「なんだ、南じゃない」
「いたんだ」
「ひ、久しぶり……」
二人は南に対し、冷たい口調でそう言った。南が挨拶を返しても完全に無視である。
どうやらもう、この二人と南との縁は、完全に切れているようだった。
南は少し震えながらも、決して下がる事はせず、八幡の下へと歩み寄った。
それを見た周囲の者は、もしかしたら南も八幡に突っかかるのか、
それとも何か別の用事があるのか判断出来ず、場は奇妙な静寂に包まれていた。
そんな中八幡は、少し警戒しつつも懐かしく思ったのか、普通に南に挨拶した。
「お、相模か、久しぶりだな」
「う、うん、久しぶり」
特に突っかかってくる様子もなく、普通に接してくる南の姿を見て、
八幡は疑問を覚えたが、そんな八幡に、隣に座っていた優美子がそっと耳打ちした。
「八幡、南は確か、八幡がいなくなった時、その話を聞いて教室で泣いてたよ」
「え?そうなの?まじで?」
八幡はあまりの驚きに、つい昔のような口調でそう言った。
「ちなみにあの後、南はクラスで孤立ぎみだったよ。まあ、あーしはそういうの嫌いだから、
たまにうちらのグループに混ぜたりしてあげてたんだけどね」
「なるほど」
「でも決してグループになじむ事は無かったんだよね。
まあそれは、何か家族が入院してるとかで、よく病院に行ってたからなんだけどね」
「そうなのか」
八幡は優美子から事情を聞き、改めて南の顔をじっと見つめた。
南は何か言いたそうに、八幡の目を見つめていた。
「どうした?俺に何か用事か?昔の文句なら……」
「違うの。ちょっとあんたに聞きたい事があるの」
南は八幡の言葉を遮ってそう言った。
その態度から、どうやら何か真面目な話があるらしいと思った八幡は、
居住まいをただし、南の話を聞く体勢になった。だが、それを快く思わない者もいた。
「ちょっと南、今こいつとは、私達が話してるんだけど」
「そうだよ、邪魔しないでくれる?」
「その話に関係がある事だから」
その南の言葉に意表を突かれたのか、ゆっこと遥は沈黙した。
「で、質問、いい?」
「ああ、俺に答えられる事ならな」
「あのね、うちのお父さん、いい年してゲームとかが大好きなの」
「……は?」
八幡は、その南の唐突な言葉に、こいつはいきなり何を言い出すのか、
一体何がしたいのかと疑問を抱いた。
「ごめん、いきなりすぎるよね。でもお願いだから、うちの話を聞いて欲しいの。
あんたにしか聞けない事だから……」
「……そうか、分かった。話してみてくれ」
八幡はその南の言葉を聞き、大人しく話を聞く事にした。
「ありがと。でね、えっと、高校の時うちの父親がね、その……SAOをプレイして……」
「おい、それってまさか」
「うん、そのまさか」
「まじかよ……」
八幡はその言葉の意味を理解し、愕然とした。
周りの者達も、初めて聞くその話に驚いたようだ。
「で、あんたの話を聞いて、つい父親の事を考えちゃって、教室で泣いたりもしたんだけど」
「あ~、あんたがあの時泣いたのって、そのせいだったんだ」
「あ、うん」
優美子が横から口を出し、南はそう答えた。
(相模が俺の為に泣いたなんて、おかしいと思ったよ)
八幡はそう思い、先ほど優美子から聞いた話の真実に、とても納得した。
「でね、うちのお父さんも、あんたと同じ時期に無事に帰ってきてくれたんだけどね」
「そうか、それは良かったな」
「うん、ありがとう。でね、本題はここからなんだけどさ……
ハチマン、ってプレイヤーは、その、あんた……だったりするの?」
「……それを聞いて、お前はどうしたいんだ?」
八幡は、その南の言葉に少し警戒した。
南はその八幡の反応を見て、首を振った後におずおずと言った。
「あ、あのね、うちのお父さんが、その人に助けてもらったって、
すごく嬉しそうにうちに話してくれたからさ」
「何だと?」
八幡はその言葉を聞いて、すごい偶然だなと驚くと同時に、
誰なのかは分からないが、同級生の父親を助ける事が出来て、本当に良かったと思った。
そんな八幡に、南は続けて別の人物の名前を出した。
「後ね、アスナって人の事は知ってる?」
その名前を聞いて、雪乃や結衣、優美子はもとより、葉山と戸部もハッとした。
八幡はもう警戒する事はやめ、普通に聞き返した。
「その名前も、親父さんが言ってたのか?」
「うん、うちのお父さんね、その二人の事を毎日のように褒めるんだよね。
何かね、うちのお父さん、ゲームの中で、その二人の部下だったみたいでさ」
「……は?」
八幡はまさかと思い、血盟騎士団のメンバーの顔を順番に思い浮かべた。
部下と言うからには、あの中の誰かに違いない。そう思った八幡は、意を決して、
南に父親のプレイヤーネームを尋ねる事にした。
「なあ相模、親父さんから、SAO時代のプレイヤーネームって聞いてるか?」
「うちのお父さんの?」
「ああ」
「えっとね、確かゴドフリー」
「ゴドフリー!?」
「え、う、うん、そうだけど……やっぱり知ってるの?」
「お、おう……」
「やっぱり知ってたんだ。あのね、うち今日、お父さんに車で送ってもらったんだけど、
まだ近くにいるはずだから、その……うちのお父さんに会ってみる?」
「分かった、親父さんに会おう。今ここに呼べるか?」
八幡はその問いに即答し、そう聞き返した。
「うん、大丈夫」
「よし、こっちもすぐに手配する」
「え?手配?」
八幡はいきなり携帯を取り出すと、どこかへ電話を掛け始めた。
戸惑う南をよそに、八幡は電話の相手に言った。
「明日奈、ゴドフリーが俺達に会いたいそうだ。食事会は終わったか?
うんうん、そうか、タクシー代は俺が出すから、今から言う場所にすぐに来てくれ」
そんな八幡を見て、すぐに状況を理解したのか、南もどこかに電話を掛け始めた。
「あ、お父さん?ちょっとうちの所まで来てくれる?ちょっと会わせたい人がいるの。
彼氏?違う違う、そういうんじゃないから、とにかくすぐに来て」
周囲の者は、いきなりのこの状況に只ならぬ気配を感じたのか、誰も何も言わず、
ただ事の成り行きを見守っていた。そんな中、戸部が八幡に話し掛けた。
「ヒキタニ君、今から明日奈さんが、ここに来るん?」
「ああ」
「そっか!元気になった後の明日奈さんにはまだ会った事が無いから、楽しみっしょ!」
「そうか、そう言われると確かにそうだな」
葉山もそう相槌をうち、八幡も、そういえばそうだなと頷いた。
「戸部君もその人と知り合いなの?」
きょとんとしながら南がそう尋ねてきた。戸部は嬉しそうに南に返事をした。
「明日奈さんは、ヒキタニ君の大切な彼女っしょ!」
「え?本当に?そ、そうだったんだ……」
周囲の同窓生達も皆、驚きの表情で八幡を見つめた。
やはり何かとんでもない事が起こっている、皆がそう思う中、ついに明日奈が到着した。
「八幡君!」
「明日奈、何だその格好」
「えへ、似合う?」
「おお、このまま連れて帰りたいくらいだな」
明日奈は何故か、ドレス姿でこの場に現れた。
話を聞くと、どうやら食事会の時の服装のまま、直接ここに向かったらしい。
明日奈はとても嬉しそうに八幡に抱き付き、八幡も嬉しそうにそれを受け止めた。
いきなりのドレス姿の美女の登場に、場は騒然とした。二人はとてもお似合いであり、
その態度からも、固い絆で結ばれている事が一目瞭然であった。
「明日奈さん、お久しぶり」
「明日奈さん、久しぶりっしょ!」
「葉山君、戸部君!久しぶり!」
明日奈は二人の事をちゃんと覚えていたらしく、笑顔で二人に挨拶を返した。
「今日はいきなり押しかけてごめんなさい、雪乃にゆいゆいに優美子も、ほんとごめんね?」
「気にしないで、明日奈。あなたならいつでも歓迎よ」
結衣と優美子もそれに頷き、南はそれを見ながら呆然と呟いた。
「他の皆も、知り合いだったんだ……」
「まああーし達は、明日奈とは親友だかんね」
「そうなんだ……」
そして直後に店の扉が開き、体格のいい中年男性が中に入ってきた。
「お父さん!」
「どうした南、何かあったのか?」
八幡と明日奈は、その懐かしい顔を見て、それがゴドフリーだと確信した。
ゲームの中の姿と比べると少し痩せている感じがしたが、それは仕方が無いだろう。
南は八幡を指差しながら、父親に話し掛けた。
「お父さん、この人の事、分かる?」
「ん?」
ゴドフリーは、南の指の示す先をゆっくりと見た。
そしてそれが誰か理解した瞬間、大きな声を上げて八幡の方へと突進してきた。
周囲の女子から悲鳴が上がる中、ゴドフリーはそのまま八幡に抱き付いた。
「おおおおおおおおおおお、参謀!ハチマン参謀じゃないですか!」
「久しぶりだなゴドフリー。あと痛いから離せ」
「おっとすみません、それにしても、会いたかった、本当に会いたかったですぞ!」
ゴドフリーは泣きながら八幡にそう言った。
「ははっ、すごい偶然だな、まさかゴドフリーの娘さんが俺の元同級生だったなんてな」
それを聞いたゴドフリーは、南の顔を見ると、確認するように言った。
「そ、そうなのか?南」
「うん、本当だよ、お父さん」
「そうか、何という偶然か!俺は今、猛烈に感動している!」
「ちょっとお父さん、恥ずかしいよ」
そんなゴドフリーの背中を、明日奈がちょんちょんとつついた。
「ん?誰だ?今は感動の再会の真っ最中……ふ、副団長?副団長じゃないですか!」
「ゴドフリーさん、久しぶりだね」
「おおお、参謀と副団長は今も一緒にいるんですか!」
「うん、恋人同士だよ」
「そうですか……本当に、本当に良かった……」
ゴドフリーは人目もはばからず号泣した。
そんなゴドフリーの肩を、八幡と明日奈はぽんぽんと叩き、
ゴドフリーは泣きながら、とてもいい笑顔を見せたのだった。
第008話の相模が泣いた伏線を、やっと回収