうな気配を漂わせていたのだが、、
さすがに女性陣の中に一人だけ男が混じる事は、はばかられたようだった。
「何これ、すごい……」
「ショートケーキなのに、すごく大きいですね!」
女性陣は、トレンブルショートケーキのボリュームに驚いていたようだったが、
そこは年頃の女の子である。多い者だと丸ごと一つ、少ない者でも半分は平らげたようだ。
一番皆が驚いたのは、ユキノがその巨大なケーキを一人で丸ごと平らげた事だった。
ちなみに同じく魔法メインで戦闘をしていたイロハが六割、
ソレイユとメビウスも、半分ほどしか食べなかったので、よりユキノの食欲が強調されていた。
ユキノは必死で、疲れた脳が糖分を欲していただけと言い訳していたのだが、
他の者達は皆、ユキノを生暖かい目で見詰めていた。
そして一時間後、再び集合した一行は、一層へと転移した。
ちなみにこの頃になると、目敏いプレイヤーの何人かが既に二層に現れており、
一層とはまったく雰囲気の違う二層の景色に驚きつつも、探索を進めているようだった。
「よし、着いたぞ。あれがかつて、生命の碑って言われてた物だ……って、おお?」
突然ハチマンが、心底驚いたという様子で、生命の碑を二度見した。
釣られて仲間達も、生命の碑を見上げたのだが、その左上の、空白だった部分に、
新たな文字列が書き加えられている事に、皆気が付いた。
「え~っと……おお?あれって俺達の名前じゃね~か?」
「さっきまでは、何も表示されてなかったよね?」
「ああ、確かにさっき来た時は、何も書かれていない、ただの石碑だったな」
「全員の名前じゃなくて、七人の名前……?」
「最初の三人が、うちのパーティ、しかも誘った順か、なるほどな……」
そこには確かに、『Floor1』の文字と共に、七人の名前が書き込まれていた。
ハチマン、アスナ、ユイユイ、リーファ、レコン、キリト、リズベット。
仲間達の総数、十七人中の、七人の名前である。そして皆の目が、自然とアルゴに向いた。
全員から視線を向けられたアルゴは、肩を竦めながら、説明を始めた。
「生命の碑は、今は剣士の碑って名前になってるんだよ。
表示されるのは、各層ごとにボスを倒したパーティの中から七人まで。
パーティリーダーと、後は誘った順番に数人って感じだな。
まあハー坊は、オレっちが言うまでもなく、ある程度の状況が分かったように見えたけどナ」
「まあ、何となくだけどな。これはしかし……」
ハチマンは、その碑をじっと見つめながら、何事か考えていたようだったが、
とりあえず先に皆で、生命の碑……今は剣士の碑と言うとの事だが、
その碑に、かつての死者達を悼んで、鎮魂の祈りを捧げる事にした。
そしてそれが終わった後、ハチマンが皆にこう提案した。
「どうもそういう事らしい。せっかくだから、三層まで俺達で速攻クリアして、
記念に全員の名前を碑に残そうと思うんだが、皆どう思う?」
「賛成!」
「そういう事なら、やるしかないっしょ!」
「同じチームだって分かるように、三回とも先頭はハチマンの名前にしてくれよ」
ハチマンはその事は考えていなかったらしく、少しきょとんとしながら言った。
「そうか、そうじゃないと全員仲間だって分からないのか。
そうすると、二層までで名前を載せられるのは十三人、三層で十九人か?
二人分余裕があるな、どうするか、誰か知り合いでも誘うか?」
そのハチマンの言葉に、ユキノが先ずこう答えた。
「今までの付き合いから考えると、順当な所だとサクヤさんとアリシャさんなのだけれど」
「それだとユージーンが黙っていないだろうな」
「他に関わったプレイヤーっていうと、シグルド?無いね、うん、却下!」
「候補は三人か……」
「でもユージーンを誘ったとしても、残り一人はサクヤかアリシャだろ?
そうすると、尚更角が立つんじゃないか?」
「無理に誘うとしたら、カゲムネさん辺りになるんだろうけど……」
「こうなったらジャンケンでもしてもらうか?」
仲間達の様々な意見を聞きながら、ハチマンは黙って考え込んでいたが、
さぼど悩む事も無く決断したのか、スッキリとした顔で言った。
「よし、誰かサクヤさんとアリシャさんに連絡を取ってくれ。
ユージーンは、まあ、自前の戦力で何とでもするだろ。
それにもしユージーンに文句を言われても、キリトが肉体言語で黙らせればいい」
「ははっ、了解!」
「それじゃあ決まりだね!」
初日にいきなり一層ボスが倒された事は、プレイヤーの間で若干話題になっていたが、
剣士の碑の事は、少数のSAO経験者の間以外では、まったく話題になってはいなかった。
だが次の日の内に二層がクリアされるに至って、一体どんな集団がクリアしてるんだと、
さすがに無視出来なくなったのか、多くのプレイヤー達が情報を集め始めた。
そして剣士の碑の話が伝わると、その話題は一気に広がった。
その話題を受けて、剣士の碑を見に行ったプレイヤーの中にユージーンがいた。
ユージーンは、剣士の碑に表示された見覚えのある名前を見て、
慌ててハチマンとキリトに、その事について尋ねるメッセージを送ったのだが、
いくら待っても返事が来る気配はまったく無かった。
焦るユージーンだったが、しばらく経ってから、ついに待ち望んだキリトからの返信が来た。
『すまん、戦闘中だった。剣士の碑なら、ボスを倒したメンバーの中から、
七人の名前が表示されるらしいぞ』
そのメッセージを見て愕然としたユージーンの横で、剣士の碑の文字が変化し始めた。
『Floor1 ハチマン、アスナ、ユイユイ、リーファ、レコン、キリト、リズベット』
『Floor2 ハチマン、ユキノ、コマチ、イロハ、ソレイユ、メビウス、ユミー』
その下に、新たな文字列が加わり始めたのだ。
「おい見ろ!剣士の碑に、新しい名前が書き加えられていくぞ!」
そのプレイヤーの声を聞き、慌てて剣士の碑を見たユージーンの目に、
彼の知るハチマンの仲間達の他に二つ、見知った名前が飛び込んできた。
『Floor3 ハチマン、クライン、エギル、シリカ、アルゴ、サクヤ、アリシャ』
「何……だと……」
その二人の名前を見たユージーンは再び愕然とし、
自分の置かれている状況を、ある程度感覚で理解した。
そしてユージーンは、何かにハッと気付いたそぶりを見せると、
慌てて転移門へ向かって走り出した。そして門の転移先リストに四層が出現した瞬間、
ユージーンは必ずそこにハチマン達がいると推測し、四層へと転移した。
「よし、目的の三層クリアはこれで達成だ」
「でもこれ、確実に私達がSAOサバイバーだってバレちゃうよね、ハチマン君」
「まあ俺達は名前も前のままだし、見る人が見れば、
直ぐにSAOの元四天王だって分かっちまうからな。
命の危険がある訳でも無いし、別に構わないだろ」
「まあ、それもそうだね」
「やったねサクヤちゃん、これで私達の名前もあそこに表示されたね!」
「うむ、名誉な事だな」
「いや~、誘ってくれた皆には感謝だよ!ユージーン君には悪いけど、本当にありがとね!」
その言葉通り、サクヤとアリシャは、ユージーンが誘われなかった事は既に知っていた。
それはさておき、盛り上がる一行は、そのまま四層に向かい、
恒例の、転移門のアクティベートを行う事にした。
ちなみにエルフの戦争キャンペーンシナリオは、ハチマンとアスナが代表で見に行った。
かつてキズメルと出会ったあの場所で、二人は隠れて待機していたのだが、
緊張する二人の目の前に登場してきたのは、
事前にある程度予想していた通りキズメルでは無かった。
それだけ確認すると、二人はくるりと背を向け、その場から黙って去っていった。
二人にとってのキャンペーンシナリオの登場人物は、
ハチマンのアイテムストレージで未だに眠り続ける、キズメル以外にはありえないのだ。
「さて、それじゃあ転移門をアクティベートするわ」
四層に到着し、ハチマンが転移門をアクティベートした瞬間に、
誰かが転移門から転移してくる気配がした。ハチマンは反射的に身構えてしまったが、
門から飛び出してきたのは、よく知っている、そして今回誘えなかった人物だった。
その人物、ユージーンはいきなり絶叫した。
「お前ら!何故俺を誘わない!!!!」
「ユージーンか。今回は、仲間の人数の関係でどうしても誘えなかったんだ。
まあユージーンなら、サラマンダーの仲間と一緒に、ボスくらい自前で倒せるって」
「ハチマン!やっぱりそういう事なのか!」
「よっ、ユージーン、戦闘中だったから返信出来なかったけど、
メッセージの返事なら、ついさっきしたぞ。後、ハチマンの言った通り、誘えなくてスマン」
「キリトおおおおおおお」
ハチマンとキリトの軽い感じの謝罪の後、
サクヤとアリシャがニヤニヤしながらユージーンに声を掛けた。
「すまんユージーン、お前を差し置いて、私達が先に歴史に名を刻んでしまったようだ」
「ごめんねぇ、抜け駆けみたいになっちゃったけど、今回はアンラッキーだったと思って、
自分のチームで頑張ってね、ユージーン君!」
「くそおおおお、貴様らだけずるいぞおおおおおおおおおお!
俺だってハチマン達と並んで名前を載せたかったのに!」
ユージーンの絶叫と共に、ハチマン達のボス戦ラッシュは、
一段落という事で、とりあえずここまでという事になった。
ユージーンはその事で奮起したのだが、攻略がハチマン達のように超速で進む訳も無く、
それから一週間後に、サラマンダーの仲間達と共に、四層のボスを倒す事に辛くも成功し、
ギリギリハチマンの次に、ボスを倒したグループのリーダーになる栄誉を確保したのだった。